2019.11.22

「睡眠不足層」の可視化が、“スリープテック”の新たな市場を生み出す

スリープテックは、トレンドから次の段階に

人生の1/3を費やすという睡眠時間。健康を左右する要素のひとつとして認識されてきたこともあり、近年はテクノロジーの分野でも「スリープテック」として活気を見せています。

電通テック+tech labo主任研究員の高木僚平が、最先端の睡眠医療・睡眠医学とテクノロジーを掛け合わせたサービスを展開する株式会社ブレインスリープの代表取締役CEO 道端孝助さんに、最新のスリープテック市場についてお話を伺いました。

目次

なぜいま「スリープテック」なのか

高木

いま、世界的にも「スリープテック」の分野が大きな注目を集めていますが、「スリープテック」という言葉が世の中で使われるようになったタイミングはここ最近の話ではありません。
ただ、2018年からCESでもスリープテックゾーンが登場したり、国内でもヘルステックやスリープテックなどのサービスやアプリ、デバイスが多数登場したことで、最近特に認知が広がってきていると思います。
 

道端

注目されるようになったのは、やはり一般消費者の中で「睡眠って大切だよね」という認識が広まったのが大きいですね。それまでスリープテックは企業先行の技術でしたが、世間で「働き方改革」が叫ばれ始め、「世界一眠らない国」というフレーズが広がり始めたタイミングで、日本でもスリープテックは加速しました。弊社の親会社であるアンファーも9年前からライフログといった形で取り組んでいましたが、本格的にビジネスとして睡眠に対して取り組み始めたのは2017年です。

左から、株式会社ブレインスリープ 代表取締役CEO 道端孝助氏、電通テック+tech labo主任研究員 高木僚平
高木

日本では最近なんですね。現在、日本ではどのような企業がスリープテックの分野に参入しているのでしょうか。

道端

1つ目が寝具や医療メーカー。例えば、医療・介護用品を扱うパラマウントベッドから、寝ている人の状態に合わせてベッドの形状が変化する一般向けのスリープテック商品を発表しました。これは2009年から発売している睡眠計測用医療機器「眠りSCAN」での知見を活かして開発されています。次にニューロスペースなどのベンチャー。ここは勢いがすごいです。ニューロスペースは専用のSleepセンサーを使った睡眠改善プログラムを企業用に提供しています。3つ目は、KDDIなどの大手企業です。KDDIはフランスベッド、ニューロスペースと手を組み、スマホと連動するIoTデバイス「au HOME」のサービスのひとつとしてスリープテック商品を提供しています。先に紹介した2つの事例をKDDIの商品で繋げる合わせ技の商品です。

「ユーザビリティ」と「科学」の乖離を防ぐために

高木

CESでも注目されているように、海外のスリープテック市場は日本に先行しているかと思いますが、世界で実際に睡眠の重要性が話題になったのは、いつ頃のことでしょうか。

道端

2016年、アメリカのシンクタンクであるランド研究所が睡眠についての発表を行ったのがきっかけですね。睡眠不足による経済損失を調べたもので、私も含め睡眠関係の人が出典として引用しています。そろそろ新しいデータが欲しいところですが。

高木

私もこのデータは参照しています。この発表によって睡眠の重要性が認識されるのと同時に、スリープテック、睡眠テックと言われる分野では、睡眠の質を向上させるために様々なデバイスが展開されるようになりました。アプリのような手軽なものから、頭に巻き付けるもの、ベッドそのもの……様々なコンセプトで数多くの企業が発表していますが、一番盛り上がっているのは、どの国でしょうか。

道端

アメリカです。フィリップス社のSmartSleepなど、ずばぬけておもしろいコンセプトを軸としたデバイスが多いと感じていますが、スリープテックに取り組む上で気をつけたいと思っているのが、ユーザビリティと医療の間の乖離ですね。というのも、コンセプトはよくてユーザーにも魅力的なのですが、その裏に科学的根拠があるのかどうか、明確ではないスリープテックのサービスやプロダクトが多いのが実情です。アメリカのデバイスたちを見ていても同じことを感じるのですが、ユーザビリティと科学の間に乖離があるのです。

フィリップス社の「SmartSleep ディープスリープ ヘッドバンド」は頭に装着するデバイスで、睡眠の質を測定しながら、オーディオトーンを流して睡眠の質を向上させてくれます
高木

科学的な検証が十分なされていないのではないか、と感じられているのですね。

道端

その通りです。だからこそ、我々としては2つの距離を縮めていく必要性を感じていますし、弊社も睡眠デバイスの開発だけでなく、ポータルサイトを立ち上げて医療情報を発信していくことも考えています。そうすることで、スリープテックはより浸透していくと思います。

「睡眠×●●●」で生まれる新たなビジネス展開

高木

睡眠というと、夜の睡眠と思いがちですが、昼間の仮眠もスリープテックの分野ですね。短い時間でも脳を休めることで、脳が活性化されたり、生産性が上がるなどありますよね。
御社では、オフィス内など公共の場で睡眠ができる「仮眠室」も展開されていると伺いました。

道端

はい、仮眠スペースについても、展開や企業に向けたコンサルティングをしています。

高木

最近は企業でも「仮眠をとること」の価値が見直されていますし、スリープテックビジネスのひとつの大きな可能性となりそうですね。仮眠室ではデータも収集されるのでしょうか。広告クライアントでも、睡眠にまつわるデータを求めている企業は多そうです。

