2019.10.30

IoTが浸透する未来とは

「それでも必要」とされるIoT開発に必要なUX・CX視点

スマート化の概念が登場して久しい今、なぜIoTが叫ばれるのか?
株式会社電通テック +tech labo研究員の原田裕生が、IoT開発をテーマとして、現在も数多くの開発を手がけるハードウェアエンジニアである株式会社144Labの九頭龍雄一郎氏にIoTビジネス成功のヒントを伺いました。

目次

必要なのは徹底したユーザー目線

——IoTというビッグワードが世の中に浸透して久しく、さまざまなプロダクトやサービスが登場しています。九頭龍さんはシリコンバレーでもエンジニアとしての経験を積まれていますが、技術者の目線から、IoTプロダクトとしての成功をどのようなものと捉えていますか。

九頭龍

辛口になってしまいますが、日本に限らず、大きなイグジットになっている製品やサービス、パッと思い浮かびませんよね。私はサーモスタットスイッチでGoogleに買収された米Nest Labs以降、一大ビッグサービスへ成長したIoT製品ってないんじゃないかと思っています。しかもNest Labsは買収された時点での利益は私なりに見積もってもせいぜい10億円くらいしかなかったのではないかと思っています。それを3,000億円くらいで買収されたのは、プロダクトや要素技術そのものより、そこで得られるデータのほうにGoogleが魅力を感じたからです。

 
Googleに買収されたNest Labs,は家庭用の室温制御装置(サーモスタットスイッチ)などを手がけていた。写真はGoogleより

——なぜ、コンシューマープロダクトやサービスとしてのIoTが大きな波にならないのでしょうか。

九頭龍

それは、IoTの専用デバイスなんて、ないに越したことはないからなんです。

起業家やスタートアップの方に面談したり、概要を伺うことがありますが、「専用デバイスじゃなくて、スマホやアプリでいいんじゃないですか?」というものが多く、実際にそう伝えています。IoTの専用デバイスに欠けているのは、徹底したユーザー目線(UX・CX視点)です。

例えば企業のバイアウトの際に、その企業の価値増大の基準は、

1.プロダクトの質
2.ユーザーの数
3.社のメンバーの質
4.パテントの数と種類

で見ていると言われます。そのどれをとってみても、企業価値を上げるには必要でも、ユーザーにはまったく価値がないものばかりです。これをIoTに当てはめてみるとよくわかるのですが、

1.プロダクトの質
独自のプロダクトでなく、手持ちのスマホや既にあるデバイスで代用すれば安くて助かります。

2.ユーザーの数
1社独占で得するユーザーはいません。たくさんの競合サービスがあるほうが競争原理で、ユーザーにとっての使いやすさや市場はよくなります。

3.社のメンバーの質
限られた一部の人にしか操れない技術は高コスト体質につながり、またこれもユーザーにいいことはありません。コモディティ化した技術を使えるほうが安くて安定しており、運用も楽になるから誰にとってもありがたい。

4.パテントの数と種類
これも独占的になることで使用料の高騰や囲い込みなどが起きやすく、やはりユーザーにメリットはありません。

このようにユーザー目線で見ると、IoTプロダクトはデバイスの開発に莫大なコストや手間がかかる割に、むしろユーザーには「専用デバイスとしての形」でないことが望まれているのです。

それを実感したエピソードがあります。私はトリプル・ダブリューという会社にいた時、排泄予知を行うDFreeというデバイスを手がけました。

九頭龍

DFreeは、お腹に着けるセンサー部分と、バッテリーが入ったモニター本体部分の2つに分かれています。1つにコンパクトにまとまればいいのですが、一日中使うために小さくすることができず、苦肉の策です。導入した施設や病院にお話を伺うと、実際に着けていただくのはかなりの介護を必要とする高齢者の方がほとんどだった事もあり、DFreeの存在がよくわからずに気づいたら外してしまっている利用者が少なからずいらっしゃるということでした。

ところがある時、若いエンジニアが100円ショップでウサちゃんとカエルちゃんのケースを買ってきて機器にかぶせたら、なんといつもデバイスを外していたフランス人のおばあさんが、「ラピン、ラピン(ウサギのこと)」って言ってかわいがって、外さなくなったんですよ。

株式会社144Lab 取締役 最高戦略責任者 九頭龍 雄一郎氏
九頭龍

DFreeのデザインは、介護領域でも似合うようにと、デザイナーが一生懸命に医療的で先進的なデザインと設計をつくり上げたものです。それでも、おばあさん的にはウサちゃんケースのほうが気に入ったようでした。

——UX・CX視点でいうと、利用者である高齢者の方に受け入れられたのは、機能的価値ではなく、かわいくて親しみやすいデザインだったと。

九頭龍

それぐらいユーザーにとっては、専用デバイス=メカは不要なものなんだ、とも言えます。だからこそ、「それでもあなたが必要なの」と言われるような、IoTである意味があるものを徹底したユーザー目線で開発しなければならないんです。

排泄ケアが必要な人は世界中に多くいる。DFreeは市場ニーズもあり、必要とされている機能です。というのも、トイレに自力で行けなくなると、人間の尊厳に関わるということがあります。人間の尊厳を守るプロダクト、ということで、このキーワードがプロダクトの強力なコンセプトになりました。

他社からも、超音波を使った同様な機能をもったデバイスが登場したこともありますが、一部の先進的な取り組みに積極的な介護施設を除き、広く一般にまで浸透したとは言い難い状況なのかなと思います。これにしかない価値を提供できたことは、DFreeの強みだったかと思います。

