2021.03.23

コンテンツマーケティングの新潮流「オーディエンスビルディング」の考え方と手法(後編)

信頼とバリューの蓄積がその先のビジネスに通じる

コンテンツの発信を軸に、ユーザーやファンよりも幅広く“オーディエンス”との関係を構築する「オーディエンスビルディング」。欧米でトレンドとなっているコンテンツマーケティングの手法です。
オーディエンスビルディングの基本的な考え方や、コンテンツ発信のコツ等をお伝えした前編に引き続き、後編ではチャネルとの関わり方やその目的、注目の事例などを、JADE(ジェイド)の代表取締役でコンテンツマーケティングの専門家である伊東さんにお聞きします。

目次

コンテンツをマルチメディア化し、データの取得を目指す

——オーディエンスを構築していくには、どのプラットフォーム上のサブスクライバーをどう意識すべきでしょうか。

コンテンツマーケティングの第一人者であるジョー・プリッツィー氏は、サブスクライバーのヒエラルキーを次のピクトグラムで示しています。
ここでは、サブスクライバーの形態が上位であるほど、企業やメディアにとってはよりフィジカルで、コミュニケーションやコントロールの可能性が高いことを表現しています。

最上部にメンバーシップやEメール購読者。次に定期購読物や書籍。その下に各種SNSが並ぶ
出典:Joe Pulizzi氏 公式Twitter(https://twitter.com/JoePulizzi/status/1348299315735887872

彼は、SNSのことを「Rented land(借地)」と表現し、「コンテンツをRented landに作るな」「Rented landにいるあなたたちのオーディエンスを上位に移動せよ」と語っています。「オウンドメディア」等のOwnedと、対比的な表現だと思います。
彼は、「サブスクライバーの主軸をコントロールができないプラットフォーム上に依存的に構築するべきではない、活用はすべきだが、最終的にEメールサブスクライバー等、自社で管理できる形にできるよう誘導していくべき」とよく語っています。

仮にYouTubeに100万人のチャンネル登録者数がいても、究極的な意味では、それはプラットフォーム自体のサブスクライバーのサイズが大きくなっているだけで、データはプラットフォーム側が握っています。
また、プラットフォーム側がルールを変更すれば、ある日突然登録者との繋がりが断たれてしまう可能性などもなくはありません。外部のプラットフォームは場としては活用しつつも、その場の有用性がなくなっても成立するように、本丸を育てることを常に意識しておくべき、というわけです。


もちろん、スタートはSNSや動画メディアでも構いませんが、オーディエンスとの関係を深めるには、ファースト・パーティー・データの獲得を目指す必要があります。オーディエンスを、このヒエラルキーの下から上に引き上げていく、あるいは、一つのプラットフォーム上にオーディエンスのベースを作り、多様化させていくイメージを持つと良いでしょう。
サブスクライバーの詳細とコンテンツの結びつき方を知れば、購買率の上昇やカスタマーリサーチの効率化や、ECサイト上でのパーソナライズドの推進等に繋がります。

——動画、音声など、届けるコンテンツの種類は何を選ぶべきでしょうか。

対象とするオーディエンスや提供する情報がフィットするものを考慮して決めるのが原則にはなります。新しく始める場合は、色々なものには当面手を出さず、一つのフォーマットを磨いていくことが望ましいと思います。その上で、一般的に取り組みやすいものは、やはりテキストを中心としたオウンドメディアでしょう。

ある程度オーディエンスのベースができていて、複数チャネルでのコンテンツ展開を始めている場合は、テキストではなく、まず最初に動画を制作するケースもあるようです。
動画はYouTubeなど動画プラットフォームへの配信用。音声を別途録音しておき、それはポッドキャストへ展開。また、録音データは、文字書き起こしサービスを利用してテキストデータ化し、少し編集を加えて、後日ブログ記事としても公開する。さらには動画内のビデオの一部を短尺動画化して、ソーシャルにも投稿する――といった方法です。

——オーディエンスビルディングの成果を得ている事例を教えてください。

オーディエンスビルディングはコンテンツマーケティングで経るステップなので、コンテンツマーケティングがうまくいっている企業は、オーディエンスビルディングがしっかり行われている企業ともいえます。以下、コンテンツマーケティング関連の最大カンファレンス「Content Marketing World」で過去に共有された話の内容をいくつか紹介します。

Amazonのプライム会員も捉え方によっては、オーディエンスビルディングの事例と言えると思います。質の高いオリジナルのドラマや映画を配信し、作品のいくつかはエミー賞にノミネートもされています。それだけコンテンツへの投資に積極的だと言えます。

AppleもApple TV+におけるオリジナルコンテンツに大型投資を行っています。オーディエンスビルディングの価値を理解しているメーカーと言えるのではないでしょうか。

カラフルなブロックで知られるLEGO®も、近年は映画の製作や動画配信に積極的に取り組み、ユニークな企画を次々と発表して、世界で最も多く視聴されているYouTubeチャンネルに成長しています。
実は、レゴ®ブロック自体の特許は20年前に消失しています。その後の戦略として、競合との差別化を図るよりも、オーディエンスビルディングに取り組むほうが価値が高いと判断したようです。

