AIなどを活用して、人間の様々なアクションから“意味”や“感情”を分析するテクノロジーが進化しています。ユーザーの感情に基づくデータを、プロモーションや商品・サービス開発などに役立てようという動きも増えてきました。
とりわけユニークな着眼点とネーミングで注目されているのが、「不満買取センター」です。不満や悩みにまつわる生活者の声を集めて、最新のAIテクノロジーによって分析し、企業のヒントとなる情報やデータをあぶり出す仕組みです。
“不満の声”から得られるデータとは、一体どんな内容でしょうか。企業はそれをどう役立てることができるのでしょうか。「不満買取センター」を運営するInsight Tech(インサイトテック)の伊藤さんにお話を伺います。
“不満の声”だけが秘めている、期待感や可能性を紐解く
——ユーザーから、日々の暮らしの中で感じた不満を集める「不満買取センター」。多くの感情のうち、“不満” に注目されたのはなぜでしょうか。
不満が期待とのギャップによって生じる感情であり、欲求や改善への希望が隠れていることに注目して、分析を始めました。
不満は、ポジティブなペインとも捉えることができ、イノベーションの種になり得るものです。そこで、集めた不満をAIによって分析し、しかるべき企業とともに具体的なアイテムやサービスに変えていきたいと考えて「不満買取センター」をスタートしました。
——ユーザーの声から商品化されたプロダクトなどはこれまでもありましたが、その中でも人々のリアルな「不満」の声は企業側にとって、どんなヒントに通じているでしょうか。
昨今は、画期的なプロダクトを次々と打ち出していくというよりも、ユーザーの利便性を向上させたり、細かな希望に対応したり、ということが喜ばれるようになり、マーケティングの課題としても優先されるようになりました。
それだけに、日常のちょっとした悩みやもやもやといった不満の解決は、企業にとっては商品の差別化や優位性、サービスの改善・開発のチャンスに繋がります。
——不満に基づくデータは、特にどんな企業やビジネスに役立つでしょうか。
大きく分けて3つあります。
一つは、食品、化粧品、自動車メーカーなど、商品の改善・開発が高頻度で行われる企業です。実際に不満データは、ニッチなものを含めて商品の多角展開を行い、ペインを起点とした新しい価値の提案に日々取り組まれている企業に、最も活用されています。
二つ目は、金融や、運輸業といった既存の成熟産業を中心とした、新規事業の開発です。新しいビジネスに取り組む際に、ペインの生じるポイントを “可能性を秘めた市場” の一つとして捉えて、アイデアやプランを立てたい、という企業が増えています。
三つ目は、社会課題の分野です。「不満買取センター」には、教育、介護、災害などに関係する不満も集まってきますので、これらのデータを、自治体などとのコラボレーションによって、まちづくりや政策に役立てる取り組みにもチャレンジしています。正直、ビジネスには結びつきにくい分野ですが、重要なポテンシャルだと考えています。
——「不満買取センター」の取り組みと、既存のアンケート、SNS上の投稿、テキストマイニング等は、どう違うのでしょうか。
“新鮮でオーガニック(自然発生的)な不満が集まる” ことが、不満買取センターに寄せられるデータの最大の特徴です。
「不満買取センター」は第三者的な立場にあるため、企業アンケートのようなバイアスや忖度の影響を受けない、“純粋な声”が、生活者から幅広く集まります。
この点を担保するために、特定の企業や商品とのPRやキャンペーンと紐づけることを一切行っていません。
ユーザーが書き込むタイミングも自発的で、例えば “ゼリーを買いたいと思っていない時に、ゼリーについて回答しなくてはならない” といったことがありません。ゼリーを買う時に感じた「カロリー表記が見にくいな」という不満、ゼリーを食べる時に感じた「フタが開けにくいな」という不満を、いつでも書き込めます。
「フタが壊れて開かなくなった」など、大きなトラブルが起きた場合は、お店や企業の窓口への問い合わせや、クレームに繋がるでしょう。しかし、日常の中でふと感じる程度の小さな意見をうまく吸い上げられる仕組みは、今までにありませんでした。
SNSへの投稿は、多くが「おいしかった」「買った」といった感想や説明に留まりがちで、他人に見られているといったバイアスもあり、ペインを読み解くネタ元としてはあまり向いていません。
目的によってはアンケートやSNSのクローリングのほうが役立ちますが、商品やサービスの改善・開発についての発想を得たり、仮説を立てるためのデータが必要な際に、不満データは価値を発揮すると思います。
また、詳しくは後述しますが、「単語」に区切って分析する、テキストマイニングツールとは違い、私たちのAIは不満に関する「文章」をそのまま分析できます。
そのため、ディティールや改善の要望が含まれたリッチな文章は、買取ポイントが高くなる仕組みを採用しています。
「軽い」「捨てやすい」……不満に応える商品が続々登場
——不満のデータが、実際の商品開発・改善などに役立てられた事例を教えてください。
「スティック飲料」の不満を解消した商品開発例
スティックコーヒーにまつわる不満データを活用。水にもさっと溶けるパウダータイプで、スティック1本から1ℓのドリンクが作れる。また、コンパクトでストックしやすく、パッケージが紙製で廃棄しやすい。コロナ禍における買い物スタイルの変化や、環境意識などにまつわる不満が開発に繋がった
