あらゆる分野でのオンライン化が進み、テクノロジーがビジネスに大きな変化をもたらし生活にも波及している中国。そこに暮らす人々のライフスタイルを「OMO中国ライフスタイルレポート」として紹介します。シリーズ第3回は、北京を中心に中国全土で28店舗の寿司店を経営する実業家に話を聞きました。
「OMO」とは、Online Merges with Offline(オンラインとオフラインの融合)。オンラインとオフラインを分けるのではなく、オンライン起点でビジネスを捉えるマーケティングの新たな考え方のことです。2006年の1号店創業から13年、一から立ち上げたビジネスの拡大にまい進するなかで、中国社会は急速なデジタル化が進みました。飲食業というおいしさと豊かな時間を提供する普遍的なオフラインサービスを、デジタルがどう変えたのでしょうか。ビジネスの成長に与えた影響は?見えてくるのは、より密接な企業と顧客との関係づくり、さらには、経営と従業員の関係づくりでした。
デジタルでの顧客管理からつなげるリアルなサービス
姜さん(43歳)は、妻と2人の子どもとともに北京市内で暮らしています。現在では『江戸前寿司』グループの理事長職についていますが、日本で8年間の修業を経た寿司職人として自分の店を持ちたいと、2006年に北京建外SOHO(複合施設)内に1店舗目をオープンしたのが最初の一歩でした。3年後に2店舗目、2013年までに計4店舗と地道に努力を積み重ねてこられました。その後、短期間で28店 舗まで拡大した背景には、ファストフード形式など新たな業態への挑戦に加え、デジタル技術の進化が後押しした側面もあるようです。
その一例として、『金康収銀系統』というアプリで行う顧客管理があります。
「このアプリを当グループのオンラインプラットフォームとして活用しています。お客さまは、スマホで江戸前寿司の『微信(WeChat)』公式アカウントからメニューの確認や注文が行え、『金康収銀系統』で支払いを済ませることができます。『金康収銀系統』は、会員カードとプリペイドカードの機能を併せ持つため、店舗側は顧客の嗜好から消費行動をすべて把握できます」
『金康収銀系統』は、WeChatといった企業で既に導入している公式アプリとの連動が可能で、オーダー、決済から顧客管理や販促活動までを一貫して行え、利便性を高めています。また、そこから得られたデータを分析して、不人気メニューの削除など、メニューや価格の調整を即時に行えるようになったことで売り上げも変化したと言います。
「顧客管理やメニュー分析など、データの管理と活用は自分たちで行っています。アプリ側はデータを提供し、どうするのかは私たちで考えます。専門チームはありません。中国の飲食業は、こうした業務を外注していることが多いのですが、それではクレーム対応など即座に行うことができません。顧客と直接コンタクトを取り、アンケートに答えてもらうことで『お茶がまずかった』など、問題点を把握し、その顧客に謝罪コメントを送り、割引券などを差し上げます。こういった対応により顧客は私たちのサービスを親切だと感じますし、サービスが行き届いていなかった顧客ともつながることができるのです。こういったツールがあることで、仕事が増えたとも言えますね。ただ、私は何より、飲食店の仕事はリアルなコミュニケーションが重要だと考えています。注文もシステム化しながらも、私たちの店ではホールスタッフが直接取る方がメインです」
評価システムは重要な指標、5つ星獲得で昇給も
江戸前寿司グループでは、電話予約のほか、予約システムとして『大衆点評』(中国最大の口コミサイト)を使用しています。このサイトを活用することで、広告のプラットフォームとして優良顧客の集客が図れるだけでなく、競合他店が行う販促活動の動向をウォッチできると姜さんは言います。『金康収銀系統』と『大衆点評』には、顧客からの評価システムがあります。
「店への評価、書き込みは必ず毎日店長が確認しています。『大衆点評』は5つ星を獲得すれば常にトップページに掲載されるので、多くの利用者の目に触れることになります。私は味、料理(メニューやバリエーションなど)、場所、店内環境のすべてにおいて満点で5つ星と考えるようにしています。5つ星獲得店の幹部スタッフは昇給の対象にもしていますし、逆の場合には、減俸もあり得ます」
いまはどこも「フォロワー経営」だという姜さん。多くの経営者がアプリを運用しているのは、フォロワーを増やし、広告効果を簡単かつ直接的に上げられるからとのこと。具体的にどのように活用しているのでしょうか。
「WeChatのグループ内で広告をアップしています。私はWeChatのアカウントを二つ持っています。一つだと友達の上限が5,000人までだからです。杭州でアジアグルメフェスタを開催したときの広告では、影響力のある人100人以上に『いいね』をもらいました。また、新メニューを出すときには、グループ内広告を出し、それを見て来店した『友達』に割引価格で試食をしてもらうなど、テストマーケティングとしても活用しています」
また、姜さんは、公私ともに忙しい時間の合間に知的好奇心を満たしてくれるアプリを活用していますが、自分が得た知識をWeChat内でシェアすることもあると言います。
「音声シェアがメインのSNS『荔枝』というアプリでは自分のクラスも持っています。これは誰でも自分の好きな音楽や自身の(演奏やオリジナルラジオ番組の)ライブ配信などのクラスを持てるサービスで、そこでのフォロワーが店の顧客になってくれることもあります。中国ではいま、こういった方法で経営者自身のフォロワーを増やし、そこから自分のプラットフォームへと誘導してオフラインでの集客につなげているのです」
