2021.09.17

外食産業と食品リテールをアップデートする、フードテックの活用と未来へのあり方

“食産業”にとらわれないアンバンドルで課題を越える

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  • 食とテクノロジーの融合でイノベーションを創出する「フードテック」。飲食業界でも、レストランテック、リテールテックの導入などによるDXが進んでいます。
    今、レストランやスーパーはどのような課題に向かい、どのようなテクノロジーを活用して革新に取り組んでいるのでしょうか。フードテックカンファレンス「スマートキッチン・サミット・ジャパン(SKS JAPAN)」を主催する、株式会社シグマクシスの田中さんと岡田さんにお話を伺います。

    目次

    流通にも広がるフードテックのイノベーション

    ——人手不足やコロナ禍による強い影響を受けて、アップデートが求められる外食産業ですが、現在どのような状況下にあるのでしょうか。

    田中

    外食産業は以前から、人手不足や固定費負担の重さ等の構造的な課題を多く抱えていました。周知の通り、コロナ禍で経営的な厳しさが増し、それらの課題が一気に表面化して、対策は不可欠な状況です。

    その状況下、多くの外食産業で、アンバンドル(分解・分離)が進んでいます。例えば、調理工程のセントラルキッチン化や、店舗のシェアや時間貸し、デリバリー専用のキッチンシェア(ゴーストキッチン)、シェフのフリーエージェントや別のビジネスへの起用など、食材の調達から生活者に届けるまでのプロセスが分解され、アセットが分散し、多くの場面で新たな価値を生み出すための再構築が行われています。

    また、飲食店向けのオーダーシステムや仕入れの支援サービスの提供、初期投資の不要なキッチンカーの提供、レストラン同士の連携を可能にする仕組み等、飲食業界全体を支えようとするソリューションの開発に取り組む企業も増えてきました。 小売りにまたがる部分では、スマート・ベンディングマシンやBOPIS(※)への取り組みもトレンドになっています。
    ※ Buy Online Pick-up In Store。O2Oによる商品受け取りサービス

    海外では、すでに様々なフードテック企業が一歩進んだソリューションを生み、食のビジネスと人々の食卓を支えています。

    (左上)飲食店経営をSaaSモデルで一括サポートする「Toast(トースト)」
    (右上)レシピの提案から、買い物、IoT家電での調理までを一元化する「Innit(イニット)」
    (左下)遺伝子情報やヘルスケアデータを元に買い物をレコメンドする「DnaNudge(ディーエヌエーナッジ)」
    (右下)1000種類以上のサラダを提供できる自動販売機を開発する「CHOWBOTICS(チョウボティクス)」
    ※各社公式サイトより

    ——食品リテールの動きについてはいかがでしょうか。

    田中

    こちらはステイホームや自粛の影響で、ECの需要や中食・内食の機会が増えて順調です。外食が失ったと言われている数兆円の需要を、小売りやデリバリーが受け止める形になりました。
    一方で、コロナ禍以前からの「差別化ができなくなってきた」という課題が顕在化してきました。

    多くの店で同じ食品を売るようになり、総菜やデリカを扱う店も増えて、「安く豊富な品揃えで来店客を増やす」という既存のビジネスモデルが通用しにくくなって、集客力が落ち続けています。

    特に、競争環境の厳しい都市部での顧客の奪い合いはシビアで、課題解決に繋がるリテールテックの活用等が急がれています。

    ——スーパーなど食品リテールはバリューチェーンにおいて、顧客接点を握っていたため立場や力が強く、構造変革は難しいとされてきましたが、この点はいかがでしょうか。

    田中

    確かに、戦後に強大なバリューチェーンを構築してきた食品リテールは長年、非常に強い交渉力を持っていました。もちろん今でも強い力を握っていますが、前述の通り均質化していく中「今までのやり方では、差別化ができなくなってきた」と気づく企業が増えてきています。 現在は、対応力に優れた企業から、加工食品メーカーなどに対して「一緒に事業を創出しよう」「新しい仕組みや商品を取り入れよう」と持ち掛けるなど、共創や新たなビジネスの構築を目指しており、「そのために構造やマインドを変えなくては」という動きがあります。

