AIの活用領域は広く、現在「味覚×AI」により、味の数値化が実現しています。AIによる味覚分析サービスを提供する、AISSY株式会社 代表取締役社長 鈴木隆一さんは、「味覚の数値化は、クロスマーチャンダイジングにも効果を発揮する」と言います。
「味の見える化」によって、自社商品の特徴を把握したり、相性のいいものを見つけることもできます。味博士とも呼ばれる鈴木さんにおいしいの定義、味覚×AIの販促事例などについてお話を聞きました。
「おいしい」は五味のバランスで決まる
――まず、AIによる味覚分析を可能にした「味覚センサーレオ」について教えてください。
私は大学時代、味覚の数値化の研究をしていました。もともと、数値化できないものに興味があり、そのなかでも“味覚”は、もし数値化できればビジネスとして成立する可能性が十分あると考えていました。
その技術がある程度完成した段階で会社を設立し、2009年に「味覚センサーレオ」は完成しました。
実は「甘味(甘く感じる)=糖度の量」ではありません。しかし以前は糖度の量を甘味の指標としていたため、正確には計測できていない状態にありました。 味覚センサーレオは、“甘さ”を人間の舌と同じ原理で再現することで、その数値の正確さを、9割にまで向上させることに成功しています。ですから味覚センサーレオの最大の功績とは、「甘味の数値化を実現したこと」と言えます。
――しかし「おいしい」かどうかを決める要素は、“甘味”だけでないですよね?
はい。味覚センサーレオは、“甘味”を含めた5つの項目により、おいしいかどうかを判定しています。それを五味(ごみ)と言います。酸味・塩味・苦味・甘味・旨味とありますが、これらすべての数値が高ければいいわけではありません。「バランスの良いもの(五味のうち、2つまたは3つの数値が高いもの)がおいしい」と定義しています。
ちなみに、「ラーメンとプリンとコーヒーを一緒に食べる」と、五味すべての数値が高いものを食べた味になります。どう考えても、おいしくないですよね?(笑)
ちなみに五味の中でもイメージしづらい“旨味”とは、調味料(グルタミン酸ナトリウム)を使ったときに感じる味を指すものとお考えいただければと思います。これは日本人が見つけた「5つ目の味覚」であり、私たち日本人は旨味に敏感な傾向があります。
――そうなのですね。ちなみに五味のバランスによって「おいしい」を判定できる味覚センサーレオは、他にどんなことができるのですか?
味覚センサーレオ(AI)に良い組み合わせと悪い組み合わせを学習させ、食べ物の相性度を数値化できるようになっています。ちなみに「良い組み合わせ」というのは、1.味の強さが同じ程度で、2.味の種類が異なると、高い数値が出る傾向にあります。
ですから、その条件を満たす「チーズとワイン」の相性はよく、相乗効果によって「よりおいしい」と感じられるはずです。逆に条件を満たさない「米と牛乳」の相性は、あまり良くないわけですから、多くの人は「おいしくない」と感じるはずです。
クロスMDに効果を発揮する「相性度の数値化」
――「おいしさ」と「相性」を数値化できる味覚センサーレオは、さまざまな企業とコラボレーションした実績があります。どんな使い方があり、どのような効果を生んだのでしょうか?
