O2O(Online to Offline)という言葉がもはや当たり前のものとなり、Webから実店舗へ誘導し購買を促すマーケティング手法は伸び続けています。そんな中、いま注目を集めているのが、オンラインとオフラインを切り分けるのではなく、連携させながら生活者にアプローチするOMO(Online merges Offline(オンラインとオフラインの融合))という考え方です。OMOとは何か、私たちの生活にどのような変化をもたらし、マーケティングやプロモーション領域でどのような新たな価値を創出できるのか。
テクノロジーを活用し、プロモーションを通じて社会や生活に価値をプラスする電通テックの開発型組織「+tech labo(プラステックラボ)」が、株式会社ビービット 東アジア営業責任者の藤井保文氏に伺い、OMOの最先端をいく中国の事例について解説いただきました。
オフラインのない時代を生きる中国
OMOとは、Online merges Offline(オンラインとオフラインの融合)。「OMO時代」を端的に表すと、デジタルオーバーラッピング、つまりオンラインがオフラインを覆い、オフラインの生活もデジタルデータ化され、個人のIDと結びつく時代。そのデータの活用により提供されるサービスが変化することで生じる体験志向社会への変化だととらえています。そこで中国の事例を紹介しながらこの意味を紐解きます。
私は現在上海に住んでいますが、中国と日本がめざしているデジタルトランスフォーメーションは、違った方向にいっていると認識しています。
現在、中国の都市の生活においては、オフラインがない状態と言っても過言ではありません。さまざまな支払い――通常の買い物はもとより、水道や電気代、税金、交通関係――がモバイルで行われ、その行動データは個人のIDと紐づき、オンラインデータとして蓄積されています。そしてこのデータを利活用しない企業は負けていくというビジネスモデルに急激な変化を遂げています。中国を代表するIT企業アリババが運営する「Alipay(アリペイ)」とテンセントが運営する「WeChatPay(ウィーチャットペイ」がモバイル決済では寡占状態です。極端な話、寺の賽銭や募金であってもQRコードを掲げていないと、誰も支払えない=現金を持ち歩いていないキャッシュレス社会になっています。
こうした社会では、個人の細かな好みもデータが蓄積されます。例えば中国で普及している飲食のデリバリーサービス。私はほぼ毎日使っているので、どんな食生活をしているのか個人のIDと紐づいて詳らかにデータに残ります。乗り捨て自由のシェアサイクルも同様に、QRコードを読み込んで使うので、自分の移動ルートが可視化されます。この情報はマーケティングに有効活用され、行動圏内のお店のおススメがお得な情報とともにプッシュされることも可能になります。
おそらく5年前に中国に訪れたことのある人が今再び行くと、街の変化に驚くでしょう。以前はタクシー乗り場や電車のホームで行列を押しのけて行く光景によく遭遇しました。また、お店の店員やタクシードライバーのサービス品質も概ね求める水準ではなかったものが、最近ではマナーの悪い人は減り、おもてなしを自然に行う店やサービス従事者が目に見えて増えてきました。
なぜそうなったのでしょうか。アリババの傘下に「芝麻信用(ジーマクレジット)」という与信サービスを持つ金融会社があります。まさにこれが信用度の可視化を行っており、支払能力を点数化しています。この点数がオフィシャルな、例えば海外渡航のビザの申請プロセスの短縮化や住宅を借りる際の敷金やホテルのデポジットが免除されるなどの優遇措置にもつながります。アリババはメインのEC事業「天猫」で国内50%程度のシェアを持ち、モバイル決済でも同じくらいのシェアを持っています。つまり一個人の購買行動の半分は把握していることになります。加えて、個人間の送金もモバイル決済が使えるので、人的ネットワークもスコアリングされ、社会的信用のある人と友人親族の関係だと、自分の点数も上がります。
中国ではいまやジーマクレジットの評価にかかわるから善行を積むというような行動につながっています。実際には列を乱したからといって点数が下がることはありませんが、友人同士、家族間で牽制しあい、行動が変わってきているのです。
新しい形の管理社会ともいえますが、従来の中国の環境は信用情報が何もない人が75%、都市戸籍と農村戸籍は異なり、生まれながらのもので自分の意思で変更はできず、都市戸籍のほうが家を借りるようなときに有利です。その点、ジーマクレジットは自分の力で評価を勝ち取れるので、評価社会という見方もできます。頑張ると評価され、報われる社会になりつつあることに現代の中国で生きる人は希望を持っています。
評価システムの導入が顧客対応にも変化をもたらす
評価システムが至る所で使われるようになり、サービス供給側の企業や従業員にも大きな変化が見られています。そのひとつにDidi(ディディ)というタクシー配車サービスがあります。このサービスでは、流しのタクシーから快速、プレミア、ラグジュアリーなどレベルが分かれています。プレミア以上なら、運転手がスーツ着用で、車内にはミネラルウォーターが備え付けられています。ラグジュアリーはそれに加えて、車種はアウディかベンツかBMWに限定。運転も上位ほど丁寧です。
