人工知能の実用性・有用性が高まった現在、各国・各企業がAIを利用したさまざまなサービスを展開しています。
そのなかで注目を浴びているのが、人工知能における日本のトップランナーたちが参加し、「P.A.I.(パーソナル人工知能)」を生み出す研究を行っている株式会社オルツです。
最先端のAI研究を進める同社の取締役 CFO/エバンジェリスト 中野誠二さんに、「デジタルクローンが実現する未来」についてお話を聞きました。【後編】
※前編、デジタルクローン技術の現在地と活用法【AI最前線 前編】はコチラ
アジアから広がる「デジタルクローン」
――人間の思考や人格などのコピーをデジタルデータで作り上げる「デジタルクローン」。まずは、どのようなユーザーから求められるとお考えでしょうか?
「P.A.I.」=デジタルクローンは、ユーザの「コピー」のようなものをデジタル空間に作り出すものです。自分の代わりに仕事をさせることはもちろん、死者の声を音声合成によって再現するなど、ユーザーのエモーショナルな部分に訴えかけることもできる技術です。
現在、AI研究においてはアメリカが進んでいます。しかし欧米の市場では、大企業のビジネスを加速させたり、効率化させたりするようなBtoB寄りの研究が多く、「最適解を瞬時に出せる人工知能」の開発が主流な状況にあります。
そのため今後、デジタルクローンが普及する場合、まずはアジア圏からBtoC利用を目的に広がっていくものと考えています。
――デジタルクローンが「当たり前」になった未来では、私たちの生活はどう変化するとお考えでしょうか?
P.A.I.は「決断するAI」ですから、誰もがデジタルクローンを持つようになれば、会議のスケジュール調整などは、お互いのデジタルクローン同士が対話・調整することで、本人の知らない間に、終えることができるでしょう。これはすぐに実現できます。
ただ、完全な人間のデジタルクローンが実現するのはかなり先のことですから、答えづらい部分もあります。なぜなら、スマートフォンがない時代に、「スマホがあればいいな」と思っている人はまずいなかったからです。つまり、技術には、普及して初めて生まれるニーズというものが存在するんです。だから予測が難しいわけです。
デジタルクローンが変革する「マーケティング」
――「P.A.I.」が普及すると、企業側の対応にも変化が出てきそうですね。
はい、確実に変化すると思います。P.A.I.=デジタルクローンは、デバイスを問いません。パソコンでもスマホでも、もしくは未来のガジェットでもいい。なのにそこに、「いないはずの人が存在する」技術です。今後、企業が接する相手がデジタルクローンになるということが起きる可能性もあるでしょう。
ですから、たとえばユーザが仕事中でも、アンケートに答えてもらう、ということも実現可能になります。もし現在、ある調査をするために300人のモニターを集める必要があるとしますよね。しかも性別と年代まで絞りたいとなると、かなりの労力が必要です。
しかしデジタルクローンなら、いつでもアンケートに回答してくれます。そしてその回答も「まるでその人そのもの」なわけですから、誰にとってもメリットがありますし、この方法なら、従来の手法よりも大幅な時間短縮が可能です。
加えてこの構想は、現在の技術ですでに実現できる段階にありますから、決して夢物語ではありません。
また、手軽に個人の嗜好がわかるようになれば、企業のアプローチの仕方も変わってくるはずです。企業もデジタルクローンを作ることができますから、たとえば、消費者がイメージする企業像に合ったキャラクターを作ればブランディングに寄与できしますし、消費者のニーズを正確に把握した上でプロモーションを展開すれば、その精度はより向上するでしょう。
ですから、もし実現すれば、これはマーケティングやリサーチに関わる企業全体に、大きなインパクトを与えるものになると考えています。
――その未来の「P.A.I.」は、本人のことなら何でも知っている、という状態を想定しているのでしょうか?
正確には、本人しか知らないこともある状態だと思います。その設定は、個人の意思で、何をどの程度共有するか、カスタマイズできるようになる予定です。
ちなみに、もし生活のほとんどを「P.A.I.」とデータ共有すれば、買ったことを忘れて、同じものを買ってしまうなんてミスは、未然に防ぐことが可能です。なぜなら、迷ったときは自分の分身に聞けば、すべて教えてくれるわけですから。
――「P.A.I.」もツール。どう使うかはその人次第の部分もあるのですね。
そうですね。ただ、これまでのAIと違い、P.A.I.(パーソナル人工知能)は、「自分側にいるAI」という点が大きく異なります。
たとえばネット通販を利用すると、購入履歴から「レコメンド」が表示されますよね。それを見たユーザーは興味があれば購入するわけですが、ここにはひとつのミスマッチが生まれているんです。
サイト側は「購入履歴」からレコメンドしているだけですから、ユーザーが「買わないという選択をした」ことがわからないんです。またその理由も、実はリアル店舗で購入済みなど、さまざまですが、サイト側にはわかりません。
しかし「P.A.I.」は、ネット上のこともリアルのことも記憶していますから、「本当にユーザーが必要なもの」をレコメンドすることができるわけです。つまりは立ち位置の違いです。自分の側にいるということは、それだけ最適な答えを教えてくれるということなんです。
ですから、「P.A.I.」が浸透すれば、レコメンドの在り方も大きく変わると考えています。
現代における書籍のような役割をP.A.I.が果たす未来
――もし自らが望めば、自分の頭の中を完璧にコピーした「P.A.I.」も生み出せるのでしょうか?
はい。もちろん倫理観やモラルの問題もありますから、これはあくまで理論的には、ということになりますが。
頭の中だけでなく、声や顔も残すことが可能です。たとえばウェブインタビューならば、パソコンの画面に若かりし頃の自分の顔を映し出し、スピーカーから若い頃の自分の声を出す。でもその裏で話しているのは、年を重ねた自分なんてことも技術的には可能です。
また、その人の「頭の中」が残るということは、現代における書籍のような役割を「P.A.I.」が果たし、さまざまな知識を、自分の声で後世に伝えることも可能です。
――ちなみに、「P.A.I.」が発達すれば、歴史上の偉人と対話することもできるのでしょうか?
いえ、それは難しいですね。どんなにデジタルクローンの精度が上がっても、AIが学習するためのデータがなくては始まりません。
歴史上の偉人の多くは、写真も少なく、書籍も少ない。さらに音声に至ってはほとんどありませんから、“その人らしさ”をAIが定義するのが難しいんです。実際、日本人は坂本龍馬が好きですから、「龍馬を再現できないか?」という問い合わせもあるのですが、データがない以上は難しいでしょう。
ですが、生きてさえいれば、未来永劫、この世界に自分の思いを遺すことができます。さらにARやVRなどのテクノロジーを組み合わせれば、100年後の自分の子孫と対話できる時代もやってくるはずです。
――「P.A.I.(パーソナル人工知能)=デジタルクローン」が普及する未来。技術的には確実にそこに向かって前進しているのですね。
はい。2045年、AIは人間の脳を超えるシンギュラリティ(技術的特異点)に到達するという説があります。たった20年でそんなことが起きるはずがないと思われるかもしれませんが、30年前、「電話を持ち歩く時代」が来ることを予見できた人がどれだけいたでしょうか。
未来は私たちが思うよりずっと、可能性に満ちあふれているものなのです。
いまから26年後に訪れる「2045年」。未来では、私たちの想像を遥かに超える“日常”が待っているかもしれません。その頃には、マーケティングやプロモーションの在り方も大きく変化し、新しいコミュニケーションの形が生れているでしょう。
- Written by:
- BAE編集部