    先進的なところでは、DXに関する挑戦のほか、R&Dへの取り組みにも積極的です。今後はバイヤー、サプライヤーといった立場や関係性、慣習やこだわりを越えて、新しい価値の創出に柔軟にチャレンジしていくべきでしょう。

    求められるのは“今までの常識”にとらわれない取り組み

    ——特に注目されている国内の取り組みにはどのような傾向がありますか。

    田中

    結論から言うと、外食も小売りも「効率化や利便性の向上に着手する」「今までのサービスをテックで延長する」というだけでなく、フード業界の常識から、いい意味で外れたようなイノベーションや顧客体験の創出に繋がる取り組みにこそ、可能性が広がっていると考えています。

    注目している具体的な取り組みとしては、大企業ではまず、ロイヤルホールディングスが挙げられます。以前からDXを推進していましたが、コロナ禍により冷凍食品の開発などに積極的に取り組み、素早く確実なトライで難局を越える力はさすがです。

    フード業界を横軸で支えようとする取り組みにも、期待を寄せています。
    例えば、飲食店の予約・顧客台帳サービスを開発するトレタによる、飲食店をネットワーク化した食材仕入れの支援、Instagramからの注文や情報拡散ができるサービスなどが挙げられます。
    混雑状況に応じたダイナミック・プライシングによって、収益化の安定化に繋げるサービスなども展開しており、通常のDXには留まらないソリューションの開発、提供に挑戦しています。

    SNSとの連動や、顧客の細かいリクエストを叶える注文システム、ダイナミック・プライシングの活用など、自社のアセットを活かした一歩先を行く仕組みを開発 
    ※画像はトレタ プレスリリースより
    田中

    アンバンドルが進む中、出張シェフのサブスクリプションサービス「SHAREDINE(シェアダイン)」なども、業界で脚光を浴びています。
    管理栄養士や調理師など、約1,600名の出張シェフが登録。出張レストランに、家庭での作り置きサービスにと、顧客のニーズに合わせて大活躍しています。

    フードロス問題の解決やSDGsに関連する取り組みにも積極的。シェフのコンペティションなども実施してフード業界を盛り上げている
    ※画像はシェアダイン プレスリリースより
    田中

    既存のアセットを新しいテックとアイデアで最大化しようとする取り組みにも、ぜひ注目してください。
    例えば、クオリアースによる凍結ソリューションサービス。特殊な冷凍技術を有する企業と、生産者・加工者のネットワークを独自に連携させ、高品質の冷凍食品の開発・販売を実現しています。

    冷凍食品化に関する全工程を一元化。「空いている冷凍機器の活用×食材の仕入れ×シェフのスキル」による高品質な冷食づくりを実現。自宅で名店の味を再現できると話題に
    ※画像はクオリアース 公式サイトより
    田中

    健康や環境意識を重視する人も楽しめるクリエーティブで注目されるのが、カフェ・カンパニーです。人気モデルとコラボした「ヴィーガンかき氷」の開発や、ウォルト・ディズニー・ジャパンとのライセンス契約によって、ディズニーの世界観を通じてヘルシーな料理を提供するカフェの展開などが好評です。

    “人気者とのコラボ”という話題性だけではない、ヴィーガン向け、低糖質メニューなど、健康意識の高まりなどに応えるクリエーティブを打ち出している 
    ※画像はカフェ・カンパニー プレスリリースより
    田中

    BOPISを展開するUBO(ユーボ)の取り組みも、独自路線で大変ユニークです。飲食店や小売店のピックアップやデリバリーに最適化した、サービングボックスを開発。注文した品を非接触で受け渡すことができ、QRコードによる鍵の開閉なども可能にしています。

