2018年は、スマートスピーカーなどを通じて、IoTやAIが生活の一部にまで浸透した1年でした。また、わずか17cmのロボット「エボルタNEOくん」が世界最長の遠泳にチャレンジし、ギネス世界記録を樹立したことも話題となりました。
いつかは映画の世界のように、「人とロボットが共生」する未来もやってくるのでしょうか?
ロボティクス界のトップランナーであり、日本を代表するロボットクリエーターである高橋智隆さんに、「近年のロボットの活用事例と、今後の可能性」などについて、お話を聞きました。
――数々のロボット開発における偉業を持つ、世界的なロボットクリエーターである高橋さん。2018年は「声」によるユーザーインターフェイスが浸透し、ますます生活とテクノロジーの距離が近づいたことで、ロボットと人の距離も近くなった印象があります。ご自身はどう感じていますか?
生活の一部にテクノロジーがあることが当たり前になってきてはいるものの、まだまだ「ロボットへの誤解」は解けていないように感じます。
ここ数年、ビジネスシーンでは、世界的にロボットの導入が進んでいるものの、やはり多くの方は、「人間よりも優秀である」という前提でロボットを捉えている印象があります。しかしそれは間違った理解です。
人間とロボットは、ときに得手不得手が真逆です。人間の「苦手」がロボットの「得意」であり、ロボットの「苦手」が人間の「得意」なことなんです。
たとえば計算。人間は瞬時に計算することは不得意ですが、ロボットは得意です。一方で、物を掴んで持ち上げるという動作は人間にとっては簡単なことですが、ロボットにとってその形状・素材を推測しなくてはならず、非常に難しい作業なんです。
特に人間が普通にこなしている家事労働は、ロボットにとっては困難の連続です。洋服を畳もうにも、その種類や向きなどを私たちは感覚的に判断できますが、ロボットにとっては容易なことではありません。
つまり、人とロボットは特性がまるで違うんです。だからロボットが自然と生活に浸透していくためには、“期待値のコントロール”が必要です。その成功例がロボット掃除機です。最初期のモデルは、あえて玩具として売り出すことで「機能」を期待させずに好奇心で買ってもらえた。そして予想外に掃除が出来ることに世間が気付いた頃に本格的なモデルを発売したんです。
――“ロボットへの期待感”を利用するという点では、最近ロボットを活用したホテルが話題になりました。
はい。あれもロボット活用の好例と言えるかもしれません。実はあのホテルの受付ロボットは一方的にタブレット端末画面の操作法を案内しているだけなんです。だから音声認識の精度に影響されず、「ロボットがスムーズに接客してくれる」と錯覚できるように設計されている。集客にも生かされていますし、上手くロボットを使っています。
――ビジネスの領域では、同ホテルのようなサービスロボットや、世界的には物流ロボットの活用が進んでいますね。
はい。いまやロボットによる作業自動化の波は、日本はもちろん、世界のトレンドとも言えると思います。
以前はロボットといえば、自動車などの組み立て工場で利用されていましたが、技術革新が進み、その販売台数は2011年頃から2016年まで毎年平均14%増加。さらに2017年の世界の産業用ロボット販売数は、前年比30%増を記録し、現在も多くの企業が積極的に導入を進めています。
世界一のECサイト「Amazon」を支えるのが倉庫で活躍するロボットです。従来の自動倉庫では、それまでの倉庫同様にアイテムのカテゴリーごとに商品棚をわけていました。しかしロボットに整理整頓は不要なのです。どの棚に入れても、忘れることも間違えることもないからです。Amazonの倉庫では、入荷した商品をそのとき空いている棚に収めておけば、注文に応じて箱詰め係の元にロボットが必要な商品の入った棚を持ち上げて運んで来てくれます。
ロボットの特性を正しく理解することで、ロボットと相性のいい分野も見えて来たのではないでしょうか。必ずしも人間と同じ方法で作業する必要はないのです。前述した産業用ロボット、物流ロボット、自動運転、ドローンを使った監視・撮影などは、今後さらに利用が広がっていくのではないでしょうか。
――近年、急速にテクノロジーが進化を遂げている以上、ロボットも着実に進化していると思います。ここ数年で、ロボットの成長をもっとも促したテクノロジーは何でしょうか?
AIを活用した音声認識技術の向上により、ロボットとのコミュニケーションが可能になりました。ロボットが聞き取った文章はクラウド上で処理され、より正確な理解と適切な返答が出来るようになってきています。
2018年、ソニーの犬型ロボット「aibo」が発売されましたが、「aibo」はネットワークを通じて、クラウド型AIサービスと接続できる仕様になっています。これにより、以前(1999年発売の「AIBO」)はできなかった“育つ(学習する)”ことが可能になりました。
――1990年に誕生した「AIBO」がロボティクスに与えた影響は大きく、10年近く「どうやってAIBOを超えるか?」がひとつの目標になっていたと聞きます。ちなみに、aiboを含め、コミュニケーションロボットを購入するユーザーの“ニーズ”とは、どのようなものなのでしょうか?
