SNSの普及により、「体験をシェア」することが一般化した現代。“泊まれる本屋®”というイメージの湧きやすい“体験”をコンセプトに据え、店舗数を拡大しているのが「BOOK AND BED TOKYO(ブック アンド ベッド トウキョウ)」というホステルです。
話題を集めている同ホステルが提供する「新しい体験」が誕生した経緯などについて、「BOOK AND BED TOKYO」ディレクターの力丸 聡さんにお話を聞きました。
現在、さまざまなプロモーションにおいて“体験”が重視されています。しかしその設計は決して容易ではありません。そのなかで「BOOK AND BED TOKYO」は、『泊まれる本屋®』をコンセプトに掲げ、「最高に幸せな寝落ち体験」を売りに、店舗数を拡大しています(現在、東京・池袋からスタートし、東京・浅草、京都、福岡の4店舗)。
同ホステルを生み出したのは、不動産会社のアールストア。同社は、東京のデザイナーズなどの洗練された賃貸住宅の仲介業をメインにしている不動産会社です。なぜ不動産業を主軸にしている同社が、ホステルに着目したのでしょうか?
「ひとつは、訪日外国人の増加を受け、宿泊施設の需要が高まっていたこと。もうひとつは、“いい宿泊施設=ラグジュアリー”という定義に疑問を感じていたからです。そこで、宿泊施設の新しい価値(体験)を提案したいと考え生まれたのが、『泊まれる本屋®』です」
ホテル(宿泊施設)と聞くと、寝心地がいいことも重要な要素だと考えがちですが、力丸さんは違った視点で捉えていました。
「私たちは、寝ているときのことは覚えていません。だから実は“寝心地”というのは、明確な体験としては残りづらいんです。むしろ寝ているときより、寝た瞬間(直前)の方が印象としては残りますよね」
そこで同社は、“本を読みながら寝てしまう”という「眠りに落ちる楽しさ」を届けることで、宿泊施設の新しい価値を提示しようと考えました。ホテルが身体を休める場所だとするならば、泊まれる本屋®は「寝る瞬間を楽しむ場所」です。
「好きなことをしていたら、そのまま寝てしまった喜び。それを体験してほしいと思っています。“本”をキーアイテムにしたのは、宿泊したお客様同士に本をツールにコミュニケーションも楽しんでほしいと思ったからです」
読書はひとりでするものと思いがちですが、「何を読んでいるんですか?」と尋ねれば、そこから会話も生まれます。
「浅草店では1500冊(池袋店では3800冊)前後の本を常時用意。雑誌や文庫、ジャンルもさまざまなものがあります。個人的には、表紙だけ見ているのも“読書”だと思っていますし、本を片手に会話を楽しむことも“読書”だと思っています。つまり本を楽しむこと、それも『読書』のひとつだと考えているんです」
ちなみに本のセレクトは、”出版する本屋”として知られる「SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS(シブヤ パブリッシング アンド ブックセラーズ)」に依頼。そのため同店の本棚には、しっかりとコンセプトを反映した書籍が並んでいます。
「BOOK AND BED TOKYO」が実施したプロモーションは、リリース配信のみ。しかし『泊まれる本屋®』というキャッチーなコンセプトが注目されたことで、自然と情報が拡散しました。
一方で、同社はホステル内に、いくつか仕掛けを用意しました。まず、「BOOK AND BED TOKYO」浅草店を訪れて驚くのは、「入口がどこかわからない」というところ。鉄製のドアの入り口には何も書かれていません。
「ここかなと思ってドアを開けると、そこにはロッカーが並んでいる。よくわからずに、呼び鈴を押すと、スタッフが現れ、ロッカーだと思った場所が実はドアになっていて、そこからホステルの中に入ります。あえて宿泊施設っぽくないエントランスにすることで、“驚きから始まる非日常感”を演出しました」
中に入ると、洗練されたスタイリッシュな空間が広がっています。本棚にずらりと並ぶ無数の書籍や雑誌、その前には読書に適したおしゃれなソファー。さらにはバーカウンターまで設けられています。
「ホテルやバーを訪れると、背筋が伸びるような緊張感がありますよね。そうではなく、ここを訪れた人にはリラックスしてほしいんです。イメージとしては、『友人の家を訪れるくらいの気軽な場所』を目指しました」
独特な趣のあるエントランスや、リラックスできる空間・雰囲気づくりなど、そのどれもがユーザーに驚きと感動を与え、同ホステルの体験価値を向上させているのです。
現在、池袋本店、浅草、京都、福岡に展開中の「BOOK AND BED TOKYO」。出店するエリアも店舗にとっては重要な要素です。その選定はどのような基準で行っているのでしょうか?
「エリアよりも、価格と立地的にいい物件であることを大切にしています。本来であれば、池袋と浅草ではユーザーのニーズは違うと思います。しかし多くのお客様が現在、エリアとは関係なく、“泊まれる本屋®”を訪れてくださっています。その背景を考えると、エリアはさして重要ではないと考えています。むしろ、“行きたいと思えるかどうか”の方が大切なことなのではないでしょうか。その証拠に、BOOK AND BED TOKYOという店名より、コンセプトの『泊まれる本屋®』の認知の方がずっと高いんです」
そのキャッチーさに惹かれ、宿泊したユーザーの満足度は総じて高く、リピーターも多いそうです。
「SNSの登場によって、情報伝達のスピードは加速したかもしれませんが、人の心を動かす根幹は昔のままなのではないでしょうか。それはつまり、驚きや感動。私たちが“新しいホステルのカタチを楽しんでほしい”と、細部までこだわったことが、しっかりとお客様に伝わり、今日現在の結果につながっているのだと考えています。これからも多くのお客様に、“最高の寝落ち体験”をしていただけたらうれしいですね」
体験を想起させるようなコンセプトを掲げたことで、集客を実現した「BOOK AND BED TOKYO」。同社は時代を読み、丁寧な空間設計をしたことで、見事に成功を収めました。
そこには、従来の宿泊施設とは異なる、さまざまな仕掛けもありました。そして最大の特徴であるコンセプトは、宿泊施設をこれまでにない視点「寝る場所ではなく、寝るまでを楽しむ場所」と定義したことで、“泊まれる本屋®”というキャッチーさを生み出しました。
私たちが何気なく過ごしている日々の生活の中にも、切り取り方を少し変えるだけで、“特別なもの”になりうる体験が潜んでいます。物事の見方を変えることで、新たな発想(コンセプト)が生まれ、新しい価値を創出できる。今回の事例は、そのことを示した好例といえるでしょう。