※画像は味の素AGFプレスリリースより
「就寝前」の不満を解消した商品開発例
フランスベッドによる家具調ベッド
ベッド自体ではなく、主に就寝のシーンにまつわる、数千件の不満によるデータを活用。眠る前のリラックスタイムをどう過ごすか、スマホの充電や、ティッシュやメガネなどの収納、ベッドルームの照明にまつわる意見など、モニター調査では見えにくかった本音が商品開発に活かされる結果となり、売り上げ台数が既存の商品の4倍に
「口臭」の不満から探索された新規事業アイデア例
ライオンによる口臭ケアサポートアプリ「RePERO(リペロ)」(法人向けサービス) 約2,000件の不満に基づくデータから、幅広い世代に共通した「口臭への不安」が、様々なシーンでコミュニケーションを阻害していることに着目。オーラルケアの一歩手前に存在する、ケアとチェックのニーズに応えるためのアプリ開発に繋がった
文章に含まれる“意味”や“感情”を理解する、独自のAI
——不満の内容を分析する、AI技術と成果について教えてください。
私たちが活用しているのは、京都大学の黒橋・褚・村脇研究室との共同開発を行っている、文章解析AI「ITAS(アイタス)」です。単語ではなく文章を解析できるため、主語、述語、形容詞といったものを理解できます。
簡単に説明すると、テキストマイニングのように「『●●』という単語が多い」「『●●』というネガティブな単語が使われている」といった分析に留まらず、文中から意見性のある内容を抽出したり(意味理解)、発言者の感情や優先度を特定できる(感情理解)ため、文章に含まれる課題感や熱量、因果関係などが汲み取りやすい形で分析できます。
さらに、多数の文章から抽出した意見を、近しい意見も含めてグルーピング・可視化することが可能です。
——AIで分析された不満データは、どのように可視化できるのでしょうか。
例えば、次のような可視化・レポートが可能です。
・ 性別や年代ごとに不満傾向を比較する、自社商品と競合商品で不満傾向を比較する、不満の発生が多い時期を特定する、など、目的に応じて定量的に可視化する
・ 意見の「量」と、意見の「質」を定量化して、優先的に取り組むべき課題を特定する。例えば、「怒り」の度合いが高い意見の量が多ければ、優先的に対処すべき内容だということが分かる、など
・ 特定のキーワードにまつわる意見を集約し、背景にあるニーズやインサイトを整理した形で示す
目的に応じて属性軸を設定したり、分析結果を選ぶことで、不満の中からインサイトを探索したり、時系列でモニタリングしたりすることが容易になります。
これから流行る新奇性の高いアイデアをAIで見つける
——文章解析AIによって、不満の声以外のデータを分析することも可能でしょうか。
はい。例えば、コンタクトセンターに寄せられたユーザーの声、アンケートのフリーアンサー欄のコメント、集められた意見書や社内での企画アイデアなどをITASで解析することで、ビジネス強化を支援してきました。
実際に、サービス改善の指標が向上したり、競合への乗り換え要因を分析しリテンションに繋げられたという例があります。膨大な企画アイデアの意見と質を分析によって評価し、ナレッジ抽出や優先順位付けに役立てたという例もありました。
人の手だけでは収集や分析が難しく、せっかくのデータを活かしきれない、具体策に繋げられないというところからも、インサイトや優先度を探ることが可能です。
また、特定のテーマなどをAIに追加学習させることで、ビッグデータの中から「新奇性(レア度) × 有望度」といった指標に基づくアイデアを見つけ出すソリューションの開発も手掛けています。
今後流行りそうな商品・サービスに通じる意見や行動を、AIがどんどん発掘することで、商品企画の精度・スピードに繋げられると思います。
——今後、ポジティブな感情にまつわるデータを分析される可能性などはありますか。
実は「満足買取キャンペーン」を試したところ、私たちがびっくりするほど大量の声が寄せられたことがありまして、以降は時々期間限定で満足も買い取っています(笑)。
そのほか、買い取った“不満のビッグデータ”の中から、意外な気分やストレスの傾向を通じて“感情”にまつわるトレンドが浮き彫りになることがあります。 これらは、皆さんの喜び、楽しみの移り変わりや、生活のトレンドなどが如実に表れる興味深いデータであり、コンテンツとしては非常に面白いのですが、残念ながらすぐにはビジネスに繋がりにくいというのが実情です。
ただ、これからも幅広い「声」を集め、これを課題解決や価値創造につなげる挑戦は続けていきたいと思います。
——今後の展望などを教えてください。
今後も、生活者から寄せられた不満の中から新しい価値を生み出すこと、また、「データ × AIドリブン」による課題解決策の提案などを通じて、“声が届く世の中を創る” ための取り組みを続けていきます。皆さんの声もぜひ「不満買取センター」にお寄せください。
商品やサービスに対する既存のアンケート等で集まる声とは違った「オーガニックな不満」の独自性が、新しい課題解決の種になり得ることが分かってきました。「ビッグデータ × 文章解析AI」によってマーケティングを高度化したり、発想を増やしたり、といった取り組みの有用性も、今後ますます注目されそうです。
今までに利用されてこなかったデータなども、切り口を変えて分析してみることによって、新たな気づきが生まれるかもしれません。「感性を可視化する」データサイエンスの進化に期待がかかります。
- Written by:
- BAE編集部