持続可能で、よりよい社会の実現を目指す世界共通の目標「SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)」。定められた17のゴールに向かって、世界の企業は現在、さまざまな取り組みを進めています。
日本でもその動きは加速しつつあるなかで、2021年、大手消費財メーカーやスーパーマーケットなど25社(2020年12月時点)が団結。容器のリユースプロジェクト「Loop」がスタートします。米仏で先行スタートした同プロジェクトの仕掛け人は、米国発のソーシャルエンタープライズ、テラサイクル。同社のアジアリージョナルマネージャー エリック・カワバタさんに「リユースへのニーズが高まっている背景と、サステナブル消費を加速させるためのポイント」について、伺いました。
日本には、環境意識の高い企業を応援する土壌がある
——米国発のソーシャルエンタープライズであるテラサイクル社から見て、日本の環境意識はどのように映っていますか。
テラサイクル社は創業者のトム・ザッキーがミミズの糞を肥料に変えるというアイデアから生まれた会社です。彼は使い捨てのペットボトルを回収・洗浄し、そこに肥料を入れて販売した経験から「廃棄物は商品になる」という発見をしました。
以来、テラサイクル社は、ソーシャルエンタープライズとして、大手消費財メーカー、小売業者、都市、施設と協働し、廃棄物を回収しリサイクルする事業を現在20ヶ国以上で展開しています。デロイトトーマツコンサルティングは、2020年に、今後SDGs関連ビジネスの市場規模は、17のゴールごとに70兆~800兆円に達すると試算しています。市場の拡大はそのまま、消費者の関心の高まりとも呼応しています。そのなかでテラサイクルは「ゴミをなくす」というミッションを原動力に、さまざまな取り組みを各国で展開しています。
なかでも日本は「もったいない」という言葉が象徴するように、エコ意識の高い文化がすでに根付いていますよね。インフラも非常によくできていて、街を歩いていても、道にゴミがない。だから外国人観光客はみな、その美しさに驚くわけです。
ゴミの分別もしっかりされていますし、「資源は循環している」と誰もが思い込んでいました。しかし実際は、すべてをリサイクルすることはできず、ゴミを埋めるにも場所に困り、中国にプラスチックゴミを輸出するなどして対応していました。もはやリサイクルで対応できる範疇を超えてしまっている。それが日本の実情とも言えます。その事実を知ったときに、私は「日本にはサーキュラーエコノミー(循環型経済)の仕組みが必要だ」と感じました。
日本では2014年から花王と共同研究プロジェクトをスタート。翌年には、詰め替えパックをリサイクルするプログラムを開始しました。その後、さまざまな企業との協働が生まれています。
では、なぜ大手企業がサステナブルな取り組みを進めるかといえば、企業イメージの向上など、間接的に売り上げの向上につながるからです。日本人の高いエコ意識を考慮すれば、欧米以上に、環境意識の高い企業を生活者が応援するのは当然なのではないでしょうか。
——これまで環境に配慮するといえば「リサイクル」が主流でした。昨今、「リユース」のニーズが高まっている理由を教えてください。
リサイクル(再生利用)は、資源を有効活用するという点では優れた仕組みです。一方で、使用済みの容器の回収や加工など、その工程でさまざまなコストがかかってしまう、という課題がありました。
結果、リサイクル商品は、環境には優しいけれど、高価で低品質になりがちでした。品質は悪いのに高いでは、消費者は受け入れてくれませんよね。そこでリサイクルの本質を見直し、「問題は廃棄にある」と捉え、ならばリユース(再使用)の方が社会問題解決につながりやすいのではないかと考えました。
そこで生まれたのが容器のリユースプロジェクト「Loop」です。
——再生利用ではなく、再使用であれば、廃棄する必要がなくなるわけですね。
はい。2019年1月、世界経済フォーラム主催のダボス会議にて、大手消費財メーカー各社とともに、世界初となる循環型eコマースショッピングシステム「Loop」を発表しました。ここで重要なのは、企業の都合を押し付けるのではなく、消費者に便利なショッピングプラットフォームを提供しながら、世界中で問題となっている“使い捨て依存”からの脱却を目指し、サーキュラーエコノミー(循環型社会)の実現を推進する点です。
そこには、リサイクルでの学びが大きく影響しています。あくまで消費者視点でよりよいサービスであることを重視し、使いやすい容器を提供。使用後は返却し、メーカーが洗浄・再利用するという循環ネットワークを構築しています。
すでに2019年にアメリカとフランスでプロジェクトはスタートしており、ユニリーバやネスレなど、グローバル企業を中心に、200以上のブランドが参画。契約待ちの利用者が数万人に達するほど、注目を浴びています。
