2020.10.23

約3万人が熱狂!バーチャルスタジアムに見る、スポーツビジネスの新たな可能性

テクノロジーによって加速する「観戦」のエンタメ化

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  • 今年、新型コロナの影響によって、多くのイベントが中止を余儀なくされました。スポーツイベントに関しては、開幕から無観客スタート。現在は人数制限が緩和されていますが、収容人数50%が上限(10月23日時点)となっています。

    そのなかで、横浜DeNAベイスターズはバーチャルスタジアムを構想。オンラインでもスポーツ観戦が楽しめる「バーチャルハマスタ」(第1弾)は、延べ約3万人が参加しました。

    この新しい取り組みが成功した理由、そして「今後のスポーツビジネスの可能性」について、株式会社横浜DeNAベイスターズ ブランド統括本部 広報部 部長 河村康博さんに、電通テック 2020アクティベーション室 長田一樹が、お話を伺いました。

    目次

    ファンとつながる新たな方法として、オンラインを活用

    長田

    横浜スタジアムをオンライン上に再現した「バーチャルハマスタ」は、メディアでも紹介されるなど、大きな話題となりました。まず、オンラインを活用しようと考えた経緯について、教えてください。

    河村

    2020年は、横浜DeNAベイスターズにとって、「特別な年」でした。これまで掲げてきた「コミュニティボールパーク」化構想のもと、本拠地である横浜スタジアム(ハマスタ)の増築・改修を進めており、それが完成することで、新たな一歩を踏み出す予定だったからです。

    今年2月に増築・改修が完了した「横浜スタジアム」 ©YDB
    河村

    横浜DeNAベイスターズはマーケティング施策によって、18年シーズンは、球団史上初の観客動員数200万人を突破。19年シーズンは228万人に到達し、11年シーズンと比べると2.1倍に増加。さらにファンクラブ会員数は11年の約14倍に急伸していました。

    当球団ではまず、観客のターゲット層を明確にし、「アクティブサラリーマン」という20~30代の働く男性で、余暇の過ごし方としてアウトドアやイベントに出掛けることを好む人たちをメインターゲットとして据えました。さらに周辺にいる家族なども含めたアプローチを強化することで、順調に観客動員数を増やしていきました。加えて、球場内のイベントやサービスも強化することで、“勝てばもちろん、たとえ負けたとしても楽しい”「コミュニティボールパーク(スポーツエンタメ)」として、着実に歩みを進めていました。今ではこの考え方を横浜の街と一体となって、スポーツを軸に街づくりを進める「横浜スポーツタウン構想」にも発展させています。そこでスタジアムがリニューアルされ、地域もさらに活性化し、チームにとってもさらなる飛躍の年になると考えていました。

    しかしコロナの影響で、プロ野球の開幕は遅れ、開幕も無観客スタートが決定。まさかの事態に、私たちは危機感を募らせました。そこでこの状況下でもできるファンの皆さんとのコミュニケーションとは何か、またいつかスタジアムに足を運んでもらえる日のために、どのような準備を進める必要があるかについて、検討が迫られたのです。

    長田

    普段であれば、プロ野球というコンテンツの特性上、リアルでのコミュニケーションが「前提」での施策を検討、投入されてきたと思うので、コロナの流行はまさに今までの常識を覆さざるを得ない事象でしたね。しかも、お客様とコミュニケーションできるのは“非接触の場所”のみと非常に厳しい状況下だったと捉えています。

    河村

    はい。スタジアムを起点としたコミュニケーションができない状況になってしまいましたが、「ファンの皆さんとのつながりを決して途絶えさせない」という強い思いから、オンライン活用に力を入れることにしました。こうして、SNSなどのプラットフォームを活かし、いかにしてオンライン上でコミュニケーションをとるかを模索し始めたのです。

    観客の生の声など、多様なデータを収集できるバーチャル空間

    長田

    横浜DeNAベイスターズのSNSアカウントはどれも10万人を超えるフォロワーを有しています。オンライン施策をする上でどのように活用し、どのような施策を講じられたのでしょうか?

