広い範囲に音声を届ける「スピーカー」。しかし情報社会になったことで、人々の興味関心は細分化し、「必要な情報だけがほしい」というニーズが高まっています。
範囲を絞って音を届ける「指向性スピーカー」は、伝えたい人にだけ情報を届けるという特性がある一方で、喧騒の中で人を立ち止まらせる効果もあります。商業施設や大型ホールなどに、デジタルサイネージや音響設備を提供するジャトー株式会社 執行役員 向井慎一さんに、「指向性スピーカーの活用法や、プロモーション利用への可能性」をテーマにお話を聞きました。
必要な人にだけ情報を伝える「指向性スピーカー」
――そもそも指向性スピーカーは、いつ頃に誕生したものなのでしょうか?
指向性スピーカーという概念が登場したのは、いまから20年ほど前だったと記憶しています。10年ほど前から開発が進み、現在ではいくつもの製品が誕生しています。当社で扱っている「超指向性スピーカー」という商品もそのひとつです。
ちなみに指向性スピーカーは、既存のスピーカーの進化系として生まれたのではなく、「超音波はまっすぐ飛ぶ」という特性が見つかり、その理論を活用すべく生まれた製品。つまり、技術先行で誕生したプロダクトなんです。
――10年以上前から存在している指向性スピーカーが近年、注目されるようになった背景とはどのようなものなのでしょうか?
技術革新が進んだことで、以前は大型で特殊な機材だった指向性スピーカーも、現在ではA4サイズほどに小型化し、使いやすくなったことがひとつ。もうひとつは、“時代の変化”と言えるかもしれません。
現代においては、除夜の鐘さえ「騒音」だと感じる人がいますし、信号機も騒音が問題視され、音の鳴るものが減ってきました。これはつまり、「自分がほしいサービスや情報だけを得たい人が増えている」からとも言えるでしょう。そうした時代背景と指向性スピーカーの特徴がマッチした結果、利用が拡大しているのだと感じています。
――新技術によって生まれた指向性スピーカーは、通常のスピーカーとどのような違いがあるのでしょうか?
通常、スピーカーから出る音というのは拡散しますが、指向性スピーカーはその名が示す通り、ある一方向にだけ音を飛ばすことが可能です。その特性によって、指向性スピーカーから流れる音は、騒々しい場所でも周囲の音と混ざることなく、まっすぐに人間の耳に届けることができるんです。
この、通常のスピーカーにはない“一方向に飛ぶ”という特徴を生かして、たとえば壁の反射を利用し、左にスピーカーがあるのに、「音は右から聞こえてくる」といった現象を生み出すこともできます。
――通常のスピーカーはドーム状に音が広がるのに対して、指向性スピーカーはより狭いエリアの特定の人に向けて、音を届けられるのですね。
その通りです。現在、指向性スピーカーがデジタルサイネージを活用した案内板と併用されるケースが多いのは、騒音に混ざることなく、届けたい人にだけ必要な情報を届けることができるからです。
指向性スピーカーから出る音の広がり方は10度ほど、ちょうど人ひとり分くらいの範囲です。近くだけではなく、最大で20〜30メートルの距離まで音を飛ばすことが可能です。受け手はスマホをかざしたりすることなく、ただそこに立つだけで、ほしい情報を得ることができます。
また、デジタルサイネージだけでなく、バスや駐車場など、さまざまな場所で指向性スピーカーは利用されていますから、知らず知らずの内に、「実は指向性スピーカーに触れている」ケースは多くあります。つまり、意識していないだけで、すでに意外と身近にある技術なんです。
“指向性”をインストアプロモーションへ活用する方法
――時代に求められ、用途が広がる「指向性スピーカー」。プロモーション領域では、どのように利用されているのでしょうか?
