海外で市場が急拡大している「フェムテック(FemTech)」。女性(Female)と技術(Technology)を掛け合わせた造語であり、「テクノロジーで女性のヘルスケアやライフスタイルをサポートしよう」という発想から誕生した、新しい市場を指す言葉でもあります。
欧米ではすでに数多くのフェムテック関連アプリやデバイスが発売されて人気を呼んでいますが、国内ではどう位置付けられ、どのくらい普及しているのでしょうか。市場の現状やポテンシャル、課題などを、国内発のフェムテック関連デバイスの開発を行う、株式会社HERBIO(ハービオ)の田中彩諭理さんに伺いました。
妊活や授乳に役立つアイテムが続々登場
——女性のヘルスケアをテクノロジーで解決する「フェムテック」。現在の海外での市場規模はどのくらいでしょうか。
海外ではベンチャーキャピタルによる投資額が年々増額しており、2025年までに500億ドル(約5兆円)程度に成長すると予測されています。
——市場をリードする欧米では、どのような変遷を辿ってきたのでしょう。
2000年頃から女性向けのヘルスケアアプリが誕生し、サブスクリプションサービスやデバイスへと拡大したようです。シリコンバレーで活躍する女性の取締役やエンジニア、フェムテック関連の起業家が増えてきたことなどが、市場拡大の大きな理由でしょう。
個人差はありますが、女性の心身のコンディションは男性よりもバイオリズムに左右されやすく、妊娠、出産等に代表される男性にはないライフイベントもあります。それらに伴う様々なペインをテクノロジーでサポートしていこうという取り組みが広まっていくのは、ごく自然な流れだと思います。
ここ数年、SNS等を中心に、女性の権利や健康問題についての意見交換が活発化していることも、フェムテックの注目度が上昇した理由の一つだと考えています。
——海外で人気のサービスやデバイスには、どのようなものがありますか。
ドイツ発の生理日管理アプリの「Clue(クルー)」などは、スマホアプリの創成期から人気があります。また、「CORA(コラ)」「LOLA(ローラ)」など、生理用品の定期配送などのサブスクサービスは、米国を中心に大ヒットしています。
買い物が不便な地域に住む人には便利ですし、「CORA」はケニアやインドの女性支援団体と連携して、ボックスが一つ購入される度に金銭的支援などを行なう、といった仕組みもあって、社会貢献を意識する若い世代から支持されています。一見、そうとは見えないシックな商品デザインでも受け入れられているようですね。
ハードウェアでは、「AVA(アバ)」という、妊娠を目指す人向けのトラッキングデバイスや、アンダーウェアの中にセットできる、「Elvie Pump」という小型のウェアラブル搾乳機などがヒットしています。Elvie社はその他に、加齢や出産等によって衰えやすい骨盤底筋を鍛えるデバイスなども展開しています。
どれもデザインやブランディングに力を入れていて、パッケージやUIは非常に洗練されています。「自分の健康を自発的かつ積極的にコントロールしていきたい」と考える今の女性たちに強く響くものを生み出し、話題にしたくなるような新しい価値を提供しているようです。
女性の健康に関わる市場のポテンシャルは大きい
——国内でフェムテックに関するサービスや企業はどのように展開されているのでしょうか。
変遷は海外とあまり変わりません。国内でも、まずアプリを中心として広がり、ここ1~2年の間にサービスが少しずつ増えてきている状況です。まず、2000年から生理日管理アプリ「ルナルナ」が登場して、1,300万DLを達成しています(2019年現在)。その後、ネクストイノベーションといえるネット診察サービスや、低用量ピルのサブスク配送などが誕生して、注目を集めるようになりました。
ハードウェアに関しては国内にはまだ少なく、当社で月経前症候群(PMS)対策や妊活に役立つウェアラブルタイプの基礎体温計を開発中です。メインターゲットは20〜40代の女性ですが、PMSや更年期を含めると、10~50代と幅広い層の健康管理に役立ちます。
