2020.07.09

AIで会話の音声を分析。話の説得力や情報の過不足がわかる“トークの見える化”の効用

営業や接客のコミュニケーション力を高める理由とは

会話やコミュニケーションを、AIによる解析技術を利用して“見える化”。トークスキルの改善や研修等に役立てる取り組みが広がっています。
例えば、音声データから「優秀なベテランと新人の営業トーク」や「カリスマ経営者のスピーチ」などの要点を明らかにし、比較や検証を行うことが可能に。オンライン研修やリモート営業が増加し、“対話”の価値が見直される中、このようなソリューションに対するニーズはますます増加しています。
その活用や効果について、プレゼンや営業トークなどのAI解析技術の開発と提供を行う、コグニティ株式会社 代表取締役 河野理愛さんにお話を伺いました。

目次

トークの良し悪しや情報の過不足を客観的に見られる

——AI解析技術を投じて、トークを“見える化”するソリューションを提供されていますが、一体どのような内容が分析できる技術なのでしょうか。

営業、商談、接客、プレゼンテーションから、一般的な会話まで、さまざまなトークの解析が可能です。録音された音声データを元に解析を行うため、オンラインでのトークにも対応できます。

AIで会話の際の話し方、声の大きさ、トーンといった「喋り方」を分析する技術やサービスは数年前から米国を中心にコールセンター等で活用されていますが、私たちの場合は、トークの構成、内容、話のポイントなど「会話の中身」の分析に技術を投じています。
AIに解析処理をさせる前段階で独自に分類・枠組みを指示し、累積したデータも参照していることなどから、トークの内容のほうにフォーカスできますし、データのサンプル数などが少ない場合にも、分析結果を引き出すことができます。

「CogStructure(コグストラクチャ―)」というトークの要素を分類する枠組み(特許技術)を用いて、話の過不足や偏りを検知する

——具体的に、トークの内容はどのように可視化されるのでしょうか。

これはAmazonのCEO ジェフ・ベゾスによるスピーチの一つを分析したもので、○の中に論点、○の大きさで重要度、論理構成を→などで示しています。このようにトークを科学的に図式化することで、多くの人に理解されやすい構成かどうかや、必要な情報の過不足の判断に繋げられるのです。

ジェフ・ベゾスのスピーチを解析し、図式化したモデル。トークの内容を細分化し、定量化することで、話のテーマや長さが違う場合にも、分析や比較を行える

このようなAI解析をベースに、クライエントのリクエストや課題感に応じて、トピックや数値、グラフやレーダーチャートといった形で“見える化”します。

例えば、営業・販売成績が良いベテラン社員と新入社員が、商材について顧客に15分間説明するというロールプレイを解析して比較すると、「ベテランは製品の具体的なメリットや売れている根拠などの説明に多くを割いているが、新人のトークはスペックの説明や相手へのエクスキューズに時間を使っており、理由や根拠が不足している」といったことが分かります。数値やグラフ等で見える化すると、より理解しやすくなります。

コグニティ社のソリューション「UpSighter(アップ・サイタ―)」による結果サンプリングの一部。「話題」「客観的根拠」「主観的理由」「具体的な説明や事例」「論点」等に分類し、見える化する

——分析結果を“見える化”するメリットを、もう少し詳しく教えてください。

まず、トークの構成や要素など、教育や努力や工夫によって変えられる部分の過不足をテクノロジーで見抜き、データやグラフなどのはっきりした形で理解できること自体が大きなメリットになり得ます。
改善やスキルの向上に取り組む際の課題点が浮き彫りになるため、「効果のありそうなことをやってみる」といったことではなく、足りない部分・伸ばせる部分を具体的に効率よく補うための羅針盤になるんです。

——感覚的に「なんとなく違う」と思うような部分もデータで客観視できれば、ブレークスルーに役立ちそうです。

はい。研修や教育に活用する場合、現状をデータやグラフで冷静に客観視できると納得感が得られ、気持ち的にも改善に取り組みやすくなるといった点も大きなメリットでしょう。AIによる分析や評価は、人間のようなバイアス等がなく平等ですから、教える側も、根拠に基づく公平な指導やフィードバックが可能になります。
教わる側も教える側も、主観や経験則のみに頼らず、年齢や外見、立場等にもとらわれない、フラットで説得力のあるやりとりが実現できるのです。

——意外な解析結果が出ることもあるのでしょうか。

実は、「データでは優秀なトークとは言えないのに、成績がとても良い」といった人が見つかることもあります。
これはたいてい、社内で「天才肌」「キャラ売り」等と呼ばれるような、他人には真似できないスキルや独自の魅力を持つ稀なタイプであることが多く、例外的な存在もデータ上にきちんと現れるという証拠の一つにもなります。

“納得させる結果の見せ方”が可能に。リモートにも活用できる

——解析結果の活用が、実際の営業や販売成績の結果に繋がった事例を教えてください。

私たちのサービスは新人研修や営業教育を中心に広く役立てられていますが、特に製薬会社、金融商品、不動産等、金額の大きいto Bでの商談に関しては、多くの導入事例や活用の成功例があります。
「優秀なスタッフのトークとその他のスタッフのトークを比較して、個々の改善点等を洗い出す」といったミッションが多いのですが、導入後に売れなかった人が急に売れるようになるという事例は少なくありません。
もともと実施していた研修にUpSighterのフィードバックレポートを導入したところ、過去何カ月も受注が取れていなかった対象者が、会社平均の2倍受注できるようになった、といった不動産会社の事例などがあります。

to Cでは、アパレル、宝飾、美容など、接客時のトークの良し悪しやスタッフのファン化が売上に影響しやすい業種での事例が増えています。特に、来店や購買体験がその後のリピート率を大きく左右するアパレル業界などでは、把握しにくい店舗内での顧客との細かなコミュニュケーションがどのような状況かを確認することは重要でしょう。ハイパフォーマーによる固定客獲得スキルの形式化や、そのスキルの共有のためにも役立ちます。
to B、to Cともに、意思決定までの比較検討の必要性が高い商材の営業トークの改善等には、活用のしがいがあるようです。