この日本版が今年、ついに始動するわけです。日本でも活動の地盤があったこともあり、当初から大手消費財メーカーやスーパーマーケットなど、25社が参加。日本の小売業からは現状唯一「イオン」が参加しており、ゆくゆくは本州・四国の約400店舗での展開を目指します。プロジェクトに対するメディアの注目度も高く、大きなインパクトを起こせるのではないかと期待しています。
消費者を巻き込むポイントは、「おしゃれで便利」
——世界的な環境意識の高まりという背景はありつつも、欧米での成功があってこその日本版スタートだと思います。欧米での成功は、どのような点にあったのでしょうか。
成功の理由は、「サステナブルだから」ではなく、実情はちょっと違います。米国での利用者にアンケートを取ったところ、いちばんの理由は、デザイン性と機能性、そして便利だから、というものでした。
容器をリユースするためには、そもそも頑丈である必要があります。素材にステンレスやガラスを採用することで、デザイン性と機能性を高めました。部屋に置いておくとインテリアとしても使えるほどおしゃれ。さらにLoopでは、配送の際に専用バッグを利用しているのですが、このサービスも非常に好評でした。
みなさん、ECサイトをよく利用されると思いますが、商品に大袈裟な梱包がされていて、たくさんのゴミが出て処理が面倒だった、という経験をお持ちの方も多いのではないでしょうか。Loopでは、専用トートバッグによって配送、回収を行うため、ゴミが一切出ません。そこに利便性を感じてくださった方が多くいました。
サステナブルへの意識は高まっていますが、商品やサービスの魅力なくして、消費者を巻き込むことはできません。これまで「サステナブル=高い、面倒」だったものを、「便利でおしゃれ」に変えた。これによって、初めてリユースは広がりを見せているのです。
——欧米も日本も、消費者心理の根本は、あまり変わらないように感じます。ちなみにLoopの利用者は、男性と女性、どちらが多いのでしょうか。
「ゴミが出ない」ことは、女性に喜ばれる傾向にあるせいか、現在、利用者の7割は女性です。これは女性の方が環境意識の高い方が多いからではないかと分析しています。
その背景として、「子育て」というキーワードがあると思います。子どもの未来を思う母心が、環境意識を高め、リユースに積極的な姿勢を生み出しているのではないでしょうか。実際、利用者の年齢も子育て世代、30〜40代が中心となっています。
また、Loopには「ゴミを出さない気持ちよさ」があります。これまで新しいモノをネットで注文すると、セットでゴミが付いてきました。それがない。捨てることに罪悪感を覚える人もいる社会において、これは新しい体験であり、ユーザーの目に新鮮に映ったようです。Loopが広がれば、買い換えるのではなく、交換することが当たり前の社会になります。そうなれば、ライフスタイルにも変化が訪れるでしょう。
たったひとつの商品が、誰かに大きな影響を与える。そんな可能性がLoopにはあるのです。
リテールにおいて、「循環」は今後の大きなキーワード
——大手企業が参加する日本版Loopが展開されれば、さまざまな場所でリユース商品を目にする機会も増え、認知も拡大しそうです。
以前に、アメリカの食品会社と学校が協力し、リサイクルプログラムを実施したところ、特別なプロモーションをすることなく、数年後にその食品会社の売り上げが1.5倍になり、さらにブランドイメージも向上するという結果をもたらしました。
つまりサスティナブルに注力することは、企業にとってコスト以上のメリットを生むケースも多くあるのです。すでに日本では、義務教育でSDGsを学ぶ時代となり、今後若い世代ほど、サステナブルへの意識は高まっていくことになります。消費の中心と呼ばれるZ世代の若者たちも社会問題への意識は高く、環境を無視した事業を展開する企業は今後、支持されにくくなると考えるのが自然でしょう。
サーキュラーエコノミーは、廃棄物を出すことなく資源を循環させる経済の仕組みです。今後、さらに日本でもラインナップを拡充し、健康意識の高い消費者向けにオーガニックなプロダクトも用意するなど、扱うカテゴリーも増やしていけたらと思っています。また容器のIT化「スマート容器」を展開できれば、利用者のデータなども取得できるようになるかもしれません。
これからの時代は、リテールも含め、さまざまな業界において「循環」は大きなキーワードになるのではないでしょうか。“もったいない”から生まれる、捨てない心地よさが日本中に広がる。Loopがそのきっかけ作りのひとつとなれたら、こんなにうれしいことはありません。
1社で取り組むにはコストの面でもまだまだ課題の多いリサイクル(再生利用)ではなく、リユース(再使用)によって、社会課題の解決につなげる。SDGsへの関心が高まるなか、今後さらにこの流れは加速するのではないでしょうか。重要なのは、消費者自らが「選択する」こと。デザイン性、機能性、利便性、そして体験価値の重要性は、これまで以上にプロダクトに求められる要素になりそうです。
- Written by:
- BAE編集部