「ピット飲食」というトレンドワードをご存じでしょうか。リクルートの2018年トレンド発表会に登場した新キーワードで、モードチェンジを目的に外食をする、新しい飲食トレンドを指します。その背景にあるのは、ライフスタイルの多様化と、人々のマルチタスク化でした。
話を伺ったのは2018年の飲食分野でのトレンド予測として「ピット飲食」を提唱したホットペッパーグルメ外食総研 上席研究員の稲垣昌宏さん。スキマ時間におけるモードチェンジの需要、その社会的背景について伺うとともに、飲食分野以外での可能性を考察してみました。
新しい役割が増えた・終業後に新しいことを始める人が急増中
——リクルートではホットペッパーグルメやレストランボードなど飲食業界へのサービス提供にとどまらず、外食業界への貢献活動として業界研究や提言なども行っています。今回発表された「ピット飲食」とは、一体どんなものでしょうか。
「ピット飲食」は、夜の余暇時間が増えたことを背景にニーズが高まる17時〜19時の時間帯の「スキマ飲食ニーズ」のことで、自動車レースの「ピットイン」と「飲食」を掛け合わせて我々が作った造語です。
自動車レースでは、ベストの状態を維持するため、短時間でパーツの入れ替えやメカ調整を行います。その場所がピットですね。そのピットのように、飲食店が利用者のお腹を満たすというより、頭を切り替えて次の役割に向かうときのリフレッシュ空間として使われるようになってきている、という分析です。
具体的なシーンとしては、夕方の17時~19時の時間帯、会社員が退社して保育園のお迎えに向かうまで間や、夜の時間帯のスクールへ向かう前、または2つ以上の職場で働く人は職場と職場の合間などで気持ちや頭の切り替えを行うニーズを指します。
——スキマ時間に、ちょっと気分転換したいという需要ですね。
はい。時間的には長く過ごすわけではありません。ひとり利用で、30分から1時間未満がメイン。ポイントは、何か飲食しながらも、次の役割に行くためのモードチェンジが行える空間が欲しいということです。
——「ピット飲食」向けの飲食店の条件などはあるのでしょうか。
頭をリラックスさせて気持ちを切り替えるためには、たとえ短い時間であっても「くつろげる雰囲気」が必要です。席も、背の高いカウンターよりはソファや大きなテーブル席で、ある程度ひとり空間が確保できること。そして電源やWi-Fiといった便利な設備が整っていることも重要ですね。
それと併せ、欠かせないのが駅チカ・駅ナカなどの立地的な利便性です。次の役割に向かう途中に位置し、移動時間のロスがないというのがその理由。もちろん以前から、駅周辺にはカフェやファストフードなどのスペースは存在していましたが、ゆったりしたソファなど十分にくつろげる環境まで整っている店は少なく、まだまだ飲食店側がニーズに応えられないところだと思います。
マルチタスクなライフスタイルをうまく回すための時間
——今、「ピット飲食」のような「切り替え」「モードチェンジ」ができる空間、時間が必要とされている理由とはなんでしょうか。
モードの切り替えを必要としている方の多くは、ライフスタイルにおいて「複数の役割」をこなす人です。日本では少子高齢化の流れからライフスタイルが以前とは変わり、多様化しています。おかあさんは一生おかあさん、おとうさんは会社員だけやっていればいいというシンプルな時代から、ひとりマルチタスクの時代になっています。特に30代は仕事と育児家事、学習や資格取得、趣味や家業・副業と、特に役割増加が多い。そのため、気持ちをうまく切り替えるニーズが出ているのです。
——「スキマ時間」へのサービス提供では、飲食以外にも、24時間営業のスポーツクラブや、1コインレッスンのような短時間で気軽にサービスが使え、気分転換ができるスポットはまだまだニーズが伸びそうですね。ほかにも、ちょっとだけ仮眠してリフレッシュできる場所や、喫煙所よりも快適な止まり木的スポットなども考えられそうです。
そうですね。もしかしたら、さっと手軽に利用できるネイルサロンやマッサージ店などもモードチェンジ的に使っている人がいるかもしれません。私が聞いた話では、よく利用する駅の近くで自分の職場とは別にシェアオフィスを借りている人がいました。たまに立ち寄って準備をして次の予定に向かうという使い方をしているようですが、シェアスペースはまさに「ピット」向けという気がしますね。
スキマ時間のマッチングをデジタルが支援
——これまでオフピークだったり、お店を閉めていた時間にピット飲食というニーズが発生した反面、営業形態にも工夫が必要になります。
効率化は必要ですね。ピット飲食のニーズは夕方17時~19時がピークです。すると、お店によっては開店時間を早める必要があります。単に営業時間を延ばしただけではランニングコストが上がってしまいますし、スタッフの確保も問題になります。そこで閉店時間を早めたり、IT化によって効率化を行い利益が上がるように工夫することは必須です。Airレジや、レストランボードのような予約台帳アプリの導入、さらにバイトのシフトや採用面接もITで効率化が可能になってきており、サービス業で働く人の負担を減らそうという動きがあります。
——短時間の滞在だからこそ、スポットの時間でも自分の席が確保できるなどのサービスがあれば便利ですよね。たとえば、ふと知らない街で次の予定まで時間を持て余したときに、スマホアプリで「モードチェンジに最適な場所」などが教えてもらえたり、お気に入りのスポットを30分単位などで席予約ができるアプリがあったら便利かもしれません。
デジタルによるマーケティング支援は大いにありえます。席予約はレストランや映画館ではすでにありますから、実現すればニーズが高そうですね。ピット飲食は価格よりも質を求める傾向にあるので、快適さのための席の予約確保は良いアイデアだと思います。
——ピット飲食の需要顕在から、日本人のマルチタスク化が進み、移動の「スキマ」に何かをしたい、消費したいという場所とサービスの需要が見えてきました。飲食のみならず、頭の切り替えをする場所や時間のニーズに向けた、さまざまなサービスを構想する余地はありそうです。
さらに、これらの情報とユーザーの嗜好を掛け合わせAIでパーソナライズしていけば、「モードチェンジに最適な場所」、あるいは「スキマ時間に手持ち無沙汰になった人へ、時間の過ごし方や場所を提案する」といった、デジタルならではの「スキマ」活用ソリューションも提案できそうです。
資料出典:「2018年トレンド予測 飲食領域」(ホットペッパーグルメ外食総研)
- Written by:
- BAE編集部