これからの未来を描くであろう、最新トピックスをお届けする「さきトレ」。今回は、超小型ディスプレイやセンサーを搭載し、視界にAR(拡張現実)画像などを映し出す「スマートコンタクトレンズ」の可能性をお伝えします。
取材協力:
株式会社メニコン コア技術開発部 テーマリーダー 鈴木弘昭(すずき・ひろあき)さん
コンタクトレンズの中に、ペン先ほどの電子デバイスを搭載。視界に文字や画像を浮かび上がらせる「スマートコンタクトレンズ」。
2020年秋に、国内コンタクトレンズメーカーのパイオニアであるメニコンと、電子デバイスのプラットフォームを開発する米国のMojo Visionが、実現の可能性を探るフィジビリティ・スタディに取り組むことを発表し、注目を集めています。
Mojo Visionは、天候や時刻、地図情報やメッセージといった画像や文字の情報などを、極小のディスプレイを通じて、外界の景色などとリンクして見せるAR(拡張現実)技術をすでに確立しています。
また、メニコン側は「強角膜レンズ(※)」への電子デバイスの搭載を実現しており、さらなる技術研究を進めています。
※一般的なコンタクトレンズではなく、黒目から白目までを覆うコンタクトレンズ。国内使用実績は少ないが、国外では、特殊な角膜形状の方や、ドライアイ疾患者用に処方されている
スマートコンタクトレンズの実現の可能性は、すでに “双方の技術をどこまで高め、どう上手に組み合わせるか” という段階まで迫っているのです。
スマートコンタクトレンズが投影するAR情報の獲得については、現状ではスマホやPCと連携する形が有力とされています。スマートコンタクトレンズ内にアイトラッキング用のセンサーを搭載して、視線や目の動きで画面上のコントローラーを操作することも、将来的には可能になるようです。
搭載するデバイスによって、カメラやVR(仮想現実)のヘッドセットなども、スマートコンタクトレンズ化できる可能性もあります。
さらに、スマートコンタクトレンズの活用の可能性は、ARやVRだけではなく、ユニバーサルデザインやヘルスケアの分野にも広がっていました。
例えば、遠近のピントを自動で切り替えたり、色彩や光の調節によって暗闇でも見えるようにしたり、物や人の輪郭を強調したり、見えたものの情報をシェアしたり。そして、それらに音声で表現するデバイスを搭載すれば目の機能の拡張が期待でき、見えにくい人への強力なサポートが可能になります。
また、センサーの搭載によって、目の組織の状態や、涙液やまぶたの毛細血管から生体関連のデータを獲得できることにも期待が寄せられています。過去には、米国のAlphabet(Google)の子会社であるVerily Life Sciencesも、血糖値を測定するコンタクトレンズの研究に取り組みました。
この点は、スマートグラスやバンドなど、その他のウェアラブルデバイスにはない、“目に直接触れる”という特徴を持つ、コンタクトレンズならではの優位性といえるでしょう。
メガネよりも見え方や装着感が自然で、ピントがぶれず、視野角が広くとれることも、ウェアラブルデバイスとしての高付加価値に繋がりそうです。
スマートコンタクトレンズが完成・製品化され、一般に普及するまでには、課題も残されています。
技術的な課題としては、人体への確実な安全性の確保はもちろん、バッテリーを含めた極限までの小型化、日常的なケアや充電のしやすさを見越した仕様の確立や、デバイスとしての耐久性の確保などが挙げられます。
また、「高度医療機器×電子デバイス」という、これまでにないプロダクトの試験や承認が、国ごとにどう進められるかといった課題もあります。まずは視覚にハンディのある人や老眼の人のサポートに利用を限定された形で承認されるなど、条件つきで早められる可能性も高そうです。
製品化や普及までにはコストやサプライチェーンにまつわるハードルもありますが、この点には、メニコンによるアセットが十分に生かされることが期待できそうです。ちなみに、通常のコンタクトレンズでも、新規製品の承認や製造ラインの構築には、3~5年がかかります。
「今の目標は、短時間のテストでもはめることができて、AR表示機能を体験できるスマートコンタクトレンズの実物を、なるべく早く仕上げることです」(メニコン 鈴木さん)
コンタクトレンズを装着しているだけで、見える力が向上し、眼前の景色とともに様々な情報を得られ、健康に役立つデータも蓄積される。そんな体験が可能になる日は、そう遠くなさそうです。両社によるフィジビリティ・スタディへの期待が募ります。