ARやAIなどのテクノロジーは美容業界にも進出し、驚くようなスピードで更新されています。
例えば、スマートフォンのカメラで写した顔に、一瞬で好みのメイクが施せる、バーチャルなメイクアプリ。技術の進化により、エンタメだけではなく販促にまで活用の幅が広がっています。プロモーションなどに活用する際、効果を上げるカギはどこにあるのでしょうか。
最先端のバーチャルメイクアプリ「YouCam(ユーカム)メイク」の開発と運営を行う、パーフェクト株式会社 代表取締役社長の磯崎順信さんに、技術とその可能性について伺いました。
顔認証技術にAIをプラスして、バーチャルの精度を向上
――ARを使ったカメラアプリにはさまざまなものがありますが「YouCam メイク」ならではの特徴、ユーザーのインサイトはどのようなものでしょうか。
最大の特徴は、AR×AIを使った、自然な仕上がりのバーチャルメイクを提供できることです。単なる画像加工ではなく、画面上の自分の顔に再現性の高いメイクを施せて、“ナチュラルに盛る”ことが可能です。
バーチャルとリアルのギャップを縮めることに焦点を当てて、私たちの母体(サイバーリンク株式会社)が持っていた顔認証技術を元に、メイク用途に絞って開発を進めました。
2014年8月にローンチしたアプリ版「YouCam メイク」の、現在のエンドユーザー数は3億8千万以上に上ります。ローンチ後1カ月間で約50万回、2年で約2億回ダウンロードされました。
ユーザー数が多いのは、インド、ブラジル、アメリカの順。ビビッドなポイントメイクが好まれる国ほどパイが大きいのですが、日本を含めてアジアでも愛用されています。 国内のユーザー数は、現在約520万人。うち98%が女性で、メインはF1層。34歳以下が71%ですね。 (2018年11月現在)
「YouCam メイク」を使う人は、使っていない人と比べてコスメの消費額に平均で2.7倍、若年層は更に顕著で10倍も差がありました。(2016~2017年社内調査。店舗、ECサイト含む)
――実際に使ってみると、メイクの再現度の高さに驚きました。顔認証技術に加えAIが導入されているとのことですがこの技術について教えてください。
メイクの上達を目指す人や、もっと自分に似合う化粧品を見つけたい人は、たくさんいます。ユーザーは、“奇跡の1枚”を撮るだけではなく、現実でも同じメイクで同じ顔になれるよう、実際に化粧品を使った状態をリアルに再現することを求めています。
そこで私たちは、顔認証技術で、自然なメイクを施すことを目指しました。従来のバーチャルメイクでは画像解析技術がベースになっていて、顔の輪郭と周囲の境目がぼやけたり、質感が失われたりする場合があったのです。
さらにAI技術で、ただ「顔に色を塗る」ではなく、肌色を透過させてパウダーやリップの色を乗せるという、リアルなメイクと同様の状態を再現しました。
顔認証技術、AR技術に、さらにAIを搭載したことで、実際の状態を再現できるようになったのです。
例えば、ヘアカラーでいえば、髪の毛の1本1本をAIが解析して、きれいに染めてくれるようなイメージです。
技術面では、このAR×AIの実現が「YouCam」にとって大きなインパクトになりました。
――アプリからプラットフォームへと拡大されたことで、企業や店舗での導入が本格的に始まり、活用も広がってきたようですね。
2014年末から「YouCam」のメディア化を進め、化粧品メーカーやブランドとのコラボをスタートし、2種類のコンサルテーションモードを開発しました。
一つは、店でさまざまなブランドを試すことができる店舗向けの「インストアモード」。主に店頭やイベントで活用できます。
もう一つは、メーカーやブランドのサイト上でアイテムを試せる「ウェブページモード」。こちらは、サイトにアクセスするだけでそのブランドのアイテムを試すことができます。
現在、登録されているコスメの数は5万アイテム以上。コラボしているメーカーやブランドは、200以上にのぼります。
顧客と販売側のエンゲージメントを高めるポイント
――高い技術のバーチャルメイクを実際に売り場で展開することで、大きな反応があったのではないでしょうか。
私たちの目的は「顧客と販売する側の幸せなエンゲージメント」です。そのために、購買の1歩手前にいる顧客に、品質の高い大きな体験を提供するのが狙いです。
通常、顧客が店頭で試せるアイテムは、多くても4、5色で、自分好みの色を選びがちです。 しかし、ARを使えば1分間で30種類試せますから、多くの顧客が自分に似合う新しい色などを発見できます。