    デリバリー需要の増加や省人化等の課題に対応。宅配業やテイクアウト専門店での受け渡し、有名すしチェーンやカフェの店頭、駅ナカのサービスなどに導入されている
    ※画像はユーボ プレスリリースより
    田中

    丸山製麺によるめん類の冷凍自販機「ヌードルツアーズ」も、今年の春にローンチされ、数カ月間で20カ所以上(※)に拡大しました。24時間気軽に非接触で購入でき、調理も湯煎で簡単。15軒の名店(※)が、自販機の中に軒を連ねています。
    ※2021年8月現在

    期待を裏切らない美味しさで、SNSでもバズ化。一部の商品は通販サイトからも購入でき、“お取り寄せ”のきっかけにも繋がる
    ※画像は丸山製麺 プレスリリースより
    田中

    スーパーマーケットや小売りの店舗内のイノベーションについては、欧米のプレーヤーがかなりリードしています。メディアではAmazonやウォルマートがよく話題になりますが、他にも、優れた取り組みがたくさんあります。

    例えば、ユーザーの健康情報や、かかりつけ医等と連携して商品をレコメンドする「医食同源×パーソナライゼーション」サービス、「食料品店(glossary)×レストラン(restaurant)」を意味する「グローサラント」など。グローサラントは、お店で販売されている食材を、その場でライブ調理した料理を提供するスタイルのことです。バーティカルファーミングを導入し、マーケットの店内で、野菜を栽培するスーパーなどもあります。

    国内でも、一部機能のECへの移動などによって、店舗内の空間に空きが生じるケースは増えていますから、今までにはなかった顧客体験を提供するスペースとして活かす方法は有効でしょう。

    食へのニーズは、多様な価値観で「ロングテール」に拡大

    ——これらの取り組みや事例から、今後のフードテックでは何が重要だといえそうでしょうか。

    田中

    キーワードは「ロングテールへの対応」です。こちらの図をご覧ください。

    「普遍的な価値+多様に広がる新たな価値」を示した図。でフードテック・フードサイエンスの進化と普及で、拡大するニーズやウォンツの補足と拡充が可能になった
    ※シグマクシス 制作資料より
    田中

    戦後から現在まで、フード市場は、”安全で高栄養かつ美味しい食事を、より安く”という価値を提供する形で、力強く拡大してきました。これらの価値は、今の時代も重要です。

    しかし、個々人が真に求めるライフスタイルを追求する時代に移り変わり、人々が食に求める価値は複雑化しました。同時に様々な科学技術がローコスト化することにより、これらの情報が安価に可視化できるようにもなりました。
    創る楽しみやエンタメ性、よりパーソナライズ化された食習慣などへと広がる細かいニーズやウォンツを補足し、満たすところまでが求められるようになったのです。コロナ禍でこの傾向は一層強まりました。
    私たちは、このロングテールモデルに応える形で、食のウェルビーイング――つまり、全体の良好性を実現しようとするフードテック企業に将来性を見出しています。

    この流れには、大量生産・大量消費型のビジネスだけでは、社会や個人の要請にこたえきれない時代をむかえ、「自分や社会にとっての真の幸せとは何か」というテーマと向き合う人が増えていることなども関わっているようです。 食以外のジャンルでも、「自分にぴったりのもので、環境や社会にもいいものを選びたい」という価値観は、世界中で選択や消費を動かし始めていますよね。
     

    ——こうした流れに対応していくために、企業側はどのように考え方を変えていく必要があるでしょうか。

    田中

    企業内の同じ価値観・能力・思考でのみ議論せず、産学官問わず様々なビジネスや人材や考え方に触れたほうが、イノベーションに通じるアイデアは生まれやすいと思います。

    「外食/中食/内食/デリカ」などの分類や、「流通/小売り/キッチン」といった役割の違いにも縛られないほうがいいでしょう。ECやD2Cが当たり前になった今、産業的な区分による境界線の機能は薄れています。

