2020.08.21

企業と働く人とのコミュニケーションを結ぶ「メンタルヘルステック」の可能性

ニューノーマル時代を知る メンタルヘルステック編

これまでのビジネスや生活様式を変える新常識「ニューノーマル時代」の業界展望をお伝えするこの企画。今回はITで心身のヘルスケアを支える“メンタルヘルステック”編です。
新型コロナウィルス感染症(以下、新型コロナ)対策を機に、リモートワークを視野に入れた社内コミュニケーションの充実や、健康的な働き方を考えるためのサービスへの需要が高まっています。中でも頭角を現し始めているのが、この「メンタルヘルステック」ですが、人と企業との健康力アップに、どのように貢献する分野なのでしょうか。
企業の健康経営をITでサポートする、株式会社メンタルヘルステクノロジーズの刀禰さんにお話を伺いました。

目次

心理的安全性を担保することで、働く人の安定をはかる

——メンタルケアを中心に、働く人々の健康管理を目的としたIT活用が進んでいます。「メンタルヘルステック」とも呼ばれる分野ですが、どのような内容でしょうか。

明確な定義やルールは設けられていませんが、メディア等ではヘルステック(ヘルスケア×テクノロジー)の一分野として位置づけられています。
源流は米国で20年以上前に登場した、企業による従業員のメンタルヘルスケア支援プログラム「EAP(Employee Assistance Program)」にあると考えられ、カウンセリングによる心のケアが一般にも普及している海外には巨大な市場が存在します。
国内市場は200~300億円規模と想定されますが、2014年の労働安全衛生法の改正によるストレスチェックの義務化などの影響もあって大企業を中心に普及し始め、市場は拡大基調です。

——どのようなサービスやソリューションがあるのでしょうか。

グローバルを中心に、カウンセラーやセラピストとのマッチングサービスやオンラインカウンセリングのプラットフォーム、社会孤立や孤独に対処するコミュニティと人とを繋ぐサービス、脳波センサーやARやVRを活用してマインドフルネスやセルフケアをサポートするサービス、アンケートやモニター等で社員のストレス状況を可視化するサービスなどがあります。

私たちの場合は、厚生労働省の提唱する「4つのケア」を元に、IT化を進めたサービスを、企業向けに展開しています。
具体的には、独自のアルゴリズムを起点に、メンタルヘルスのリスクが高いスタッフを診断するシステムや、職場におけるメンタルヘルス研修・リテラシー向上に関連するソリューション、また、精神科、産婦人科、小児科などと連携したオンライン相談窓口などを提供しています。

4つのケアの実行を目標に、IT化によって費用を抑え、利用者が使いやすい形でのメンタルヘルスケアのクラウドサービスを提供する

海外のメンタルヘルスケアサービスは、冒頭で述べた通りカウンセリングに近い内容のものが多く普及しています。
国内にも、メンタルの状態をウォッチしたり、記録したりといったツールやアプリなどがto Bでもto Cでも存在しますが、医学的な知見や解決策と連動するものや、一貫したソリューションとして提供されているサービスは少ないようです。
ユーザーははっきりとした効果が見えにくいサービスにはコストをかけにくい傾向にあるといった理由もあり、to Cでのビジネスはやや苦戦しているようですね。

米国ではチャットでの相談やパーソナライズされたケアを提供する Meru Health社、キャリアデザインやコーチングを含めた Modern Health社等の企業が注目されている

——カウンセリングや臨床医との連携に通じているサービスかどうかが、企業がメンタルヘルステックを活用する上でのポイントになってくるでしょうか。

そうですね。メンタルヘルステックの主軸は、従業員のパフォーマンスを保ち、気持ちよく働いてもらうために活用するものですから、メンタル面のトラブルにしっかりと対応でき、利用者の心理的な安全性をきちんと担保できる内容であることは重要でしょう。

リモートワーク下でのヘルスケアや意識づけに寄与する

——メンタルヘルステックの具体的なメリットと、活用すべき理由について教えてください。

企業と社員とのコミュニケーションを良好に保ち、安定化と成長をはかるために役立ちます。 課題感や状況は、組織のサイズによって変化し、増加します。組織の人数が増えるほど、コミュニケーションが複雑化して人と人との軋轢が生じやすいため、ヘルスケア・メンタルケアへのアクションが不可欠なのです。