検証結果を販促に利用したものだと、パッケージ・POP・リリース・ウェブサイト・動画があります。
個人的にはパッケージ利用は、効果が大きい印象を持っています。たとえばクッキーの事例では、M社のクッキーと相性の良い飲み物を検証し、いちばん相性の良かったものをパッケージで紹介しました。具体的には、「このクッキーと牛乳の相性は96.7%です」と記載したんです。またその理由を「クッキー」と「牛乳」の五味をレーダーチャートにして、クッキーの塩味と牛乳の甘みが相乗効果を生むことを解説しました。
それにより、異なる種類の商品を組み合わせて同じ売り場で売る「クロスマーチャンダイジング」が実現しやすくなったことで、同商品が店舗で目に触れられる機会は増加しました。
現在スーパーマーケットは、ついで買いを誘発し、効率良くものを売ることができるクロスマーチャンダイジングに注力している傾向にありますから、これはメーカーにとっても店舗にとっても、そして来店者にとってもメリットがある施策になったと言えるでしょう。パッケージではなく、POPにして相性度を紹介する場合も同じ効果が得られると考えています。
同様に、飲料では、食べ物で相性の良いものを検証し、ウェブサイトで紹介しました。やはり「相性が良い」と聞くと、人の心理として試してみたくなるようです。その興味が購買・行動につながっているという印象を受けています。
またSNSとの相性も良いようで、以前にテレビ番組で「たけのこの里」のクッキーとチョコレートのバランスを調べたところ、「相性度99.7%」という結果となり、これをTwitterで紹介した際は大きな反響がありました。
――「相性度」以外のものを使った事例はどのようなものがあるのでしょうか?
五味のバランスを検証し、競合製品との「味の違い」を数値化して訴求したケースもあります。チーズの事例では、チーズを分析してみると「旨味が強く、コクがある」ことがわかりました。
ちなみに「コク」とは味の総和が生み出すもので、五味のレーダーチャートの面積が広いほど、「コクがある」ことを示しています。つまり、複数の味が口の中の味細胞を刺激することで「コク」は生まれるんです。
その特徴をWebサイトで打ち出し、同社は他社との違いを訴求し、差別化することを実現しました。
他に、味覚センサーレオの分析結果を参考にしながら、商品開発を進めた例もあります。また味は温度でも変わるのですが、温度による味の検証を実施し、「温度に影響を受けないおいしい飲み物」というメッセージを動画にしてユーザーに届けたケースも最近出てきました。
現在も利用の幅は広がり続けていますし、「味や相性の数値化」を使った、新しい販促事例が生まれる可能性もあると考えています。
「味の数値化」が切り拓く未来
―― 「パーソナライズ化」が重要なキーワードとして注目されています。味覚分析も、より個人に合わせたものへと今後進化していくのでしょうか?
理想はそうなのですが、個人レベルの味覚の好みをAIに学習させようとすると、非常にハードルが高いんです。たとえば「AIスプーン」を開発し、日々何を食べたか学習させ、データを蓄積する。しかしこれでは負担が大きく、あまり現実的な方法とは言えないですよね。
また非常に細かいことを言えば、味覚は朝と夜でも変化しますし、今日と明日でも変化します。しかも私たちの味覚はわがままで、「好きなものでも毎日食べれば飽きてしまう」傾向にあります。
ですから、個人レベルのカスタマイズというのは、味覚分野においてはかなり先の未来の話になるのではないでしょうか。
――国によって味覚の感覚も違うと思うのですが、日本食が世界から注目されていることについてどう思いますか?
日本に昔からある「旨味」という概念は、実はもともと海外では認知されておらず、2000年頃にようやく世界的に認められたものなんです。その旨味を感じる力が日本人は世界的に見ても強い。これは豊富な食材が生む、幅広い食経験による恩恵と言えるでしょう。
そんなグルメな私たちの食は近年、世界的に人気を博しています。そして食の輸出が進んだことで、味覚のグローバル化も進み始めています。
昔は、アメリカ人は甘いものを好むと考えられましたが、ヘルシー志向のアメリカ人も増えています。実際、日本を訪れるアメリカ人の多くは、日本食について「おいしい」と語りますよね。これも味覚のグローバル化が進んでいる証拠でしょう。
ですから五味による味の解析はいまや、日本だけでなく、世界にも通用するものに変わってきているのです。将来的には、「日本人の味覚を数値化した販促」が海外でヒットする日も来るかもしれません。個人的にもその日の到来を、とても楽しみにしています。
以前はブラックボックスだった味覚の世界がAIにより解き明かされたことで、「味の数値化」が実現。「おいしさ」をキーワードに、販促や商品開発などで活用され、効果を発揮しています。今後さらにデータが蓄積されれば、「未来に流行する味」も予測できるようになるかもしれません。
- Written by:
- BAE編集部