    固定観念に縛られない異業種のベンチャービジネス等に、ヒントがあるかもしれません。

    「SDGs × フードテック」のポテンシャルは大きい

    ——SDGsなどの観点から見ても、フードテックを活用したビジネスの可能性は開けていくでしょうか。

    岡田

    私たちの調査によると、実のところ、日本の人々のSDGsに対する意識は、同じアジアの国々の人々と比べても低い状態です。

    そもそも日本では人生の価値観における「持続可能な社会に住む」ことの重要性が他国と比べて低い。また「食を通じて環境に貢献する」考え方が浸透していないものとみられている
    ※シグマクシス「Food for Wellbeing調査」(2020年10月)による
    岡田

    一方で、「持続可能性が大事だが、何もしていない」という意識を持つ人は、前年と比べて大きく増えるといった結果も出ています。
    コロナ禍での健康意識の向上やライフスタイルの見直しなどをきっかけに、世界が直面するサステナビリティという課題に対する人々の意識や関心が強まったものと考えられ、国内でのポテンシャルを示す結果になりました。

    国内調査の結果。2019年の結果に比べて、2020年はSDGsの認知度が急増。「SDGs認知元年」と呼べる年に
    ※シグマクシス「Food for Wellbeing調査」(2020年10月)による
    岡田

    食を通じて、どうサステナビリティに貢献できるのか――具体的かつ身近な選択肢や実例を、より分かりやすく多くの人に伝えていくことで、「SDGs × フードテック」の可能性はより拓けてくるはずです。

    「プラスチックの容器を神に切り替える」など、周辺には具体的なアクションがすでに浸透していますし、オーガニック食品等も一般的になっていますから、生活者がSDGsやサステナビリティを軸に食材やメニューを選択する日も、そう遠くはないでしょう。

    フランスでは、フードテック企業と市民団体の共同による「エコ・スコア」の導入がスタート。環境負荷に応じた5段階のラベルを、パッケージやECサイトに表示する

    ——今後の国内のフードテックの展望を、どのようにご覧になられていますか。

    田中

    外食産業も小売りも未だ苦しい状況にはあります。しかし、業務用の調理機器や冷凍機器、キッチンや店舗のスペース、人材といった既存の資産を別の形で活かすこと、異業種との交流やパートナーシップによって新しい事業アイデアを生むことなどで、きっと道は拓けてきます。

    同じ産業の中だけに閉じこもっているのではなく、広い視野を持ち、様々な人たちと対話をしていくことが大事です。登場しつつあるフードテック関連のサービスを活用することで、いま業界が持っている様々なアセットが、新たな価値と意味を持つことに気が付くでしょう。苦しい状況下とは思いますが、どんどん異業種の対話・交流が増えるといいなと思います。

    レストランもスーパーマーケットも、多くの人にとって、一番身近な楽しい場所です。だからこそ、「これからの未来を体現する場所でありたい」「訪れる人々が幸せを感じられるモデルでありたい」といった気概で挑戦を続ける人々が、フード業界には数多く存在しています。
    実際に、水面下では新しい企画がいくつも進行していますから、ぜひ楽しみにしてください。私たちも、カンファレンスをはじめとした様々な情報発信を通じて、フード業界のエンパワーメントを継続していきます。

    (写真左)株式会社シグマクシス 常務執行役員 田中宏隆(たなか・ひろたか)さん
    (写真右)株式会社シグマクシス リサーチ インサイトスペシャリスト 岡田亜希子(おかだ・あきこ)さん

    小売りや外食産業におけるフードテックの導入には、部分的なIT化やDXだけではなく、変化する食へのニーズを根本からとらえる必要があることが分かりました。
    横の繋がりが強いとされるフード業界では、食のカンファレンスやコミュニティへの積極的な参加によって、知識や目線のアップデートを欠かさないことも重要でしょう。

    Written by:
    BAE編集部