2018.10.10

VRの導入で新しく切り開かれる、スポーツ観戦の未来

現実を超えるかもしれない「VR」だからこその価値

最近では低価格なものから高性能なものまで、多くのVR用のヘッドマウントディスプレイ(HMD)製品が出揃い、VRが身近なものになりました。VRの本格普及が予想される2020年へ向けて、この夏、プロ野球観戦をVRで楽しむサービスが日本で初めてスタートしました。今回は、電通テック 2020アクティベーション室 長田一樹が、XRstadium(エックスアールスタジアム)の立ち上げを行った富岡 仁氏に、テクノロジーが変えるスポーツ観戦の未来に関してお話を伺います。

目次

VRを使ったエンタメコンテンツの現状

富岡 仁氏、長田一樹
左・Supership株式会社 VR戦略企画室 富岡 仁氏/右・株式会社電通テック 2020アクティベーション室 長田一樹
長田

今回は、プロ野球観戦VRのサービスということで楽しみにして伺いました。私は野球ファンで、観戦にもけっこう行くほうです。じつは、野球歴20年でもあり、現在も仕事の合間にですが会社の野球部に所属し楽しんでいます。

富岡

ありがとうございます。野球ファンの方に体験をしていただけるのはうれしいです。

長田

はじめに、XRstadiumというバーチャル観戦サービスが立ち上がったきっかけを教えてください。

富岡

私の前職での最後のプロジェクトがシリコンバレーでファンドの組成と投資というものでした。そのときのパートナーがジョン・ルース氏(元駐日米国大使)と、アンドリーセン・ホロウィッツというベンチャー・キャピタルでした。アンドリーセン・ホロウィッツはOculusに最初に出資した会社でしたので、彼らと仕事をする中で、スマートフォンの登場で起きたような世の中の技術の変革に立ち会うなら、ネットが二次元から三次元に変わるこのタイミングだと直感しました。この技術について知るうちに、VRでの空間伝送を使ったサービスに関わりたいと考えるようになり、Supershipにジョインしました。

長田

VRのコンテンツでは、真っ先にスポーツ観戦、特に野球中継をやろうということを決めておられたのですか?

富岡

いえ、アニメーションやCGではなくて、実写コンテンツをリアルタイムに空間伝送したいということは決めていましたが、何をするかは決めていませんでしたので、複数コンテンツを実験的に配信しました。たとえばお笑いライブも試しましたし、いろいろやった中で一番視聴者の反応が良かったのが、甲子園の映像だったのです。

ヘッドセットは身体的にも負担があるので、興味がない内容だと10分で外したくなってしまうようなんですね。ところが野球の視聴時間は平均で50分、長い人は試合終了までずっと観ていたんですね。

長田

お笑いは難しかったのですね。テレビで観て面白いものは、VRで観ても面白いだろうと思いましたが、不思議ですね。

富岡

まだ可能性の追求方法があると思うのですが、動きがないので、VRコンテンツの魅力である「臨場感」を表現しにくいというのも一因かもしれません。

長田

まだまだ「VRならこれだ」というキラーコンテンツがない中、ユーザーテストを繰り返す中で発見されたコンテンツが野球というスポーツ観戦だったわけですね。

富岡

はい、そうなんです。そしてXRstadiumを7月に開始して数ヵ月、まだまだ発展途上にありますが、好意的な感想を多く寄せていただいています。

リアル観戦とテレビ観戦のメリットいいとこ取り

長田

実際にXRstadiumを体験させていただいて、普段、野球場で観ているのと同じ感覚で楽しめた、と感じました。まず、角度を切り替えながら観られるのに驚きますよね。バックネット裏や1塁3塁ベンチあたりは、本物のチケットはなかなか取れない場所ですし、その特等席で観られるのは貴重だな!と思いましたね。

視聴イメージ
富岡

ありがとうございます。球場によく行かれる方に太鼓判を押していただけるとは光栄です。カメラはVR用にオリジナルのカメラを現地に5カ所設置しており、120度の視野角の4K映像を撮影し、リアルタイムで伝送しています。

長田

投球されたボールがすごく早くて目で追えないという現地観戦ならではの感覚もVRで同じように体験できたので、面白いなと思いました。

富岡

元映像は4K画質ですが、現在のヘッドセット側の解像度はまだ片目1600ピクセル程度なので、今後デバイスの進化や伝送速度の向上で解像度はもっと鮮明になっていく予定です。カメラも以前のモノラルから二眼のステレオ撮影になるなど、バージョンアップしてきています。

長田

VR空間では、自分の座っている側はCGの客席になっていてボックスシートに座っているような感じですが、顔を右側に向けるとチャットボードが見えますね。

富岡

チャットボードは中継を観戦中のユーザー同士で自由に話せるリアルタイム掲示板です。現場で楽しむような体験に代わるものと考えていますが、かなり使われています。それ以外にも招待した友達とアバター同士、声で会話できるグループ観戦の機能もあります。

長田

惜しいプレイや得点したときなど、思わず何か言いたくなりますからね。他社の動画配信サービスでもリアルタイムチャットはいつもコメントで盛り上がっていますから、それに似た使われ方ですね。

富岡

VRならではのもうひとつの特徴は、さまざまな試合データをその場で表示できることです。前回の成績といった選手の情報など、画面に表示できます。

長田

現地観戦では、テレビのような実況やテロップがないのが不便なところです。まさに「リアル」と「テレビ」のいいとこ取りですね。 リアルの臨場感と、バーチャルのデータやコミュニケーション機能がいいとこ取りで楽しめる、というのは、VR観戦のキーワードになりそうです。

