マイカーと並ぶ魅力的な移動サービスの提供によって、持続可能な社会を構築し、新たな価値観やライフスタイルを創出するMaaS(Mobility as a Service)。
都市のDX(デジタルトランスフォーメーション)である「スマートシティ」とも密接に連動する概念であり、私たちの未来の暮らしを牽引する、多種多様な移動・交通のテクノロジーや、サービス、ビジネスを生み出しています。
新型コロナウイルス感染症の影響下で、MaaSを取り巻く状況や展望は今どのように変化しているのでしょうか。一般財団法人 計量計画研究所の牧村和彦さんにお話を伺います。
身近な生活圏の価値が上昇。個の移動とモノ・コトの移動が増加
——新型コロナウイルス感染症の影響を受けて、MaaSを取り巻く国内の状況はどのように変化しているでしょうか。
生活者の行動変容の面で言うと、いわゆる「三密回避」のために首都圏では飛行機や鉄道といった大量輸送機関の利用が減り、自転車や車による“個の移動”のニーズが増えました。混雑した電車を避ける人が増えた一方で、休日の車での外出によって渋滞が深刻化しています。
並行して、自宅から半径2km以内、15分圏内の価値が高まってきました。近隣生活圏の環境やオフィスのあり方、移動の距離や方法などを見直す人が増えています。ただ、「外出したい、移動しよう」という人々の欲求は、一時期より回復してきたようです。
MaaSはまちづくりと切り離せない概念ですが、今まで以上に都市や経済活動のレベルに応じた、柔軟かつ包括的なモビリティ(移動)戦略が求められています。
もう一つ、大きな変化として挙げられるのは、「ヒトとモノの移動の融合」が地方を中心に加速してきたことです。例えば、多くのタクシー事業者が宅配サービスをスタートさせましたし、コロナ禍で利用者の増えた「Uber」などは、そもそも配車サービスと宅配サービスを同じプラットフォーム上でコントロールしています。
キッチンカーによる飲食店舗の営業など、コトのほうがやって来てくれるサービスも増えました。こういったサービスや展開は、今後のビッグデータの集積・分析によってさらに効率化が進むでしょう。
各社のデータ共有や“スーパーアプリ”の登場が期待される
——混雑回避や利便性向上に役立つ、移動支援アプリなどのMaaSサービスや、関連データの意義などが重視されていますが、こちらにはどのような変化が起きているでしょうか。
生活者が抱える移動の不便を解消し、安全な交通を実現することで、移動需要の喚起に繋げるMaaSサービスの開発や利活用は、コロナ禍で加速しています。
検索の内容や交通行動などのデータがリアルタイムで活用できるようになったり、蓄積されて分析の精度が上がったりすれば、MaaSで実現できるサービスや提供できる情報も増えていきます。
ただ、今までは、自分の移動履歴などのデータ取得に抵抗を感じるユーザーも多かったと思いますが、心理的な障壁は徐々に下がっていると感じます。データの提供と利便性は相互の関係にあります。データが安全に管理され、ニューノーマル下での自分の行動選択や情報取得、コスト削減に役立つことが分かってくれば、アプリをより積極的に使おうという気持ちにもなるでしょう。データを取得する側とサービスを利用する側の、信頼関係の積み重ねが必要です。
精度の高い情報に基づく事業者側の効率化や、スマートシティとの連携、周辺地域サービスの向上など、データ活用に期待できるメリットは他にもたくさんあります。
——海外では、オープンデータ(二次利用可能な条件で公開されるデータ)の活用が大幅に進んでいる国もあるようですが、日本とどのように違うのでしょうか。
主な交通インフラが公営であるといった理由で、オープンデータを政府が管理していたり、大規模なスマートシティ構想を主軸としたMaaS計画を進めている国は、データも一元化しやすく利活用しやすいという特徴があります。
北米、フィンランド、ドイツ等ではマルチモーダル(複合的)なMaaSアプリが普及していますし、シンガポールやインドネシア等ではあらゆる交通手段の一括検索・予約、決済に加えて、生活サービスとも大幅に連携した“スーパーアプリ”が登場し、人々の暮らしに欠かせない存在となっています。
日本では、中小を含め多種多様な交通事業者が豊富なサービスを展開しており、データの共有や一元化が難しい部分もありますが、決して遅れているわけではありません。実際に、前述の東京メトロの例のような複合的なMaaSアプリなども登場してきました。
官民の連携と、「出かけたい」と思う場所や視点の創出が課題
——国内でもさらなるデータやノウハウの共有が期待されますが、現状ではどのような課題があるのでしょうか。
首都圏の鉄道だけを見ても、JR、私鉄、地下鉄など、事業者が非常に多いため、将来的に各社によるデータの囲い込みをどのように越えていくかというのは、国内MaaSを実現していく上での大きな課題の一つです。
現実にはAPI(情報をやりとりするためのインターフェース)の標準化など、技術的な課題も大きいのですが、根幹のデータを共有している鉄道サービスもありますし、自動車関連のデータは集積・分析・活用がかなり広がっていますので、決して不可能なことではありません。規模の大きい交通事業者なら、豊富なグループ会社のデータなども役に立つはずです。
個人的には、日常的には競合であったとしても、大規模な災害時には協力して情報発信するとか、障がい者や高齢者の移動の利便性向上など、ユニバーサルな面では垣根を越えて協力する――といったところから、事業者間のデータ共有等の取り組みが進めばベターだと考えています。
推進するための官民連携は必須ですが、今年の3月には国土交通省による「MaaS関連データの連携に関するガイドライン」の策定なども行われており、次第にデファクトスタンダードが進むと思います。
——データと物理的なサービスの掛け合わせによる、新たな取り組みやサービスも生まれるでしょうか。
そうですね。ただ便利になるだけではなく、行動の選択肢や価値の創出に繋がると思います。例えば、今JR東海では「ずらし旅」というキャンペーンを実施しており(※)、旅行先、時間、移動手段、行動などを、今までの旅の定番から少し外す(ずらす)ことで、新しい旅の楽しさや豊かさを見つけよう、という提案をしています。朝早い時間帯の列車で出かけるとレアなものが見られるとか、自転車でゆっくり回ると快適で乗り継ぎもうまくいくとか、そういった情報と行動の掛け合わせによって、移動の新しい価値が生まれるのです。※2020年11月現在。
その価値を生活者に十分に感じてもらうためには、大量輸送、交通、スローモビリティ(自転車や電動キックボード、超小型EVなどのスローな移動体)等々の組み合わせによって、移動のバリエーションを増やす必要があります。
同時に、人々が「出かけたい」と思う場所や機会を増やし、再発見しながら、情報を発信していくことが、ますます重要になってくると思います。
コロナ禍で成長のスピードが加速するMaaS。国内でのさらなる交通関連データ共有や、スーパーアプリの登場の実現に至るまでにはまだ課題もあるものの、可能性は着実に上昇しています。MaaSの動向を読み解くには、移動の根拠となる人々の外出の動向についても、より注視していく必要があるでしょう。
※ 後編では、官民連携による国内MaaSの注目事例や、さらなる成長の課題・ヒントなどをお伝えします。
- Written by:
- BAE編集部