2018.08.10

個人データは共有財産、協調精神でめざすデータ活用による社会課題の解決

テクノロジーの進化がもたらす未来へ(第3回)

対談:
株式会社インテージ 伊藤直之氏
株式会社電通 電通総研カウンセル兼フェロー/株式会社電通デジタル 客員エグゼクティブコンサルタント 有園雄一氏

集積された個人情報を基盤とした情報社会の進化に対する社会的関心が高まってきています。3回目となる本企画対談では、具体化してきた政府や企業の計画や取り組みに焦点を当てつつ、今後の個人データ活用の在り方に迫っていきます。
前回に引き続き、株式会社インテージの伊藤直之さんに、電通総研カウンセル兼フェロー/電通デジタルの客員エグゼクティブコンサルタントの有園雄一さんがお話を伺いました。

個人データは誰のもの?

有園

GDPR(General Data Protection Regulation)施行から約2カ月経ち、ここにきて日本経済新聞で情報社会に関する特集が組まれています(7月16日~20日『データの世紀』)。三菱UFJ信託銀行からは、情報信託機能を持つプラットフォームの実証実験開始のリリースが発表されました(7月18日付)。個人データへの関心が高まりつつあるなかで、そもそも個人データは誰のものなのかあらためて問われています。例えば中国は、いまや日本を超える高度なIT社会です。スマホ1台で日々の生活、買い物、資産管理、行政手続きなど全てが済むインフラが整いつつある一方で、当局の監視システム強化にもつながっているといわれています。

伊藤

確かに中国は、アリババ、テンセントなどの大手グループが過半のマーケットシェアを持つIT社会で、既にEC、金融、旅行サービスなどが生活に溶け込み、それなしに生活が成り立たないところまできています。反面、中国は格差社会であり、詐欺や偽札事件も横行しています。したがって個人も自らを信頼に足る人物だと証明したいという意識があり、監視社会化が必ずしも中上流市民にとってマイナス面だけでとらえられていない側面があります。

有園

結局のところ、誰が評価して信用を与えるのか、誰がデータを持つのかによって、社会の在り方は変わってきます。「誰」という点においての選択肢は?

伊藤

アメリカはデータ資本主義が進み、グーグル、フェイスブック、アマゾンなど巨大IT企業が世界中の人々のデータを活用してビジネスを展開しています。

有園

アメリカの企業が世界の人々の個人データを所有し、好きに使ってきたことが、昨今特にEUから問題視されています。

伊藤

フェイスブックやグーグルなどはデータポータビリティ機能があるので、そのデータを使うことで同じようなサービスをやろうとすれば、ほかの企業もできるのに、優秀なIT人材はアメリカ発のグローバル巨大IT企業数社に集まっています。実際のところは、それら企業が買収を重ねて大きくなったほうがユーザーメリットはあるのではないでしょうか。グーグルやアップル、アマゾンがないと、生活やメーカーの企業活動は大変だと思います。したがって少なくともアメリカは、データの管理とプライバシーに配慮された利用であれば大企業の独占的な使用は問題ないという姿勢です。

有園

でもEUのGDPR施行の要は、個人がデータの所有権を持つべきというイズムに基づいています。

伊藤

EUは、個人情報は個人に帰属するものとの考えから、いかに企業を介してパーソナルデータを自分で使うかという方向に舵を切っています。アメリカ系企業の場合、個人のIDを作成する際、広告等への利用を基本的には受け入れないとサービスが使えない現状があります。そうした自分のデータを自分で使えず他者が好きに使う状態がEUの思考とは相容れないということでしょう。

有園

日本人がEU同様に自分のデータを自分で好きに使いたいかと問われるとどうなんでしょうね。例えば自分の医療に関するデータは、自分が管理をして信頼できる医師とは共有したいが、ほかの人には自分の病気の仔細を話したくない。だから自分で管理できたほうがいい。でも現実は、グーグルで医療情報を検索すれば、その検索履歴に対してターゲティング広告が入ってきます。そういうことに違和感を持っても、自己管理と言われると面倒なのでは?

伊藤

まず前提として、本来個人データは無形なもので、所有権という考え方は成立しません。個人が登録した情報、検索履歴や購買履歴等から企業がプロファイリングなどの加工によって作り出した個人データなどは企業のものですが、コントロールの主権は個人に返すべきというのがGDPRの精神です。

個人データはシェアする時代へ

有園

EUのように自分のデータをコントロールする主権を個人が持つ前提で、様々なサービスや機能を提供しようとする会社が出てきているようです。

伊藤

そこで押さえてほしいことは、日本政府が考えている情報銀行と、欧米のマイデータの発想とは異なるということです。情報銀行は自分の個人データの第三者提供を管理するための機関ですが、マイデータは単なる個人データの管理だけでなく、自分のデータが利用される提供サービスと一体化して考えられています。データコントロール機能が主体ではなく、データを使うサービスにデータコントロール機能をいかに自然に溶け込ませるのかが重要だと思います。

有園

日本における個人データの対象範囲は?

