日に日に、技術の進化を遂げているAI(人工知能)。教育、医療、HR、農業などの様々な分野で活用され、いまや私たちの暮らしにとって身近なものになりつつあります。そんな状況の中、マーケティングに欠かせない人間の表情や声などから感情を読み取り解析する、「感情分析AI」の技術が注目されています。今回は、AIを利用してテキストから感情を分析するサービスを提供する株式会社CINCの平大志朗氏に、市場動向やビジネスへの活用方法など、「感情分析AI」の現状と可能性についてお話を伺いました。
感情分析を加速化する技術革新とビッグデータの集積
——いま、なぜ感情分析技術が注目されているのでしょうか。
背景として、2つの要因があると思います。1つは、AI技術の進歩とクラウドの登場によって、AIがより安価に研究開発できる土壌ができたこと。そして2つ目は、感情のデータが集まりやすくなっているということです。現代は、SNSなどを使って多くの人が感情を発信できるようになり、分析できる感情データ、つまりAIの学習データである「教師データ」が膨大に存在します。これら2つの状況によって、感情分析技術を使える環境が整ってきたということが、近年の盛り上がりの背景にあるのではないかと考えています。
——AIによる感情分析技術は、海外の方が進んでいると聞きますが、実際はいかがでしょうか。
感情分析技術ではアメリカやイスラエル、中国が圧倒的に先行していますが、「言語から感情を読み取る」という分野では状況が全然違ってきます。日本語は表現が非常に豊かで、文脈から意味を察するコミュニケーションを必要とする言語なので、分析が本当に難しいといわれています。実際に、AIに関するトップレベルの会社、GoogleのGoogle Cloud PlatformやAmazonのAWSなどが、日本語の感情解析APIを提供していますが、私たちが求めている精度、ニュアンスという所まで判断ができていない状況のようです。世界レベルの会社でも、日本語は障壁が高いというイメージがあります。
国内については、大手の日立製作所をはじめ、いろいろな会社がトライしている状況で、かなり激戦区の領域だといえます。それくらい、感情を読み取るという技術は可能性があるものなのだと思います。
——御社が開発された「感情分析AI」は、どのような技術なのでしょうか。
AIが、SNS、主にTwitterのテキストを読み込み、機械学習によって人間の持つ「怒り」「恐れ」「喜び」「好き」「悲しみ」「中立」という6つの感情に分類します。そして、分類結果をグラフ化して、このテキストはどういう感情によって発せられたものなのかを判定します。
——御社の技術は、旧来のテキストによる感情分析AIとはどのように違うのでしょうか。
1つは、単語ベースかそうでないかの違いです。例えば、「~が嫌い」といったらネガティブ、「~が好き」ならポジティブというように、旧来のものは基本的に、単語ベースで感情を判断していました。私たちも開発時、そうした旧来の方法でやろうとも考えましたが、その方法だとうまく判断ができないということが分かったんです。
——なぜ、単語ベースだと難しいのでしょうか。
日本語は、表現が非常に豊かな言語です。例えば、「これ、おいしくない」という言葉と、「これ、おいしくない?」という言葉。これらはまったく同じ文章ですが、それぞれネガティブ、ポジティブに聞こえる言葉です。前者は「まずい」、後者については「おいしいよね?」と同意を求める意味で使われます。文言は同じでも、文末のニュアンスが違うだけでまったく感情が変わるため、旧来の単語ベースの自然言語処理の方法では正しく判断ができませんでした。そこで、分析対象を「テキスト」としたんです。
2つ目は、人によって捉え方がまったく異なってくる表現をどう処理するか。AIはゼロから学ぶことはできず、人間と同じように、「教師データ」という親となるデータが教えていかなければならないため、人間でも判断できない表現に対応するため、「中立」という指標を取り入れました。この点も、弊社の技術の特異点だと思います。
——感情分析の精度については、どれぐらいだといえそうでしょうか。
難しい所ですが、現状、小学生低学年のお子さんと同じくらいの感情判定精度があると考えます。ですが、現行レベルでいう、マーケティングに必要な感情分析ができるレベルは、ほぼ満たせている精度ではないかと思いますし、基本的にAIは学習させた量によって進化していくので、今後、精度はどんどん高まっていくと思います。
SNSから読み取れるポジ・ネガの感情を活用
——マーケティングではどのように「感情分析AI」を活用できるのでしょうか。具体事例を教えていただけないでしょうか。
