パンデミックによって「移動」が制限され、遠く隔たった場所にいる人々といかにコミュニケーションをしていくかという課題が持ち上がる中、「テレプレゼンス」という技術が注目されています。
ロボット(アバター)という分身を介して、遠隔地の人とまるでその場にいるように交流することができる。この仕組みを新たな移動手段として捉え、「瞬間移動」サービスを提供するのが2020年設立のavatarin(アバターイン)株式会社。「存在を伝送する」技術は私たちの生活をどのように変えるのか、代表取締役CEOの深堀 昂さんにお話をうかがいました。
「瞬間移動」モビリティがあらゆる社会課題を解決する
——御社では新しい移動手段として遠隔操作ロボットによる「瞬間移動」という方法を提唱されていますね。まずはavatarinが具体的にどのようなサービスが、教えていただいてもよろしいでしょうか。
2021年10月に「avatarin(アバターイン) beta」というプラットフォームを立ち上げました。利用者はこのプラットフォームを介して、体を移動させることなく「存在」だけを遠隔地に伝送することができます。その際、自分自身の分身となるのがアバターロボットの「newme(ニューミー)」です。ユーザーは自分でロボットを所有する必要はありません。世界のさまざまな場所にあらかじめ設置されているnewmeを検索し、乗り移る(アバターイン)ことで、ロボットを自由に操作して、動いたり、見たり、人と会話することができます。現在、ロボットはさまざまな施設や団体に貸し出すなどして、実証実験を重ねています。
——利用者が自分でロボットを購入する必要はないということでしょうか。
その通りです。従来の一般生活者向けのロボットは購入しなければ利用できないというハードルの高さがありました。それゆえに、どうしても利用者はロボットが好きな人に絞られてしまいます。newmeはロボットを個人が購入・所有することなく利用できるという点で、かなり間口が広がります。私たち自身も、時にロボットの会社だと見られることもあるのですが、あくまでモビリティを事業とする会社だと捉えてもらえると嬉しいです。
——avatarinのサービスを立ち上げた経緯を教えていただけますか。
弊社は2020年4月にANAホールディングス株式会社からカーブアウトして設立された企業なのですが、瞬間移動サービスのプロジェクト自体は、2016年に米XPRIZE財団主催のコンペでグランプリを受賞した時から始まっています。飛行機も含めて従来のモビリティの課題としてあったのが、台風や震災、あるいは国際情勢などの要因で交通がピタッと止まってしまうこと。私も前職の時に何度も経験しましたが、これは避けられない事態です。そこで、肉体を移動させなくても、人って移動できるのではないか?と考えたことが、「瞬間移動」という発想の起点でした。
——コロナ禍によってニーズの変化はありましたか?
それまでは、IT系の大企業などから問い合わせをいただくことがほとんどだったのですが、おそらく移動に制限がかかったことで、対面で会えない人へのアクセス手段として、具体的なユースケースをイメージしてもらいやすくなったからでしょう、お孫さんの結婚式に参加したいという方や、余命間もないご両親のお見舞いをしたいという方など、もともとロボットへの関心は高くなかったであろう個人の方からもお問い合わせが増えています。
——コロナ禍以降、ビデオ通話やオンラインオフィスといったサービスが、非接触コミュニケーションのソリューションとして世の中に、飛躍的に浸透していきました。そのようなサービスと瞬間移動モビリティの違いは、端的にいうと何でしょうか。
ビデオ通話であれば、パッと画面越しにお互いの顔が写って手軽に会話をすることができます。最近では、ビデオ通話を介してオンラインツアーを実施する例もありますね。便利ではなりますが、そこに欠けているのは「自分がそこにいる」という感覚です。ビデオ通話はあくまで画面越しに相手の顔や、風景を見ているだけで、感覚的には自分は依然としてパソコンの前にいます。ところが、私たちのサービスは遠隔操作ロボットを通じて、歩き回ったり、人に話しかけたり、そういった「動くこと」を通じて、より強く体験が印象付けされ、記憶としても実際に自分がその場にいたような思い出を残すことができます。このようにロボットやインターネットを介して意識を遠隔に伝送できることが、avatarinの特徴となります。
——ビデオ通話は「移動」に関わるさまざまなコストを省略した効率的なコミュニケーション手段と考えられますが、avatarinは「ロボット」というモノを介することで、あえて非効率というか、「無駄」を足しているのがユニークですね。
まさに、その「無駄」がポイントです。例えば弊社のオフィスでもよくロボットの操作を実験しているのですが、アバターロボットで社内をウロウロしていると、まるで本物の人間に対するように声をかけてくれるし、そこから雑談が始まることもある。そういった一件「無駄」な行為を通じて、「あ、自分はそっちに存在しているんだ」と感じることができる、ここは結構ポイントだと思います。
こういった「実在感」の他にも瞬間移動ならではのメリットがあります。例えば、自社にお客様を招いた時に、ビデオ通話だとオンラインにつながるとノータイムで会話が始まってしまいますが、アバターロボットを介したコミュニケーションなら、リアルなミーティングのようにエントランスからご案内して会議室に導くという過程が生まれる。そこでエントランスの雰囲気や、受付の人の雰囲気を感じてもらうことで、自社のブランディングにもつながるんですよね。
——リアルでのコミュニケーションでこそ得られた体験価値が、遠隔ロボットを使うことで補えるということでしょうか。
その通りです。またアバターロボットを介するメリットは、コミュニケーションをする相手にも「存在感」を与えることができるという点です。