伊藤

現在、制度設計中の情報信託機能の認定を受けた事業者が扱える個人情報には、医療データや信仰といった要配慮個人情報は扱えないことにしていますが、従来どおり個別同意を取れば全てのデータが対象になります。政府としては世界最先端デジタル国家創造宣言でも、データヘルスとマイナポータルの連動によって、健康関連データを個人の同意のもと安全に様々な民間サービスなどで活用する仕組みを推進していますが、総務省や経産省の関連実証事業でもヘルスケア分野での事例が多く出てきています。
具体的な取り組み例の一つは、先日に三菱UFJ信託銀行からリリースが出た内容です。まだ実証実験段階ですが、個人情報管理のプラットフォームをスマホアプリとして開発し、そこに各企業に散在する個人データを集約させます。自分が入力する個人データも加えて銀行に預け、これらデータの提供可否をユーザー自身が判断でき、提供対価を得られる仕組みです。しかしそのデータを提供先となるサービス事業者がどう使うかは情報銀行の枠組みの外側となります。一方でマイデータは、プラットフォームにサービスが付随しています。日本に既に存在する商品で類似しているのは、住友生命の『Vitality』(健康増進型保険)。自分の健康情報や活動量、スポーツジムのデータを住友生命に提供すればポイントがたまり、それに応じた保険料引き下げ等のサービスが受けられます。

「Vitality」
住友生命の『Vitality』
有園

ただ1企業の1商品にすぎないサービスなら限界がありますよね。

伊藤

『Vitality』とは連携する企業は増えてくるでしょう。ほかには、みずほ銀行とソフトバンクが合弁でJ.Scoreを創立し、FinTechのプラットフォームを立ち上げました。これはユーザーが入力する個人データをAIによってスコアをつけ、それに基づいたレンディングを行うというものですが、まずはYahoo! JAPANとの連携によって、ユーザー個人の同意のもと「Yahoo!ショッピング」や「ヤフオク!」の利用状況などがJ.Scoreへ連携され、スコア算出に利用されていくことになっています。

有園

サービス付加までは、政府の検討範囲ではないという意見もあります。

伊藤

確かに政府の範囲ではないと思いますが、企業側が政府で検討されたユースケースに過剰に印象が引っ張られている気がしています。情報銀行や情報信託という名前もそうで、情報を預けてその運用利益から金銭的対価を得られるものという印象が強くなってしまっています。そもそも政府が進めているプロジェクトは、使う企業を大企業に限定しているわけではありませんし、活用コストに対する費用対効果の検証も必要です。例えば、生活支援サービスのような金銭的メリット以外のリターンをいかに作るか。その内容次第で、集まるデータの量や質は向上すると思います。

有園

データを提供してくれた個人や企業に対して便利なサービスやプロダクトを提供できないとだめということですね。確かにいくらお金をもらえても個人データを提供するのは嫌、自分が主導権を持って管理するとなると面倒くさいと思われかねません。

マネーフォワード
家計簿アプリで最も有名なサービスの一つ、マネーフォワード
伊藤

それをうまくやっているのが家計簿アプリです。私は毎月500円払って家計情報を一元化しています。自分の消費生活、今後のプランニングに役立っています。それ以外に私は家電が好きなのですが、各メーカーの会員向けサイトにユーザー登録と製品登録をしなければ、各種サポートが受けづらくなっています。これらメーカーごとに登録しているデータを集約してくれるサービスがあればいいですね。保証書管理サービスの「Warrantee」が家電に限らず自動車や不動産などの保有資産の管理サービスになっていくかもしれません。

有園

それはある種の分野別情報銀行ですよね。今でも類似したサービスや製品ごとにバラバラに存在しているサービスはあるわけです。ただ、そこに個人データに対する主権を持つという意識がなかった。個人が自分の財産であるお金を運用するのと同じようにデータを運用していこうというのが、これからの基軸になっていくのだと思います。

伊藤

日本の場合は、個人データを社会課題の解決にどう生かしていくのか、そこが目標になっています。例えばこれまでデータを持たなかった地方の商店と買い物難民となっている高齢者のデータをつなぐような発想です。個人データを共有財として相互活用することで、日本全体がより良くなっていくのが理想です。

有園

シェアリングエコノミーの推進が盛んですが、個人のデータもシェアする時代ということですね。競合ではなく、協調の精神を持つことが重要だと思います。

<対談の最後に>
スマートフォンをはじめとした個人向けデジタル機器の世界的普及が成長エンジンとなり、ここ10年でITを介した個人向けサービスが加速度的に増えています。マストとなっているのは、個人データをもとに、最適なサービスを提供すること。様々なリスクも取り沙汰されるなか、自分のデータといえども自分だけで管理するのは限界があります。今後はあらゆる産業で、個人と企業間のデータトレードを行うプレーヤーが出てくるのが時代の潮流です。

電通テックもマーケティングやプロモーション分野で、個人と企業がwin-winとなるデータ活用の仕組みを企画することで、今後の高度IT社会に貢献していきます。

伊藤直之氏

一般社団法人データ流通推進協議会 理事
株式会社インテージ 開発本部ITイノベーション部 エバンジェリスト

【略歴・プロフィール】
2008年、株式会社インテージ入社。 主に消費財メーカーの社内外データ利活用基盤構築やマーケティングリサーチに従事した後、 現在はデジタルマーケティング領域の新規事業開発を行う。 2013年よりオープンデータを推進するOpen Knowledge Japan運営メンバー。 ビジネス領域でのオープンデータやパーソナルデータなど多様なデータの公開・流通による利活用を推進することによって、より良い社会の実現をめざす。

Written by:
BAE編集部