従業員人数が増えるほど、企業内の課題も増加。3000人以上でのケアは必須。情報の氾濫や世代間のギャップの拡大といった環境や社会的な背景も体調を崩す人を増やす要因に

厚生労働省の調査によると、メンタルヘルス不調によって1カ月以上休業した労働者がいた事業所の割合は6.7%、退職者がいた事業所は5.8%に上ります(※)。年齢等もあまり関係がないこともわかっています。
※平成30年 労働安全衛生調査による(派遣労働者を含まず)

——まず企業側が、メンタルケアやコミュニケーションに対する意識を高める必要があるということでしょうか。

その通りです。メンタルケアの概念を社内に浸透させ、「体調がすぐれない」という時点で気軽に相談できる仕組みを用意すれば、初期段階でのフォローが可能になるでしょう。

メンタルヘルステクノロジーズが提供するサービスの一例。電話、オンライン、チェック、研修等、バリエーションを設けることで確実な利用に繋げる

企業側には、働き手の間に世代間やポジションによる認識不足・理解不足などが存在することも自覚してもらう必要があると思います。
例えば、優秀な管理職ほど、「誰でも自分と同じように働けて、成長できる」という固定観念があり、モチベーションが上がらないスタッフの気持ちが分からなかったりすることがあります。
しかし、誰でも心身のバランスを崩す可能性を持っていますし、組織自体にもある時は業績が上がり、ある時はダウンサイズするなど、波や谷があるでしょう。人も組織も、なるべく平均的な状態を保つことでパフォーマンスを安定させ、全体の良好性に繋げていくという考え方を持つことが重要です。

実際に、国内の数千人規模の優れた企業の多くは、社長や取締役自体のヘルスケアに対する意識が高く、研修・現場へのメンタルヘルステックの導入も早いという特徴が見られます。CEOの直下などに特別なヘルスケアの部署を設ける企業もあり、重要性が認知されていると感じますね。

株式会社メンタルヘルステクノロジーズ 代表 刀禰真之介(とね・しんのすけ)さん
株式会社メンタルヘルステクノロジーズ 代表取締役社長 刀禰真之介(とね・しんのすけ)さん

——昨今のコロナ禍におけるリモートワークの増加に伴って、「従業員の様子が見えない」「コミュニケーションが取れない」といった問題も増えているでしょうか。

そうですね。コミュニケーションの問題のほか、
・社会的な情報流通量の氾濫
・世代間などのコミュニケーションギャップの増大
・単純作業の減少
・プレイングマネージャーの増加(多すぎる仕事と責任)
・就業に関わるコンプライアンスやリテラシー、知識の不足
これらの要因が、積極的なヘルスケアを必要とする人の増加に繋がりますが、最近になって「コロナによる影響」もここに加わったと考えられます。

リモートワーク下ではコミュニケーションやマネジメントの問題も拡大しがちですし、そもそも個人が抱えているモチベーションやメンタルの問題などが顕在化してくる傾向にもあるようですね。

——企業側としては、どのような対策が必要でしょうか。

セルフケアや、自宅での就業環境の見直しを促すこと、また、リモートワーク下での基本姿勢の確認、ルール作り、マネジメントのコツなどをはっきりと社内に共有することが望ましいと思います。

物理的なオフィスの中では、コミュニケーションやミーティングのやり方、バックオフィスの受付などがルール化され、デスクや照明、休憩室など、職場環境も整えられていますが、リモート下ではこれを自宅等で意識的に行ってもらう必要があります。
また、リモート下ではナレッジが日々進化しており、ツールの習熟度は人それぞれ、スクラム体制も未確立、人情が通じにくい、という状態が多いため、現状での細かなルールなどを企業側が明示して、評価なども一旦確実に数値化するといった工夫が必要だと思います。

