2019.12.05

リテールを中心に加速する、OMO時代の「デジタルサイネージ」の最新動向

リアル店舗での体験価値を高めるメディアの可能性

「デジタルサイネージ」は、電子的な表示機器を使って情報を発信するメディアです。駅の構内で広告的に機能するケースもあれば、公共施設では、インフォメーション的な役割を果たすなど、その利用法はさまざまです。

そんなデジタルサイネージはいま、「IT化が進む小売業において、店舗の機能としての活用が進んでいる」と、一般社団法人デジタルサイネージコンソーシアム 常務理事 江口靖二さんは言います。

その背景や、デジタルサイネージの最新動向などについて、電通テック デザイン&プロダクトファーム部門事業統括 水谷拓志と対談を行いました。

目次

アジアで普及が進む「デジタルサイネージ」

水谷

近年のデジタルサイネージは、省人化・省力化を実現する目的で活用されるケースが増えています。単なる情報提供のためのモニターではないですね。そもそも、デジタルサイネージとは、いつ頃に誕生したものなのでしょうか?

江口

デジタルサイネージの起源は諸説ありますが、1970年代前半、証券会社の株価ボードが電子化されました。それがルーツだと考えています。そこから徐々に利用が拡大し、1999年にはラスベガスに大規模なデジタルサイネージが導入されています。日本でも導入が進み、デジタルサイネージコンソーシアムが設立されたのは2007年のことですが、その少し前から多く見かけるようになった印象があります。

(左)一般社団法人デジタルサイネージコンソーシアム 常務理事 江口靖二さん、(右)電通テック デザイン&プロダクトファーム部門事業統括 水谷拓志
水谷

そうですね。2000年代に入ってから、一気にデジタルサイネージが普及しました。現在の市場規模は、どのくらいなのでしょうか?

江口

はい。市場も拡大していると思うのですが、正確な統計はないので、あくまで私見となりますが、3,000億円以上はあると思います。

水谷

ここ数年、訪日外国人観光客が増加していることもデジタルサイネージの普及に関係していると思います。すでに導入している店舗も多いですね。

江口

インフォメーションパネルは、多言語対応のタッチパネル式のものが増えていますから、インバウンドを意識してデジタルサイネージを活用するケースは増加傾向にあるといえると思います。

水谷

日本だけでなく、デジタルサイネージは現在、アジア全体で活用が広がっています。その理由はどのように捉えていますか?

江口

日本、韓国、中国、シンガポール、どの国もデジタルサイネージをよく見かけます。特に“中国のシリコンバレー”と呼ばれる中国・深セン(センは土へんに川)が進んでいます。商業施設では、巨大なデジタルサイネージが多く設置されるなど、違和感なく街の風景のひとつとしてデジタルサイネージが存在しています。共通しているのは、交通広告のデジタル化です。駅に人が集まり、目に留まりやすい環境がある。リーチ(ターゲットリーチ率)が上がりやすいため、デジタルサイネージとの相性がいいのではないでしょうか。

水谷

たしかに、日本も利用人数の多い駅には、構内にデジタルサイネージが設置されています。

江口

はい。デジタルサイネージは、時間と場所を選んで、ユーザーに情報を届けることができます。「いつ」「どこで」を指定することは、テレビはもちろん、ウェブでもまだ制約は多いですよね。しかしデジタルサイネージなら可能です。駅なら駅に適した、OOH的なプロモーションが展開できる点も、利用が加速している要因のひとつだと考えています。

水谷

駅は、案内板や交通広告など、さまざまな機能が電子化され、デジタルサイネージに置き換わっています。車内のトレインチャンネルもそのひとつですし、今後さらに電子化、IoT化が進みそうですね。

デジタルサイネージは、OMO時代に適したメディア

水谷

近年ですと、リテールの課題である、省人化・省力化を実現するために、デジタルサイネージを店舗の機能として、取り入れるケースが増えていると考えています。

江口

はい。いまデジタルサイネージ利用がいちばん加速しているのは「小売」の分野だと思います。デジタルサイネージは、時間と場所を一致させられる唯一のメディアです。その強みをリテール周りは活かしやすいわけです。

水谷

そうですよね。たとえば食材を購入しに、スーパーを訪れ、そこで牛肉を買おうとしたら、パネルにおすすめのレシピが表示される。最適なユーザーに、最適な場所で、最適なコンテンツを届けることができる。これはデジタルサイネージならではの活用法だと思います。

江口

はい。レシピ動画サイトなどと連携しているケースが多くみられます。これによって、小売店はコンテンツを新たに制作するコストもいりませんし、非常に合理的に消費者へアプローチすることが可能になっています。

水谷

オンラインのコンテンツをオフラインで活用し、購入を促す。OMO(Online Merges with Offline)を具体化する方法として、デジタルサイネージはマッチしていると思います。

江口

そうだと思います。検索主流の現代においては、情報は検索するもので、与えられるものではなくなってきています。そのなかで、「時と場所を選んで情報を届けられる」デジタルサイネージは、消費者の心に届きやすいツールとなっているように感じます。

水谷

相性のよさもあいまって、小売店ではすでに“売場の機能”としてデジタルサイネージが活用され、AIによる顔認証やセンサーと連動し、シームレスかつ正確な情報を届けるメディアになっていますよね。

江口

はい。商業施設でも、デジタルサイネージの強みを活かしているケースがあります。それは飲食店の混雑状況を知らせるインフォメーションパネルとしての活用です。同じ情報はネット上でも見られるのですが、“いま食べたい”と思っている瞬間に、目の前にある飲食店の混雑状況などの情報を得られることは、ユーザーにとっての情報価値が高く、また刺さりやすいため、人が動くという流れになります。

水谷

同様に、「時と場所を選べる」ことを活かした広告も増えているのではないでしょうか?

