2019.04.19

訪日外国人への施策・PRは国籍の選択と継続性がカギ インバウンドレポート【後編】

「外国人観光客」と一括りにしない細かな具体策を

ビッグデータなどを活用しながら、インバウンドの集客に成功している自治体や企業があります。それらの施策からは、どのような気づきを得られるでしょうか。また、訪日外国人向けのPRに、トレンドなどはあるのでしょうか。2019年2月に「インバウンドレポート2018」(※)を発表した、株式会社ナイトレイの大橋さん、淡路さん、梶谷さんにお話を伺いました。
※「インバウンドレポート2018年1月~12月 RJCリサーチ×ナイトレイ共同調査レポート」

※前編、訪日外国人の最新動向から見る“求められる日本”とは? インバウンドレポート【前編】はコチラ

目次

ブログやSNSによるPRは“国別の傾向”を重視する

——訪日外国人向けのPRは変化しているようですが、近年はどのようなことがトレンドでしょうか。

大橋

多くの企業や自治体が、「旅マエ(旅行検討、旅計画、予約)」「旅ナカ(情報収集、観光、買い物)」「旅アト」のすべてのシーンでデジタルマーケティングを導入しています。動画メディアやインフルエンサーを活用した「旅マエ」のプロモーション、ロケーションデータをベースにした「旅ナカ」への無料配布型広告配信など、新しいPR手法への注目度も高まっています。

近年のインバウンドプロモーションの変化
近年のインバウンドプロモーションの変化
大橋

観光庁の調査では、「旅マエ」に訪日客全体の30%以上が個人のブログ、20%以上がSNSをもとに情報収集をしており、特に中国、台湾、香港などはその率が高いことが分かっています。また、中国ではWeiboやTudou、欧米やアジア圏ではFacebookやInstagram、YouTubeと、視聴するメディアも異なります。

訪日旅行に関する情報収集方法、国ごとの特色
情報収集の手法は多様化している
大橋

インバウンドへのPRや施策を検討する際は、なるべく集客を強化したい国を絞り込み、図のように国別に最適化したほうが効果は得やすいでしょう。インフルエンサーマーケティングを行う場合にも、国ごとに情報源が異なるので、ターゲットの国の人々が、どんなブログやSNSを活用しているか、といったことを踏まえたほうが効果的です。

例えば、ここ数年の訪問先として人気が高い世界遺産の白川郷(岐阜県)では、数年前からインフルエンサーマーケティングに力を入れており、特定の国のインフルエンサーを招待して、記事を書いてもらうといった施策を行っています。訪日客のゴールデンルートは「東京に来て、関西に移動する」と言われ、岐阜県は通常なら素通りされてしまいますが、白川郷はわざわざ観光客に足を向けてもらうことに成功しているということです。

白川郷の写真はSNSでも常に広く拡散されている。中でも眺望のよい天守閣展望台からの写真が多く、「自分も撮りたい」と思わせたことは注目の大きなきっかけに

——成功するためにはまず、どのような課題に取り組むべきでしょうか。

大橋

大前提としては、訪日外国人に合わせた受け入れ体制の見直しが必要です。受け入れ側の条件等はさまざまですが、キャッシュレス決済の導入、Wi-Fiの整備、多言語対応など、どれに優先してコストをかけるかなどは確実に検討すべき点でしょう。

日本で困ったこと、受入体制構築の例
訪日外国人に合わせた柔軟な受け入れ体制の構築が必要
大橋

白川郷しかり、実際に成功している自治体や企業の施策を見ると、まず「自分たちの観光資源が、どの国籍のどんなニーズに当てはまるか」という現状把握の分析を行っていますね。

淡路

PRに関しては、「旅ナカ」「旅アト」にも注目しながら、データ収集の整備を進めることも重要です。呼び込みたい国の人々がどの時間帯に、どこへ行き、何をしたか、等を把握できれば、次の手を的確に打てるようになります。「旅アト」に関しても同様で、クチコミやアンケートから得た感想や不満などを吸収し、PDCAを回せると効果的でしょう。
実際にターゲット国でのヒアリングや展示会への出展を行い、現地の意見を集める企業などもあります。生の意見もデータ同様に重要ですから。

そして、意外と見逃しがちなのが「インバウンド施策は一度で終わりにしない」ことです。来る人も市場も変化するので、継続的な取り組みではなく、予算が余った分だけデータをとろうとか、一度のアンケートに一喜一憂する、というだけでは、コストをかけても価値は得にくいでしょう。

各自治体ごとに地域連携や交通整備などの強化を


 

——インバウンドの集客施策を立てている地方自治体の取り組みなどについて教えてください。

淡路

参考になる事例として、大阪観光局と宮城県の施策があります。

大阪観光局による現状把握と施策
大阪観光局による現状把握と施策
淡路

大阪は国別だけではなく、夜の時間を意識した取り組みをしています。夜の動向について、ビッグデータを活用して解析し、外国人と日本人の動向と、大阪と東京のナイトタイムの環境を比較して、現状把握に役立てたようです。現在も「訪日外国人が楽しめる都市づくり」に力を入れていますね。大阪に限りませんが、現状では夜に出かけたくても出かける先が少ないようです。人気があるのは、ホテルのバーや、英国風のパブくらいでしょうか。