    河村

    当球団では、Twitter、Facebook、Instagram、YouTube、LINEの公式アカウントを運営しており、延べ60万人以上のフォロワーがいます。自粛期間はメディアの皆さんによる取材も制限しないといけなかったので、球団のSNSを使って様々なコンテンツを提供していきました。例えば、山崎康晃選手がチームメイトにZoomを使って家で過ごす様子をインタビューする企画やスーパースロー映像を用い、選手が自らの変化球を解説する企画などが誕生しました。

    さらに、無観客でシーズン開幕を迎えたことから、「オンラインでも参加できる(野球を楽しめる)」イベントを考案し、ファンの皆さんに楽しんでいただこうと考えました。最初に実施したのが6月の開幕と合わせて開催した、Zoomを活用した観戦イベント「オンラインハマスタ」です。

    これは「おうちからエールを届けよう」をコンセプトにしたもので、その中でも話題を集めたのは、Zoomを通じて球場にエールを送れる取り組み。パソコンなどのモニター越しに手を振る姿が横浜スタジアムの電光掲示板に映し出され、試合中の選手に直接届く仕組みを構築しました。

    しかし当初の利用者は、想定より大きく下回っていました。原因は、初めての取り組みということもあり、「楽しみ方がわからない」という点が大きかったと思います。その後、定期的に「オンラインハマスタ」を開催するなかで改善していき、サインボールが当たる抽選会や、ユニフォーム付きのチケットを販売することで、“参加メリット”を創出し、現在は満足度も高く、参加者数も増加傾向にあります。

    「オンラインハマスタ」では、球場のモニターを通じて、ファンのエールが選手に送られる ©YDB
    長田

    横浜スタジアムをオンライン上に再現した「バーチャルハマスタ」(第1弾)は、約3万人を集客しました。成功の要因は何だと考えていますか?

    河村

    やはり、先進性は大きいと思います。球場に足を運ばなくても「家であの体験ができたら楽しいだろう」というワクワク感を、先端テクノロジーを使って提供できたのではないかと思っています。

    「スポーツエンタメ」の中心にあるのは、当然ながらスポーツであり、その勝敗です。しかしどんな強豪といわれるチームでも、いつも勝つことは難しいですから「勝ち負け」のみを体験価値にすることは、非常にリスキーなわけです。「勝ったら楽しい」、「負けたらつまらない」では、仮に負けてしまったらお客さんは皆離れてしまいます。

    ならば目指すべきは、エンタテインメントであり、テーマパーク。「行くことが楽しい場所」だと思いました。だから横浜スタジアムでは、花火が上がり、観客の方がスマホのライトを振って選手を応援する参加型のものなどをご用意することで、“エンタメ色”を強化してきたわけです。

    その体験をバーチャル上で再現したのが「バーチャルハマスタ」です。あのハマスタの感動が味わえる、これほどキャッチーな呼び込み文句はないと思いました。

    長田

    「バーチャルハマスタ」は、自身のアバターで入場します。球場の中からスタートではなく、エントランスから始まるのには、何か理由があるのですか?

    KDDI社とバーチャルSNS空間を提供しているcluster社の協力のもと、リアルに再現された「バーチャルハマスタ」のエントランス
    KDDI社とバーチャルSNS空間を提供しているcluster社の協力のもと、リアルに再現された「バーチャルハマスタ」のエントランス ©YDB
    河村

    「球場に来た!」、これから始まるぞという“あの高揚感”を味わってほしいと思ったからです。また自由に歩き回れるように、球場の周辺も制作し、「あのハマスタに来た」という擬似体験ができることも意識しました。中に入れば、売店があり、ファンの方にとってはお馴染みの風景が待っています。そしてスタジアムに一歩足を踏み入れれば、観客席ではなく、グラウンドの中で野球観戦ができるという、バーチャル上でしかできないプレミアムな体験をお届けしました。

    「バーチャルハマスタ」では、グラウンドから自身のアバターを通じて、オンラインならではの野球観戦が楽しめる ©YDB
    河村

    加えて、グラウンドには、他の方のアバターもいて、一緒に応援ができるという「リアル体験」と近いカタチをご用意しました。チャット機能も利用できるため、他のファンの方と会話を交わすことも可能です。リアル観戦の場合は、“応援”が主ですから、他のファンの方と会話を交わす場面は多くありませんが、オンラインでは、非常に活発に会話が交わされていたのは驚きました。

    長田

    「オンライン(バーチャル空間)ならでは」という点では、他にどんなことがありましたか?

    河村

    解説やゲストに球団OBやタレントの方を招いたのですが、その方のアバターがグラウンドを歩くとファンの方も後ろをついていったり、アバターを交えてファンの方と交流するのは、バーチャル空間ならではの演出だったと思います。これはSNS上でも、「グラウンドであの人と会った!」などと投稿されるなど、サプライズ以上の効果があったように感じています。

    長田

    すごく面白いですね。普段会えない著名人と交流ができるというのはまさに、オンライン(バーチャル空間)ならではの魅力ですね。当日のデバイスは、パソコン、スマートフォン、VRデバイスだったと思うのですが、何を使われている方が多かったですか?

