2021年1月に日本および世界中の大きな話題となった音声SNSの「Clubhouse」。著名人も参入し、このムーブメントはマスメディアでも取り上げられました。音声情報の価値が数年前から注目される中で、Clubhouseブームから見えたものは何だったのか。音声プラットフォームVoicy代表の緒方憲太郎さんに総括していただきつつ、2021年以降の音声業界の動向や可能性についてお聞きしました。
「アーカイブ向き」「リアルタイム向き」で二極化する音声SNS
——2021年初めに盛り上がったClubhouseムーブメント。ブームとなった要因は何だったのでしょうか。
要因はいくつかあると思います。一つはClubhouseが、アーカイブが残らないリアルタイムの音声配信だったために、「今ここでしか聞けない」という希少性が生まれ、FOMO(取り残されることへの不安)と呼ばれる心理作用が視聴者に働いたこと。日々、今までは考えられないような有名人同士の突発的なコラボが生まれるのが新しかったですよね。音声メディアは顔出しをしなくていいので、今メイクもしてないし、服もちゃんとしてないけど、声だけだったら出てもいいかな、と気軽に参加しやすく、突発的コラボが生まれやすい要因にもなりました。
また、これは音声に限らずですが、コロナ禍で自宅にいて、みんな寂しい思いをしていたというのは、やはりブームになった下地として大きいのではないかと思います。
——TwitterやFacebookなど既存のSNSがClubhouseのようなサービスを始めるなど、追随するような動きもあります。音声サービスが群雄割拠する時代という印象はありますが、これらのサービスは生き残ることができるのでしょうか。
市民権を得ると思いますよ。個人が音声で情報発信するのが当たり前になっていくのはもう時間の問題で、後はどういう表現が残るかだけだと思ってます。
音声コンテンツの種類を理解するために、わかりやすい図があります(図1)。
縦軸はコンテンツを制作するのにかかる手間の度合いで、横軸は左にいくほどアーカイブ向き、右にいくほどリアルタイム向きとなります。わかりやすく動画メディアに例えると、右上にテレビ、左上にNetflix、右下に17LIVEやSHOWROOMなどの配信系、左下にYouTubeが当てはまる感じです。
——この場合、音声SNSはどこに当てはまるのでしょうか。
Clubhouseの他にも、最近12億円の資金調達をして話題になったボイスチャットアプリ「パラレル」など、さまざまな音声SNSが出てきていますが、厳密にはアーカイブ向きか、リアルタイム向きかという2パターンがあると思っています。Clubhouseやパラレルはあくまでリアルタイムで一緒にいるという同期性が求められているサービスで、コンテンツ性は低い。一方で、Voicyのような「ボイスメディア」は、YouTubeのようにクリエーターや企業が自分のチャンネルを持って音声コンテンツを発信し、アーカイブも残ります。ボイスメディアは、まだ海外でも珍しいポジションですが、声のインフルエンサーも出てきて、稼げるようになってきている状況ではあります。
ワイヤレスイヤホンがインフラとなり、加速化する音声広告
——Spotifyのデジタル音声広告が以前から注目を集めていますが、YouTube Musicも2020年から音声広告「YouTube Audio」を提供し始めました。音声広告の可能性について、どのようにお考えですか。
今の時代に音声広告は非常にマッチしていると思います。その理由をご説明したいと思います。
まず、現代は世の中に情報があふれすぎ、生活者は大量の選択肢の中から自分の求める情報を選び出すことに疲弊しています。
かつ、大手プラットフォーマーが有料プランを始めたことで、情報の質も変化してきています。例えばYouTubeではプレミアムプランに加入することで、広告を非表示にできます。すると、どうでしょう。広告主はお金を払わないユーザーにしか広告を届けられません。何が起きたかというと、無課金ユーザーに向けたブランディング広告よりも、より本能やコンプレックスに訴えかけるような、いわば「ペイン広告」のようなものが増えてきました。ビッグデータ分析と、コンバージョン計測にもとづいて設計された無料のコンテンツが、機械的に大量生産されています。
そのような時代背景から生まれたのが、「人」軸の価値観です。無料で得られる情報が増えた一方、共感や信頼できる人の発信するコンテンツにこそ価値を見いだし、お金を出す人が増えてきています。
そこで強みを持つのが「音声」です。人の「声」には、複製や加工がしにくい発信者の「本人性」が宿ります。「おはよう」という一言の中にも、文字や映像には表れないあたたかみや、感情の機微、体調の変化なども読み取ることができる。話し手の素の魅力が伝わりやすく、それが生活者の共感や信頼感を生み出します。
——音声広告といえば、これまでもラジオ広告などがあったわけですが、デジタル音声広告ならではの特徴や強みはありますか。
AirPodsの総売上がTwitter、Uber、Adobe、Spotifyなどテックカンパニーの売上を超えているというデータがあります。ただの一製品がですよ? (出典: www.kevinrooke.com)これはかなり強烈なデータだと思っていて、ワイヤレスイヤホンが一つのインフラになってきているとまで言えるのではないでしょうか。使いやすいだけではなく、ノイズキャンセリングや外部音取り込み機能などが、イヤホンを長時間装着することへのハードルを下げてくれました。
