商業ビルや公共施設、交通機関を中心に広がりを見せるデジタルサイネージ(以下、サイネージ)。国内市場を見ると順調に伸び続けており、2018年の市場規模は、前年比の115.4%となる約1,659億円に上ります。さらに、2025年には、広告分野を中心に約3,186億円に成長すると推測されています(※)。
実際に街を見渡しても、タクシーや電車内などでも小型サイネージを目にすることが増えましたが、中でも注目されているのが、エレベーター内やエレベーターホールのサイネージです。
空間の価値向上に繋がるほか、ターゲティングが容易であるといったメリットがあるようですが、どのような効果が見込めるのでしょうか。エレベーター向けメディアとサイネージ事業を展開する、株式会社東京の羅さんにお話を伺いました。
(※)広告、コンテンツ制作・配信、システム販売・構築を含む。株式会社富士キメラ総研調べによる
ビル共用部のバリューアップに繋がる
——「東京エレビ」とは、どのようなサービスなのでしょうか。
エレベーター内とエレベーターホールへのディスプレイの設置と、映像配信を主に行うサービスです。
エレベーターもエレベーターホールもユーザーと直接接点を持つことのできる貴重なオフラインの場でありながら、移動手段や待機場所としてしか利用されていません。そこで、ディスプレイを設置してよりよい空間にすることで、オンラインとオフラインの場合(OMO)を通じた価値提供に活用していこうと考えました。
現在は、ビジネスビル(オフィスビル、企業ビル)や、映画館などの商業ビルを中心に展開していますが、今後はマンション等にも拡大の予定です。
——確かに、エレベーター周りの空間はもっと生かせそうですし、広告スペースとしてのポテンシャルも高そうですね。
はい。私たちの調査によると、日本には約66万台のエレベーターが存在します。すでにモニターなどが設置されている場合もありますが、大多数は未設置ですし、広告メディアとしてコントロールされている例はまだ少なく、ここには大きな可能性があります。都内のエレベーターの平均乗車時間は20秒あり、1つの商業ビルで月間で15万人にリーチできる、有益なポイントであることも判明しています(※)。
私たちのサービスでは、5秒、15秒、30秒の動画をループで流しますが、視聴率は90%、とくに最初の1秒間の視聴率は90.5%を達成しています(※)。乗ったあとや待つ間に、「つい見てしまう」ことが、エレベーター内メディアの魅力ですね。
(※)株式会社東京調べ
——サイネージの設置は、不動産の価値の向上にも繋がりそうですね。
東京エレビの場合は防犯カメラ機能を備えていますので、安全性の向上に直接貢献できます。また、エレベーター内にディスプレイを設置すると、ビル自体が安全で高級な印象に変わり、共用部のバリューアップに繋がります。利用者に快適だと感じてもらえるコンテンツを流せれば、ビルの価値向上の一端を担うでしょう。
実際に、現在東京エレビを導入されているビルオーナーに対して行ったアンケートでは、97%が「東京エレビが乗客のストレス軽減に繋がっている」と回答され、テナント満足度も95%に上りました。導入にかかるコストや運用の手間が小さいことも好評です。
——日本での普及はこれからということですが、中国では2000年代からエレベーター内外のサイネージが隆盛のようですね。
中国では2003年設立のフォーカスメディアという広告会社が商業ビル、高層マンション、映画館などにエレベーター内サイネージを展開していますが、「全国300都市で生活する約3億人にリーチし、国営放送に続く国内第2位のメディアである」だと公言しています。
高層ビルが林立しており、テレビネットワークが日本よりも細分化されているなど、日本とは条件が異なる面もありますが、実際に中国では大半のエレベーター周りにサイネージが設置されていて、ないと寂しく感じられるほどですね。
利用者に合わせた広告の出し分けが可能
——タクシー内等のサイネージとは、どんな違いがあるでしょうか。エレベーター内ならではのメリットについて、もう少し詳しく教えてください。
エレベーターは数人で乗り合わせることが多く、一人で乗ることの多いタクシーに比べて、コミュニケーションが生まれやすいというメリットがあります。また、電車や地下鉄の車両のサイネージは音が出せません。乗車時間は長くても、スマホのほうを見られてしまうことも多いでしょう。
さらに、電車やタクシーは、利用する人としない人がいますが、エレベーターは都市生活者であれば誰もが利用します。もちろん、電車内とは違って音も流せますし、1日の利用者数はもちろん、ビルの特徴や利用者の傾向等を調査した上での広告展開も可能です。
