何もない空中に手をかざすだけで触っている感覚を作り出すことができる「ハプティクス技術」が、IoTやVRなどさまざまな分野で注目されています。その活用の可能性を、コーンズテクノロジー株式会社の和島以久美さんに伺いました。
空中で「モノに触れられる」テクノロジー
仮想現実を生み出すVRや、現実空間にバーチャルなオブジェクトを映し出すARといったテクノロジーがどんどん身近になり、モバイルアプリやプラットフォームレベルでも利用が進んでいます。
VRを体験したとき、目の前のモノに触れようとして思わず手を伸ばしてしまった経験をしたことはないでしょうか。もし、実在しないはずのものに「触れる」ことまでできたら。
そんなバーチャルな触感を可能にするテクノロジーが「超音波 ハプティクス技術」です。
イギリスのITベンチャー企業「ウルトラハプティクス社」の超音波ハプティクス技術を提供するコーンズテクノロジー株式会社の和島さんは次のように説明します。
「超音波が発生する音響放射圧を使ったハプティクス技術は1970年代から実用されており、当初は神経障害や聴覚障害といった感覚テストに使われていたようです。世界でも研究者は多く、日本では東京大学の篠田裕之先生が有名です。また、iPhoneのホームボタンが物理ボタンから電子制御に変わりましたが、これも実際には押されていないのに押したように感じるということで、振動を使ったハプティクスの一種なんですよ」
ブルッと震える振動や、手に触れたパーツのフィードバックを感じるハプティクス技術は、実は私たちの身の回りに数々あるそうです。しかし、ウルトラハプティクス社のブレイクスルーは、小型の超音波スピーカーを使い、何もない空中でも素手でしっかり触感を感じられる技術革新にあります。
「超音波を発生する小さなスピーカーをアレイ状に配置し、そこから出る超音波をコントロールすることによって、まるでモノに触っているかのように感じさせることができます。同様の技術は過去にもありましたが、ごく薄型の省スペースなスピーカーアレイと一般的なパソコンで触感の発生と制御を可能にしたのが、ウルトラハプティクス社の最も新しい部分です」
実際に「超音波 ハプティクス技術」を体験してみました。
目の前に「ある」仮想的な物体の操作に「確かな手応え」が加わることに驚きます。 カメラセンサーで手の動きが感知された場所に触感が生成されると、空気の圧のような・風に当たっているような触感が感じられ、その際に物の形状や大きさも感じられます。
この触感を頼りにすることで、モノを掴む、モノを移動するといった、目の前に「ある」仮想的な物体の操作に「確かな手応え」が加わることに驚きます。
「触れられる」ことによって深まるリアリティ
手が触れられるという感覚が加わることで、知覚的により「リアルさ」や「確かさ」を感じることができるようです。
「人間の脳は、見るだけではなく、実際に触れることで、そこにモノがあると認識できる性質があるようです。ですから、触れられる確かさがあるかないかで、操作のしやすさも違ってくると考えられています。
例えば最近では、自動車の車載コントローラーに、手の動きだけで操作ができる『ジェスチャー操作』が可能なものが出てきていますが、ジェスチャーは操作感が希薄で、うまく操作ができないと感じる人も多いそうです。『本当に操作できているのかな?』とよそ見をしてしまうことで、不注意運転につながってしまう危険性があります。そこでハプティクス技術によって触感を加えると、ボタンを押す・スライダーを上げるといったジャスチャーにフィードバックが可能になり、より使いやすいものになっていくと考えられます」
人間の触覚は特に「手のひら」や「唇」といった部位が敏感で、同じ波長を全身や服の上からは感じることはできないものの、触感のリアルさに対する研究は、さらに進化を続けているそうです。
「現在、ハプティクス技術を通じて感じられる触感は、まだまだエッジ(触感の強さ)があいまいだったり、一様に同じ感触しか得られないのが課題ですが、今後は振動数を変えることで感じるエッジをはっきりさせたり、滑らかさやテクスチャの表現も理論上は可能とされています」
