モバイルアプリやAI、IoTなどのテクノロジーを活用して、ヘルスケアを伸展させる「ヘルステック」。高齢化や健康意識の高まりを背景に、市場の拡大が続きます。
米国最大級のコンシューマーエレクトロニクスの展示会「CES 2019」でも、健康・医学に関連する企業はもちろん、化粧品や住宅メーカー等からもヘルスケア関連の展示が相次ぎ、世界的に注目される分野です。
ヘルステックの伸展や課題について、2004年に医師専用のオンラインプラットフォームを立ち上げ、現在、ヘルスケア領域で複数のメディア、サービス等を運営する、メドピア株式会社代表で医師の石見さんにお話を伺いました。
コミュニティの形成からデータドリブンの時代へ
AIによる画像診断や問診、手術用ロボットなど、ヘルスケア分野のテクノロジーやサービスにまつわるニュースを見聞きすることが増えました。ダイエットアプリやバイタルデータを記録するスマートウォッチなども人気がありますが、これらの全てが「ヘルステック」であると考えてよいのでしょうか。
「『ヘルスケア×テクノロジー』に当たるものは総じて、『ヘルステック』と定義されます。ヘルスケアは、ゆりかごから墓場まで、人の一生涯の健康に関わる全てを指すので、それを支える技術はすべてヘルステックです。ですので、誕生前の妊活アプリや幼児期の発育をサポートするベビーテック、老年期をサポートする介護ロボットもそうですし、その他ダイエットアプリや、オンラインでの医療相談・診療サービスなども、ヘルステック分野に含まれるということになります」
メドピアの主催で日本でも2015年から開催しているヘルステックのグローバル・カンファレンス「Health 2.0」では、ヘルステック先進国である米国での伸展が、四段階で説明されています。
「第一段階として、2007年頃から医療従事者同士が繋がるソーシャルコミュニティの形成・発展が始まりました。それまでの情報発信はHPやブログによる一方的なものでしたが、FacebookなどやSNSの台頭で双方向のコミュニケーションが実現し、医師と医師とが地位や立場を問わず交流し、意見交換ができるようになったことは、インパクトになりました。また患者同士など、ユーザー間のコミュニティも充実してきました。
第二段階へ進むと、相互のコミュニティを繋ぐインタラクションが創出されました。ユーザーと病院とのマッチングサービスや、オンライン診療などが登場したのです。ITでユーザーと医療側が繋がれる時代になり、ユーザーが能動的に情報を得たり、質問をしやすくなり、“治す側と治療を受ける側”という上下関係の医療から、“患者参加型”の対等関係の医療にシフトしてきました」
「第三段階では、個人の医療情報や健康情報を永続的に保管し、活用する『PHR(パーソナル・ヘルス・レコード。個人健康記録)』などの仕組みが成立し、健康や医療などのヘルスケアデータの蓄積が実現可能となりました。データを使った治療の提供方法の増進や、医療の質の向上を図ろうというフェーズです。法的な整備も進み、クラウド上の無料の電子カルテ事業なども登場しました。
現在の日本のヘルステックは、この第三段階あたりにあると言えるでしょう。 ちなみに、日本のヘルステックが米国より遅れている理由には、医療や保険にまつわるそもそもの背景の違いが影響しています。保険医療が整備されているとは言えない米国とは違って日本は健康保険が機能していますし、法的な制約なども異なります。
そして現在、米国で発展しつつあるのが、このヘルスケアデータを診断や治療時の意思決定に繋げようという第四段階です。個人情報保護に関する課題や、ヘルスケアデータや身体情報のさらなるデジタル化、標準化などの問題の解決に伴って拡大が続いています」
「子どもの見守りサービス(ベビーテック)のように、様々な技術が一つのプラットフォームに集合して、身体の状況をモニタリングして継続させ、メッセージのやり取りなどもできるようになりました。
遺伝子解析などは、今後の医療のパーソナライズやリスク分析に役立つものとして注目されています。オンライン診療、電子カルテ、予約システム、データ解析……といった連携も生まれてきています」
生活者のためになるヘルステックの成長課題とは
ある調査では、国内のヘルステック分野のサービスやソリューション、関連機器の2018年の市場は、前年比9.4%増の2,248億円が見込まれており、2022年には3,000億円を超えるという数字が示されています(※メンタルヘルスサービス、遺伝子検査サービスなどは除く)。
