©円谷プロ
これまでのビジネスや生活様式を変える新常識「ニューノーマル時代」の業界展望をお伝えするこの企画。今回はVR編です。
VR(仮想現実)内で楽しむイベントや交流サイトは、数・規模ともに拡大。特に2020年の春以降は、新型コロナウイルス感染症による影響で高い関心が寄せられています。並行して、リアルとVRを横断し、仕事や買い物をして過ごす「VR市民」の数も順調に拡大してきました。
VR業界の周辺では現在、どのような価値や行動が生まれ、どのような経済が回っているのでしょうか。現状と展望を、世界最大級のVR展示即売会「バーチャルマーケット」を主催するVR法人HIKKYの舟越さんに伺います。
仮想のオフィス空間でのリモートワークを展開
——社会的にリモートワークが推進され、VRでのイベントやMTGも注目を集めていますね。御社そのもののワークスタイルに変化はありましたか。
実は、当社では2年ほど前からリモート出社を推奨しており、7割が在宅で仕事をしていました。今年の春からはさらに、バックオフィス系も含めてほぼ全員がリモートに移行しました。現在は関連会社を含む100人前後がリモートで働いていますが、そもそもやっていたことの延長線上なので、スムーズに稼働できています。
具体的な仕組みとしては、ビデオ通話や音声通話が可能な「Discord(ディスコード)」というアプリを活用して、仮想のオフィス空間を設置しています。
会議やプロジェクトごとの作業、現状報告、雑談などを別々に行えるように設定して、ビデオ、音声、チャットを使い分けて、対話や連絡を行います。勤務中は常時接続。MTG部屋と作業部屋を行き来したり、複数人に雑談を振ったりすることができ、通常のオフィスとほとんど同様に過ごすことが可能です。
VRを含め、クリエーティブが主軸の会社なので、発想やアイデアを得るためにも、情報収集や共有のためにも、細かなコミュニケーションがとれる環境づくりが重要なんです。制作物の確認などはVRChat(VRC)、一部でSlack、外部MTGなどはオンライン会議ツールなども活用します。
VR施策は「あったら良いもの」から「必須のもの」へ
——新型コロナウイルス感染症による自粛等と関連して、VRイベントのニーズは増えていると思いますが、企業からはどのような反応があるでしょうか。
2020年4月29日~5月10日に、VR空間内での大規模な展示即売会「バーチャルマーケット4(Vケット4)」を開催しました。開催と前後して、イベント会社や広告代理店を中心に、クライアントの業種・規模を問わず問い合わせが殺到しています。海外や政府機関等からの問い合わせも増えています。
やはり、新型コロナウイルス感染症の影響でリアルでのイベントやキャンペーンを実施できないことは大きいですね。
去年の秋ごろまでの各社の反応では、VR上の施策は“必須”ではありませんでした。しかし、ここ最近は優先度が急上昇したという感じです。
イベントやキャンペーンを打ちたいけど、人を集めることは不可能で、人々の外出の機会も減っている。WEB上の施策の強化だけでは、他社との差別化や独自の効果は発揮されにくい。結果的に、「それじゃあ、VR上での施策をやりたい、やってみよう」というケースが増えたようです。
ただ、ほとんどの企業が「VRをやってみたいが、どんなコンテンツを発信したらいいかわからない」「何から取り組めばいいのかわからない」といった状況です。現状のVR市場は、インターネット黎明期に似ていますね。
——全体として、特に求められているVRの施策や活用法は何でしょうか。
イベントやキャンペーンだけでなく、VRでモノが売れる「VRコマース」へのニーズも増えています。私たちはリアルとVRを行き来する世界・融合させた世界を「パラリアル」と呼んでいますが、この世界の経済活動はどんどん活発化しています。実際に、VR空間でデジタルデータとリアルなモノの両方が売れるという点には、ぜひ注目して欲しいと思っています。