「ジェスチャー操作」に期待されるハプティクス技術
ハプティクス技術にとって特に親和性が高いとされている分野の一つが、ジェスチャー操作によるインターフェースです。
ジェスチャーコントロールは、実際のモノに触れなくてもいいので衛生面でもメリットがあります。例えば多くの人が出入りする病院のタッチディスプレイやエレベーターのスイッチ類などウィルスや病原菌の感染ルートになってしまう危険性のある箇所で、誰でも操作しやすいハプティクスを用いたジェスチャー操作は、新しいUI(ユーザーインターフェース)として注目されています。
「キッチンで使われるタブレット液晶なども利用が期待できる場面です。料理中の手でディスプレイに触れるのは厄介ですが、かといって音声だけでピンチやスワイプのような細かな操作はなかなかできません。そういった部分での活用の可能性もあります。
来年頃には、パソコンの液晶ディスプレイの周囲のエッジにスピーカーを埋め込むだけで、ディスプレイのジェスチャー操作は可能になるといわれています。このように、これまでタッチ操作だった分野がジェスチャー操作に入れ替わっていくのはもちろんなのですが、声でコントロールする音声認識のインターフェースのような新しい人気のUIとの組み合わせにも可能性が感じられます。例えば、声で使いたい機能やプラットフォームを目の前に起動して、細かな部分は手で操作するといったような使い分けです」
一方、スマートスピーカーのAmazon Echoは、液晶ディスプレイつきで、ホームコントロール、ビデオ通話、子供部屋などの監視カメラまでついている上位モデルEcho Showがアメリカですでに発売されていますが、究極的には、こういったホームコントロールを声で呼び出し、パネルがバーチャルに目の前で映し出され、素手で空中操作をするといったSF映画のひとこまのような生活が実現していくかもしれません。
デジタルサイネージやエンタメ分野への活用の可能性
「人工的なインターフェースにおける“リアルさ”は、触覚に加え、音(聴覚)やビジュアル(視覚)など、人間のそれぞれの五感を通じて総合的に高まっていくものです。ですので、ハプティクス技術も単独で使用するのみならず、例えば映像や音楽などの情報、それらの五感に関連するインターフェースと組み合わせていくことで、より深い没入感を得られることが可能です。
ビジュアルに関しては、触感を組み合わせたデジタルサイネージはすでに作られています。触覚コントロールで光が出たり、動いたりといったサイネージは、エンターテインメントや映画、広告などの分野では利用範囲が広がります」
例えば、ウルトラハプティクス社の技術は映画のポスターに採用されています。スターウォーズのポスターでは、デバイスに手をかざすことでポスターが光るとともに、作中で「フォース」と呼ばれているエネルギーに触れているような感触を得ることができます。
また、「レディ・プレイヤー1」の映画ポスターでは、更にインタラクティブなゲーム性も加わっており、手をかざすと映画のロゴから迷路の映像に切り替わり、プレイヤーはスクリーン前でハンドジェスチャーをすることで、迷路の中でアバターをゴールまで手引きするというミニゲームが楽しめます。
このようにハプティクス技術は、SFやファンタジー映画に登場する「魔法のような動作」や「CGアクション」が演出できるので、アトラクションなどとも相性がよさそうです。
「ARやVRとの組み合わせでは、バーチャルなペットをなでたり、遠隔地にいる友人と握手したり、といった感触も演出できるでしょう」
既存のサービスに加えたり、例えば3DCGなどの新しい技術と合わせたりなど、さまざまな技術やアイデアとの組み合わせ次第では、エンターテインメントから生活必需品の操作まで幅広い利用が期待されるハプティクス技術。
企画する側の想像力や、UIデザイナーのマルチな才能がさらに問われるとともに、いよいよバーチャルでも「触感」が体験できるおもしろい時代になってきています。
- Written by:
- BAE編集部