※ 参考:富士経済調査(2019年)
大手生命保険会社、通信会社などもヘルステック分野への取り組みを強化しています。スタートアップの参入や、ベンチャーキャピタル、製薬会社への投資額も増加しました。
市場の牽引役としては、BtoBやBtoBtoCのビジネスモデルが主流であり、個人を対象とするサービスは難しいといった見方もありますが、この傾向をどうご覧になっているでしょうか。
「そもそもヘルステックはBtoCなもののはずですが、ビジネスとしては難しい部分もあります。まず、人は『すぐに痛みをとりたい』『3カ月で10㎏やせたい』といった、明確な欲求以外にお金を支払いにくいことが理由の一つになっているかと思います」
「医療側と、生活者側の意識や考え方についても、より柔軟な相互理解が必要だと思います。
ヘルステックの多くは『これは健康のために良いはず』というミッションから始まります。それらが生活に浸透し、拡大していくためには、医療側から本当によいものと認められる必要があり、多くのエビデンスが積み重ねられるべき……というのが今までの認識です。このエビデンス、というのは単に○○先生が良いと言っている、というものではありません。しっかり研究としてデザインされ、統計的に解析されたものでなくてはなりません。私は、企業側とアカデミア側でこのエビデンスに関する共通理解ができていないことに問題があると考えています。
例えば、ダイエットアプリを生活者が『健康に役立っている』と実感していても、予防医学指導の根拠としてすぐに取り入れるかというと、そうでもありません。エビデンスやデータの蓄積によって、生活者の役に立つと認められるものが増えれば、BtoCも拡大するはずです」
ヘルステック業界全体を伸展させる考え方を、石見さんは次のような図で説明します。
「経済的なメリットの拡充や、テクノロジーの発展はもちろん、法的な課題のクリアや規制緩和、安全基準の整備や社会的倫理面の見直しなどが、同時に行われていかないと、ヘルステックは実現が難しく質や量も向上しません。
しかし、国内でもヘルステックへの投資金額が増加して、規制緩和が進み、オンライン診療、電子処方箋など、テクノロジーを活用した医療ソリューションが次々と解禁されています。アプリの開発から関連機器まで、ヘルステック領域に取り組むスタートアップ企業も、ますます盛り上がりを見せています。
entrepediaのデータによると、健康関連での起業は1990年から右肩上がりで、2015年から2018年の間で既に過去最大の300社近くが設立されています(※2018年8月22日時点)。今後もこのような流れは順調に続くでしょう」
いかに受け入れてもらい、行動してもらうか
ヘルステックは今後、より暮らしに密着したものとなっていくでしょうか。
「ご存じの通り、日本では急激に高齢化が進み、2030年には全人口の3人に1人が65歳以上になる見込みです。今後も国民保険の維持のために、ヘルステックの役割や価値はさらに重視されるでしょう。予防医学、健康管理、病気の治療といった面だけではなく、企業の健康経営や福利厚生、訪問診療や訪問看護等の介護領域においても、ヘルステックの参入が拡大します」
生活にスムーズに浸透していくためには、生活者側の意識や理解の点でもアップデートが求められますね。子どもからシニアまで、どんな人にもわかりやすいUIやUXなどが必要となってきそうです。
「例えば、『健康管理アプリを継続的に使ってもらうための、モチベーションを維持する仕組みづくり』なども必要ですし、患者や生活者の側の『気持ち』の面に目を向け続けることを忘れないのも大切でしょう。
ヘルステック分野において、生活者のインサイトはすでに理解されており、スムーズに受け入れてもらう方法や、行動変容をどう生み出すかということを考える段階に来ているのではないでしょうか」
健康や医療などのデータの蓄積を可能にしたヘルステック。最近は、健康経営、訪問診療の分野でも注目されています。
ダイエットアプリや健康データを記録するスマートウォッチなどの普及により、BtoC市場も拡大。私たちの健康への意識は変わり、ヘルスケアの質の向上につながっています。
ヘルスケアデータの可視化が進むことで、「衣・食・住」全ての面への影響をもたらす可能性があり、新しい課題も見えてきそうです。それに伴い、参入する企業やサービスが増えるなど、ヘルステックの市場はますます拡大するでしょう。
- Written by:
- BAE編集部