その他、診断機器メーカーやヘルスケア企業が近しい展開を模索しているようですし、妊娠中の赤ちゃんの様子をモニターするデバイスなど、ヘルステックやベビーテックにまたがってカテゴライズされるものが順調に伸びてきています。
——フェムテックの国内市場のポテンシャルをどのように考えていますか。
国内で女性の健康に関わるアイテムの市場として最も大きいのが生理用品市場ですが、それのみで年間約1,140億円に上るという媒体の試算があります(参考:週刊粧業 2018年9月24日号)。その他、毎月の体調管理、女性特有のライフイベントや、疾病治療とその予防、また、ダイエットや美容関連なども「フェムテック」との関わりが強いテーマです。
これらのテーマの問題解決やサポートにまつわるテクノロジーだと考えると、日本のフェムテックはまだこれからというフェーズなので、ポテンシャルは大きいといえるのではないでしょうか。
年齢を問わず女性の一生に寄り添うテクノロジーとして、今後さらに必要とされることは間違いないでしょう。
——前述のウェアラブル体温計などを自分の体調管理に役立てることができれば、健康面でのリソースや、ストレスを大きく削減できそうです。
はい。測定の精度や安全性を保ち、データをスマホと簡単に同期させれば、生理予測や妊活以外にもできることが広がります。乳幼児や介護中の方の健康状態もモニターできますし、体温を連続的に計測することでは男女関係なく、睡眠の質の向上やメンタルヘルスの管理にも役立てることができるんですよ。
将来的には、体温計が血圧計や歩数計のように生活に浸透して、多くの人にバイオリズムのバロメーターとして活用してもらえればと考えています。
男女を問わない健康面での取り組みがカギ
——フェムテックが国内でより認知され、活用されるためにクリアすべき課題などはあるでしょうか。
社会全体で女性の健康についての知識や理解が深まり、話し合いのハードルが下がれば、フェムテックも自然と浸透していくと考えています。
日本ではまだまだ、女性の健康や体の問題について神格化したり、タブー視したりといった考え方が残っています。反対に、急進的でメッセージ性の強い意見などが目立つこともありますが、あまり気負わず、「女性も男性も健康管理は大切なミッション」というフラットな目線を保ったほうが、日本社会にはなじみやすいのではないでしょうか。
体温を測ることも、先述の通り男女問わず健康管理にも役立つので、特別視されるようなことではありません。
また、ミレニアル世代の多くは「男らしさ」「女らしさ」にこだわりを持たず、誰もが性差を問わず生き方や暮らし方を自由に選べるという意識が当たり前で、価値観やライフスタイルに関する意見交換などにも抵抗感を持っていませんから、意識は少しずつ良い方向に変化していると思います。
——国内でフェムテックにまつわるサービスがより普及していくために、どのような取り組みが必要でしょうか。
日本女性のライフスタイルやライフステージを汲んだサービスの展開が重要です。海外のサービスやアイテムをそのまま輸入するのではなく、UI、UX、デザイン、サイズ感などは日本的にローカライズされていたほうが受け入れられやすいと思います。
加えて、他ジャンルの企業と協力しながらのサービス展開も推進力になるでしょう。
例えば、基礎体温データを化粧品会社に提供すると体調に合わせた基礎化粧品が届くようになるなど、日本で信頼されているサービスとテクノロジーを掛け合わせるようなイメージです。保険、遠隔治療サービス、フィットネス、スリープテック等との協業にも大きな可能性があると考えています。
今後も、マインド、ビジネスと様々な面で、女性の健康にまつわる前向きなディスカッションが増えて、フェムテックの認知や利用がさらに大きく広がることを期待しています。
ヘルステックの一分野として、海外ではフェムテック市場が拡大しています。日本ではまだ具体的なサービスも少なくこれからという状況ですが、テクノロジーを活用したバイオリズムの把握や体調管理を自身で行うことにより、様々なペインから解放されていけば、その実感から市場が拡がっていくのではないでしょうか。そして、女性に優しいテクノロジーは女性だけでなく、老若男女にも展開できる新たなサービスを生み出しそうです。
- Written by:
- BAE編集部