これまでのビジネスや生活様式を変える新常識「ニューノーマル」以後の業界動向や展望をご紹介するこの企画。コロナを機にEC利用が加速し、実店舗の存在意義が問われるなか、店舗体験は日々進化し、新しい取り組みもスタートしています。そのなかで、あらためて重視されているのが「顧客体験(CX)」です。
デジタル活用が進むことでオンラインとオフラインという対立軸自体が徐々になくなり、あらゆるものがオンライン化していく動きが加速するなか、これからの顧客体験はどうあるべきなのか。CXプラットフォーム「KARTE」を提供する、株式会社プレイドのBrand Activation 宮下巧大さん、同 Customer Success 高山 晋さんにお話を伺いました。
OMO時代の顧客体験は、“線”で捉えることが重要
——プレイドは、サイトやアプリの訪問者一人ひとりの行動や感情をリアルタイムに解析し、その人に合った体験の提供を可能にするCXプラットフォーム「KARTE」を展開されています。コロナ以後に求められる“顧客体験”は、どのように変化したとお感じでしょうか?
高山
CXとは自社の提供する商品やサービス自体に価値を見出すのではなく、それが利用される過程において顧客が享受する価値を重視する考え方です。2020年はコロナ禍によって社会全体のデジタルの比重が高まり、オンライン上における顧客体験の重要度が増したといえます。仕事はリモートで行い、買い物はECを利用するという行為が今まで以上に日常化しました。「オンラインが当たり前」になったことで、その体験の質を求める傾向が強くなった印象があります。
宮下
店舗へのアクセスに制限がかかったことは、顧客体験に影響を与えたと思います。事業者は、これまでリアルでしかできないと思いこんでいたことを、必要に迫られオンラインで実装し、顧客側はそれを使わなければならなくなった。やったことはなかったけれど、試してみると「案外いける」と事業者も顧客も気づき、結果的に「デジタルへの理解や馴染み」が広がった。これがコロナ禍における、顕著な変化のひとつだと思っています。
高山
例えば、コスメについては、店舗に行って確かめるのが難しい状況になったものの、化粧品選びで失敗したくないと考える顧客は多くいます。世界最大の化粧品会社グループの日本法人・日本ロレアル社は、ラグジュアリー化粧品ブランド「ランコム」において、2020年4月から公式オンラインショップ上でデジタルカウンセリングサービスを提供しています。オンラインで、ビューティアドバイザーさんがその人にあったカウンセリングを行うというものです。体験したユーザーの約93%が「満足した」と回答したそうです。
宮下
店舗では、店員さんがコミュニケーションを通して、お客様の雰囲気や感情、コンテキストなどを読み取っています。KARTEは、オンラインにおいて、お客様を1UUといった数字ではなく“ひとりの人”として理解できるようにプロダクトが設計されています。「ランコム」で実施したデジタルカウンセリングサービスでは、その特徴が効果に繋がったと思います。オンラインにおいても、オフラインと同様に「人が介在する価値」が存在し、この顧客体験の本質はコロナ以後も変わっていません。
——withコロナ以降、デジタルシフトが加速し、オンラインの領域はますます広がりを見せています。
高山
これまで対面接客といえばリアルという先入観が顧客にも企業にもありましたが、社会全体のDX(デジタルトランスフォーメーション)が進んだことで、リアルだから、オンラインだから、という区別はなくなり、CXにおいてもOMO視点で捉える必要があると考えています。つまり、あらゆるがものがオンラインにつながるという環境において顧客体験をどのようにアップデートすることができるか、どんな可能性があるのかという観点です。
宮下
デジタルが生活に浸透したことによる生活者の課題の一つに、「情報量の多さ」があると感じています。多様なチャネルから情報を受け取り、選択肢が増え商品やサービスを選ぶ労力が多大になっています。
その結果「失敗したくない」や「もっといいモノがあるかも」という心理が働き、「商品を詳細に理解したうえで選びたい」「買うものを固定してしまう」「誰かに最適解を提示してほしい」といったユーザーが増えています。このようなニーズに応えるには、お客さま一人ひとりを知り、顧客体験をパーソナライズさせることが必要です。まさにそれこそがプレイドが目指すCXです。
高山
その究極は、顧客の“いま”を捉えて、その人・その瞬間に最適なコミュニケーションを行うこと。昨日と今日では、状況も違えば気分だって違うものです。しかしターゲティング広告などは、顧客の過去しか捉えられていない以上、そこにどうしてもズレが生じてしまいます。過去から続く線の先端として“いま”を捉えることで、より良いCXが実現できるようになるはずです。
宮下
顧客の体験を"線"で捉えることは、OMOにおいても重要です。OMOにおける理想の体験は、別のチャネルで仕入れた情報や知見を踏まえた上で、お客さまが「今」必要なものを適切に提供することです。そのためにKARTEでは、オンラインとオフラインそれぞれで、お客さんはどのようなことを考え、どんな行動をしているかを人軸で解析しています。
例えば、店舗(オフライン)を訪れた顧客が、前日にECサイト(オンライン)で特定の商品を時間をかけて見ていたとしましょう。そのことを店舗のスタッフが知ったとしたら来店理由は、店舗で実際の商品を確かめに来たのかもしれないと推測し、適切に接客することが可能です。そうやって情報を連携させることで、満足度の高い接客を提供することができCXの向上につながります。
高山
誰もがオンラインとオフラインを行ったり来たりする時代において、どちらかだけの情報で顧客を深く理解するのは、もはや難しいと考えるべきでしょう。
顧客との「価値共創」がなぜ求められるのか
——CXの向上のために、重要なポイントは何だとお感じでしょうか。
宮下
顧客と対話を重ねつつその体験の価値を共に創り上げるという姿勢が重要です。事業側から一方的にアクションをするだけではいい体験は生まれません。
高山
私が関わった「ららぽーと」などの商業施設とシームレスな連携を図る三井ショッピングパーク公式通販サイト「Mitsui Shopping Park &mall」(以下、&mall)は、価値共創の視点でサイトを見つめ直し、改善した好例です。
——&mallの事例について、詳しく教えてください。
高山
&mallは、オンラインとオフラインを“つなぐ”ことを意識された通販サイトです。例えば、店舗を訪れ、自分に合うサイズが売り切れていたら、「ほしかったけど、買えなかった」というネガティブな印象だけが残ってしまいますよね。しかしECサイト(&mall)に在庫があることが把握でき、すぐにECでの購入を案内できれば、「リアルでサイズを確認し、ECで購入できた」という体験として刻まれるはずです。同様に、店舗で購入を決めなくても、自宅に帰ってから購入することができれば、再び店舗を訪れる手間がないため、より良い体験となります。
短期的な視点でCXを捉えると、クーポンなどを配布する施策に目が行きがちです。そうではなく、長期的にひとりの顧客から得られる利益「LTV(ライフタイムバリュー)」によって、広い視野で物事を捉えることが大切です。クーポンを配布してもいいのですが、重要なのは「また来たい・次も買いたい」と思ってもらえるかどうか。ユーザーのニーズを的確に把握することが重要なのです。
——&mallでは、どのようにして、顧客のニーズを把握したのでしょうか?
