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シニアのデジタルデバイド解消に向けた施策が国や自治体の主導で行われる中、「シニア×テクノロジー」、いわゆる「エイジテック」と呼ばれる領域のプロダクトやサービスが注目を集めています。シニア向けライフコンシェルジュサービスを手がける株式会社MIHARUの代表 赤木円香さんに、エイジテックの概要と、シニア向けサービスをすすめるうえでのヒントをお聞きしました。
家族関係や地域コミュニティが希薄な日本だからこそ求められるシニアDX
——最初に、御社が提供している、シニア向けライフコンシェルジュとはどういったサービスか教えていただけますか。
日本全国で3,600万人いるといわれる高齢者人口のうち、実は60%を占めるのが「フレイルシニア」「プレフレイル」、つまり心身の機能的な衰えが少しある方、ただ介護は必要としていないという方々だといわれています。社会的に、要介護のシニアや終末期医療のサポートは手厚いのですが、フレイル層へのサポートが手薄であることを私たちは課題と感じ、そういったフレイルシニアを対象に、主に「出張スマホ個別講座」といったデジタルサポートを行っています。
レクチャーを担当するのは若者世代のスタッフで、世代間交流を通してシニアが年齢を忘れ、いきいきするような世界観を目指しています。私たちと同じような世界観を持つサービスとしては、アメリカのファミリーオンデマンド「Papa」が有名ですね。
——近年、「エイジテック」が急激に注目されるようになった理由は何でしょうか。
背景にあるのは、高齢化社会がいよいよ限界を迎えているという事実です。具体的にいうと2点あって、高齢者が増えることによる医療コストの増加、そして少子化高齢化に伴う介護保険のひっ迫や介護士などのサポート人材不足。日本では特に1949年辺りに生まれた「団塊の世代」と呼ばれる方々が一気に亡くなるのが2040年といわれていて、ピークに向けさまざまな問題が噴出するといわれています。そういった議論がなされる中で、介護や医療における課題をテクノロジーでいかに解決するかという「エイジテック」の領域が注目されるようになりました。
——エイジテックの市場規模はどれくらいになりますか。
エイジテック産業は世界で数百兆円規模のマーケットといわれていて、Forbesの記事内にある試算によれば、グローバルでのエイジテックの市場規模は毎年21%増のペースで拡大を続け、2025年までに2.7兆米ドルにまで膨れ上がるとのことです。日本円に換算すればグローバルで約300兆円近い市場規模になるということになります。日本の市場規模で正確なものは出ていませんが、みずほ銀行産業調査部によると、高齢者向け市場の市場規模は2025年までに101.3兆円にまでなり、国内需要を牽引する市場になるとしています。スタートアップ企業や、エイジテック企業を対象にしたベンチャーキャピタルが続々と参入している状況です。
——超高齢化社会といわれる日本においてエイジテックの伸び代は大きそうですが、世界的な潮流としてもエイジテックは注目領域なのですね。
はい。ただそれぞれの国や地域における文化、価値観、国の政策によって、エイジテックのあり方も大きく変わってきます。例えばいまや「IT大国」ともいわれる発展目覚ましい中国ですが、地元の方に聞いた話だと、デジタル化においてシニアはほぼ置いてきぼりになっている状態なんだそうです。というのも中国には、シニアのサポートは家庭の中で孫世代がしっかりするという文化が残っていて、シニアはデジタルに頼る必要がないんです。欧米では逆に親の独立心は強いのですが、子どもや孫の世話にならない代わりに、社会制度や地域コミュニティが最後までシニアをケアして守ってくれます。
——日本の状況は中国型とも欧米型とも異なりそうですね。課題はどこにあるのでしょうか。
はい。核家族化と地域のつながりが希薄化している日本では、シニアの孤立がすすんでいるので、シニアの生活を守り、サポートするために、一層デジタルの入り込む余地が大きいと言えそうです。最初にお伝えしたように、私たちは介護手前のフレイルシニア層へのサポートが手薄であることを問題視しています。まだ介護が必要ではなく、認知機能も問題ないのに、一律に"老人扱い"されて、傷ついている方々はとても多いです。だからこそ、加齢とともにできなくなったことを手助けする、従来のマイナスをゼロにするサポートではなく、健康なうちからシニアと伴走して、一人一人が実現したいこと、やりたいことをサポートする、シニアの自尊心と居場所づくりに注力したサービスが必要だと感じています。
資産管理から介護ロボットまで、多種多様なエイジテック
——具体的にエイジテックにはどのようなプロダクトやサービスがあるのでしょうか。
「エイジテック」と一口にいっても多種多様です。シニア自身が使うプロダクトやサービスでいうと、スマートフォンやタブレットも入ってきますし、見守り系のコミュニケーションロボット、健康管理アプリ、人気が高いのはApple Watchなど健康管理系のウェラブル端末です。このご時世なので、血中酸素濃度が測れるから欲しいという方は多いですね。また、体に不調がある方をアシストする「スーツ型介護ロボット」もエイジテックに含まれます。
また、シニアになって必要となる手続きをデジタルに置き換えたサービスも注目されています。家族信託サービスのファミトラ(株式会社ファミトラ)がわかりやすいのですが、家族信託に関するお金の管理などのやりとりを、本来であれば税理士さんにお願いすると高い必要がかかるところを、デジタル化して安くしましょうというサービスを提供されています。