Vケット4にも、バーチャル店舗でバーチャル店員が接客し、アイテムをECから購入できる仕組みを実装しました。例えば、百貨店のVR店舗では、1万円台のブランドのTシャツ(実物)と、VR内でアバターが着るTシャツ(デジタルデータ)が販売され、どちらも非常に好評でした。百貨店の担当者は「予想の何倍も来店があった」と話していましたね。
——VRでもリアル店舗のような接客が展開できるのでしょうか。
はい。VR上の接客には二つの特性があります。一つは、「リアル店舗のバイヤーやプロショッパーが働くと、そのスキルはVR内でも変わりなく発揮できる」ということです。Vケット4では、アパレルブランドの実店舗の人気スタッフがアバターの姿で接客し、VR店舗内でもユーザーからの人気を集めました。
もう一つの特性は、「空間や条件を超えて、誰もが接客できる」ということです。バーチャルなら病気や障がいで行動が限られる人や、外出が苦手な人なども遠隔で働けます。
どんな人でも自由に働ける機会や可能性が増えるというのは、とても素敵なストーリーですよね。企業の視点で言えば、SDGsの観点からも有効でしょう。
——ちなみに、VRのユーザー層に変化はあるのでしょうか。
今までは若い男性で、ゲームやテクノロジーに関心の強いアーリーアダプターがほとんどでしたが、順調に広がっています。今後提供されるイベントやコンテンツの種類が多様化して、デバイスの使い勝手が良くなれば、女性のファンなども増えていくでしょう。
コロナショックをきっかけに、VRに対するマスの認知や、リモートでのコミュニケーションに関するリテラシーも向上しています。YouTuberなどのインフルエンサーも、SNSや動画サイトでVRの楽しさを日常的に話題にしており、「VRをやってみたい」と考えている潜在数は相当大きいと思います。私たちも、新規ユーザーの参加のハードルを下げるための開発に取り組んでいます。
——VRは、今まで接点のなかった企業とユーザーとのコミュニケーションのきっかけにもなるでしょうか。
そうですね。例えばアパレルなら、普段洋服を買わないタイプの人や、都心の百貨店やショップに通う習慣のない人にも、VRでの接客や演出などをきっかけに、ブランドに興味を持ってもらうといった広がりが期待できます。「今まで消費されなかったものが、VRなら消費される可能性がある」ということです。
「早く安く便利に買う」ならECが断然有利ですが、VRコマースにはショッピングに体験やコミュニケーションを紐づけられるという強い魅力があります。
周知の通り、ショッピングにおける体験価値は重要です。VRで演出や臨場感などを味わい、店員とやり取りをしながら商品を選べれば、今までのネットショッピングとは違った楽しさが味わえるでしょう。面白い体験を伴う買い物は、SNSなどにも投稿・拡散されやすいというメリットもあります。VRコマースなら、リアルとネットのいいとこ取りが可能なんです。
——企業がVRイベントやVRコマースに取り組む際に、重要なポイントは何でしょうか。
何よりも大事なのは、「まずヘッドマウントディスプレイを装着して、VRを体験して欲しい」ということです。実際にVRを楽しまずに参入するようでは、誤解や齟齬の原因になります。一度も外国に行かずにグローバリゼーションを語るようなものですね(笑)。
できれば、VR市民が集まるSNSやVRCなどのコミュニティにも積極的に関わって、実際にノリやトレンドを見聞きして欲しいとも思います。発展途上のVR世界はセンシティブで、ユーザーの感覚も鋭敏です。間違った情報や思い込みを抱えたまま、表面上面白そうなことをやっても、おそらく受け入れてもらえません。「サムい」とか「わかってない」といったユーザーの反応に直結すると思いますね。
Vケット内でテストマーケティングやキャンペーンにトライして、感覚をつかんでもらう方法もあるでしょう。先述の通り、「何からやればいいのかわからない」という企業は多いと思いますが、「これで困っている」「こういうことをやってみたい」という課題感や希望を率直に話して欲しいですね。
