2021.03.19

コンテンツマーケティングの新潮流「オーディエンスビルディング」の考え方と手法(前編)

サブスクライバーとの“意味ある関係性”がカギに

営業や店頭での接客の機会が減った今、タッチポイントの見直しやCXの向上が課題となっています。そんな中、欧米では、コンテンツの発信を軸に従来よりも幅広く人々との関係を構築することでビジネスやブランディングを成功に導く「オーディエンスビルディング」という考え方が重視されています。商品やサービスの購入やコンバージョンをする層だけではなく、自社メディア等のコンテンツとの接点を持つ読者や視聴者との関係性を、より長期的かつ全体的に捉えるという、コンテンツマーケティングにおける考え方の一つです。
オーディエンスビルディングのメリットや、実現のための考え方、また具体的な取り組みの方法とは、どのようなものでしょうか。JADE(ジェイド)の代表取締役でコンテンツマーケティングの専門家である伊東さんにお聞きしました。

目次

“買わない人々”が持つポテンシャルに注目する

——「オーディエンスビルディング」とはどのような考え方でしょうか。

視聴者や読者の望むコンテンツを発信し、繋がりを密にすることで、ビジネスやブランディングを有利に展開するコンテンツマーケティングにおける重要な考え方であり、ステップの一つです。ファンマーケティングと印象が近いかもしれませんが、オーディエンスビルディングは企業の製品の購買者のみをターゲットとせず、コンテンツを通じたアプローチによって、非購買者も含めたエンゲージメントの高い層との関係性を構築していく取り組みです。

——欧米では近年すでにトレンドとなっており、すでに多くの企業がオーディエンスビルディングを実践しています。背景には何があるのでしょうか。

かつては、企業が多くの人々と繋がる手段は広告しかありませんでした。しかし、現代ではブログやSNS、その他のメディア等を通じて、直接的に生活者とつながる手段が増え、ビジネスにおける価値に気づくようになったからだと考えています。

実際に、メディアではない企業が人々と繋がりを持つために、独自にコンテンツを発信する事例は増えています。例えば、Red BullのRed Bull Media House(171カ国でコンテンツを展開するメディアカンパニー)は代表的な事例ですし、電子部品メーカーのArrow Electronicsは50以上の業界専門メディアを買収し、メーカーでありながら世界最大の”電子部品関連メディア”になった事例として有名です。

このような考え方は、2013年出版の『AUDIENCE』(ジェフリー・ロハーズ著)や、2015年出版の『CONTENT INC.』(ジョー・プリッツィ著)に示唆されており、その後拡大してきたようです。

(左)ファンやフォロワーを重視したマーケティングの先駆けであるYEXT社の元CMOジェフリー・ロハーズ氏の著書『AUDIENCE』
(右)コンテンツマーケティングという言葉を生み、ビジネスモデルとして捉えることを啓蒙した、ジョー・プリッツィー氏の著書『CONTENT INC.』

——「オーディエンス」とはどのような人々を指すのでしょうか。

先ほど紹介した『AUDIENCE』の副題は、“Marketing in the Age of Subscribers, Fun and Followers”です。
 
メディアやコンテンツを日々訪れる訪問者のうち、フォロワーになってくれている人や、メールアドレスを登録してくれている人など、一定のアドレサビリティ(個別特定可能性)を確保していたり、コンテンツが確実に届く関係になっている人々であると捉えています。

もうひとつポイントを挙げるとすれば、必ずしも 商品やサービスを買う人、買う見込みの高い人のみを対象にしていないことです。買わないけど、「メルマガを最後まで読んでくれる」「ツイートをよく拡散してくれる」「Podcastの新しいエピソードをいち早く再生してくれる」といった、“私達(企業)からの話に興味を持って耳を傾けてくれる人” も含みます。

——“買わない層”だからこそのポテンシャルがあるのでしょうか。

そうですね。ハイエンゲージメントなオーディエンスは、買っていなくてもコンテンツの拡散に協力してくれます。その結果、本当にリーチしたい見込み層に届く場合もあります。

ちょっとしたアンケートなどに協力してくれる場合もあり、力を借りることができれば、簡単な調査やテストをスピーディーにコストをかけることなく実施するといったことも可能です。

また、頻度やテーマはよく検討する必要がありますが、記事広告等の初期露出においても、オーディエンスとの関係ができていれば、好意的に受け止められやすいといった質の良いリーチと、拡散を期待できるでしょう。

オリジナリティや継続性でオーディエンスを拡大する

——オーディエンスにアプローチするためのコンテンツ作りには、どのようなコツがありますか。

現在、ネット上にはあらゆるコンテンツが溢れかえっている状態ですよね。その中で際立ち、かつオーディエンスの注目度をキープし続けるのは容易ではありません。

このような中で、コンテンツの題材とすべきものは、自社の専門性や既存のアセットが活かせるもの、知識を常にアップデートしていく自信があるものが望ましいと思います。

そしてさらに重要なのが、「情報の表現の仕方や届け方に工夫を凝らす」ことです。先ほどご紹介したジョー・プリッツィー氏はこれを“Content Tilt(傾けること)“と呼び、コンテンツ戦略の要だと言っています。