昨秋頃からトレンドが下がってきたタピオカを再び盛り上げるため、Twitterの投稿を感情分析して施策を検討した事例があります。最初に、タピオカの関連キーワードを分析した所、「タピオカ」の下降推移に反して、「ホットタピオカ」は上昇傾向が見られました。そこで、ホットタピオカに関してはまだ需要があると考え、ホットタピオカにまつわる感情にはどういうものがあるのかを分析しました。
まず、ポジティブなツイートを調べると、「もちもち食感」「もっちりとしてて、おいしかった」など、アイスタピオカとは違う新食感で、非常によかったというポジティブな感情が分かってきました。逆に、ネガティブなツイートは、「アツアツのホットタピオカをストローで飲むなんて、大丈夫なのか」「火傷をしそう」など、味、食感に対する言及より、「火傷をしそう、危なそう」ということばかりが出てきたんですね。基本的に、ホットタピオカの市場の中で、「新食感、ホットでもイケる」というポジティブな声は、実際に飲んだ方が発していて、ネガティブな発信は、知っているけど試したことがない方の声でした。
つまり、ホットタピオカは、一度試したら味や食感に好印象を持ってもらえるというのが分析から分かってきたんです。そこで、まだ試していない方向けに、「実は、こういう飲み方があるんです」というアプローチで、ホットタピオカを一回体験してもらうことが、1つの施策として考えられると思います。また、トレンドは過ぎたと思っている人に対しては、「もちもちの新食感で、夏に飲んだタピオカと全然違う」というポジティブな感情を訴求として伝えれば、もう一回タピオカを試してみたいという新しいニーズを創出することができます。
このようにSNSのビッグデータを基に、AI分析で得られたポジ・ネガの要素を使うことで、どういう切り口で訴求ができるかを判断できるのが、「感情分析AI」をマーケティングに活用する方法の一例だと思います。
動画時代における「感情分析AI」の未来
——SNS以外でも感情分析AIは活用できそうでしょうか。
例えば、評価サイトやECサイトのレビューなどの口コミを分析して商品開発に生かしたり、イベントで回収したアンケートを分析したり、といった活用も考えられるでしょう。また、AIによる分析の一番の特長は、膨大な量のデータでもいわゆる人間が見落してしまうパターンをちゃんともれなく抽出できるという点です。お客様とメールなどで会話している際、文面ではなかなか分かりづらい、相手側がちょっとつまらなそうにしている、怒っているという感情の機微を過去の学習から分析して、導き出すこともできそうです。
——プロモーション、マーケティング的観点以外で「感情分析AI」の活用方法はありますでしょうか。
人材採用の分野で活用できそうです。いまSNSを通じて直接仕事を探している方が多く、採用経路がこれまでと変わってきている中で、求職者がどんな人かを知りたいというエージェンシー側の要望が高まっています。SNSなどのビッグデータから、AIを使って採用ターゲットの特性や興味を分析して、採用の方法論を編み出したいという要望にも感情分析AIはお応えできると思います。
また、社員の日報を解析し、抱えている不安など潜在的な感情を読みとくなど、雇用面での活用もできるのではないかと思います。実際、シンガポールなど海外では、日報や社内掲示板から退職リスクのある人を解析するというシステムが実用化されています。
——「感情分析AI」のこれからの展望について、お聞かせください。
弊社のテキストによる感情分析AIについては、AIに学習させて、技術をもっと進化させ、より複雑な感情の読み取り精度を上げていくことで、さらにサービスの幅を広げていけるのではないかと考えています。また今日、TikTokやVoicyなどの動画・音声コンテンツもいろいろ出てきているので、テキストだけではなく、画像や音声などの他の感情分析技術と組み合わせることでも、さらなる可能性が見えてくるのではないかと思います。
その点でいうと、いま私たちが一番注目しているのはYouTubeです。消費者行動に非常に大きな影響力を持っているメディアなので、例えば企業の新製品発表の記者会見のライブ配信で、視聴者から寄せられたコメントを分析し、リアルタイムで感情の流れを読み取ることで、スピーチの内容をアレンジしたり、演出を変えたり、次回の会見の改善に生かしたりすることもできそうです。
顧客理解の大きなポイントとなるのが、SNSに投稿される一般生活者たちの発言。今回取材したようなテキストの感情分析技術は、SNS上の膨大なデータを分析する上で、大きな手助けとなりそうです。分析で浮かび上がったニーズから、いかに顧客とのコミュニケーションの改善したり、自社サービスや商品へフィードバックしていくかが、今後のカギとなってくるでしょう。
- Written by:
- BAE編集部