VR上では予算と工期さえあれば3Dモデルやモーションの配布、テストドライブ体験、フォトブースの設置、動画の視聴など、非常に様々な仕掛けが可能です。加えて、我々にはVRでの集客実績やノウハウがあります。でも、各商材や業種ごとのPRに詳しいかと聞かれたら残念ながらそうではありません。課題感やノウハウを共有して、お互いの役割を分担しながら進められればベストでしょう。
もちろん、新規のイベントを立ち上げることもできますが、Vケットはすでに何十万人も人が集まるフラッグシップに成長していますから、ぜひ我々の力を活用して欲しいと思います。
アフターコロナで拡大するVR世界の経済活動のポイント
——今後のVR市場の未来を読み解く上で、注目すべきポイントはどこでしょうか。
例えば、現状のVRコマースでは、自分が着るものや、アバターの見た目をより自分好みに近づけるための3Dモデルなど、コミュニケーションに関わるもの、自己表現に繋がるものがよく売れています。
私たちとしては、VRコマースで購入したデジタルデータを他のSNSでも使えるように連携させることで、購入品の価値を拡張させるための取り組みなどを増やしていこうと考えています。
より使い勝手のいいデバイスの普及や、コンテンツの多様化と並行して市場にマスが流れ込んでくれば、食品や生活用品など恒久的なニーズがあるものもどんどん売れるようになるでしょう。
すでに、様々な企業がVR関連の事業展開に乗り出し始めており、遠からずバブルのようなVRブームの状態がやってきます。バブルが収束しても、一部の企業が素晴らしい成果を出し、再び注目されるはずです。その繰り返しが、短い期間に何度か起こるのではないかと予想しています。
音楽のような文化や趣味の面や、医療や教育など、生活に必要不可欠な分野での活用も増えるでしょう。私たちも、この部分には率先して投資していこうと思っています。
細かいところでは、家族や恋人など身近な人とのVRコミュニケーションを可能にするサービスやソリューション、VR機器を持つ人と持たない人を同期させるサービスなどに対するニーズが増えるでしょう。自転車等の器具を使ったVRトレーニングゲームやスポーツも、一部で伸びていくのではないかと思います。
VR展示会についても、各企業からの投資額が昨年に比べて10倍以上増えており、成長は確実です。私たちもより「便利だな」と感じてもらえるよう、VRやARによる表現方法や、仕組みなどを増やしていきたいですね。
また、VRで何かするというスキルは非常に独特で、現状、技術者の数は圧倒的に足りていません。特にこれまでのVR業界を牽引してきたGEEKたちの技術的な総合力や情報感度は非常に高く、今後その価値は跳ね上がるはずです。今後は普通の方法での獲得や採用は難しくなると思いますし、投資家や企業には彼らをどんどん応援して欲しいと思います。
——GAFAMもVRやARを活用した“メタバース”と呼ばれる仮想ワールドの展開に本格的に乗り出してきました。
これからのソーシャル・ディスタンス時代に、VRを活用したコミュニケーションはさらに必須のものになっていきます。他者とのコミュニケーションは、誰もが一生必要とする、最大のコンテンツですから。
もちろん、VRにはリアルにはかなわない部分もありますが、リアルでは絶対にできないこともできます。だからこそ、両方の利点を発揮できるパラリアルにはまだまだ大きな可能性があります。
ここ最近だけでもVRへの認知はぐっと広がり、どういうニーズがあるかということも明らかになってきました。私たちも、VRコンテンツを提供し続けることで、VR文化とVRクリエーターの発展と貢献に力を尽くしたいと思っています。
コロナショックをきっかけに、必要度が増しているVR世界。イベント、キャンペーン、PR・広告、VRコマースなど、どれも大きく躍進し、ユーザーとの新たなコミュニケーションを実現しています。
特に、遠隔からでもユーザーに体験価値を提供できることは、ソーシャル・ディスタンス時代においても、企業やブランドの認知向上やファンづくりを成功させるための新しい方法の一つとして定着しそうです。
- Written by:
- BAE編集部