デジタル化により会社経営のスタイルも変化
デジタル化によって、社員全員参加型の経営スタイルに変わったと姜さん。アルバイトを含めた全スタッフと経営者がアプリで直接つながり、これまで目に見えなかったことも管理できるようになったと言います。
「理事である私も研修を担当し、営業の方法を直接教えています。具体的には、フォロワーを増やすために、スタッフ全員に毎日WeChatのグループ内でお店のことを発信させていますが、その指導をしています。そして、フォロワーが増えたら賞品や賞金の支給もしています。例えば、フォロワー1人に対し1元などです。さらに、フォロワーや会員カードにチャージする会員が増えれば、スタッフに1〜2%還元するようにもしています。また、スタッフとも常に交流していて、意見を言いたい側に負担がないように、専用のアプリを使っていつでも私に匿名で意見を言えるような場も作っています」
また、スタッフとの信頼関係やモチベーションを大事にしているだけでなく、競争相手であるはずの競合他店ともパートナーとして協力関係を築いているとのこと。
「デジタル化が進み、経営としてはマーケティングがさらに重要になりました。アプリを通じて、これまで競合だった店舗とパートナーになることもあります。同業者同士で話し合い、手を組める点や独自の特徴点を探したりするのです。協力例では、日本料理の食材仕入れアプリでの共同購入による仕入れコストの低減があります。こういったネットワークを築くことで、情報交換したり、他店の仕入れ量を確認して自分の店の戦略を練ったりしています」
キャッシュレスの恩恵と進むスマート化
現在、江戸前寿司グループでのキャッシュレス比率は70~80%に及びます。
「スマホ決済が主流になって、現金を持ち歩かなくなり盗難が減ったのはいいことです。一方で、いま多くの人の金銭感覚が変わり、自分がいくら使ったのか把握できなくなっている人もいます。メリットもある反面、そういった負の側面もあります。とはいえ、経営者としては財務担当者が売上を数えたり、店舗に集金に行ったりする必要がなくなったのは、カード決済と比較してもコストカットにつながりメリットが大きいと感じています。仮に現金での売上があっても、店長がその現金を受け取り、同額をWeChatで本部に送金し決済しています。現金とスマホマネーの両替を店長自らが行う仕組みです。5年ほど前からスマホ決済を導入しましたが、計算間違いすることもなくなり、とても楽になりました」
スマホ決済が行われることで、得られる顧客データは宝の山だと言います。
「中国では、データは1人50ドルの価値とも言われています。サービス向上だけでなく、誕生日や年齢を把握し、イベントや試食会に招待するなど顧客との交流活動の企画にも利用します。飲食業界を取り巻くデジタル環境はここ数年で劇的に変化しました。『大衆点評』も『美団』(デリバリーサービス代行業者)も、開始当時、ほとんどの企業やお店は見向きもしませんでした。『WeChat』や『TikTok』も最初は誰も使いませんでした。ところがいまや、それらが企業や個人の行動を変える存在になっています。もし私もこれらのツールを使っていなかったら今頃大変なことになっていたと思います。中国の飲食業界は完全にスマート化しつつあるのです。
そして、これからは料理やサービスの競争ではなく、営業手段やアプリでの競争が重要になってくると考えています。こういったツールの出現により、社会が180度変わりましたが、飲食業の基本はおいしいこと。いまでは、まずかった店もおいしくなっています。それは、調理法さえオンラインでシェアできるからです。さらに言えば、アメリカで今日新メニューとして出された料理が、すぐに北京でも出せるようになっています。時代の変化は速いのです」
目まぐるしく変わる中国社会の中で、姜さんの夢は明確で、足元をしっかり見ています。
「未来の中国はインターネットがもっと進化した国家になるでしょう。世界の距離は縮まり、物事が進むスピードが速く便利になっています。私自身の夢は中国での日本料理業界のトップになり、業界の発展に助力することです」
日本食の代表格といえる寿司を通じて、デジタル技術をうまく活用しながら、食文化の懸け橋としてもキーパーソンとなる日も近そうです。
―取材を終えて
中国では、アプリサービスにより情報収集のスピードがどんどん速くなり、スマホ決済により金銭の流動スピードも非常に速くなっていると姜さん。新しいアプリが登場したら、すぐに登録し、そこでフォロワーを増やし、自分のプラットフォームへと誘導、オフラインへの集客につなげる。経営者自らが発信者となり、顧客とのコミュニケーションや新しいユーザーの獲得を行うといった顧客との距離感の近さも特徴的です。また、アプリの活用は顧客サービス視点だけでにとどまらず、経営者と従業員との直接的なコミュニケーションにも及び、信頼関係やモチベーション維持といった組織マネジメントにもオンラインとオフラインがシームレスに行き交うOMOが浸透。組織運営の形もデジタル化により変容しながら磨かれ、今後も進化し続けていくのではないでしょうか。
評価システムの定着など、ここ数年のデジタル化で飲食業界全体の味やサービスの質が向上したとの声もよく聞かれます。飲食業をはじめとするサービス業は、OMOの進化を最も体現するビジネスとして、今後も中国のサービス業の変化からは目が離せません。
- Written by:
- BAE編集部