——とはいえ、見た目的には「ロボット」感が拭いきれないような印象もあるのですが、より人間らしい外観にしなかった理由はなんでしょうか。
あまり人間に見た目を近づけても逆に不気味になってしまうなどのデメリットもあるので、動きやすさなどいろいろな点を考慮して現在の形になりました。スマートな外見ではありますが、先端のディスプレイに映る顔の表情で、十分な量の情報を伝えることができます。またロボットの視野は360度カメラを使えば広く確保できるのですが、敢えて人間のように視線に合わせて首を動かすようにしました。「視線」がわかった方が、相手もコミュニケーションをとりやすくなるという理由からです。これも「無駄」の発想です。
距離や時間の制約がなくなることで広がるビジネスチャンス
——これまで、ビデオ通話などのオンラインコミュニケーションと比較した際の違いについて教えていただきました。一方で、車、電車、飛行機などの移動手段と比べた時に、どのようなメリットがあると言えそうでしょうか。
前提としてavatarinは他の移動手段と競合しているわけではありませんが、3つキーワードが挙げられると思います。1つは「インスタント」であること。飛行機に乗ったり、電車に乗ったりする際の手続きを考えると、瞬間移動ならパソコンやスマートフォンを使って簡単に世界各地へ行けるという便利さがあります。2つ目は「インクルーシブ」。体に障害のある方でも、高齢になって免許を自主返納された方でも、病院に入院されている方でも、制限なく移動が体験できます。3つ目は「サスティナブル」。リアルな移動手段は多くのCO2を輩出しますし、エネルギーも必要となります。道路などインフラの整備も発生しますし、環境への負荷が大きい。以上、アバターロボットを活用することで、移動に関するさまざまな課題を解決することができると考えています。
——現状のところ、avatarinはどのようなユースケースを想定されていますか。
一番イメージしていただきやすいのは旅行や観光、ショッピングなどの娯楽領域です。美術館や水族館といった施設、はたまた世界の有名な観光地にアバターロボットを置けば、時間的な制約(多忙で長旅の時間が確保できない、日程の都合で滞在時間が短いなど)や、身体的な制約(身体上の衰えや、体の障害など)に縛られず、自由に旅をしたり、買い物を楽しめたりします。また好きな時間に瞬間移動をすることができるので、星空がキレイなスポットなのに行った日は空が曇っていて見えなかった、という失敗も避けることができます。
——一方で企業側の視点に立つと、気軽にさまざまな場所に行けるようになれば、他の有名スポットに紛れてプライオリティを低く設定されがちなスポットにも集客しやすくなるかもしれませんね。
そうですね。また、時間の制約がなくなることで、営業終了後の美術館や動物園など、一円のお金も生まない時間帯にもアバターでお客さんを呼び込んで収益化をはかることができます。誰もいないルーブル美術館を自由に歩き回れる体験にお金を払いたい人はいっぱいいるはずですし、「時差」を考慮すると日本が真夜中の時は地球の反対側は昼間なので、海外観光客からの集客も見込めます。
「存在感」の伝送はヘルスケア分野でも効果を発揮する
——娯楽的な活用法以外では、どのような活用法が考えられますか。
一つは教育ですね。例えば社会科の授業で、とある外国の国について勉強しましょうというテーマがあったとします。実際にその国にあるアバターロボットに入って30分間、街を散策したり、現地の人と翻訳ツールを使って話したりしてみれば、生徒たちからは「聞いていたのと印象が違う国だった」「実際に話してみたらいい人ばかりだった」といった、リアルな体験でしか得られない感想が出てくるはずです。
また、医療、介護の分野でも活躍すると思います。コロナ禍において、なかなか高齢の親元に帰省しづらかったり、病人の付き添いが難しかったりという状況がありますが、アバターロボットを介せば遠隔からでも寄り添うことができます。会話をするだけなら電話やビデオ通話でもできますが、例えば寝たきりの人がスマホやパソコンを操作するのは、そもそもハードルが高いじゃないですか。ロボットが相手ならそういった難しいインターフェイスを介さないで、対面の人間と同じように接することができますからね。
また、存在を介したコミュニケーションに、必ずしも会話は必要ではありません。単身赴任で離れて暮らす家族と一緒にテレビを見たり、病気で臥している親を横で見守ったり。「そこにいる」という存在感を遠隔に伝えることは、電話やビデオ通話ではできないコミュニケーション領域だと思います。
——最後に、今後の展望について教えていただけますか。
ロボットの進化のフェイズとして自律型ロボットの次に来るのは、人の意識がオントップで乗るアバターロボットだと思っています。『アイアンマン』のスーツのような感じで、自動化できる部分はAIに補完してもらいながら、人間はスーパーマンのように振る舞うことができる。また原理的には複数のアバターに同時に入ることもできるので、複数の人生を体験することも可能なはずです。アバターを介して、現実世界も仮想世界もシームレスに行き来できる、きっと楽しい体験になるはずですよ。現状のavatarinは「見て動き回る」という段階ですが、動き回りながら買い物をする、動き回りながらライブ配信をするなど、できることの幅をどんどん広げていければと考えています。
深堀さんのお話を聞いていると、avatarinの実現していることが単にパンデミックで制限された移動の代替手段ではなく、人間の身体的機能を拡張し、あらゆるバリアを取り払ってくれる可能性を秘めていることがわかります。いつでもどこにでも瞬間移動ができる仕組みによって、遠隔でも対面と変わらないユーザー体験を提供することができれば、移動の制限はもはや障害ではなく、ビジネスチャンス拡大の好機という捉え方もできるのではないでしょうか。
- Written by:
- BAE編集部