江口

はい。今年発表された「デジタルサイネージアワード2019」では、渋谷のビルの巨大デジタルサイネージと、ビルの横の信号機を連動させて、忍者が赤信号を盗む、という演出が話題になりました。これも動画だったら、驚きはないですよね。ですが、いま目の前にある信号が盗まれたという状況に、人々は目を丸くしたわけです。

水谷

デジタルサイネージによって、ユーザーの体験価値を生み出したわけですよね。

江口

はい。そこにももちろん、AIやIoTといったテクノロジーが活用されていて、信号が変わるタイミングと映像が同期しているわけです。そんなシーンが突然展開されれば、誰だって驚きますよね。

水谷

リアルと連動させることで広告価値を高める、という発想も面白いですね。

江口

今後、もっと面白い活用例が登場するのではないかと、私自身は期待しています。なぜならクリエーターたちは新しいキャンバスを見つけると、「何ができるだろう?」と考えるのが好きで、チャレンジをしようとするからです。

水谷

電通テックの社内でも、Webや、スマホのアクティビティに加えてデジタルサイネージを活用した立体的なコミュニケーションデザインをやりたい、というクリエーターが多くいます。それほどにいま、デジタルサイネージは可能性にあふれ、“面白い場所”になっているのだと思います。

江口

ええ。それをどう活用していくかは、アイデア次第です。クリエーターたちの発想力によって、デジタルサイネージはさらに設置の場、活用の幅を広げていくと考えています。

今後さらに活用の場を広げる「リテールテック」

水谷

同時に、消費者のニーズも多様化しています。そこにもチャンスがあるように感じました。たとえば、リアルの店頭でスタッフに声をかけられたくないけれど、レコメンドはされたいという生活者が増えています。

江口

それについては、ある実験があります。試着したユーザーに、遠隔地にいるスタイリストがテレビ電話機能を使ってアドバイスをする。しかし「相手の顔が見えると気を使う」という意見が多く、アバターに変えたところ、反響がよくなり、さらに声も人間の音声からロボットに変えたところ、満足度が向上したといいます。

水谷

たしかに、相手がロボットなら、気を使わなくて済みますよね。ただ、ロボットだから生まれる安心感がある一方で、人間による接客だから生まれる安心感もあると思います。場所や状況、顧客のニーズに合わせて、ユーザーフレンドリーな場が実現できると、理想的なのかもしれませんね。

江口

そうですね。同時に日本はいま、人手不足という問題を抱えていますから、その課題解決のために、ロボット活用が進む可能性は十分あるのではないでしょうか。

水谷

最後に。デジタルサイネージといえば、現在は液晶パネルやLED型のものが主流ですが、未来のデジタルサイネージはどのように進化を遂げるとお考えですか?

江口

スマートフォンが電話の概念を変えたように、デジタルサイネージの概念自体が変わる時代も訪れるかもしれません。ひとりひとりがセンサーを持ち歩き、その顧客データに反応するデジタルサイネージの登場なども想像できます。考えればキリがないほど、テクノロジーと融合したことで、デジタルサイネージはいま、無限の可能性を秘めたメディアとなっています。また自動運転が普及し、運転中操作をしなくなって、暇になった人間が何をするか。そこに生まれた時間で映画などのコンテンツを消費したりと、さまざまな選択肢が生まれるでしょうから、「車内のデジタルサイネージ(液晶ディスプレイ)活用」も、大きな市場になるでしょうね。

水谷

デジタルサイネージは、IOT化、ネットワーク化の進展によって次のフェーズに入りました。単に情報を表示するデバイスではなく、生活者の行動を変えていく顧客接点に進化しようとしています。電通テックは特に、リアル店舗のイノベーションを生み出す顧客接点として、デジタルサイネージの可能性を追求していきたいと思います。

水谷拓志

株式会社電通テック デザイン&プロダクトファーム部門事業統括

1990年(株)電通テック入社(当時電通アクティス)
1995年頃からWebを中心としたデジタルコミュニケーションの領域で活動。
(株)電通イーマーケティングワン(現電通デジタル)出向を経て、現在(株)電通テック デザイン&プロダクトファーム部門 事業統括職。

江口靖二

一般社団法人デジタルサイネージコンソーシアム 常務理事

衛星放送局、グルーバルISPを経て、放送領域専業のコンサルティング会社設立に参画。2007年に業界団体である(一社)デジタルサイネージコンソーシアムを設立し、常務理事に就任。(株)ビズライト・テクノロジー取締役を兼務。現在はAIベースのダイナミックDOOHに注力している。

Written by:
BAE編集部