情報を伝えることに優れていますので、その特性を利用したケースが多いですね。
たとえば、特定の商品の前に立つと、その人だけに商品の詳細情報が音声で届けられる、などです。店舗のコスメコーナーで、口紅を見ている来店者がいたとしましょう。しかし、すぐ隣にはファンデーションコーナーがある。だとすれば、口紅の詳細は、ファンデーションを見ている人にとっては無関係の情報、つまりはノイズでしかありません。
ですが指向性スピーカーを使えば、口紅を見ている来店者にだけ、詳細情報を伝えることができるわけです。しかも周囲の雑音に混ざることなく、しっかりと情報を伝えることが可能です。つまり、隣同士に別の商品が並んでいる売り場でも、商品ごとに適切な音声情報を伝えることができる、というメリットがあるのです。
これにはある研究成果が報告されていまして、「関心のある人に一定の場所で詳しい情報を伝えると、商品を購入しやすくなる」傾向にあります。ですから音によって足を止めてもらうというのは、非常に有効なアプローチなんです。
その原理を、韓国ではスーパーマーケットのインストアプロモーションに利用していて、野菜コーナーで「おすすめの野菜の情報」を流すといった活用事例が多く見られます。また韓国の飲食店では、デジタルサイネージの導入・活用がとても進んでいます。レストランの壁やメニューなど、さまざまな場所でデジタルサイネージを使い、「目に見える情報」と指向性スピーカーによる「目に見えない情報」を組み合わせることで、情報を効果的に伝えています。
――商品以外の情報を流すこともできそうですね。
はい。注意喚起とレコメンドを組み合わせるケースもあります。たとえば、エスカレーターの終了間際に注意を促すとともに、到着した階で開催されている展示内容をおすすめする、といった例もあります。
また、海外ではまだまだエスカレーターが一般的ではない国も多く、エスカレーターにおける注意喚起の利用例は多いようです。
店頭以外にも、美術館などで展示物の前に立つと、その展示を見ている人にだけ解説を伝えることも可能です。これはイヤホンで聞く「ガイド用の無線機」の進化系とも言えます。利用者はイヤホンをする必要も、無線機を持つ必要もなく、ほしい情報を快適かつ的確に知ることができるため、利便性も向上します。同様の仕組みは、騒々しいイベント会場内における展示案内などにも活用できるのではないでしょうか。
アイデア次第で無限に広がる、指向性スピーカーの可能性
――指向性スピーカーが、インストアプロモーション以外の領域でも活用される可能性はありそうでしょうか?
はい、あります。以前、私たちが展示会で指向性スピーカーを紹介する際、まずは興味を持ってもらおうと、通路に向けて音を発したことがあります。すると、ある特定のエリアを通った人だけに音が聞こえるという現象によって、多くの人が足を止めました。その特性を利用すれば、人を惹きつける仕掛けとして、指向性スピーカーを利用することもできるのではないでしょうか。
――意外な使い方や、他のテクノロジーなどと組み合わせた活用も考えられそうでしょうか?
はい。指向性スピーカーを使ったユニークな例としては、巨大な世界地図を作成し、たとえばフランスの上に足を乗せると、その人だけにフランス語の案内が流れる、というものが以前ありました。
そんな風に、見えるものと見えないものを組み合わせることの面白さを追求していけば、他にもきっとさまざまな仕掛けを生み出せるのではないでしょうか。
また、他にもAIと組み合わせることで、「デジタルサイネージ×顔認証×指向性スピーカー」による多言語案内のサービスなども生まれています。たとえば、デジタルサイネージ上で言語選択し、ユーザーは母国語の音声案内を聞きながら操作する。そこに顔認証が加われば、よりパーソナライズ化した音声情報やサービスを届けることもできますから、他のテクノロジーと掛け合わせることで、さらに活用は広がると考えています。
指向性スピーカーには、アイデア次第で無限の可能性がそこに眠っているのです。
範囲を絞って特定のエリアにいる人だけに情報を伝える「指向性スピーカー」は、昨今注目を浴び、街や商業施設、店頭などで活用が広がっているテクノロジーです。ユーザーの足を止め、注意を引くことができる特徴は、インストアプロモーションだけでなく、さまざまなプロモーションの仕掛けとしても応用できるのではないでしょうか。
- Written by:
- BAE編集部