さらに取り上げたいのが、世代間の交流を促すサービスです。この代表例となるのが、株式会社ミクシィが提供する「家族アルバム みてね」。クラウド上にアップしたお孫さんの写真を家族で共有するというものです。最近ではコロナの影響もあって、ビデオ通話サービスなども注目を集めていますよね。
——とても幅広いですね。ちなみに、視覚情報と比べると、耳から入る音声情報はシニアとの親和性が高いという意見を聞くのですが、実際音声メディアはエイジテック領域で存在感を発揮できそうでしょうか。
もともとラジオに親しんでいた世代なので、相性はすごくいいと思います。ただ、音声だから何でも受け入れてくれるというわけでもなく、例えばスマホの音声入力なども、マイクボタンを押して音が鳴ってから喋り始めるという、その間合いの取り方が難しくて使いこなせないという意見もよく聞きます。一方で、「オーケー、Google」「ヘイ、Siri」と呼びかけた後に、ノータイムで喋りかけるという仕組みは使いやすいみたいです。音声をどう使ってもらうか、という視点も忘れないようにしたいですね。
「シニアだから」ではなく「あなただから」というメッセージ性が大事
——これからシニア向けサービスやプロダクトを開発するうえで、シニアに受け入れてもらうために、どのような点に気をつけるべきでしょうか。
弊社は現場でシニアと接する中で得た知見をもとに、シニア向けサービスやプロダクトのコンサルをすることもあるのですが、UX・UIデザインに課題を感じることが多々あります。例えば私たちが普段何気なく使っているような有名なアプリでも、ちょっとした操作に反射神経が求められたり、視認性が非常に悪かったり、ボタンの配置に戸惑いを覚えたり、シニアにとってはつまずきやすいポイントが細かくたくさんあるんです。「シニア向け」と謳われているスマホやアプリでも同様、単に文字やボタンを大きくするだけにとどまっているものも多いです。どんなに気持ちが若くても身体機能は衰えていくので、高齢者の方の実際の動きや、生体的な癖などを研究したうえで、商品開発をしていくことが必要です。
——一方的な思い込みではなく、シニアのリアルな意見やニーズを捉えて設計していくことが大事ですね。
はい、逆にシニアだからこういうのはできないんじゃないの、わからないんじゃないのと決めつけてしまうのも危険で、例えばUber Eatsでタピオカドリンクを注文するのをサポートしてあげたら「回転寿司を初めて見た時くらい衝撃を受けた」と喜んでくれたり(笑)、TikTokをお伝えしたら、運動は苦手だけど、音楽に合わせて踊ることで代謝が良くなった!と喜ぶ方がいたり。特に今の65歳くらいの方って、パソコンを使うようになった最初の世代なんですよ。その世代になってくると、デジタルも結構使いこなしてしまうんじゃないでしょうか。シニアだから、というよりも全世代が使いやすいユニバーサルなサービスが今求められているのだと思います。
——ひと昔前の「機械に弱いおじいちゃんおばあちゃん」のような、ステレオタイプなシニア像は変わってきているということでしょうか。
そもそも「シニア扱い」「年寄り扱い」されること自体を嫌がる方は多いですし、シニアに限らず個人を一般的なカテゴリに当てはめることは失礼だと思っています。
コミュニケーションの方法としても、「『シニア』におすすめです」ではなく、「『あなた』にとっておすすめなんです」と伝えることが重要。実際に、「シニア」と一口にいっても人によってデジタルで実現したいことも、抱えている課題も異なります。とあるシニアの方が仰っていたのが、シニア用の宅配サービスでお弁当を頼むと、塩分が控えめで美味しくないと。自分は塩分を制限するように言われてないから、これならUber Eatsで頼んだ方がいいね、と仰っていました。私たちも「個別」サポートを行うことで、一人ずつ全く違うニーズに対して応えていくことを目指しています。そういった意味では、パーソナライズによって一人一人のニーズをきめ細かにすくい上げられることはデジタルの大きな強みですし、今後エイジテックに期待されるのもそういった部分なのかもしれません。
——若者世代と比べても、積み重ねてきた経験の長さによって嗜好性も、健康状態も個人差が大きそうなので、一層パーソナライズが必要とされるかもしれませんね。最後に、御社がエイジテック領域で取り組んでいきたいことを教えていただけますか。
シニアの方の多くは新しいテクノロジーに対して常に警戒心を抱いています。何を見ても詐欺だと思って遠ざけてしまう、これは私たち世代の責任だとも感じています。でも毛嫌いしているだけで、好きになってしまうとすごく活用してくれるのも事実。実際私たちのお客様の中で一番スマホを活用しているのは92歳の方なんですよ(笑)。だから、デジタルを使いこなす楽しさというのをしっかりとお伝えしていくことが大事で、私たちとしてもデジタルを通じて、シニアの方々が新しいことに挑戦できたり、毎日がワクワクできる環境をつくりたいですし、逆にシニアをサポートする立場の人たちにとってもシニアと関わることをポジティブに捉えられるような社会を目指したいと思います。
およそ20年後に超高齢化社会のピークを迎えるとされる日本において、シニアのDXはもはやなくてはならないもの。 一方で課題となっているのが、企業側が「シニア」をステレオタイプなイメージで捉えてしまっていることです。まずはシニアの実態とリアルなニーズを知り、デジタルの強みを生かしてパーソナライズした価値を提供することが、これからのエイジテックにおいて重要だと言えそうです。
- Written by:
- BAE編集部