ここで秀逸なのはドライバーの評価システムです。類似サービスのUber(ウーバー)はユーザー評価のみですが、それだと「5元渡すから良い評価がほしい」といった賄賂が横行するのが中国社会。ディディでは点数が上がると昇格試験が受けられますが、デジタルデータも併せて評価に使われており、人的な操作に頼らないようになっています。評価軸は、配車依頼に対するレスポンスの早さ、レスポンスから客の呼んだ場所に着く時間の早さ、乗車地から目的地までリーズナブルに時間どおり着くかどうか。これらをGPSとジャイロセンサーを使って測定します。適正なスピードで運転しているのか、急ブレーキ、急発進をしていないかまで詳らかになるので公正に評価されます。その結果、これまで非接客業だったタクシードライバーが今はきちんとサービスをするようになっています。こうしたシステムがさまざまなサービス業で活用され、いい方向付けとなり、ユーザー体験の質も高くなっているのが今の中国です。
オンラインがオフラインを覆う世界へ
社会変化に乗じて成長しているのは、IT企業だけではありません。中国4大保険の一角、中国平安保険グループ(PING AN)は、2017年1月と18年1月の比較で時価総額を倍にしています。中国においてITが最強の時代に既存の保険会社が時価総額を倍にできる理由は何か。それは既にOMOを武器に戦っているからです。
保険はひとたび契約すると、次の顧客接点は事故や死亡のときで、顧客接点が最も重要とされるデジタルマーケティングの時代には不利なビジネスモデルです。彼らはそれを理解し、まずは医療、交通、住居の分野といった生活圏に事業領域を広げました。
その中でも最も成功したPINGANドクターアプリは、ユーザー数約2億人のモンスターアプリ。人を簡単に信頼しない中国社会では、人々は病気になっても基本的に町医者には行かず、世間的に名のある大病院に患者が集中していました。その結果、すぐに受診できずに整理券が7日待ちという異常事態になることも。
そういった中国独特の課題に着目したこのアプリの特徴は3つの機能にあります。1つ目はドクターと提携した年中無休の無料問診。2つ目はドクターベースの予約機能。ドクターリストには論文歴、卒業大学、受賞歴、問診でのユーザーボイス、評価などが書かれ、病院の規模や知名度ではなくドクターへの信用を判断できるようにしました。その結果、町医者でも優れた医者には患者が訪れるようになり、大病院だからというだけで患者が集中することはなくなりました。3つ目は歩数でポイントが貯まる仕組み。24時でポイントが消えるので、ユーザーは必ず1日1回アプリを開いてポイントに換金します。
重要なのはこうして頻度の高い顧客接点を生んでいることです。企業は生活に潜むペインポイントを解決する便利なアプリをつくることで、何度もそのアプリに集客する動機付けをし、ここでの広告事業で新たな収益を生むことができました。しかしそれ以上にインパクトが強いのは、営業ツールとしての側面です。平和保険の営業マンは初対面では保険を売らず、このアプリを勧め、ダウンロードを促しにいきます。ダウンロードしたユーザーは、例えば便利な無料問診やドクター予約の機能を使う。あるいは”がん”というキーワードで頻繁に検索し、検査機関を予約する。こうした行動が可視化できると、営業マンは見込み客のサービスニーズを把握できるわけです。そこから人的な営業活動につなげられます。
高度なデジタル社会では、人の仕事がなくなるという見方をする人がいますが、価値を伝え使ってもらうためには、オンラインや広告の力だけでは難しいのです。事実、平和保険グループは営業マンの数を増やしています。
日本企業はリアルの世界に付加価値的にデジタルがついてくると考えがちです。一方で、むしろデジタルを基軸にとらえるのが中国の考え方で、リアルな接点は平和保険グループの例のようなレアなものとなります。これを私たちはアフターデジタル型と称しています。この観点からデジタルトランスフォーメーションを進めていく、もしくは新しいビジネスを創っていくことが必要な時代になっていると言えます。
OMOという新たな概念を体現する中国の都市社会では、オンライン・オフラインのあらゆる行動がデジタルデータ化され、そこに評価スコアも加わり、顧客へのアプローチだけでなく、ビジネスのあり方自体が大きく変化を遂げていると実感。 日本はいかにして頻度の高い顧客接点を生み、個人に紐づくデータ活用からどんなサービスを提供し、ビジネスを展開していくのか。それが試される時代になってくると感じました。藤井さん、どうもありがとうございました!(+tech labo 原田)
藤井 保文
株式会社ビービット 東アジア営業責任者 /エクスペリエンスデザイナー
1984年生まれ。東京大学大学院学際情報学府情報学環修士課程修了。2011年、ビービットにコンサルタントとして入社し、金融、教育、ECなど様々な企業のデジタルUX改善を支援。14年に台北支社、17年から上海支社に勤務し、現在は現地の日系クライアントに対し、モノ指向企業からエクスペリエンス指向企業への変革を支援する「エクスペリエンス・デザイン・コンサルティング」を行っている。また、NewsPicks「中国のリアル」カテゴリーのプロピッカーを担当。以下自社のブログにて世界のデジタル環境とビジネス変化に関して執筆中。https://trillionsmiles.com/
原田 裕生
株式会社電通テック +tech labo 主任研究員
+tech laboで、ものづくり×プランニングの経験を生かしてIoTデバイスを軸にしたサービス開発に取り組みながら、プロモーションの進化について研究中。
- Written by:
- BAE編集部