東京オリンピックを見据えた民泊新法が6月に施行され、2018年はシェアリングエコノミー(シェアエコ)が新しいビジネスの形として日本に定着しつつありますが、世界的な普及から見れば、まだまだ伸びしろがある業界です。シェアエコ業界の2018年の総括、そして2019年はどう変化するのか、といったお話を一般社団法人シェアエコノミー協会 渉外部長 / 内閣官房シェアリングエコノミー伝道師でもある石山アンジュさんに聞きました。
シェアリングエコノミー(シェアエコ)は、モノや場所を所有せずに貸し借りしたり、個人で持っている労働力やモノを他の人と共有し合う、新しい消費の形です。2000年後半ごろからサービスが現れ始め、ここ5~6年でさまざまなプラットフォームが現れ、日本でも浸透してきました。「クラウドワークス」や「エアビーアンドビー」といった名前を聞けばイメージが湧く人が多くなっていると思いますが、「シェアリングエコノミーの定義はこれ、という確固としたものがあるわけではない」と石山さんは言います。
「古くは、隣同士で醤油や調味料を貸し借りしたなんていうのもシェアエコノミーの概念に当てはまると思います。インターネットが登場しプラットフォームビジネスが構築されたことで、個人が複数の人と売買や貸借りができるようになったことが現代のニューエコノミーとしてのシェアの登場です」
話題の「民泊」や「ライドシェア」も、“自宅に友達を泊める感覚”や“乗り合いサービス”と聞けばイメージは良いですが、もともとはルールがない市場となっていました。企業がサービスを提供するというBtoCのビジネスモデルが当たり前だった時代から、個人がサービスの提供者になるというCtoCというモデルができたことによって、ルールの整備が必要になりました。
そこで急がれているのが法整備の改善です。実際に2017年6月には住宅宿泊事業法(民泊新法)が成立しました。
「当協会では、シェアリングエコノミーの環境整備や普及活動を行うために、ロビー活動をはじめ法整備、規制緩和の推進に参加しています。私たちは、“シェアリングソサイエティ”というビジョンを掲げているのですが、健全な環境を整備していく上で、政府、プラットフォーム事業者、そしてシェアワーカーやユーザーとなる個人も含めたシェアエコに関わる全てのステークホルダーと力を合わせながら、ルールメイキングをしていくことが重要だと考えています」
2018年におけるシェアエコの潮流として石山さんが挙げるのが大資本の参入です。
「日本では、既存の大企業がシェアリングエコノミー市場に参入を表明していることは大きいと思います。例えば、ファッションのシェアサービスである『エアークローゼット』や、ブランドバッグのシェアアプリ『ラクサス』と丸井グループの事業提携は、所有から利用へ、というような消費者のシェアリングへの意識が高まってきていることを大企業が気づきはじめているからだと思います」
「そのほか大手航空会社もシェアサービスと提携を始めています。従来通りのメジャーな観光ルートで旅をするだけではなく、もっとオリジナルな旅がしたい、ローカルな体験を経験したいといニーズを掴んでのことでしょう。大企業の参入によってより横断的に、ユーザーの使いやすい形で表れてきているというのも今年の特徴だと思います」
「また世界に目を向けると、昨年はUberやLyftが上場申請のニュースも話題となりました。一方で、欧米を中心に個人が『フェアなシェアリングエコノミー』を掲げシェアワーカーがサービスを利用するホストの分け前や保証に対する権利を訴えるような議論も出始めました」
この課題が、2019年以降の新しいトレンドを生み出すことになりそうです。
「また、最近ではUberなどのライドシェアサービスで、ドライバーとしてお金を稼いでいるシェアワーカーたちの社会保障や労働条件などの問題については、ドライバーからの訴訟が各地で起きるなどの状況となっています」
こういったプラットフォーマー主導のやりかたに対し、海外で新しくおこってきているのが個人間の出資で展開する「組合型」のシェアエコサービスのブーム。
「参加する個人の権利を大切にし、よりフェアなプラットフォームを築こうと提唱された“プラットフォーム・コーポラティズム”と呼ばれるもので、これを体現するサービスが海外ではすでに登場しています。『UP&GO』という非営利のシェアワークサービスや、カナダの『Eva』というライドシェアサービス、また、韓国発の『wehome』などが注目されています。これらのサービスでは、個人間の安全な取引のためにブロックチェーンが採用されているところも共通点です。