メンタルヘルステクノロジーズがまとめた、リモートワーク下での企業のルール作りや取り組みの例

——リモート下では、企業と従業員間だけではなく、従業員と顧客等の間のコミュニケーションにおいてもサポートなどが必要になってくるでしょうか。

そういう意味では二極化すると考えていて、わかりやすい例で言うと、まず営業などは「売れる人/売れない人」にはっきりと分かれる傾向にあるようです。商材による例外もありますが、現状リモート下では能力や向き不向きによる格差が表れやすいようですね。
そういう傾向に陥った場合、「今まで通りの成果に繋がらずに落ち込む人のモチベーションをどう保つか」とか、「より作業を細分化する必要があるか」といった課題のための、新たな取り組みは確実に必要になってくると思います。

年齢とともに健康上のトラブルは増えやすくもなりますから、若い企業もヘルスケアに関しては先行投資が望ましいでしょう。
ただ、「リモートの影響で可処分時間や家族との交流が増えた」とか、「オンラインでより気軽な健康相談が可能になった」などのポジティブな側面も多いので、悲観せずに現状をよく見ていく必要があると思います。

カウンセリングのニーズは国内でも拡大する見込み

——今後のメンタルヘルステック市場のポテンシャルをどのようにご覧になっていますか。内容的にも、テクノロジーの介入によってより進化していくでしょうか。

市場を語る上では、国内・グローバルを含めたカウンセリングに対するニーズの増大に目を向けることが重要だと考えています。
国内には「占いに恋愛相談をする」「精神科にメンタル面のトラブルを相談する」等の関連ニーズがありますが、今後はより日常的に、「専門家に仕事や人間関係の相談をして、科学的な解を得たい」というインサイトが顕在化してくるでしょう。

ただ、海外のようにそのために個人がお金を払うという流れが生じるのはまだ先でしょうから、やはり企業の福利厚生の一環としての導入など、to Bが市場拡大を牽引していくと考えています。社会的にメンタルヘルスの重要性に対する理解も進んでいますし、今後数千億円規模には成長するのではないでしょうか。フィジカル面でも、ウェアラブルセンサーなどを活用して、個人の健康状態をモニターするヘルステック等への需要が増えてきています。

また、これはマーケットとテクノロジーの両方に関わる話ですが、休職者の職場復帰へのサポートを行う技術などに対するニーズも増えていくと思います。
心身のバランスを崩したが回復し、医者から見るともう治療は必要ない。しかし、企業側や本人から見ると、今まで通りの量やスピードの仕事に復帰できるか心配だという、“グレーゾーン”に当てはまる潜在的な人の層は、国内だけでも数万人規模に上ります。
例えばこういった人々を、XRによる回復プログラムや、遠隔セラピーなどのテクノロジーを投じることで、より効果的に支援するといったことも今後可能になってくるでしょう。海外では、すでにユニークで効果的なプロダクトがいくつかあるようです。

社会不安障害やストレス障害に対応するVRプラットフォームを開発する、スペインの「Psious(サイアス)」
ウェアラブル機器によって、必要な人にニューロモデレーション(神経調節)療法を施すソリューションを開発する、韓国の「Ybrain(ワイブレイン)」

——ヘルステックやフェムテック等にまたがる部分にも、より可能性が広がっていくでしょうか。

その通りだと思います。赤ちゃんの健康や生活をサポートするベビーテックなどとも近いと思いますが、メンタルを左右するストレスや感情、モチベーションといった“目に見えないもの”をテクノロジーの力でサポートしていくという取り組みは増えていくと思います。
また、心の健康はフィジカル面での健康増進はもちろん、フィットネスや美容とも大きく重なる分野です。私たちも幅広い視点を保つことで、企業と人との健康に寄与するために有効なアプローチを増やしていきたいと考えています。


ウェアラブルデバイス等の進化によって健康状態を可視化する取り組みが増えているように、感情、ストレス、モチベーションといった目に見えないメンタル面の悩みや課題をテクノロジーで解決に導くという分野も、今後確実に伸びていくでしょう。個人のセルフケアなどに対するサービスはもちろん、スタッフのヘルスケア全般を課題とする企業側をサポートするサービスがより求められていきそうです。

Written by:
BAE編集部