人々が常時何かしらの音を聞いているような状況になると、例えばテレビ広告ではテレビの前でしか視聴できなかったのが、音声広告では位置情報と紐づいて、生活のあらゆる場所やシチュエーションに合わせた広告を届けることができるようになります。
——なるほど。例えばランニング中にスポーツ用品の音声広告を流すといった感じでしょうか。
そう思いがちですよね。ただ、私たちの肌感覚では、ランニング中にスポーツの話を聞きたい人は、ほとんどいません。どちらかというと走ったり、散歩をしたりしている時は、人生のこと、将来のことを考えている人が多く、そうすると保険の広告などがマッチするんです。音声データが今どんどん蓄積されているので、今後より精度の高いターゲティングができるようになっていくはずです。
——デジタル音声広告に向いている商材はありますか。
アテンションした瞬間にコンバージョンするような商品よりは、購入するまでに時間をかけて理解を深めていく必要のある商品の方が、相性がいいと思ってます。車や保険、最近ではサブスクリプションサービスやオンラインサロンなど、ストーリーを理解した上で買いたくなるものは、とてもマッチしますね。
——世代によって、音声の聞かれ方や受け入れられ方に違いはありますか。
若い人たちほど見た目が華やかなもの、キラキラと派手なものに引き込まれやすいという傾向は依然としてあるので、Z世代はまだ「目」が強い。シニア世代の方がじっくりと「耳」で聞いて理解することに慣れていますので、マーケットとして大きいのはそちらかなと。インターフェイスという面からも、スマホのタッチパネルでの操作に苦手意識を持っていたり、小さなディスプレイで文字を見るのが困難であったり、そういった高齢者の方々にとって、音声での情報はフレンドリーであると言えます。シニア市場はこれからホットマーケットになっていくでしょうね。高齢者用の音声コンテンツをうまく開発した人は今後すごく強いと思います。
エンゲージメントを高めるクリエーターとの長期的コラボ
——企業の「音声」への関わり方として、音声広告以外ではどういったものがありますか。
前提として音声広告に限らず、クリエーターが広告主やプラットフォームよりも力を持つ「クリエーターエコノミー」が主流となる中で、広告主ファーストでコンテンツができる時代は終わりつつあるんですよね。この事態に非常に危機感を強めている企業も多いかと思いますが、いずれにせよ企業は自分たちがプレイヤーになるか、プレイヤー(クリエーター)とタッグを組むか、選択を迫られている状況です。
それを踏まえた上で、ボイスチャットや音声ライブなど、投げ銭でマネタイズするサービスは、まだ一部のクリエーターが熱狂的なファンに支えられて収益化しているという状況なので、企業がプレイヤーとしてそこに入っていくのは現状かなり難しいと思います。なので、企業が参入するとしたら、まずはYouTube型の「ボイスメディア」で自分たちのアカウントを持って企業チャンネルのようなことをしたり、YouTuberのような有名クリエーターとタイアップしたり、といったようなモデルになっていくと思っています。
——特に「音声」メディアに適した、クリエーターとの関わり方はあるでしょうか。
先ほどもお伝えしたように「音声」は、時間をかけて共感や信頼を生み出すことに長けているので、クリエーターと長期的なパートナーシップを組む方法がおすすめです。実際にインフルエンサーが企業のパートナーとなって、ブランディングの向上や、エンゲージメントの獲得につながるケースが増えているのも面白いところです。Voicyでも、健康食品・化粧品の通販サイトの「ていねい通販」さんや、求人サイトの「Green」さんなど、クリエーターをスポンサードしてうまくいっている企業は出てきていますし、パーソナリティーと企業のコラボレーションがすごく伸びてきているので、私たちも今後そこをしっかりやっていきたいなと思っています。
——最後に、音声ソリューションの5年後、10年後はどうなっていくと思いますか。
データが蓄積されることで一層、音声広告のパーソナライズやターゲティングの精度が高まっていくことが期待できます。例えば「35歳、男性、渋谷在住」というペルソナであっても、通勤中なのか、ランニングをしているのか、お風呂に入っているのか、生活シーンによって求める情報は変わるはずなんですよね。あと数年したら、「えー、おじいちゃんやおばあちゃんの時代は、走っている時も、お風呂に入っている時も、同じ広告がレコメンドされていたの?」と驚かれる時代が来るかもしれませんね(笑)。
ワイヤレスイヤホンの普及や、コロナ禍での生活様式の変化が、Clubhouseムーブメントを引き起こす下地となりました。GAFAをはじめとする大手テック企業も続々と参入し、役者が出揃った感のある音声業界。企業の次なる一歩として検討していかなければいけないのは、クリエーターたちとどのような関係性を築いていくか、また自らプレイヤーになるとしたらどのように動けばいいのか、ということ。それを考える上で、「クリエーターエコノミー」というキーワードは今後の大きなヒントになりそうです。
- Written by:
- BAE編集部