商品の選択肢を最大限に見せてから、目の前に実物を差し出す。その機会を増やせば、大幅なボトムアップを狙えるでしょう。顧客は本来、極めて高い自由度を求めていたのです。
――実際に、百貨店などで大きな効果を上げているようですね。
はい。日本最大級の規模を誇る阪急百貨店うめだ本店のコスメフロア「HANKYU BEAUTY」で「YouCam メイク」を使ったトライは月9万回、2018年8月に三番街南館にオープンした「HANKYU BEAUTY STUDIO」では月13万回を超えました。
ARなどを導入してエンゲージメントを叶える売り場づくりのポイントは、複雑化や見せる側のこだわりを避けて、ユーザーの体験を第一にすることです。
リップがずらりと並ぶカウンターの前を通ったついでに、タブレットを手にとってもらい、パッ、パッとリップカラーが変わる体験を楽しんでもらう。カスタマージャーニーに溶け込むくらいカジュアルなほうが、顧客の習慣としても受け入れてもらいやすく、効果は表れやすいようです。
さらには、アイメイク、リップ、チークと、気軽に組み合わせが可能ですから、リアル店舗、EC店舗ともに、複数買いを増やす効果が期待できます。とあるブランドのECサイトでは、CTRが30%を超え、ショップの滞在時間は約4分間延長しました。
「JD.com」(中国第2位のECサイト)では、ARメイクの活用でコンバージョンが9.6%上昇し、返品率が7.5%減少したそうです。(参考:MEDIUM「Boosting Sales with AR/VR Apps」2018年8月)
「WWD」による調査でも、あるブランドのバスケットサイズが9%アップするという結果が出ています。(参考:「WWD Digital Forum New York 2018」)
また、各アイテムが何回タップされたか(=トライされたか)が読み取れますし、トライ後の画像の保存の有無によって「そのアイテムが気に入られたかどうか」も判断できます。
在庫管理やマーケティングに役立つのはもちろん、新作などは流行前に「YouCam」でのトライが増える傾向にあることもわかりました。店頭の体感や実売数よりも早く、これから顧客に支持されるアイテムの予測に繋がるでしょう。
課題はパーソナライズとヒューマンタッチの強化
――技術が進化することで、バーチャルメイクは今後どのような展開が見込まれますか。
2018年春に、雑誌や広告などのモデルの写真をスマホで撮影すると、そのモデルと同じフルメイクがバーチャルで試せるサービスも発表しました。実際に、有名ブランドの大型プロモーションなどに起用されています。
リモートでメイクのカウンセリングやトレーニングなどができるソリューションの提供も開始しており、すでにグローバルを中心に活用されています。
来年は、セルフ式の店舗(ドラッグストアなど)の店頭で、コスメ商品のバーコードを読み取ると、バーチャルで試用ができる機能などをリリース予定です。
また、課題としては、ARの質、再現性、パフォーマンスを確実に担保することは、恒久的に重視していく必要があるでしょう。 それから、パーソナライズと、ヒューマンタッチ。これまで、ユーザーの選択肢を最大限に広げてきましたが、選択肢が多すぎると購入まで迷いやすくなるという矛盾が生じています。
そのため、その人の肌に合う色をおすすめする機能や、顔の形にマッチしたメイク法を提案する機能、ユーザーの好みを解析して、アイテムを個別に提案する機能の実装をすすめるなど、レコメンドやキュレーションの機能の強化が急がれます。 また、メイクの写真をアップロードすると「どんなコスメで同じメイクが再現できるか」を分析する機能などもプラスする予定です。
顔認証技術のほうも、さらなる高性能化を進め、顧客が売り場に立つとその人の好みや買い物の履歴が一目でわかるような仕組みも実現できるかもしれません。
ARやAIの活用は、業界全体をもっと底上げできるという実感を得ています。これからもぜひ、バーチャルメイクの進化に注目してください。
バーチャルメイクができるカメラアプリなどは今までにもありましたが、遊びやエンタテインメント性に注力したものがほとんどで、見た人に一時的な驚きやインパクトを与えるに留まっていました。
しかし、ここ数年のうちにAR×AIなどの高精度の技術が導入され、ユーザーの期待に応える表現力が実現し、バーチャルで限りなくリアルに近い体験が気軽にできるようになりました。
店舗での演出や導線も含めて、バーチャルな世界の体験価値を提供することで、
顧客とのエンゲージメントを高めることができます。
バーチャルによる「購買行動を加速させる効果」は、今後もさらに向上していきそうです。
- Written by:
- BAE編集部