日本では、『BrainCat』というベンチャーがこれに近い形態の『Gojo』というサービスを提案しています。基本的に個人組合のように、参加者が出し合ったお金で運営コストをまかなっていて、サービスプラットフォーム企業がないためにコストを抑えることができます」
プラットフォーム・コーポラティズムのような流れが今年日本で進む可能性ももちろんありますが、それ以前に「日本でのシェアエコの普及はまだまだこれから」というのが現状です。
「日本と海外を比較すると、まだまだ日本での利用率は低く、使ってみたいと考える人は20%にとどまっています。クラウドワークスのようなオンラインでやりとりが完結するモデルについてはかなり普及していますが、リアル対面型のオフラインのサービスモデルのほうの伸びが緩やかです。その理由として『知らない人との対面はなんとなく怖い』という漠然とした不安があると思います」
そのなんとなくの不安を解消するのが、適切なレビューシステムです。オンライン通販では誰しもレビューを参考にすると思いますが、シェアエコにおける個人に対するレビューは、信頼関係構築の根幹になるもの。
「日本では、ヤフーが昨年、信用スコアリングの実証実験を起ち上げました。中国では、2020年までにオンラインのレビューを政府の保有する個人評価に使う計画になっています。スコア評価が悪いとビザの発行や高級レストランの入場拒否まであらゆる面でリスクになると言われています。それが政府に一元管理されるのは、あまりにも行き過ぎではないかと考える人は多いと思います」
また、ヨーロッパでは、個人情報の保護を目的としたGDPR(一般データ保護規則)の導入など、プライバシー保護の面から、規制を検討する動きも出てきています。
「プライバシーの保全から個人が提供する情報が少なくなってしまうと、誰でも知っているような情報しか担保できず、レビューの評価材料としては信頼に足らないものとなってしまいます。今後プラットフォームの課題となるのは、個人と個人を仲介するインフラとなるときにどれだけ個人の信用を預けられるか、そして個人としては、すべての信用をプラットフォームが代替わりすることはできないので、一部をどのように個人が担保できるのか、という責任の分担もポイントになるでしょう」
もうひとつ、日本と海外では異なる点があるそうです。
「日本人は企業サービスの品質やクオリティが世界から見ても高い中で、CtoCモデルのシェアリングエコノミーには不安だと考えている人が多いんです。でも日本を出てみれば、面白いことに、逆の考え方の国も少なくないのです。政府や治安、社会システムのほうが信用できないけれど、個人の家庭で作った食べ物なら、本人も食べるだろうから安心して食べることができる、というようなことです。
日本も100年とか、少し前だったら価値観は違ったかもしれません。段々と安全や信頼は企業や行政が管理するものになり、個人とつながることを怖いと感じるようになっているのでしょうが、『シェアすること』のポテンシャルがないわけではありません。災害時の助け合いのシェアは、今年も非常に多くのニーズがありました。ボランティアの方に駐車場を貸すマッチングや、個人がちょっと場所やドライブなどで貢献できるボランティアのマッチングですね。社会的な可能性としては、政府が発表している成長戦略でも、地方創生の分野でシェアリングシティを少なくとも30自治体以上創出するという目標がありますが、今後日本が直面する人口減少による地方課題の解決、就業機会の創出など日本の課題を解決する手段としてのシェアリングエコノミーは可能性があると信じています」
シェアリングエコノミーは大企業の参入とともに、プラットフォーマーがサービスを主導することで生じる利用者の不利益をどう考えるかなど、新しい課題も生まれてきています。海外では既に注目を集めている組合型のシェアエコサービスは、2019年以降日本でも浸透していくかもしれません。
また、これからのシェアリングエコノミーを考える上で、重要なカギとなるのが「信用」と「個人情報」。見知らぬ個人間のやりとりの中で、どのように評価システムを始めとする個人が安心できるプラットフォームの形を模索していくことができるかが、今後ともさらなる議論が重ねられていくでしょう。シェアエコサービスを運用していく上で、このポイントは見逃せないようです。