道端

どういうデータを求めているかにもよるかとは思いますが、我々の仮眠室を導入した企業に対しては、社員の睡眠状態をモニタリングして、企業ごとの睡眠偏差値を出すことを考えています。偏差値を出すことによって、生産性が高い/低いといったことを、アウトプットできたら、仮眠の効果を実感してもらえるのではないかと。

高木

例えば、電通テックは偏差値55、アンファーさんは偏差値60……といったイメージでしょうか。数値化できるのは、わかりやすくていいですよね。むしろ、仮眠をとることで生産性がアップできる、ということをデータで示せれば、取り入れる企業も増えそうです。

道端

睡眠に関するデータと一言でいっても、客観的なデータがそのまま本人の睡眠に対する満足度と直結するとは限らないところが難しい点です。でも仕事の生産性といった切り口などなら出せるのではないかと考えたのです。

高木

なるほど。また、「仮眠をとる人」=「睡眠不足層」と捉えることで、そういった層に向けた、新たな広告プラットフォームを作ることができそうですね。

道端

確かにそうですね。「睡眠不足層」という切り口でいうと、実際に睡眠スペースを利用する人に関しても、(1)健康のために仮眠をとる人、(2)飲みすぎや睡眠不足解消のために仮眠をとる人の2つに分かれるのではないかと思うんです。どういった目的で利用しているかの仕分けが必要かもしれませんね。

高木

仕分けができれば、(2)の層をピックアップして、先ほど話がでた睡眠不足層と同じように、様々なソリューションを提供できそうですね。ただ、アプリでもなんでもそうなのですが、習慣化できるかどうかが肝。飲酒や入浴など、生活すべてを変えていかないと、睡眠は変わらない。そう思うと、長期的な考えが必要だと感じます。

道端

そうですね。「スリープテック」に限らず「〇〇テック」といった言葉に踊らされないことの方が大事。技術が先行しても、ベネフィットが弱いのが現状。今後、より広げていくためには、どちらも必要だと考えています。

高木

今の技術やアイデアだけ先行している状態が続くと、一過性で終わるリスクはありそうですね。いろんな企業が技術に挑戦していますが、当然ビジネスにつながらなければ1~2年で辞めていくでしょう。

道端

だからこそ、「スリープテック」の今後については予測できない。でも逆に捉えれば、「だからこそ、いかようにもなる」。では、スリープテックを一過性のブームにしないためのアイデアが必要ですね。

高木

例えば、睡眠のために酒をやめよう……からの、「ドリンクテック」とか?新しい「テック」を作って、スリープテックを後押しするというのはどうでしょう(笑)。また、話題の「ベビーテック」と掛け合わせて、赤ちゃんの睡眠を対象とした「ベビースリープテック」というのも面白そうです。

道端

面白いですね。そういう考え方をしていくと、どんなものでも対象になり得ます。どんどんスリープテックと掛け合わせていきたいですね。

高木

飲料メーカーさんなどから健康面でのご相談も多くなりましたね。それを思えば、現実味も帯びてくる気がします。ブレインスリープさんには、どんな企業からの相談が多いんですか?

道端

センシング系、住宅空間系ですね。

高木

これから増えていきそうですね。

道端

そうですね。先ほどもお伝えしましたが、今は睡眠という文化と科学との間に距離があります。それを限りなく縮めて信憑性のあるものを作っていきたいと考えています。そうすることで、より多くの方にスリープテックが浸透していくと思います。
今日お話しして、意外といろいろなものとつながるなと感じました。それに、働き方改革以外のビジネスとして、先ほど話に出ていた睡眠不足の層へのアプローチもしていきたいですね。

高木

睡眠不足層という市場、今後出てくるかもしれませんよね。いろいろこれからもアイデアを出し合っていきましょう。


睡眠の重要性が世界各国で問われるようになり、ますます注目を集める「スリープテック」。一方で、科学的根拠に未だ乏しいのも事実です。睡眠のデジタルトランスフォーメーションを推進してこそ、睡眠データの量も質も高まっていき、結果より優れたソリューションの開発に繋がっていきます。

言葉だけが先行し一過性のブームとならないよう、+tech laboも各社と協業しながら、アイデアの具現化を進めています。その際には、「睡眠不足層」の可視化の先にある、いかにして解決していけるかが、今後の鍵となるでしょう。

道端孝助

株式会社ブレインスリープ 代表取締役CEO

2009年に慶應義塾大学理工学部卒業後、2011年に東京大学大学院農学生命科学研究科を卒業。同年、アンファー株式会社に入社。中心ブランドのスカルプD の商品開発担当。後に経営企画に従事。2018年、6年に渡る開発期間を費やし、日本で初めての後発医薬品「スカルプ D メディカルミノキ 5」を発売。令和元年5月に設立した株式会社ブレインスリープの代表取締役CEO就任。

高木僚平

電通テック+tech labo主任研究員

BtoCサービスのデータ分析やプロダクトマーケティングを長年の専門とし、2016年に電通デジタル入社。同社でグロースハックプロジェクトを立ち上げ、事業戦略やKPI設計のコンサルティングでクライアント企業の事業成長支援に従事。
2019年より電通テック+tech laboに出向し、睡眠をテーマとした新規事業開発に取り組んでいる。
 

+tech labo
Written by:
BAE編集部