一般社団法人「宮城県インバウンドDMO」による現状把握と施策
梶谷

他にも、2017年に宮城県は県南への外国人旅行客の誘致に取り組む一般社団法人による、インバウンド集客の強化のための試みがありました。
まず、SNS解析データ等を活用した実績把握を行い、訪日客の移動の流れを分析しました。次に、対面調査やアンケートを実施して、訪日客の46%が台湾の人々、28%が中国の人々であることを明らかにしたそうです。
また、台湾人観光客の多くがリピーターで、個人客であることや、訪日に成田・羽田空港を利用していることなどもわかり、結果を踏まえた情報発信やPRの実施、交通・周遊ルートの改善といった地域連携・協議等の施策を強めています。
※参考:「宮城県南における外国人旅行客の傾向レポート2017」(2018年・一般社団法人宮城インバウンドDMO)

――ターゲット層の追究はもちろん、周辺との連携もポイントですね。

梶谷

はい。目的の場所だけではなく、周辺にも魅力的なスポットが複数あり、交通の便も良ければ旅先として選定してもらいやすく、訪日後もあちこちに寄ってもらいやすい、と、さまざまな点で有利でしょう。

大橋正治さん、淡路誠さん、梶谷麻佑子さん
左から、株式会社ナイトレイ データコンサルティング部 部長 大橋正治(おおはし・まさはる)さん、同社データコンサルティング部 淡路 誠(あわじ・まこと)さん、梶谷麻佑子(かじたに・まゆこ)さん
大橋

施策全体について整理すると、「インバウンド」と一括りにしたり、やみくもに取り組むのではなく、実績の把握や要因分析を重視することが大切です。ターゲット国の選択や、集中した施策を検討した上で、動画メディアやインフルエンサーなど、従来よりも多様なメディアを活用するべきでしょう。

個人旅行客に対応したインフラ整備や多言語化など、受け入れ側の環境を整えることや、「モノ消費」だけではなく、日本らしい体験など「コト消費」の充実をはかること、訪日人数だけでなく消費額にも注目すること、なども、今後より重要性を増していくと考えられます。

滞在日数や消費金額のアップも今後の市場拡大のポイント

――今後のインバウンド市場の展望をもう少し詳しくお聞かせください。

淡路

滞在日数の増加につながる施策は、インバウンド経済全体の視点から見ても重要です。今後のインバウンドエコノミーの伸びを支えるのは、訪日外国人数やショッピングの金額の増減だけではなく、リピーターの数や行動範囲の拡充と、滞在日数の延長などもポイントになってくるでしょう。

実際に、高知県や埼玉県などでは宿泊日数が少ないものの、他県に比べて消費額が多く、飲食、買い物ともに、コト消費が貢献しているものと予測できます。理由は、埼玉県ではホテル等ではなく知人宅などへ長く滞在するケースがあり、消費金額が自然と多くなる、ということなどがあるようです。高知県は、一人当たりの消費金額が高いようで、特に2016年以降、富裕層の取り込みに成功しているようです。
反対に、奈良県や山梨県は、訪問率のわりに消費金額が少なく、分析や検討が充分ではないことが考えられます。これは、両県とも観光資源は豊富でありながら、日帰りの観光客がメインとなっているためです。宿泊数の増加やナイトタイムの消費を促す施策を検討すべきでしょう。

大橋

今後の消費拡大のポイントの一つは、欧州の富裕層によるバカンス需要でしょうか。遠い国に住む人々に、長く滞在する先として選んでもらえれば、使ってもらう金額が増えます。2017年の訪日人数のTOP4は中国、韓国、台湾、香港(※)ですが、これらの国は地理的に近く、日本での滞在も短期であることがほとんどです。
観光庁の指標別データを見ても、国籍別旅行消費額から見ると中国、台湾、韓国、香港、米国の順に多いとされていますが、一人当たりの旅行支出の多さから見ると、中国の次がオーストラリア、イギリス、スペイン、フランスの順です。
(※)観光庁調べ

梶谷

2018年の観光庁による訪日外国人旅行消費額の速報値は4.5兆円に上り、市場全体については、今後ますますの伸びが期待されます。
上場企業のマーケティング費用の比率が平均して売上高の10%だと試算すると、観光事業者はもちろん、それに対応するインバウンドソリューション企業等の市場についても、さらなる資金の流入が予想されているのです。

インバウンドソリューションカオスマップ(2018年下半期版 Ver.2018/10/5)
ナイトレイが各社ホームページやリリースをもとに独自に分類した「インバウンドソリューション企業カオスマップ(2018年下期版 Ver.2018/10/5)」。すべての企業を含むわけではないが、業種の幅広さや各社の取り組みがつかめる

――インバウンドソリューション企業はどのような動きがありそうですか。

梶谷

具体的には、データの提供やコンサルティング、広告、メディア、決済、人材、イベント運営、SNS運営、WEBサイト制作、民泊、シェアエコなどですが、私たちの試算では、自治体や政府からの予算も含めると、今後5,000億円規模以上になると推測しており、BtoB市場も着実に成長していくでしょう。

淡路

中でも、訪日外国人の動向を把握するデータや解析ツールの提供を行う企業は今後も増えるでしょう。並行して、データをいかに効果的なアクションにつなげられるかについても、より重要視されていくと考えています。データの解析、収集から活用方法、施策への落とし込みまでワンストップで提供できる企業が伸びていくはずです。


各国からの観光客を“インバウンド“とひとくくりにはせず、観光資源と相性のよい国籍の選定や、その国の人々が参考にするSNSやサイトまでを絞り込んだ丁寧なPR手法が効果を上げています。
また、今後のインバウンド経済全体の拡大の方向性については、訪日客数の増加等だけではなく、滞在日数の拡大や、欧州などの富裕層に対する誘致策などに対しても、目を向けておく必要がありそうです。 ※ 本記事中のグラフ等は「インバウンド業界レポート2018年下半期版(株式会社ナイトレイ)」による。

Written by:
BAE編集部