“VR元年”と呼ばれる2016年以降、コンシューマーの手に届くVRヘッドセット・ディスプレイも発売され、順調に発展を遂げてきたVR業界ですが、今年の年明けからより大きな進化が期待されています。
VR・ARの普及に欠かせないのが、バーチャルな映像に、触った感覚を加えられる、触覚のフィードバック技術(ハプティクス)に関する進化です。今回は、数あるハプティクスの中でも、世界初の発明「3D触力覚技術(3DHaptics)」を持つ、群を抜くポテンシャルのテクノロジーに迫ります。
開発を手掛ける株式会社ミライセンス 代表取締役の香田夏雄さんにお話を伺いました。
「脳を錯覚させる技術」がさまざまな触覚を表現
——VR・AR技術の普及によって、近年はハプティクス技術の注目度が上がっていますね。
ハプティクス技術には長い歴史があり、すでにゲームコントローラーやスマートフォンでも利用されています。
振動のフィードバックでまるでほんとうにボタンを押したように感じたり、ゲームのアクションにあわせて動作や刺激が起こるというものですが、これら既存の技術の多くは、実際にものを揺り動かしたり、磁気を発生させることで実現しています。
——3D触力覚(しょくりきかく)技術は、既存のハプティクス技術と比べてどう違うのでしょうか。
既存のハプティクスと同じく、3D触力覚技術も振動を使って触覚を生み出していますが、仕組みに特徴があります。
それは、非線形波動と呼ばれる特殊な歪みをつけた振動を使うことで、“脳をだます”というものです。
ただ単に振動を体の表面に伝えることで感触を与えているわけではなく、「振動によって脳に錯覚を起こさせる」ことで、実際に触っているように感じさせているのです。
このような、錯覚現象を振動によってコントロールできるという発明は、ミライセンス 取締役CTOの中村則雄による世界初のものです。
——デモを体験してみると、振動デバイスが指先に軽く触れているだけなのに、腕全体に力を感じたり、物体から引っ張られているような手応えを感じるといった感覚が得られることに驚きます。
中村の発明があるまでは、「触覚にも錯覚が起きる」こと自体が学会でも信じられていませんでした。神経をうまく刺激する振動技術が見つかったことが、これまでにない全く新しい点です。
——ものに触れた感触だけでなく、押された感じや、柔らかさなどの感触が味わえますね。
私たちは、基本の触覚を、引っ張られる・押されるといったことなどを感じる「力覚感」、表面のデコボコ、フワフワなどを感じる「表面材質感」、そして硬さ・柔らかさを感じる「圧覚感」に分類しています。
これを「色の三原色」にかけて、「三原触(さんげんしょく)」と呼んでいますが、この3つを組み合わせれば、ほとんどの触覚を表現できると考えているのです。
「ボールを持つ」という行為ひとつとっても、ボールを受け止めたときと腕を動かして投げたときの手のひらの感触は異なります。そのような触覚の違いを、特別な波動を使って表現できるというのが、この技術の特徴です。 指先や腕など、振動を感じられる部位に非線形波動を伝えるだけで、大掛かりな装置などが必要のないこともメリットです。
触れることでリアリティを強くするVRの世界
——3D触力覚技術はどのような分野に活用できそうだとお考えでしょうか。
ミライセンスは、2017年に商業利用を開始させるとともに、2018年にはVR研究の最先端の地、サンフランシスコで営業をスタートしました。
米国で一番市場が大きいのは事業関連分野ですが、中でも、いち早く必要とされたのが教育関連の用途です。特にビル建設や工事の現場では、VRで機械の操作や安全確認を学習することが、すでに始まっています。
ただ、従来のテクノロジーでは、視覚と聴覚でしか情報が伝えられませんでした。しかし、本物の工事現場などでの安全確認は、つかんだり、引いたりといった「感触」が大きな役目を果たします。
そこで、触覚を得られるハプティクス技術に需要が生まれるのです。
——建築現場以外でも、VR教育への実用化は進んでいるのでしょうか。