——何を売るか・誰に売るかに応じて、分析や結果の内容を変更することもあるのでしょうか。

はい。実は業種によっては「良し/悪し」の判断要素が真逆になる場合などもありますし、例えば、「顧客にデータを好む理系の人が多い」「競合と売り方を差別化している」「ターゲットごとに紹介内容を出し分けている」など、特徴のある企業では、解析条件等の調整を行います。
ボトルネックが明確な場合、顧客のタイプごとや地域ごとなど、属性やシーンに応じた詳細な分析を求められるケースもあります。

肝心の「結果の見せ方」についても、数字の量やビジュアルをアレンジする場合があります。長文で根拠を述べたほうが伝わりやすい場合もあれば、グラフや図版が多く直感的につかみやすいビジュアル表現が求められる場合もありますね。

解析結果のどこをピックアップするかや、文章かグラフかといった見せ方は、業種や研修のタイプによってアレンジや工夫を行う

——単独でのプレゼンやセミナー登壇なども解析可能でしょうか。

プレゼンテーションやセミナーでの“一人喋り”の要素や構成を単独で分析することも可能ですし、事前に準備したスクリプトから不足を検証したり、好評だった内容や、ロールモデルとの比較も可能です。
ベストセラーになったコミックと、人気が出なかったコミックの1巻のストーリーを分析して欲しい、という依頼に応えたこともありました。話の展開やコマ割りなどの見せ方をトークの文脈に置き換えて比較したところ、ピークの編集ができていなかったとか、話の転換が不自然だったなどの傾向が見えてきましたね。

——ニューノーマルに対応して、リモートやオンラインでのトレーニングや接客を解析したいというニーズも増えているそうですね。

純粋に音声のみで解析できるソリューションとして、新人研修等に役立てたいという問い合わせは増えています。

リモート商談や店舗接客における解析依頼等も増えており、私たちも検証を行ってみて、リアルでのトークとリモートでのトークの“勝ちパターン”がかなり違うことが分かってきました。
例えば、リモートでの商談の成功事例は、数値などの客観的な情報が増えて時間も短縮され、リアルのような雑談がないぶん内容が濃くなっていました。また、目線や雰囲気による情報が少ないので、売り手主導で場を進行し、決断などをストレートに述べる必要があるなど、リモートならではのトークのコツも見えてきています。

もちろん、トーク以外に「パワーポイント等を使って要点をうまく見せられる」といった特技を持つ人などが、先述の「天才肌」のような“外れ値”として現れるケースもあります。

コグニティ株式会社 代表取締役 河野理愛(かわの・りえ)さん
コグニティ株式会社 代表取締役 河野理愛(かわの・りえ)さん

SDGsの観点からも有効。フェアな企業・社会づくりにも役立つ

——トークの分析結果を、企業が活用する際のポイントはどこでしょうか。

正解を見せる技術ではないので、「結果をどう生かすか」ということが重要なポイントになります。トークの過不足や改善点は見出せますが、実際にそれをどう受け止め、どう変えるかという最終的なクリエーティビティは企業側・人間側に任せられます。人の持つポテンシャルを引き出したり、思考の応用力を高めることに繋がる技術だと考えています。

また、分析結果が個人の課題や成績に留まらず、企業そのものの課題や業務の方針に役立つ場合がある点にも注目して欲しいと思います。クライアントや顧客が「良い」と感じ、受け入れられやすいトークに含まれる内容には、顧客のニーズやインサイトに直結するヒントが含まれている例が少なくありません。

「販売成績上位者は確かに金額の高い取引を成功させているが、リピーターは少なかった」といった、全体に関わるような課題が炙り出される場合もありますし、正解がまだ見えない新サービス等の方向性を決める場合に、標準的な分析結果が役立つ場合も多いようです。

——トークを見える化する技術は、今後どのように活用されていくでしょうか。

先述の通り、トークに基づくAI解析は誰に対しても平等ですから、個人の成長や、企業・サービスの発展はもちろん、社会的なフェアネスにも貢献できる分野として伸びていくと考えています。
今まで、好き嫌いといった感情や感覚、経験的知見、「女性だから」「若いから」といった先入観、思考のクセ、認知のバイアスなどの影響を受けていた部分を、科学の力で客観的に表現でき、判断などに役立てられるという点は、この技術の可能性を語る上で、重要な部分です。

これから先、人と人とが近しい距離で働くことが難しい時代であるからこそ、平等な判断やその根拠、価値基準の明確化はより求められていくでしょうし、企業側のSDGsという観点からも、必須のものとなっていくと思います。ひょっとしたら、「婦人服(紳士服)を売るなら女性(男性)の店員のほうが良い」といった、今まで標準的とされていたものの見え方を崩し、多様性を生かしたり、チャンスを広げたりするきっかけにもなるかもしれません。

私たちも、今後も数字やデータによるエビデンスによって、企業の課題解決やフェアな社会の推進を支えていきたいと思っています。


営業、店舗接客、スピーチなどの客観視に繋がり、効果検証やより良いコミュニケーション作りに役立つ“トークの見える化”。特にオンライン上の商談、販売、研修の解析は、時流に乗ってさらにニーズが高まるでしょう。
将来的には、その他のセンシング技術との組み合わせによって、トーク以外の要素や場の雰囲気なども加味した、コミュニケーション全体を分析する技術への発展にも期待が持てそうです。

Written by:
BAE編集部