昨今、エンターテインメント分野を中心に、VRの利用はますます広がりを見せています。そのなかで“ライブとの融合”という新しい可能性も生まれています。そのひとつが「VRミュージカル」です。
VRとミュージカルを掛け合わせるという世界初の取り組みにチャレンジし、先日、先進映像協会「グッドプラクティス・アワード2018」奨励賞を受賞した、ミュージカルカンパニー「音楽座ミュージカル」の俳優/プロデューサーの広田勇二さんに、VRミュージカル誕生の経緯、VRとライブエンターテインメントを掛け合わせることによって生まれる効果などについてお話を聞きました。
――VRのテクノロジーとミュージカルを組み合わせ、世界初の試みとなった「VRミュージカル」。まずはその誕生の経緯を教えてください。
はい。音楽座ミュージカルでは30年前からオリジナルミュージカルを創作・上演するなかで、「見る人」と「見られる人」という関係性を超えた公演を作り出したいと考えていました。
たとえば、本番中にお客様を舞台に上げてみる。それだけでもその関係性を超えることはできますが、観客全員を舞台に上げることはできません。ならば違ったアプローチ法はないかと、日々模索していました。そんなとき、2016年にPlayStation🄬VRが発売され、世間的にも目新しかった360度のバーチャル世界というVRの持つ特徴に、大いに興味を抱きました。その頃はまだ、ミュージカルとVRをつなげる発想はありませんでしたけれど。
――「VR」を、なぜライブエンターテインメントに生かしてみようと考えたのでしょうか?
偶然、音楽座ミュージカルの代表が共通の知人を通じてVRに強い株式会社アルファコードの方と知り合う機会があったんです。
やはりテクノロジーは専門性が高い分野ですから、簡単に手を出すことはできません。しかし専門家と組めるのであれば、実現の可能性は高まります。すぐに打ち合わせの機会を得て、先方も「VRの可能性を探る機会になる」と感じ、協力関係を結ぶことができました。
――そうして2017年に行った公演が、「星の王子さま」(サン=テグジュペリ)を原作としたミュージカル「リトルプリンスVR」(トライアル公演)なのですね。どんな風にVRを活用したのでしょうか?
舞台はライブという特性上、映像作品とは異なり、簡単に場面転換がしづらい側面があるため、セットも抽象的なものにすることが多く、実際には見えないけれど、“見える”設定でストーリーが進むケースもあります。一方で、VRは“ないはずのものを見せることができる”テクノロジーです。その、両者の持つ特徴をうまく融合し、相乗効果を生みたいと考えました。
「リトルプリンスVR」は、現実と想像を行き来するストーリーで、原作「星の王子さま」にも登場する名言「大切なことは目に見えない」にもある通り、まさに“心の目”で見る作品です。なので、「現実のシーンをVR」で見せ、「想像のシーンをリアル」で見せれば相性がいいのではと考えました。それによって生まれたのは、これまで以上の没入感でした。
――その“没入感”が生まれた理由について、どう分析されているのか、教えてください。
「VRミュージカル」は、世界初の試みということもあり、いくつかのメディアでも取り上げてもらいました。そこで記者の方が語った感想は「VRのよさと、ミュージカルのよさが存分に発揮されたコンテンツ」というものでした。それはつまり、バーチャル×ライブによる相乗効果です。
通常、VRコンテンツを体感する場合は、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)で映像を見て、ヘッドフォンで音を聴きます。一方、「リトルプリンスVR」では、あえてヘッドフォンは装着せず、セリフや歌は「ライブの音」でお届けしました。それにより、視覚から入る情報はVRの映像ですが、音声はライブという非日常的な体験を生み出すことに成功したんです。
また一般的なVRコンテンツの場合は、お客様の身体に何かが触れるということはありません。しかし私たちのVRミュージカルでは意図的に「演者がお客様の肩に触れる」という演出を加えたんです。これも非常に好評で、「バーチャル×ライブの可能性」を感じることができました。
そうした、本来であれば「あるはずのない違和感」が、これまでVRを体験したことがあった方にとっても“新しい参加型の体験”として受け入れられたと同時に、ミュージカルという体験価値自体も向上させたのだと考えています。
――同時に初演のトライアル公演を通して、見つかった課題もありましたか?
