2017.11.09

デザインと即興演奏にある意外な共通点

変わりつつあるWebデザインワークフロー

いま、Webデザインをとりまく環境は大きく変わり続けています。それにともなって、Webデザイナーには新たなスキルが求められるようになり、制作プロセスそのものも見直されつつあります。
今回は、Webとデザインをテーマに様々な講演や執筆を行っているデザイナー/コンサルタントの長谷川恭久氏に、これからのデザインワークフローについて、お話しを伺いました。

目次

クリエイティブを増幅させる即興

シカゴとニューオリンズが発祥とされているジャズ。スイング、ビバップ、クール・ジャズ、ハードバップ、フィージョン、フリージャズ。1920年代から現在まで形態を少しずつ変えながら進化を続けるジャズの歴史は、即興演奏の歴史とも言えます。楽譜などに依らず、その場で作曲または編曲しながら演奏のことで、古くは 1927 年のルイ・アームストロングのトランペット演奏までさかのぼります。
ルイ・アームストロング「Savory Blue」では、ギターのメロディに乗せてアームストロングの即興演奏があります。また、マイルス・デイヴィスとジョン・コルトレーン「So What」でも、シンプルなメロディに乗せて両者が異なるスタイルの即興演奏をしています。

即興演奏の魅力は、ひとりのミュージシャンが自分のクリエイティブを発散させるのではなく、雰囲気に合わせて模索しながら演奏を続けるところです。ひとつのパフォーマンスに対して「これはどう?」と返していく会話のようなプロセス。楽譜通りに演奏せず、一緒に演奏するミュージシャンのクリエイティブに応えながら演奏するからこそ、今でもジャズは進化を続けているのでしょう。

即興はジャズをはじめとした音楽だけでなく、演劇やダンスにもあります。間違いを恐れずコラボレーションを助長する即興は、クリエイティブプロセスに欠かせない存在です。

自分のパートだけを演奏するデザイナー

デザインでも即興する機会が幾つかあります。例えば、コンセプトを考えるときに様々な言葉を出し合うブレインストーミングは即興そのものです。ユーザーへの理解を深めるためにターゲットユーザーになりきってロールプレイをするのも即興のひとつです。

考えるだけでなく、作るプロセスにも即興があります。ユーザーのニーズを意識しながら、エンジニア、営業、マーケッターの要望に対して迅速な対応をしなければいけません。大まかな方向性は決まっていても、それがどのような道筋を辿るのか、結果どのようなものが出来上がるのか予測できません。デザインは自分が作りたいものを作る仕事ではないですし、自分以外の見解・要望が含まれているからこそ、ひとりではできない新しいものが生まれるのでしょう。

デザインにも即興は必要ですが、制作プロセスが凝り固まってしまうことで、即興を許さない環境になる場合があります。先述したジャズの例に置き換えると、毎回楽譜通りに演奏しないと周りから冷めた視線を浴びるような状態かもしれません。自分のパートをきちんと仕事するだけだと、独りよがりのデザインになりがちです。

今は様々なスクリーンサイズを考慮して画面設計をするのが当たり前になっていますが、デザインツールではある特定のサイズだけしか作れないのが現状です。

特に web やアプリのようなデジタルプロダクトはチームで動くことを必須とします。Photoshop をはじめとしたデザインツールで作られたものが、一寸の狂いなく再現されることはありませんし、利用環境によって見た目が変わることもあるからです。あらゆる状況を考慮してデザインするのが難しいだけでなく、コードにまで落とし込んで初めて発見される課題も少なくありません。つまり、デザインツールで作業したら終わりではなく、実装してはデザインをし、デザインしてはまた実装をする行程になります。

即興ができる環境作り

即興には早い切り返しが必要になることから、デザイナーも早くモノを作らなければならないように感じるかもしれませんが、そんなことはありません。完成を早く作れるようになるより、途中でも良いので思考や意図を早めに見せていく姿勢が即興には重要になります。しかし、即興がしやすい環境がなければ、たちまち自分のパートだけに専念する演奏者になってしまいます。

即興には、間違いや失敗を許す場作りが欠かせません。成果物を出す度に良し悪しの評価をされていたら、前進するスピードが落ちるだけでなく、周りも「正しいものを作らなければならない」という消極的な態度になりがちです。

デザインの即興が難しい理由はデザイナーのスキルが足りないのではなく、制作工程の場合があります。エンジニアとの対話がないデザインファイルの受け渡しだけの環境だと最初から正解が求められます。様々な可能性を模索できるような行程でないと、ある特定の状態だけを考慮したデザインになる場合もあります。

デザインの即興ができる環境で欠かせないもうひとつの特徴は、途中でデザインを見せれるようにすること。正解が求められる中、完成品に近いものばかり作り続けるのは時間もかかりますし体力も精神も消耗してしまいます。最初から正解を求められるからこそ、途中段階を見せることに意味がないと感じてしまうかもしれせん。しかし、途中を見せることは課題の早期発見に繋がるだけでなく、デザインの意図も共有しやすくなります。

作っている途中で、「スクリーンサイズが変わったらどうなる?」「利用者が情報を入力したらどうなる?」といった課題が共有されていれば、デザイナーもそれらを考えながら作ることができます。また、様々な模索を繰り返すデザインの行程を見ることで、なぜ今のデザインが最適なのか周りも理解しやすくなります。近年、多くの現場でプロトタイプ作成が勧められているのも、デザイナーだけではすべて把握できない課題を、他の専門家も交えて検討・模索するためでもあります。

inVisionをはじめとしたプロトタイプツールも、動く画面仕様書を作るためではなく、実装前に様々な可能性を模索するためのものです。

チームでデザインを考える

即興はひとりではなく、参加する全員のものであるという連帯感が生まれやすくなります。デザインは誰かに作ってもらうものではなく、自分もデザインに参加しているという意識が芽生えることで、安直なダメ出しも少なくなります。 Michael I. Norton が発表した「The IKEA Effect: When Labor Leads to Love」という論文(原文はこちら)で IKEA の人気の秘密を分析していますが、それによると、プロによって組み立てられた家具より、自分で作った家具に高い価値を置く傾向があるそうです。これは家具だけでなく、デザインにも同じことが言えるはずです。 即興ができる環境は、「No」というダメ出しのぶつかり合いではなく「Yes, and …」という繋げるコミュニケーションを助長します。Web やアプリのようなデジタルプロダクトは、デザインファイルだけでは完成の半分まで行き着いたとは言い難いですし、世に出さなければ分からないこともたくさんあります。不透明なところが多いからこそ、チームで一緒に動く環境とマインドセットが欠かせません。

これからのデザインの仕事は自分のパートだけを一所懸命取り組めば良いわけではなく、周りの状況に合わせて素早く反応ができるジャズの即興のような行程の中で仕事をしていくことになります。Web サイトやアプリはデザインツールの中だけで完成しないわけですから、自分だけで正解を追い求めるにも限界があります。即興者のような振る舞いが必要だからこそ、間違いを恐れず、様々なアイデアを模索して見せることができるようになりましょう。

長谷川 恭久氏

Web/アプリに特化したデザイナー・コンサルタント。
アメリカの大学でビジュアルコミュニケーションを専攻後、マルチメディア関連の制作会社に在籍。帰国後、制作会社や企業とのコラボレーションを続け、現在はフリーで活動中。組織の一員となるスタイルでデザインに関わる課題を解決するといった仕事を行うなど、チームでデザインに取り組むためにできることを模索している。
著書に『Experience Points』など。

Written by:
長谷川 恭久