VRとフィットネスを組み合わせた「VRフィットネス」という新たなジャンルが注目を集めています。フィットネスマシンの動きと、VRの臨場感あふれる映像を連動させて、仮想現実の世界でさまざまなトレーニングができるという、新しいフィットネスの形態。その可能性についてFUN AND BODYの根市洋行さんにお話を伺いました。
海外で産声を上げたVRフィットネスは、日本でもテレビや動画サイトで紹介されたことをきっかけに注目が集まり、フィットネスジムやゲームセンターなどで少しずつ導入が始まっています。
クラブミュージックが鳴り響く空間で多人数で運動をする「暗闇フィットネス」、VR映像を見ながら複数人でサイクリングマシンを漕ぐ「VR Cycle」など、エンターテインメント性の高いトレーニング施設やサービスが増えている昨今。VRフィットネスは、トレーニングをどのように変えていくのでしょうか。あるいは、トレーニング以外の可能性も秘めているのでしょうか。
VRフィットネスにいち早く目をつけ、日本での輸入販売をてがけるFUN AND BODYさん。今回、同社が東京に構えるショールームにお邪魔させていただきました。
VRフィットネスの分野で今最も知名度が高いマシンはドイツのイカロス社の「ICAROS(イカロス)」。
前後左右にグラインドするマシンと、ヘッドセットに映し出される空中の映像により、空を飛んでいるかのような浮遊感を体験することができます。体重移動でマシンを傾けたり、姿勢を一定に維持するなどの動きによって、体幹のトレーニングになるそうです。
実際にFUN AND BODYさんのショールームで体験させていただくと、その臨場感に驚きます。「最初に体験した人は、肉体的な疲れというより、緊張感で汗をかく人が多いですね」と言うのは、今回取材にご協力いただいたFUN AND BODYの根市洋行さん。確かに、最初は慣れない動きに戸惑いますが、慣れてくると本当に空を飛んでいるような浮遊感を楽しむことができます。気がつくと10分間、疲れも感じずに没頭していました。終わると運動後のような疲労感も。
イカロスに続いて、FUN AND BODYさんが取り扱いを開始したのが「HOLOFIT」。フィットネスバイクやローイングマシンなどと連動し、運動をすることで海中や南国のリゾート、宇宙といったさまざまなバーチャル空間を進んでいきます。
これも臨場感がすごく、海中の風景や、水面から飛び出したときの水しぶきの美しさなど、そのリアリティに圧倒されます。さらに、身体の動きと映像が連動することで、虚構と現実の境目がぼやけてきて、より深い没入感を得ることができました。単純に360°の映像を見せられるだけでは、これほどの没入感はなかったでしょう。
仮想現実を「バーチャル」であると思わせない、VR成功の鍵は、この「身体の動きを取り入れることでの深い没入感」なのかもしれないと思うとともに、フィットネスとVRの相性の良さを実感することができました。
FUN AND BODYを運営する株式会社レゾロジックは元々、印刷会社やプリンターメーカー向けのソフトウェア開発をてがける会社。まったく畑違いのVRフィットネス事業へ参入したのも、イカロスとの出合いがきっかけなんだとか。その背景にあるのが「高齢化社会」を見据えたビジネス戦略でした。
「高齢者の人口が増えることで、今後ますます、健康志向のビジネスは間違いなく伸びてくるだろうという見通しがありました。弊社内でも年配者が増えてきていて、当初も社員の体験用に購入してみたのがきっかけだったんです。実際に体験してみると、これはいいと。つまり健康診断でメタボですと言われて、いざ運動しようと思っても、なかなか継続できないんですよね。例えば、体幹トレーニングは『プランク』など、じっと同じ姿勢を保つメニューがほとんどで退屈なんですけど、VRフィットネスは空を飛んだり、宇宙空間を疾走したりと、刺激があることでモチベーションを保つことができます。さらに同じハード(機材)でもソフトウェア(コンテンツ)を替えていけば、継続的に楽しむことも可能です」
根市さんは、VRフィットネスは積極的に運動したい人より、むしろ日頃運動をしない人がトレーニングをするきっかけとして有用なのではと考えています。
「ショールームに来る人も、運動をしたいという人よりは、テレビで見て実際に体験してみたい、単純に面白そうだからトライしてみたいという人が圧倒的に多いですね。むしろ運動ができない人の方が『前回、うまく乗りこなせなかったので、今回は事前に運動して備えてきました』と熱心なリピーターになるケースもあり、興味深いですね」
イカロスの操作感はフライトシミュレーターゲームのようでもあり、ゲームをプレイするような感覚や楽しみもあります。高齢者のほか、インドア系の生活者にとっても親和性が高そうです。
トレーニング器具というと、一般的にはフィットネスジムでの利用がイメージしやすいですが、FUN AND BODYさんの下には、実にさまざまな企業から声がかかっているようです。
「エステティックサロンさんがコースに取り入れられないか調べに来たり、一般企業さんが社員の保養設備として検討したいと訪れることもあります。さらに、医療機器メーカーさんからもリハビリテーションに活用できないかと、何件か声がかかっています。体幹を鍛えることが腰に良いそうです。あとは弊社経由ではないのですが、整体学校さんでもイカロスなどのVRフィットネスを導入している場所があるようです」
最後に、VRフィットネスの今後の展開や可能性について、根市さんにお話を聞きました。
「マシンの購入から設置するまでにかかる費用や、運用するための環境整備の手間など、課題は多くまだまだ黎明期と言える状況ですが、機種の多様化や、もう少しマシンが手軽に購入できる環境が整えば、一般家庭へのVRフィットネスの導入もありえるかもしれませんね。また、メーカーも試験的に始めているようですが、マシンをネットワークでつなげば、例えば世界中の人がバーチャル空間で一緒にトレーニングをしたり、マラソン大会などの競技をしたりといったことも可能になるでしょうね」
冒頭でも触れた、参加者全員で盛り上がりながら楽しむフィットネスが流行っているのは、参加者が「一体感」を求めているからであり、一人より誰かと一緒にトレーニングをしたいという傾向はますます高まっていると根市さんは指摘します。
VRを介せば、場所や時間に縛られず、集うことがより容易となり、このトレンドはますます加速していくかもしれません。
単なるアクティビティやエンターテインメントの枠を越え、トレーニングや医療分野にまで広がっているVR。今回の取材でVRは、映像のみならず、そこに体験者の動きが加わることで、より深い没入感を感じることができるコンテンツとなることが実感できました。視覚的な情報だけでなく、「運動」という要素をいかに取り入れるかの仕組みづくりが、今後のVR成功の鍵と言えそうです。
より映像がリアルになるなどテクノロジーが進化していく現代、今後もさらにVRを活用したサービスは広がっていきそうですね。