商品開発やプロモーション、営業戦略の見直しなど、「売上を伸ばす」方法はいくつも存在します。
そのなかで昨今、需要に応じて価格を変動させる「ダイナミックプライシング」というマーケティング手法への注目度が高まっています。なぜなら需要を読み、適切な価格を設定することは、利益の最大化をもたらすからです。その理由や活用例について、さまざまな企業に価格戦略のコンサルティングからシステムの導入をワンストップで提供している、ハルモニア株式会社 CEO 松村大貴さんに、お話を聞きました。
価格を1%引き上げると、営業利益は約11%改善する
——「ダイナミックプライシング」が現在、注目されている理由を教えてください。
少子高齢化が進む日本では、将来的に「新規顧客」を獲得し、売上を拡大していくことが難しくなると予測されています。そのなかで、いかに利益を最大化していくかが各社の課題となっています。
ダイナミックプライシングは、価格を変えることで利益を最大化するソリューションであり、課題解決の一手として、多くの企業が注目しています。
ある研究では、価格を1%引き上げることで、営業利益は約11%改善するという結果が出ています。つまり、“最適な”価格を設定することは、ビジネスの成否を左右するほど、非常に重要な要素なのです。
しかし利益ばかり優先し、価格をただ上げても、今度は「売れない」という問題が起こってしまいます。では、利益を最大化するためには、どうすればいいのか。答えは、常に「最適な価格」を設定しておくことです。
顧客のニーズをリアルタイムで把握し、ニーズに応じた価格を設定する。ひと昔前まではできなかったことが、テクノロジーの発達によって実現可能となりました。これこそがまさに「ダイナミックプライシング」が注目されている大きな理由のひとつと言えるでしょう。
加えて、デジタルシフトが進む現代では、ECをはじめ、ネット決済および電子決済が“当たり前”の時代ですから、1円単位の価格変動も容易にできるといった環境が整っていることも利用のハードルを下げる要因になっています。
——すでにさまざまな分野で「ダイナミックプライシング」は活用されているのでしょうか。
はい。広告業界ではアドテクノロジーを活用し、最適な広告枠に最適な価格でネット広告を出稿する「運用型広告」が隆盛の一途をたどっていますが、これもダイナミックプライシングの一種です。
わかりやすいものですと、繁忙期と閑散期で価格が変動するホテルの宿泊費は、「ダイナミックプライシング」の最たる例です。
アパレル業界では、シーズンの終わりにはセールが行われますし、スーパーでは閉店近くになると、割引シールが貼られますよね。これもダイナミックプライシング的な発想と呼べます。しかし、小売業界はまだまだテクノロジーを使った変動料金の活用という段階には至っておらず、価格の自動化によるソリューションの活用の余地があるように感じています。
テクノロジーの進展によって導入ハードルが下がった「変動料金制」
——具体的にどのような技術の発達によって、リアルタイムで価格を変動させる「ダイナミックプライシング」が可能となったのでしょうか。
実は「ダイナミックプライシング」自体は、1970年代から存在していました。アメリカの航空会社が「変動料金制」を最初に導入し、欧米を中心に広がったと言われています。
しかし当時はあくまで、人の感覚で、需要と供給のバランスを見ながら、チケットの価格を変動させていただけであり、「最適な価格設定」だったかどうかは、怪しいものでした。90年代になると、さまざまなデータを取得できるようになりましたが、やはり価格を決めるのは「人」であり、価格の最適化は多くの企業にとって、解決したい課題のままでした。
そうして迎えた2000年代、インターネットの広がりとともに、急激にテクノロジーが発展しました。これにより、テクノロジーを活用した価格の最適化が実現できるようになったのです。
機械学習は、データを解析することで、特徴をつかみ、法則化します。これをそのまま、需要と供給(価格)に当てはめることで、「ダイナミックプライシング」活用のハードルは一気に下がりました。
——ちなみに、価格を変動させる「ダイナミックプライシング」は、利益の最大化以外にも、効果があるのでしょうか。
昨年、東京で開催されたスポーツの祭典においては、円滑な大会運営を目的に、首都高速の利用料が期間中の決まった時間帯で、一律1,000円上乗せされました。「期間中は損をする」という印象も手伝ってか、交通量は狙い通り減少しました。
これを「ロードプライシング」といい、海外では交通需要マネジメント施策のひとつとして、シンガポールをはじめ、すでに導入されている国もあります。スケールの大きな話ではありますが、価格を変動させることは、人の動きさえも変える力があるのです。
ダイナミックプライシングの成否をわける「適切な価格」設定
——「ダイナミックプライシング」は、価格を変動させることで、効率よく、モノやサービスを売る手法とも言えそうです。導入における注意点はありますか。
ダイナミックプライシングの最大の魅力であり、成功の秘訣は、「誰も損をしない」設計にあります。導入企業も利用するユーザーも、双方がハッピーになれる。企業側は機会損失がなくなりますし、ユーザー側は時期や利用時間を変えるだけで、簡単に得をすることができます。
最近では、リモートワークが増えたことで、時間の使い方も昔に比べて、より自由になってきていますよね。「人と違う時間に利用するだけで得ができる」という構造をユーザー自身が活用しやすくなっていることも、ダイナミックプライシング導入の追い風となっています。