はい。自動車などの運転シミュレーションなど、2018年の後半ころから、日本の企業からも多くの問い合わせをいただいています。
トレーニングや予行演習への活用という点では、大掛かりな外科手術や遠隔医療のシミュレーションなどでも触覚のフィードバックが期待されています。触覚のフィードバックが加われば、より的確なオペレーションがしやすくなるというものです。
また、オンライン会議などにも、活用できると思います。
たとえば、造形デザインを複数のメンバーで行う際、いままでは実際に集まってモックアップなどを作らねばなりませんでしたが、VRを使えば、どこにいても自在に造形できるようになります。
さらに、バーチャルでも触力覚技術を通じてリアルタイムで形を変えたり、修正を加えて試すことができるんです。
たとえば、粘土のようなものを削ったり足したりする際に、ものに確実に触れた感覚が加わり、力加減に応じた微調整が可能になれば、使いやすいでしょう。
ペンなどを持ったまま感触を感じられるよう、手の甲にはめるタイプのセンサーなども開発中で、2019年夏以降には、一般向けにも発売開始予定です。
——3D触力覚デバイスを含めて、VR関連のデバイスに新しい展開などはあるのでしょうか。
2019年は低価格で「6DoF(シックスドフ。6方向自由度)」のVRヘッドセットマウント・ディスプレイが続々と発売されることが予定されています。
3D触力覚デバイスも、ケーブルレスで完全に身体の動きが自由になります。人は仮想空間で、見たり聞いたり触ったりしながら、より気軽に動き回れるようになるでしょう。
そのときに空中で自由に使えるハプティクスデバイスには、さらにさまざまな利用価値が出てくると考えています。
AR(拡張現実)の分野も、追加されたバーチャル物体に触れられるようになれば、さらに進化するでしょう。
ポイントは、VRに触覚を後付けできることです。
VRデバイスのセットに3D触力覚デバイスが含まれていなくても、アクセサリとして追加できるような利用法を提案しています。
エンタメ、スポーツ、ECサイトなどに感触が加わる
——ハプティクス技術の浸透は、まずは実用や業務に関わる教育分野からということですが、エンタテインメントへの普及も当然進みそうですね。
はい。導入が進むまでにはあと1〜2年かかるかもしれませんが、ゲームやエンタテインメントは本命の一つと考えています。アクションゲームに触覚が加われば、没入感が深まることは確実ですよね。
また、米国ではeスポーツのショー化が急速に進んでおり、もうすでに市場規模が拡大していますから、そういった観戦者が観戦しながら対戦者の感触を一緒に体験する、といったことも考えられます。映画鑑賞も、さらにドラマチックな体験にできるでしょうね。
ECサイトなども、「触って買う」ようになるのではないでしょうか。
マウスなどを通じて、洋服や家具などの生地や素材の感触が分かれば、ネットでの購入を迷うユーザーなどに、商品の情報や魅力をより多く伝えられます。感触が加わることが、購買意欲をあと押しするかもしれません。
——バーチャルと現実を行き来して暮らすような未来がやってくるでしょうか。
そこは、一つの目標ですね。
たとえば、昼間は会社で過ごして、帰宅後はバーチャルな世界の中の大会に出場したり。都会に住んでいても、夜はバーチャルの山小屋で満天の星を眺めながら眠ったり。
VR・ARのリアリティが高まれば、そういった趣味の持ち方や暮らし方ができるようになるのではないかと考えています。
コンシューマーにも手の届くVRデバイスが発売され、バーチャルリアリティが一般世間にも普及してきた反面、解像度や操作面の満足度としては、まだ低い状態にあるのが現状です。その理由の一つとして、映像と音だけのバーチャルシステムには「確固たる感触がない」という問題がありました。
しかし、脳に錯覚をさせる3D触力覚技術は、バーチャル世界での感覚や、体験の可能性を拡大。意味のある振動のフィードバックと、触れる確かさという価値こそが、2019年以降のバーチャルリアリティを飛躍させるカギとなりそうです。
- Written by:
- BAE編集部