ロボットと聞くと「アーリーアダプター」と呼ばれる、ハイテクガジェット好きユーザー層が手にしている印象をお持ちかもしれませんが、実際はまったく逆です。
ITリテラシーの決して高くない人たちが“ペット感覚”で購入しているケースが多く見られます。「AIBO」はハイテクな機能を有しながら、幅広い層が楽しめるユーザーインターフェイスや耐久性を実現していました。その完成度の高さに、ロボット関係者はみな、舌を巻いたわけです。
私が開発した、ロボットキットを雑誌付録として販売する『週刊 ロビ』(デアゴスティーニジャパン)は300億円を売り上げる大ヒット商品となりましたが、やはり購入者の多くは、“かわいい”から手にしてくれたんです。
特に、最初に頭部が完成するために情が湧き、創刊号購入者の約半数が最終号まで買って「ロビ」を完成させてくれました。お城や戦艦などの模型のシリーズでは1~2割の方以外は途中で挫折するらしく、ロビは異例でした。
そこに「命」を感じることで「ロビ」の組み立てとコミュニケーションを楽しんでもらえたのでしょう。
人と対話するコミュニケーションロボット分野においては、「命を感じられること」が最も重要なんです。
――「コミュニケーションロボット」は今後、どのような発展を遂げるとお考えでしょうか?
2013年発売の「ロビ」のヒットを機に、各社がコミュニケーションロボットの分野に参入しました。しかしコストや技術的なハードルの高さもあり、その後なかなか、成功例は出ていません。
また世界的に見ると、欧米ではコミュニケーションロボットへの需要は高くありません。彼らは、ロボットにキャラクター性は不要と捉える傾向があります。ですから、初期のコミュニケーションロボットの普及は、アジア圏中心になるでしょう。
そのためには、iPhoneのヒットによって、新たなサービスが自然発生的に生まれたように、世の中に十分な数量普及するロボットが不可欠です。共通のデバイスを多くの人が持っていれば、自然とそこにサービスが生まれ、利便性も向上します。
たとえば、私が開発した「ロボホン」(シャープ)は、スマートフォンに多く採用されているAndroid OSを搭載していますから、購入後にさまざまなアプリをダウンロードすることで、機能は増え続けています。
旅のおともに連れて行けば、旅行中に自動で写真を撮ることも可能です。後日、おでこに内蔵されたプロジェクターで旅の写真や動画を見返せば、ロボットとの旅の思い出を楽しめます。他にも「見守り」「学習」「レストラン検索」「タクシー配車」など多くのアプリがあります。
しかし、便利さ以上に、愛着や体験共有がロボホンの価値になっているようです。
――たしかに動作がとても愛らしく、ガジェットというよりも、“相棒”という表現の方がしっくりきそうです。ちなみに通信インフラの面では、2019年から次世代高速通信「5G」がスタートします。「5G」はロボットにどのような影響を与えるのでしょうか?
通信速度が向上することで、これまでロボットに話してかけてから、返事が来るまでにあった“タイムラグ”がほぼなくなると考えられます。それはロボットと人の関係に好影響を与えるでしょう。具体的には、「ロボットを受け入れる層」が拡大するはずです。
私たちはどこかを境界にその製品の「有りか無しか」を判断しています。デザインや使い勝手、反応速度やインテリジェンスなど、ある一定値を超えるまでは「不合格」なのです。5Gなどの技術革新によってそれらが十分に良くなれば、途端にロボットは「有り」になるんです。
つまり5Gによって、人とロボットの心の距離は、さらに近くなります。しかしどれだけ技術が発達しても、ロボットにも得意・不得意がありますから、何でもこなす万能ロボットは誕生しません。
それでもロボットと暮らす未来は近々来るでしょう。2019年は、また一歩そんな未来に近づきます。
製造業を支える産業用ロボット、接客業を支えるサービスロボット、監視や動画撮影に活躍しているドローン、そして人の生活を豊かにしたり、癒しを与えたりするコミュニケーションロボットなど、幅広い用途で現在ロボットは活用されています。5Gによって、さらにスピーディーかつ大容量の通信が可能になれば、いよいよコミュニケーションロボットが社会に受け入れられるはずです。2019年はロボットの動向に、熱い視線が注がれる年になりそうです。