そこで肝になるのが、「適切な価格」を設定することです。極端な話ですが、誰も利用者がいないからと言って、チケットの価格を限りなくゼロにしてしまっては、ビジネスとして成立しません。同様に価格を上げすぎることも、顧客から反発を招く可能性があるので、注意が必要です。
たとえば、スポーツ観戦のチケットは、クライマックスが近づくと、供給以上の需要が生まれ、争奪戦が繰り広げられます。もしこのとき、単純に、需要に応じた価格設定をしてしまったら、市場のバランスが崩れてしまうでしょう。
それを防ぐためには、あらかじめ、価格の上限と下限を決める必要があります。そしてその「価格」が最適であったかどうかを、しっかりと人間が判断し、PDCAを回していくことも重要です。
——では、需要に応じた「適切な価格」を設定するためには、どうすればいいのでしょうか。
まずは、自社の商品の「価格」を定期的に点検することが大切です。しかし「適切な価格」と、言葉にするのは簡単ですが、「値付け」は非常に難しく、専門人材はどこも不足しているのが実情です。
そこで当社では、競合店の料金や、周辺で行われるイベントの情報を自動で収集・分析することで、適正価格を算出しています。この技術を現在、さまざまな分野に、料金設定をサポートするツール「MagicPrice」として提供しています。
当初はホテルや旅館を主にしていたのですが、最近では他業種の「ダイナミックプライシング」導入のサポートもしています。たとえば、京王電鉄バスでは2020年4月から、高速バスの一部で手作業による変動料金制を導入していました。しかし、人が判断し、価格を決めることは容易ではなく、自動化したいという相談を受けました。
そこで「MagicPrice」を活用し、料金の上限と下限、変動幅を設定。そこに需要動向などの最新情報を組み合わせることで、価格を変動させる仕組みを構築しました。これにより、路線によっては、10%を超える増収となった路線もあるなど、価格を変動させる効果を発揮することができました。
変動料金制と相性がいいのは、観光やレジャー
——テクノロジーを活用した「ダイナミックプライシング」と相性のいい業種は、どのようなものがあるのでしょうか。
まず、作れば作っただけ売れる、もしそんな商品またはサービスであれば、価格を変動させる必要はありません。価格を変動させることで効果が生まれやすいのは、「シーズンごとにニーズが変動」し、かつ「限りがあるもの」です。
前述したアメリカの航空会社の場合には、航空チケットがそれに該当します。バカンスの時期はニーズが高まるため、チケット代も上がるというように、需要に応じて価格を変動させるわけです。
同様に、ホテルの宿泊費もシーズンによって変動させやすいことを考えると、観光業やレジャーとは全般的に相性がいい傾向にあります。
ほかにも身近なところでは、映画館。上映開始時間が遅い「レイトショー」は、金額が少し安くなっていますよね。同様にコインパーキングも夜間割引があるように、営業時間が深夜におよぶ店舗やサービスとも、相性がいいですね。
ここまで挙げた例のように、「座席(利用)数の上限が決まっている」もの、ほかに鉄道やタクシー、ゴルフ場なども、需要と供給のバランスによって価格を変動させる、ダイナミックプライシングの導入効果が大きい事業のひとつです。
加えて、少し前に大きなニュースとなった、テーマパークとの相性もいい傾向にあるでしょう。ある有名テーマパークでは、時期や曜日、時間によって混雑度を判断し、入園チケットの価格を変動させる仕組みを導入しました。そこには、来訪者の平準化という狙いもあるそうですから、利益の最大化と人の動きのコントロールを同時に実現している好例とも言えるかもしれません。
需要と供給を見極めることで、社会課題も解決できる
——需要と供給のバランスを最適化する「ダイナミックプライシング」は、今後どのように活用されていくとお考えですか。
ダイナミックプライシングには、「無駄をなくす」という特徴があります。これはまだ動き始めたばかりですが、当社としては、これまで培ったノウハウを活かし、今後は小売業界にも参入し、フードロスや衣料の大量廃棄問題といった、需要と供給のバランスのミスマッチによって生まれる、社会課題の解決にも寄与できたらと考えています。
適切な価格が設定できるということは、需要と供給のバランスを正しく判断できるということです。であれば、フードロスなどの社会課題のソリューションとしても「MagicPrice」を活用できるはずだと考えています。
また、海外で導入が進む「電子棚札」が日本でも普及すれば、店頭価格の変更は容易になります。そうすれば、価格変動による利益の最大化を実現しやすくなるはずです。同時に、自動で適切な価格をコントロールできるようになると、それに合わせたプロモーションの重要度も増していくのではないでしょうか。
当社のダイナミックプライシングは、人間とテクノロジーによる共同作業によって、利益を最大化するアプローチと表現することもできます。テクノロジーだけでも駄目ですし、人間だけでも駄目。二人三脚で実現する、価格の自動化を通じた、ビジネスの最適化をさまざまな業界に広げていきたいです。
テクノロジーの進展によって、さまざまな業種で導入しやすくなった「ダイナミックプライシング」(変動料金制)。需要と供給のバランスを正しく読み、適切な価格を設定する効果は大きく、適切な価格でいかに売るか、そのためにユーザーにどうアプローチするかは、今後さらに重要な視点となりそうです。
- Written by:
- BAE編集部