「サービス」と「デバイス」のバランスを保つために

——技術的な面から見ると、IoTビジネスの難しさはどこでしょうか。

九頭龍

IoT開発には横断的な知識が必要とされます。技術の面でも機構、回路、組み込みプログラム、無線通信、サーバー構築、機械学習、アプリ……など幅広い知識が求められるのです。それに伴ってスタッフの人数が増えれば増えるほど、コミュニケーションがとりづらくなってしまいます。

——開発チーム内でコミュニケーションに支障が出ると、具体的にはどのような弊害が現れるのでしょうか。

九頭龍

日本は、デバイス先行の会社が多いですが、するとどうしてもUX・CXやサービスの視点が抜けてしまいがちです。ソフト視点が欠けてハード偏重になりすぎるなど、知見に偏りが出て破綻するパターンがままあります。

他方、アプリのスタートアップでは、コンセプトは良くてもハードがきちんと作れないとか、1000分の1件くらい発生しているバグが放置され、最終的に技術的な問題になってスケールできなくなる例を過去に多く見ています。

こういった両面の失敗を防ぐには、常にプロジェクトを小さく保ち、メンバー内でバランスをとることが重要です。

価値のあるサービスや機能にお金を払ってもらう

——ユーザーにとっては新しい専用デバイスは基本的に不要なもの、という話がありました。そんな中で、IoTデバイスでビジネスを成り立たせるポイントは何でしょうか。

九頭龍

IoTビジネスが上手くいかない原因の1つに、短期での採算性の悪さがありますが、IoTでオリジナルデバイスを作ってしまうと、金型費もかかり最低ロット数も多くなります。初回で数千万円を投じて、本体のプロダクト販売によって、それを短期間で回収しようとすることはどう考えても難しい。ではどうするかというと、本体のハードでは儲けなくてもまわりで収益性を確保するスキームを作れればいいわけです。例えば、以前シリコンバレーの連続起業家が私に、GoProの成功は「プラスティックを高く売るのがポイントなんだ」と話していたのですが、GoProの場合は専用スタンドとか専用アダプタで収益性を高めているそうです。しかしこれ、日本でも過去に同様なことがたくさんあります。

——例えば、どのようなものでしょうか。

九頭龍

まず家庭用ゲーム機。本体は安く配っても、ソフトやサービスが利益になります。固定通信費を必要とするインターネットのデバイスも同じです。古くはプリンターやコピー機も、トナーカートリッジやメンテナンスフィー、コピー枚数など使ってもらうことで利益を生むビジネスモデルです。スマホアプリやEvernote、Dropbox、その他挙げたらキリがありませんが彼らの収益モデルであるフリーミアムのようにはじめは無料で配って、気に入った人が高額課金するというモデルもあります。

九頭龍

IoTについて言うならば、やはりこれと同じで、収益の上げ方のポイントを体験価値に合わせて変えていくべきでしょう。本気でやるならハードは0円でばらまけるスキームが最強です。

——ハードの売上ではなく、もっと本質的にユーザーが受け取るサービスで対価をいただくということですね。

九頭龍

ユーザーには「なくてもいいもの」にお金を払わせるのではなく、それによって得られる価値=サービスや機能に対してお金を払っていただくのが筋というわけです。

それと最後に、私がIoTのビジネス転換に必要だと思っている発想が、「よくわからないものに値札を付ける」ということの必要性です。これは、新しいものが出てきた時に、いかに価値をデザインするかです。例えば、業務を効率化してくれるAIの価値をお金に換算して「こんなに価値があります」と見せることがありますが、それは経費削減ですから簡単にそろばんを弾けます。それより、まだわからないものに対して「こんなに凄いものです」と値段を付けられるようにすることが大事だと思います。


世の中のありとあらゆるものが“つながる”時代。そこから得られるデータを活用してさまざまな施策を練ることが企業に求められています。
企業はIoTデバイスを作り、生活者に利用していただき、そこからデータを収集したいと考えていますが、生活者側から見ると、スマホ以外のIoTデバイスは「なくていい」モノでもあります。
IoTデバイスの開発は花盛りではありますが、開発したデバイスのUX・CX、提供方法、利用サービスが真の生活者目線(ユーザ目線)になっているのかを考え直す必要がありそうです。

九頭龍 雄一郎

株式会社144Lab 取締役 最高戦略責任者

『日本の大企業』と『シリコンバレーのアーリースタートアップ』の両面の経験を持つハードウェアエンジニア。 東北大学客員教授。1978年東京都出身。東京工業大学大学院を卒業後、ヤマハ株式会社に就職。多くの製品開発、新規事業開発などを経て33 歳の時にヤマハを退社、シリコンバレーにわたり、Miselu という Android 楽器を開発する米国スタートアップでの挑戦の道を選んだ。同社の第1号社員、ハードウェアエンジニアとして、約20名のエンジニアの中心として活躍。2014 年に創業したトリプルダブリュー株式会社が2016年2月に政府系機関から、さらに7月にシリーズAラウンドで約5億円調達したのを機に CTO(最高技術責任者)として同社に迎えられ、 DFree(排泄までの時間をアラートするデバイス)の事業化に取り組む。 2018年に株式会社Clay Techを創業。2019年株式会社144Lab取締役就任。その他複数の会社の取締役やアドバイザーを務める。シリコンバレー在住時にはさまざまなTechコンペに個人で出品するなど、根っからのエンジニア。

原田 裕生

株式会社電通テック +tech labo研究員

テクノロジーを活用したプロモーションのアップデートを模索する組織 +tech laboに所属。
数多くのプレミアムグッズ制作を手掛けてきたものづくりの知見を活かし、現在は主にIoTプロダクトの開発に取り組む。

+tech labo
Written by:
BAE編集部