    河村

    やっぱりスマートフォンですね。ただ、これもバーチャル空間ならではなのですが、VRデバイスを持っているけど、普段は野球を観戦しない方が、「VRコンテンツ」としてバーチャルハマスタを訪れてくださったんです。これはうれしい誤算でした。それでも、来場者の男女比はおよそ7割が男性と、リアルなスタジアムとほぼ変わらないという結果でした。

    また、オンラインだとリアルとは違って、さまざまなデータが取得しやすいことも大きなメリットのひとつです。データがあると、PDCAが回しやすいので、改善もしやすい傾向にあります。

    「スポーツ×テクノロジー」には無限の可能性がある

    長田

    先日の「バーチャルハマスタ」(第2弾)では、アバターの着替えがリアルで届く「オリジナルTシャツ」の販売もされるなど、新たな取り組みも始めています。これから更なるアップデートが予想されますが、バーチャル空間には今後どのような可能性があると思われますか?

    「バーチャルハマスタ」(第2弾)の様子 ©YDB
    河村

    第2弾では、他にバックネット裏に設置したカメラで決定的瞬間をマルチアングルで楽しめるリプレイ映像なども提供しました。リアルではできないことが実現できるバーチャル空間に「無限の可能性」を感じています。バーチャルスタジアムには、上限がありませんから、何人でも収容可能ですし、今後データを連携できれば、より詳細な情報を表示することもできると考えています。

    「スポーツ×テクノロジー」には、ファンと深くつながることができる、という利点があります。その最適解を模索する流れは、コロナが収束しても継続すると考えています。

    もはやバーチャル空間は、リアルの代替や、今までの単なる延長ではなく、“新しいコミュニケーションの場”です。そこで得たことを、いかにお客様に還元できるか。これからもリアルとバーチャルを上手に併用しながら、真の「コミュニティボールパーク」を目指し、歩み続けたいと思います。そのなかで、バーチャルの場でいかにマネタイズするかという課題も、同時に解決していけたらと考えています。

    長田

    たしかに、コロナが収束したから元通りになるとは考えづらいですよね。コロナ流行を契機にリアルとバーチャルの共存は、今後のスタンダードになると予想しています。「スポーツ×テクノロジー」の今後の可能性については、どのようにお感じですか?

    河村

    リアルとオンラインの併用という新たな潮流は、スポーツビジネス全体にも大きな影響を与える可能性があると見ています。現在、世界中の各チームが、コロナ禍のなかで新たな取り組みにトライしていますし、得た知見を活かしながら、ハイブリッド型へと舵を切る可能性も十分あるのではないでしょうか。 

    長田

    大変勉強になりました。本日はありがとうございました。


    今回、河村さんとお話をさせていただき、自分自身が関わっているスポーツビジネスの新たな可能性に触れることができました。これまでのビジネスモデルが通用しなくなった“ニューノーマル”時代においては、既存の場所や既に抱えているコミュニティをいかに活用するかという視点が重要なこと。そして、オンラインという環境下の中でどのようにデータを取得するか、どのようにデータを活用し、マネタイズにつなげるか。まだまだ多くの課題はありますが、5G時代の到来によって、リアルとバーチャルの垣根がなくなる中でよりシームレスかつ、ダイナミックなコミュニケーションを実現できるかが重要になってくるのではないでしょうか。

    河村 康博

    株式会社横浜DeNAベイスターズ ブランド統括本部 広報部 部長

    PR会社を経て2014年に株式会社横浜DeNAベイスターズに入社。主に事業広報として、DeNAベイスターズが仕掛けるさまざまなイベントや街づくり事業に関するPRを担当。また、行政と連携し、学校給食における選手寮カレーの提供や乳児へのオリジナル絵本プレゼント企画を手掛けるなど広報の枠を超えた業務を推進する。

    長田 一樹

    株式会社電通テック 2020アクティベーション室プランナー

    国際的スポーツイベントに関わるマーケティング、コミュニケーション戦略立案をはじめ、スポーツコンテンツを活用したソリューションの企画開発を担当。業種、領域問わず、さまざまなクライアントワークに従事。

    Written by:
    BAE編集部