高山
KARTEでは、商品を購入したユーザーに対して、商品購入後と、使用後にアンケートを実施しました。すると、半数以上のユーザーが回答してくれました。二度と訪れないサイトでアンケートに回答するとは考えづらいため、「&mallファン」は一定数存在していることが確認できました。そこで得た声を反映していくことでCXも向上し、価値共創を実現できるのだと考えています
宮下
顧客の声をなるべく多く聞き丁寧に対応することは、顧客と継続的な関係を築く上で大切なことです。例えばショッピングモールでは入り口でアンケート用紙を配り顧客の声を聞いてきたと思いますが、量を集めることやフィードバックの鮮度に課題がありどう活用するかも難しかったと思います。デジタルの力を活用すると、&mallの事例のように、今までやりたかったことをスムーズに実現できるようになるはずです。
高山
CXM(Customer Experience Management)においては、ユーザーのフィードバックを得ることが非常に重要です。顧客の声に耳を傾けなければ、顧客視点での自社のサービスを捉えることができません。ひとつひとつの不満と誠実に向き合い、改善していく。それはUIであったり、商品の充実度であったりと、顧客ごとにその要因はさまざまです。それを地道ではありますが、ひとつずつ解決していくことが良質な顧客体験へとつながります。
宮下
あるひとりのユーザーが感じていることは、ほかのユーザーが感じていることであるケースも多く、ひとつひとつに対応することが大切です。
CX向上に必要なのは、「目的」と「手段」の明確化
——今後、CXを向上させるために、企業は何をすべきだとお考えでしょうか?
高山
顧客体験を向上させる方法は、企業ごとに異なります。「これをやっておけばOK」という絶対的な正解はありません。だからこそ難しく、重要性が高いのです。大切なのは、「目的」と「手段」を明確にすること。最近の成功例ですと、2020年6月に鎌倉店がオープンした、梅体験専門店「蝶矢」が挙げられます(https://exp-d.com/interview/7900/)。
同店では、梅酒を売るのではなく、梅酒作りという体験を提供しています。梅酒の完成品を見たことがある人は多いですが、そのプロセスまで知っている人はほとんどいません。梅酒作りに絶対的なこだわりをもつチョーヤは、そのこだわりを梅酒作りによって知ってもらうことこそが、自社の強みを伝えるのに最適な手段だと考えました。梅と梅酒の品質に自信を持つチョーヤだからこそ提供できた「体験価値」といえるでしょう。その背景にはCXとLTVの視点があり、チョーヤのこだわりを正しく理解してもらいファンになってもらうという目的のために、商品ではなく、体験を届けるという手段を選択しているわけです。
宮下
現代の生活者は価値観が多様化し、人によって生活に必要なものの基準が全く異なります。コロナの流行を受け「何が大切なのか」を改めて見つめ直した人もいるでしょう。一元的ではないニーズに応えるためには、顧客一人ひとりのことを解像度高く知り、その人に合った体験を提供していくことが重要です。
高山
「購入確率の高いサイトを作って、そこにユーザーを呼び込む」というのは過去の考え方です。その一連の数値から売り上げを逆算し、戦略を立てていましたが、そこに「人」は登場していません。
しかし売り上げとは本来、顧客体験あってこそ生まれるものです。売り上げから戦略を立てる時代は終わったのではないかと感じています。これからの時代はオンラインも、ユーザーを軸とした発想が重要になるでしょう。そのために私たちのKARTEも、今後さらなるアップデートし続けることで、オンラインでもオフラインも問わず活用できるCXプラットフォームとして進化していきたいです。
あらゆる体験がオンラインにつながることで、顧客行動を中心にしたさまざまなデータを活用できる環境が整いつつあります。しかし、データ収集・活用を目的に、企業側の論理だけでビジネスを展開していては顧客から選ばれなくなってしまう可能性もあります。今後は、収集したデータを、顧客に「体験価値」としていかに還元できるか、という視点がますます重要となってきそうです。
- Written by:
- BAE編集部