いまや当たり前のように使っている「インターネット」。その歴史は1969年にまで遡ります。日本においては、1984年、現・慶應義塾大学 環境情報学部 村井純教授が、東京工業大学と電話回線を用いて接続(300bps)を実現したのが“日本のインターネットの起源”です。
その後、無線化し、携帯電話などを通じて、誰もがインターネットを使う時代が到来しました。最近では、次世代移動通信「5G」に注目が集まっています。その速度は10Gbpsを超え、すでに普及している4G(LTE)の約100倍の速度を実現すると言われています。
ではなぜ、「5G」にこれほどまでに熱い視線が注がれているのでしょうか。インターネットの父・村井教授に「インターネットの過去と現在、そしてこれから普及する5Gの可能性」について、お話を聞きました。
インターネットは、真の意味での「グローバル社会」
――村井教授は1984年、日本で初めてインターネット接続を実現した人物として知られています。その後、どのような経緯で日本においてインターネットは普及していったのでしょうか?
村井
インターネットの原型は1969年、アメリカで誕生しました。その後、日本では1984年に初めて、慶應義塾大学と東京工業大学での接続に成功しました。しかしそれはあくまで、2大学をつないだだけ。「3つ以上がつながって初めてネットワーク」です。そこで同年10月から東京大学も加わり、JUNET(Japan University NETwork)の運用を開始。その後多くの大学や企業の研究機関が参加し、最終的には600以上の組織を結ぶネットワークとなりました。
当時は電話回線を利用しており、通信速度は300bps(1秒間で300ビット)でした。現在スマートフォンで利用できる4Gは最大150Mbps(1秒間で150M/1M=1024K、1K=1000b))ですから、私たちがいま、当たり前に触れている速度というのは実にインターネットが生まれた当時の50万倍以上となるわけです。
それだけでも、インターネットがわずか30年で、いかに急速に発達してきたかがわかると思います。
私はもともとパソコンOS「UNIX」の専門家でしたから、その知見を活かし、英語中心だった初期のインターネットの多言語対応に尽力しました。こうしてインターネットは英語圏のユーザーだけでなく、世界中の人にとって、欠かせないネットワークへと成長したのです。
その後、日本においてインターネットが普及したのは、1995年に発売された「Windows 95」の大ヒットが影響しています。以降、それまでなかった、インターネット接続機能がパソコンに標準搭載されるようになり、日本でもインターネットは爆発的に普及していきました。
ですからインターネット史において、「Windows 95」は革命を起こした存在、と言っても過言ではありません。その後、スマートフォンの普及により、誰にとってもインターネットは身近で欠かせないインフラとなりました。
――インターネットの登場は、私たちの生活を大きく変えました。その特徴をもし「ひとつだけ挙げる」とすれば、村井教授はどの点に着目しますか?
村井
やはりグローバル空間であることでしょうね。国の境がなく、まさに“世界をひとつ”につないでいる点において、真の意味での「グローバル社会」はインターネット上にしか存在していません。
そこにはひとつの偶然も存在しています。私たちが現在、地球の真裏の国の人たちともリアルタイムでコミュニケーションを取れるのは、現時点で最速である光の速度と地球の大きさが絶妙なバランスだからです。もし神様が、地球の大きさを2倍にしていたら、タイムラグは大きくなり、即時性は失われることになりました。
そうした偶然もインターネット普及を後押しした理由のひとつになっていると思うと、非常に面白いですよね。
企業と消費者の繋がりを変えたインターネット
――インターネットの登場によって、企業と消費者の関係も変わりましたね。
村井
技術が発展することで、できることが増え、活用の仕方も増えてきました。Cookie(クッキー)機能を使い、一度訪問したサイトの広告が表示される「リターゲティング広告」もそのひとつです。
クッキー機能は、1996年の「アトランタ五輪」の公式サイトにおいて、世界で初めて実験的に導入された技術です。当時は、ユーザーのデータを判別し、ユーザーに最適な表示にページが切り替わるというものでした。その成功があるからこそ、現在のカタチが生まれたわけです。これにより、「コストを掛けずにデータを収集する」ことが可能になり、以後Cookie機能は、さまざまな形でマーケティングに活用される必須ツールとなりました。
ちなみに、オリンピックが実験の舞台に選ばれた背景としては、ひとつのウェブサイトに世界中から多くのアクセスがある機会というのは、非常に貴重で、大規模な実験をする上では最適な場なんです。以降も、インターネットの新しい技術が生まれる際には、オリンピックと連携しているケースが多くありますから、「五輪によりネットは進化した」とも言えるでしょう。
そうしたなかで、「企業と消費者の関係性を変えた」という点では、コンテンツのデジタル化が挙げられます。音楽はCDからデータに変わり、ダウンロードが主流になりました。映画のDVDはネット配信へ、本も電子書籍という形態が生まれていますよね。
印刷技術が進んだこともあり、現在では書籍のデータを1冊から印刷する「プリント・オン・デマンド(POD)」も普及し始めるなど、ビジネスの形も変わり始めています。その根底を支えているのが、インターネットです。
――デジタル化によって、郵送が不要になるなど、企業のコストへの考え方も変化したのではないでしょうか?