例えば、六本木の高層の商業ビルのエレベーターの利用者なら、富裕層が多いであろうことが予測できますし、年収、テナント業種、ビジネスにおける決裁権の有無といった分類によって、利用者の潜在的な可能性を発掘できるでしょう。これは、エレベーター内メディアの大きな可能性の一つだと思います。
——カメラ機能を使った映像認識技術による 、ターゲティング等も可能でしょうか。
技術的には可能ですが、個人情報等に配慮して実装はしていません。ただ、中国ではすでにターゲティング効果検証などが進んでいるようです。
例えば、中国の大手ECサイトによる事例ですが、エレベーター内でマンションごとに違う広告を流し、QRコード(※)を介したコンバージョンと、配送先の情報とを紐づけることで、効果検証なども行っていると聞きました。
エレベーター内のメディアに映し出したQRコード(※)がスキャンされたかどうか、また、実際にマンションに配送されたか(=購入したか)を照らし合わせれば、確かに注文の動機になっていそうかどうかを、検証できるという仕組みですね。
国内ではまだそこまでは進んでいませんが、 将来的には私たちもその時の利用者の属性に応じたコンテンツを瞬時に流したり、視聴中の視線追跡の結果をクライアント側にフィードバックするといったことを実現したいと思っています。誰が何階で乗り降りしたかという、行動データの取得も可能になるでしょう。
リアルタイムでのターゲティングが可能になれば、例えば百貨店などで、情報と連動させた利用者の誘導などもできそうですね。
(※)QRコードは株式会社デンソーウェーブの登録商標です
——ちなみに、エレベーター内で多くの人に見られるコンテンツを作るコツなどはあるでしょうか。
ビルオーナーの了承を得て実験的に視聴データを取った際に、興味関心の対象として強かったのは「食」と「人」でした。テレビ番組と同様、美味しそうなステーキや海鮮丼、もしくは人物の顔が現れると、目をひくようですね。
ただ、私たちの場合は視聴率だけではなく、メディアとしての質も重視しています。過度に派手な音楽や映像には一時的な注目は集まるものの、繰り返すと飽きられてしまい、長期的なメリットは望めません。コンテンツはクライアント側が制作されたものを流していますが、映像・音声ともに、品がよく、多くの人に受け入れられるものであることを意識した審査を行っています。
——音声については、音量などもポイントになってくるでしょうか。
はい。視覚的な情報は見ないことができますが、エレベーター内やエレベーターホールでは音や声が自然と耳に入るため、「好かれる音」を意識したクリエーティブが重要です。また、エレベーターは場所柄、公共性も担保する必要があり、夜間は音量を絞る「ナイトモード」を実装しています。
アジア圏を中心に成長が期待できる
——エレベーター内メディアの将来性や展望を、どのように捉えられていますか。
まず、台数は確実に増えると思います。私たちも国内だけではなく、ある程度の人口密度があって、ビルが高層に伸びていくことが見込める、インド、インドネシア、マレーシア等への展開を視野に入れています。
もちろん、台数だけではなく、役割も増していくと思います。現在は、広告、販促、インフォメーション、空間演出等がサイネージの主な役割ですが、モニターの機能が進化して、キャッシュレス決済が浸透すれば、エレベーター内サイネージでも買い物をすることなどが可能になるかもしれません。
コンテンツの提供はもちろん、商品認知からコンバージョンまで、以前はテレビや電話が担っていた役割が分断され、多くをPCとスマホが担うようになりましたが、私たちはスマホの次はサイネージだと考えています。
画面についても、高画質化や大型化だけではなく、空中パネルや、プロジェクターで映し出されるなど、もっと自由な形になるのではないかとイメージしています。私たちもエレベーター内をより楽しい空間にできるように、試行錯誤していきたいですね。
ディスプレイを活用したコンテンツやインフォメーションの多様化によりニーズが向上しているサイネージですが、将来的には、画像認識等の組み合わせによってさらに精度の高いターゲティング広告なども可能になりそうです。中でもエレベーター内外のサイネージにおける「視聴者(利用者)のセグメント化が容易である」「乗るとほぼ必ず見てもらえる」といった特性は、その他の小型サイネージと比べても優位性が高いといえるでしょう。今後もエレベーター内外のサイネージの活用やメディア化などの展開に、多くの期待が寄せられそうです。
- Written by:
- BAE編集部