選手の目線からも試合を楽しめる!? MRの可能性

富岡

今後はVR観戦で没入感をさらに演出し、VRならではの体験にできるようにしていきたいですね。実は1塁3塁カメラからは、テレビと違って選手の声なども混じって聞こえてきます。臨場感を考えて、現地の歓声や、生の音もバランスよく取り込むようにしています。

長田

それは面白いですね。現在XRstadiumはパーソル パ・リーグTV VRとしてパ・リーグ6球団の試合が見られますが、臨場感という意味では、なじみのない球場もあって、試合の模様だけでなく球場の様子にもつい目が行きました。

富岡

私も開発でよく球場に足を運ぶようになって感じたのが、スタジアムごとの雰囲気を楽しむこともVR観戦の魅力になるな、ということです。

長田

球場自体に個性があるので、そのあたりを観るのも楽しいと思います。応援している球団を地元の球場で観るのと、遠くの球場でビジターとして観るのはやはり感覚が違います。ファンならビジターの球場にも行ってみたいなと思いますけれど、なかなか簡単に足を運ぶことはできません。それができてしまうのはバーチャルならではですね。

富岡

そうなんです。野球ファンの方ならご存じだと思いますが、最近はメジャーリーグでは特に、球場のパーク化といって球場自体がアミューズメント施設化してきているのですね。そういう場所を訪れる楽しみを、もっと体験できる機能も追加されていくかもしれません。

長田

テレビでなくVRで観るからこその楽しみは、まだまだ出てきそうですね。

富岡

この先、テクノロジーが発達していくと、ビデオカメラで捉えた映像とCGで再現したバーチャルの映像の見分けがつかなくなってくると考えられます。そうなると、複数のカメラで捉えた映像をもとに球場をバーチャル空間で再構築して、設置したカメラのアングルにしばられることなく、どの角度からでも自由に自分の視点で観戦ができるようになります。試合中に球場に飛び出して、投手の真横から観戦したり、また、触覚伝送を通じて、選手に触ったり、飛んでくるボールに触れたりするようなMRもできるようになると思います。

長田

試合中のグラウンドに飛び出してですか。すごいですね!

富岡

2020年に本格的にサービスをスタートするため、これからも改良を進めていきます。現在はVRやARなど最新テクノロジーに興味のあるユーザー様にご利用いただいていますが、今後は野球ファンの方々に、新しいスポーツ観戦の形として価値を感じていただけるようにしていければと思います。

テレビやゲーム機と並ぶエンタテインメント・ツールのひとつに

長田

今後XRstadiumを含め、VRスポーツ観戦は、どうやって楽しまれるようになってくると思いますか。

富岡

近い将来、テレビを観たり、ゲームをしたりということのバリエーションのひとつとして定着してくると思います。現在はまだ、HMDを所有している人の母数自体が少ないので、母数を増やしていくことが重要です。

長田

普及促進のため、娯楽施設にXRstadiumの視聴可能端末を設置されているそうですね。

富岡

全国の「快活CLUB」(インターネットカフェ)約350カ所に置いていただいています。人気は上々で、やはり目の前に体験できる環境があれば、必ず観たくなる人はいるんだなと。普及のためにはもっとHMDの価格が下がって、もっとコンテンツや性能が上がってくる必要はあります。VRスポーツ観戦の普及に関しては、先ほどもお伝えした通り、まずVRのファンではなく野球やスポーツのファンがVR観戦の中心的な利用者層になってくる必要があります。

長田

まだHMDを持つ人も少ないですから、ユーザーが集まってパブリックビューイングするのも面白そうですね。HMDの端末価格も家庭用ゲーム機程度になってきていますが、好きな球団のゲームを必ず観るために、衛星放送や専門チャンネルに契約したりとけっこうなコストが毎月かかってしまうことを考えれば、このヘッドセットで1観戦500円、悪くない選択のような気がします。

富岡

はい。むしろ数千円のチケットを買って体験できることに近いような体験を、500円で味わえるという価値を提供したいと頑張っています。

長田

野球以外にVRスポーツ観戦を展開される予定はありますか?

富岡

はい、検討中です。ただ、ボクシングや格闘技のように映像を近くで撮れる競技は迫力が出ますので、やってみたら見応えがあるものになる確信はあります。2020年東京五輪も間近に迫り、スポーツとVRの組み合わせには、ますます期待と可能性が高まっていくでしょうね。

長田

スポーツ観戦にVRを導入することで、自宅でも臨場感あふれる試合観戦を楽しめるようになるだけでなく、自由なカメラアングルで選手の目線から眺めることができたり、選手に触れることができたり、リアル以上の新しい観戦の価値が生まれそうですね。さらに選手側からすると、過去の試合をVRで疑似体験することで、イメージトレーニングなどにも活用できそうです。 また、VR観戦がインフラとして成立してくれば、今後はその場に向けたプロモーションの制作や展開も生まれてきそうです。キャンペーンを作る側の我々としては、そういったことを企画として考える時代が、すぐ目の前にやってきそうですね。今回は、大変面白いお話、ありがとうございました。

長田 一樹

聞き手/株式会社電通テック 2020アクティベーション室プランナー

国際的スポーツイベントに関わるマーケティング、コミュニケーション戦略立案をはじめ、スポーツコンテンツを活用したソリューションの企画開発を担当。 業種、領域問わず、さまざまなクライアントワークに従事。

Written by:
BAE編集部