村井
それはあるでしょうね。その前提として、インターネットの定額化が当たり前になったことで、「インターネットを利用するとコスト削減につながる」という発想が生まれたわけです。
私は昔から、電話もインターネットも定額であるべきという考えでしたから、現在は「あるべき姿」に収まったという印象を抱いています。
インターネットの無線化、携帯電話の普及により、「誰にとっても、いつでもどこでもインターネットのある暮らし」が当たり前となった現在。その環境をビジネスに活用しよういう動きが活発に行われた結果、「コンテンツのデジタル化が加速した」と言えるでしょう。
新たな産業(サービス)を生み出す可能性もある「5G」
――現在スマートフォンに利用される移動通信システムは「4G」が標準的な通信速度ですが、近い将来「5G」が普及することが大きな注目を集めています。5Gによって、何がどう変わるのでしょうか?
村井
3Gから4Gに変わったことで、通信速度は向上し、スマートフォンの利便性は向上しました。4Gにより、動画が身近な存在になりました。同様に、5Gになることで、さらに高速化しますから、生活者のネット環境はより改善すると言えます。たとえば、サイトのアクセスの高速化、より高解像度の動画の投稿なども可能になるでしょう。
5Gの特徴は「大容量通信の実現と、高速化によるタイムラグの減少」です。現在4Gの通信速度では、秒単位の遅延(タイムラグ)がありますが、5Gでは1秒以下になります。
その差異をたとえるなら、4Gの登場によって、動画やWebコンテンツなどの「コンテンツのデリバリー」が可能になりましたが、5Gが浸透すれば、さらに大きな容量が必要な「サービスのデリバリー」が可能になります。つまり5Gが広まることで、新たな産業(サービス)が生まれる可能性があるのです。
――「新たな産業が生まれる」ほどの変化とは、具体的にどのようなものなのでしょうか?
村井
5Gが普及すれば、映像の転送は8Kまで対応できるようになります。8Kというと、まつ毛1本まで認識できるレベル。私たちの目で見る以上の解像度です。これは医療の分野での活用が期待されます。目で見る以上の情報が得られるわけですから、在宅医療や遠隔医療の精度は向上しますし、可能性も拡大します。技術的にはスマートフォンのカメラを利用して、自宅で診療を受けることも可能になります。
他にも発展が期待されるのはエンターテインメント、教育などの分野です。
エンタメですと、VRなどは転送量が増えますから、できることも増加するのではないでしょうか。教育分野では、録画した動画データの解像度が非常に高いですから、360度視野で記録を取得すれば、たとえば「プロサッカー選手の技術を正確に解析する」ことも可能になります。通信速度も速いので、足の角度やスピードなど、より細やかな情報がリアルタイムに取得できます。つまり、これまで参考程度だった動画が、高いレベルでの活用ができるようになるわけです。
さらにそこに最新のテクノロジーが加われば、リアルタイムの映像(たとえばスポーツ観戦など)を自宅で見ている場合、好きな角度から見ることができたり、まるでスタジアムにいるような体験をすることもできるでしょう。
また、遠隔操作もリアルタイム性が増せば、さまざまな分野で、遠隔技術が発達し、より効率性も向上します。他にも農業の分野は、すでにIT化が進んでいますから、5Gによってさらに利便性が向上、普及も進むことが予測されます。
2020年を軸に、普及予測は2025年。広がる5Gの可能性
――プロモーションや広告にも5Gの影響はありそうでしょうか?
村井
そうですね。転送量が大幅に増えることを考えると、ユーザーに、よりインパクトのあるWeb広告を届けることができるようになります。これまでにない、ダイナミックなインターネット広告も生まれるかもしれませんね。画像処理速度も速くなりますから、リアルタイムの映像と掛け合わせて配信できる可能性もあります。
また5GがAIなどと結びつくことで、インパクトだけでなく、ユーザーにとって最適な広告に触れる機会も増えるのではないでしょうか。
――今後5Gの普及が徐々に始まっていくと思われますが、いつ頃、浸透するのでしょうか?
村井
2020年に向けて、5Gの導入が始まっていますが、完全に普及するのは2025年頃だと予想しています。おそらく2020年には、5Gを活用した新しいサービスも登場するはずです。
そして2025年になれば、さまざまなサービスにAIが組み込まれ、そこに個人情報が適切に利用できる環境が整えば、自分にマッチしたサービスに出合える確率も高まるでしょう。
インターネットは5Gによって、さらなる進化を遂げます。そのなかで新たなサービスも登場します。私はそうした動き全般に対して、「あとから通る人が通りやすい道を作ってほしい」と願っています。これは学生たちによく言う言葉でもあるのですが、「あとから続く人」を意識しなければ、本当の意味でテクノロジーは普及しないからです。
インターネットがそうであったように、すべてのテクノロジーはそうであってほしいと、私は思っています。
5Gによって、“当たり前の日常”は、さらに進化、変化を遂げようとしています。最近では、5Gを使った世界3都市同時ライブ配信のプロジェクトが成功するなど、プロモーション活用の兆しも見えてきています。
また遠隔操作のリアルタイム性が向上すれば、既存サービスの発展、新しいサービスが登場することも考えられます。「通信速度の高速化」という単純明快な新しい展開は、距離と時間をよりスピーディーに超え、想像以上に私たちの生活、ビジネスを変える可能性を秘めています。
デジタル上では、ユーザーの情報をリアルタイムで取得・分析し、ユーザーごとにカスタマイズされた動画などを使ったアプローチも可能になるでしょう。そうなれば、ユーザーとのコミュニケーションにも変化をおよぼす可能性が十分にありそうです。
- Written by:
- BAE編集部