米国の広告評議会の初代会長である、ジェームス・ウェッブ・ヤング氏の著書『アイデアの作り方』をご存じでしょうか。この中に、「アイデアは既存のもの同士の新しい組み合わせ」という言葉がありますが、それに通じる考え方でもあると私は理解しています。

例えば、インスタント食品を販売しているメーカーであれば、栄養に関する知識を活かして、リモートワークが増えて自宅で食事をとることが増えているビジネスパーソンをターゲットに、すぐに作れて野菜も摂取できる「ちょい乗せレシピ」をシリーズとして毎日一つずつ発信する、などですね。
 
レシピはテキストや動画で多数配信されていますが、音声チャネルには少ないので、その点に着目して、調理中の美味しそうな音を特徴とした音声コンテンツを制作・配信する、などの方法で、オリジナリティを持たせる方法もあると思います。

専門性を生かしながら、届け方に変化を持たせることで、オーディエンスに刺さる形に仕立てる。一例ですが、このようなフレームワークを参考に考えていくとオリジナリティのあるコンテンツを作り続けていけるのではないかと思います。
飽和状態にあるコンテンツの中で、オーディエンスにとって「気になる存在」になっていくことが、オーディエンスとの接点の入り口になるでしょう。

自社の資源を生かすことで情報源としての信頼性を高め、他とは少し違う手法や視点で発信し、オリジナリティのあるコンテンツに成長させていく

その上で、重要になるのが「継続性」です。毎日である必要はありませんが、定期的に届けるという一貫性は重要です。最低でも1年か1年半かけて良質なコンテンツを定期的に届け、オーディエンスの満足感と認知を積み重ねていきましょう。

TWIPE(トゥワイプ)というベルギーのニュースメディア向けIT企業の調査によれば、「サイト訪問者がメディアの恒常的な購読者になるには、平均66日が必要」というレポートがあります。
こうした指標をKPIとしながらテーマの一貫した継続性のあるコンテンツの発信を続け、オーディエンスの態度や変化を捉えていくことが大事だと考えます(※)。

毎週の更新を楽しみにしてもらうなど、オーディエンスの“見る状態や”“聞く姿勢”をつくることができれば理想的でしょう。

※出典/TWIPE社 Reinventing Digital Editions 調査 2020年2月

——オーディエンスを増やすにはどうしたら良いでしょうか。

数を増やすというよりも、自分たちのコンテンツやメッセージが届くことのほうが重要です。コンテンツマーケティング全体の戦略としては、最終的にはある程度スケールさせることも必要になってきますが、先に「量」がくることはありません。

例外もありますが、短い期間に何千人もの人に新しいコンテンツを見てもらうのは難しいと思います。最初は小さなオーディエンスでもいいので、エンゲージメント高くコンテンツに接触してくれる人を増やし、届けたい相手を明確にしながら、関係性の深いオーディエンスと継続的に接していきましょう。それが、オーディエンスのサイズ拡大に影響してきます。

2021年2月にRival IQが各ソーシャルプラットフォームのエンゲージメント率の調査レポートを発表しましたが、例えばFacebookは0.08%となっています。仮にフォロワーが10,000人に増えたとしても、コメントや“いいね”をしてくれるのは8人程度ということですね。

ソーシャルメディア分析を手掛ける米国企業Rival IQ(ライバルアイキュー)によるレポート
出典:https://www.rivaliq.com/blog/social-media-industry-benchmark-report/

基本的に「コンテンツは相手に届きにくい」という事実を理解しながら、それでもどう届けるかを考える必要があります。

——とにかく大勢に見てもらうことよりも、オーディエンスの育成に注力するということでしょうか。

そもそも、一度に大勢の人にアプローチするには莫大な予算が必要ですし、そんな勝負をし続けられるのは一部の企業に限られるでしょう。
 
“マーケティングフライホイール(Marketing Flywheel)”というコンセプトがあります。オーディエンスのエンゲージメントを推進力として、徐々にカスタマーベースを拡大していくという考え方です。
 
各ソーシャルプラットフォームや検索エンジンは、今は機械学習を大いに活用しており、その学習のデータソースは、プラットフォーム上での何かしらのエンゲージメント情報ですから、マーケティングフライホイールのコンセプトをイメージしながらオーディエンスビルディングを進めることは理にかなっていると思います。

コンテンツがバズったりニュースになったりして、短期間に何万人かの目に触れても、実はさほどプラスにはなりません。数人の購入・成約に繋がったとしても、企業はいつまでもファネルの上部に人を集め続けなくてはならないでしょう。

それよりも、オーディエンスとのエンゲージメントを高め、メディアやプラットフォーム上での露出の機会やファインダビリティ(見つけやすさ)を向上させ、それによってさらにオーディエンスのサイズを上げていく、というサイクルを意識します。

自分たちをコンテンツとして見る人たちが、またコンテンツの露出の拡大に影響していくところがオーディエンスビルディングによる効果のユニークな点です。

JADE代表取締役 伊東周晃(いとう・のりあき)さん
JADE代表取締役 伊東周晃(いとう・のりあき)さん
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Written by:
BAE編集部