8KのVR映像だったこともあり、クオリティは高く、360度見渡せたのですが、音響が360度ではなかったため、映像と音響効果にズレが生じてしまいました。
たとえば、映像では近くに見えるのに、実際に耳から聞こえる音は遠くから聞こえる。そうした問題が起きてしまったわけです。
他にもHMDを用意する必要があることと、かつ安定的なネットワーク環境の構築のために、最大接続人数を10人としたのですが、大規模な公演に対応するためにどうすべきか、という課題にも直面しました。 そうした問題を解決することで、ミュージカルの魅力はそのままに、テクノロジーによってさらに体験価値を向上できると感じました。
――VRとライブのミュージカルを組み合わせることで、好評を博したわけですが、上演中、HMDの装着はどのように行ったのですか?
お芝居のなかで、飛行士として一緒に飛行機に乗るという設定を作り、観客のみなさんにも、“ゴーグル”として、HMDを装着いただきました。物語に馴染ませたことで、特にデバイス装着に関する問題は起きませんでした。
その点については、うまく“物語の持つ力”を生かせたように感じます。
――それから1年、今年「LITTLE PRINCE ALPHA」(本公演)を上演しました。どんな点を改良したのですか?
まずカメラを改善したことで、よりリアルな映像を届けられるようになりました。問題だった音響も、今回のために新開発した立体音響システムを導入することで、音の方向や奥行き、距離感を感じることが可能になり、映像と音響効果のズレも解消することができ、より満足度の高い公演を届けることができました。
また、トライアル公演では10席だったVR席を、本上演では40席(前後半入れ替え)に拡大しました。一方、一般席でもスクリーンを3箇所配置し、VR席の観客が見ているものと同じ映像を表示し、その映像を通して物語を追っていけるようにしました。
驚いたのは、席数の関係もあるかもしれませんが、各回40枚のVR席チケットがすぐに完売したことです。その反響を見て、「VRに対するニーズがいま、これほど高まっているのか」と再確認することができました。
さらに今回はIoTを照明効果に取り入れることで、より客席とステージが一体化できるようにしました。使用したのはWi-Fiで光をコントロールできる「LEDライティングボール」。ひとりの観客につき、ひとつボールを渡し、砂漠で水を探すシーンでは、会場のボールをすべて水色にし、客席とステージの垣根を取り払うことにチャレンジしました。
――同公演において、新たな発見はありましたか?
はい。この1年でVRが浸透したことで、お客様がHMDを装着する時間が想像よりもずっと短く済んだことは、発見であり、驚きでもありました。昨年の時点では、「初めてのVR」という方も多かったのですが、今年は「VR経験者」の方も増えていました。
ただ、VRの映像は「VR酔い」というものがありますし、HMDも軽いわけではないですから、長時間の装着は不向きです。本公演中も、装着するシーンと装着しないシーンを交互に作ることで、「VR酔い」対策をしました。
今後HMDの小型化が進めば、よりスムーズにバーチャルとライブの世界を行き来できるようになるでしょうし、さまざまな分野でもVR活用が進むかもしれませんね。
――トライアルと本公演、2回の公演を通して、「テクノロジー×ライブエンターテインメント」の可能性について、どのように感じましたか?
今回、VRとIoTをミュージカルに組み込んだことで、“新たな体験”を生み出すことができました。それを実現できたのは、やはりテクノロジーの力だと感じています。
VRミュージカルに関しての効果という点では、「バーチャルとライブを融合させる」ことで、ステージと観客の垣根を取り払い、「参加型のエンターテインメント」に昇華できたことは、非常に大きな成果だったと思っています。
やはり見ているコンテンツにどれだけ没入できるかで、セリフひとつにしても、届き方は変わります。その世界観に深く入れば入るほど、言葉が自分の心に入ってきますから、感動の大きさも自ずと変わってきます。
今後テクノロジーの発展が進み、より使いやすい環境が整えば、「バーチャルとライブを融合した新たなライブエンターテインメント」が生まれる可能性もあるかもしれません。
しかし、その感動の中核を担うのは、コンテンツの魅力であり、テクノロジーはその補完をさまざまな形でしてくれる機能を担っていくと私は考えています。
世界初の「VRミュージカル」を通して見えてきたのは、“ライブ体験を増幅させる機能”としてのテクノロジー活用です。すでに“あるもの”を、テクノロジーと組み合わせることで、「参加型」へとアップデートできる。その発想は、エンターテインメント以外の領域でも応用できそうです。