2011年にはYouTubeチャンネルがなかったが、現在は年間10億回以上が再生され、25以上の国で大量のトラフィックを獲得。ユーザーによって制作されるコンテンツも増加

——国内で注目される事例などはあるでしょうか。

北欧家具のEC「北欧、暮らしの道具店」を運営しているクラシコムによる展開は、素晴らしい事例だと思います。メディアの運営を通じて北欧家具の持つ雰囲気や世界観、センスのいいライフスタイルに共感するオーディエンスとの関係を、丁寧に構築しています。コンテンツの配信チャネルはすでにかなり多様化されていますが、2021年春にはついには劇場版映画を公開するそうです。

ECサイトのTOPは商品を全面に出すのではなく、コラムやショートムービーが充実したブログのような建付け。オウンドメディア、YouTubeチャンネル、その他SNSも展開

私が以前にグルメ関連の情報サービスにいたこともあり、個人的にチェックしていた「唯一無二の絶品グルメ(むにぐるめ)」も面白いメディアです。Twitter上でスタート後にオーディエンスのベースが構築され、その後チャネルの多様化を図っています。
最近、「むにぐるめ」で紹介されたお店が検索できるという形式のアプリもリリースされました。フローな情報だったTwitter上のコンテンツをストックコンテンツ化して、いつでも探しやすく整理しなおしたものとして、まさに「むにぐるめ」オーディエンスが求めていたアプリではないかと思います。
また、TwitterというRented land(借地)から、オウンドの領域に引き込んでいる巧みな事例としても興味深いです。

約129万人のTwitterフォロワーに向けたツイートから、アプリのお店検索へと誘導。SNSフォロワーを一段フィジカルな関係に進化させている

売上・収益のソースやリスクを分配することにも繋がる

——オーディエンスビルディングを行っていく上で注意すべき点や、企業が意識すべき点を教えてください。

・自分たちが発信するコンテンツが、オーディエンスにとっての情報ソースのひとつになるまでにはある程度時間がかかるため、一過性の取り組みとならないように注意をしましょう。「広告の新しい手法」とは考えずに、オーディエンスに価値を提供しつづけ、信頼を得られるようになることに重きを置きましょう。

・最初は、1つのコンテンツのタイプに絞り、品質が高いものを提供し続けましょう。リソースを分散させないことがポイントです。
 
・コンテンツに対するオーディエンスの反応に対する傾聴を丁寧に行い、小さな変化に注意を払いましょう。オーディエンスビルディングはある日突然に成し遂げられるものではなく、ハックもありません。1カ月前、3カ月前、6カ月前に比べてコンテンツに対してのエンゲージメントがどう変化してきたか、など適切な指標を設定してモニタリングしましょう。

・コンテンツ自体はもちろん、企業全体がコンテンツを通じたデジタルな顧客体験を洗練させていく意識を持つ(SNSポリシーやガイドラインなどの運営の体制も含む)。コンテンツの一貫性や、関わるスタッフの意識、情報共有を確実にしましょう。

——ニューノーマルの時代において、オーディエンスビルディングは今後さらに求められていくでしょうか。

そうですね。不確かなことが多い現状ですが、対面でのコミュニケーションが減った結果、企業側がデジタルを通じて人々に提供する体験を洗練していく必要性が高まることは確かだろうと思います。その場合には、オンラインのコンテンツが果たす役割はますます大きくなるでしょう。

洗練されたコンテンツによる体験の提供には、周到なコミュニケーションの設計が必要です。オーディエンスに関するファースト・パーティー・データが蓄積されていれば、その精度を高めていけるものと思います。

また、サブスクライバーというベースがあれば、変化への対応にも強くなります。昨今のように、実店舗でのビジネスが制限され、オンラインでの販売や宅配事業の開始を余儀なくされた場合にも、お店がブログなどを通じてすでにサブスクライバーとの繋がりを持っていれば、スタート段階での売上の立ち方に差が生まれるはずです。自分たちの今後のサービスや姿勢をすぐに伝えることができます。しかも、すでにエンゲージしているので話を聞いてくれやすいでしょうし、意見や希望も集めやすいはずです。

そもそものビジネスが順調だとしても、レベニューのソースは普段から複数持っておくべきです。そのための土台としても、オーディエンスビルディングに取り組む価値は大いにあると思います。 何かしらのメディアを通じた生活者との接点づくりを行っている企業、検討している企業にとっては注目していただきたいコンセプトです。

JADE代表取締役 伊東周晃(いとう・のりあき)さん
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自社の資源を見極め、コンテンツとして多様化させ、継続性と一貫性を保ちながら長期的な視点でオーディエンスビルディングに取り組む姿勢は、コンテンツが氾濫するニューノーマル下では、ますます重要となりそうです。オーディエンスビルディングは、コンテンツ自体を成長させる考え方としても、国内でも拡大していきそうです。
また、サード・パーティー・クッキー(cookie)の規制に伴って、ファースト・パーティー・データやゼロ・パーティー・データの獲得等が、今後企業にとって共通の課題となりそうです。自社メディアを通じて人々と繋がり、各種データの取得に通じる信頼関係を築いていくためにも、良質なコンテンツを通じてコミュニケーションを深める手法が求められていくでしょう。

Written by:
BAE編集部