2020.11.25

MaaS普及のカギは、まちづくりと連携した「交通インフラ×デジタル」のハイブリッド戦略

産学官の共同による取り組みが国内MaaSを推進する

まちづくりとも密接に連動し、都市と交通(移動)のDXを推進するMaaS(Mobility as a Service)。国内でも交通情報や地図データ等と連携するアプリや、電気自動車、シェアサイクルなどが身近なものとなり、ヒト・モノ・コトの物理的な移動を支えるMaaS関連のテクノロジーやサービスは着実な成長を続けています。
さらなるMaaSの普及は、私たちの移動や生活をどう変えていくのでしょうか。コロナ禍での移動に対する人々の意識の変化や、交通利用状況などのデータ活用の可能性についてお伝えした前半に続き、後半ではMaaSを展開する自治体の事例や、拡大のポイント、方向性などについて、一般財団法人 計量計画研究所の牧村和彦さんにお話を伺います。

目次

自治体ごとのMaaSやモビリティシェアに注目が集まる

——MaaSの国内での普及には、官民の連携やアセットの共有が欠かせないそうですが、実際に官民連携でMaaSを進めている自治体や法人の中で、注目される事例を教えてください。

MaaSに取り組む自治体は100ヵ所に上りますが、とりわけ会津若松市、静岡市、群馬県などが、存在感を見せています。


会津若松市「会津Samurai MaaSプロジェクト」

地元を中心とした産学官が連携。観光客の周遊範囲の拡大、生活者の中心市街地へのアクセシビリティの向上などを目標に、乗車券アプリ、サブスクリプションサービス、低コストカーシェア、目的別マッチングサービスなどを展開。生活・観光の両面での、持続的でローカルなモビリティサービスの構築を目指す。


静岡市「しずおかMaaS(静岡型MaaS基幹事業実証プロジェクト)」

官民連携のコンソーシアム。住み続けられるまちづくり、マイカーに依存しない移動サービスの構築、ユニバーサルサービスの実現、地域経済の好循環などを理念に、オープンイノベーションを推進。混雑を避けて電車に乗るとクーポンがもらえる「混雑見える化クーポン」、地区限定車両「のりあい号」などを展開。


群馬県「ググっとぐんMaaS」

前橋市、JR東日本、NTTドコモ、ICTまちづくり共通プラットフォーム推進機構、群馬大学、群馬県内の交通各社など、合計10団体が参加。JR東日本が開発した観光用MaaS「ググっとぐんMaaS」を基に、住民向けサービスを付加。路線バスのダイヤの見直しなどにも段階的に取り組む予定となっている。

——これらの自治体が一歩先を行く取り組みを展開できている理由は、どのあたりにあるのでしょうか。

そうですね。静岡や群馬などは、行政がまちづくりを含めた構想をしっかりと構築し、全体をリードしているという点が挙げられると思います。
まだまだどちらも車社会ではありますが、鉄道やバス等の既存の交通事業者と、デマンドバス・デマンドタクシー(運行エリア内での予約配車などに対応する、乗り合い型の交通サービス)等の新たな事業社の取り組みを掛け合わせて、住民が便利に移動できるよう、ネットワークの再編を行っています。
MaaSの根幹である物理的な移動を見直し、並行して、それらをうまく利用するために必要なアプリなどのデジタル面でのサービスの提供を進めるという、ハイブリッドな改革を進めている点は大きなポイントでしょう。

また、会津若松もそうですが、「どういうサービスが存在するか」だけではなく、「それらが普及することで、生活がどう良くなっていくか」という目的やイメージを住民にしっかりアピールできているということも、順調な理由の一つだと思います。

——シェアサイクルや電動バイクといった“個の移動”のサービス展開を始める自治体や法人も増えているようですね。

密を避けやすく、小回りのきく「スローモビリティ(自転車や電動キックボード、超小型EVなどのスローな移動体)」のバリエーションや価値は、コロナ禍でより注目され、ニーズも上昇しています。
例えば、東京を中心に全国へと拡大する「ドコモ・バイクシェア」の利用回数は、2011年のサービス開始以降、4万回から1200万回へと成長しました(※)。
※ドコモ・バイクシェア「シェアサイクルの現状と課題について」(2020年6月)による。

電動キックボードのシェアサービス「mobby(モビー)」
2020年10月に福岡市で電動キックボードのシェアサービス「mobby(モビー)」の公道での実証実験がスタート。今後、神戸市や愛媛県今治市でも実証実験が予定されている

まちづくりの面から見ても、スローモビリティには、地域への愛着や認知を高めるという効果が期待できます。地方では特にその傾向が強いのですが、自転車や電動バイクで近所をゆっくり移動したり、車と違うルートを使う機会が増えると、それまで見逃していた景色に気が付きます。すると、少しずつ街の清掃・整備が進んだり、お店が増えたり、といった方向に自然と進むんですね。

リモートワークが浸透したこともあって、日中の街の魅力や変化に気が付いたとか、自治体の取り組みに関心を持つようになったとか、そういった意識や体験を持つ人は増えていると思います。

一般財団法人計量計画研究所 理事兼研究本部企画戦略部長 牧村和彦(まきむら・かずひこ)さん
一般財団法人計量計画研究所 理事兼研究本部企画戦略部長 牧村和彦(まきむら・かずひこ)さん

MaaSの本質は「交通産業のDX化」

——経済的に先行き不透明な部分もありますが、国内でのMaaSの市場規模は、2030年には2兆8,658億円(2018年比で3.5倍)に上るといった調査があります(※)。拡大のための課題やポイントとしては、どのようなことが挙げられるでしょうか。
※ 富士経済「モビリティ・インフラ&サービス関連市場の将来展望2020」(2019年11月)による。

全体に関わる課題として、正直深刻なのは、「人が外に出なくなった」という点でしょう。外出への欲求は回復してきましたし、ニューノーマル下でも新型コロナウイルス流行前の7割くらいまでは戻るとは思いますが、既存の交通サービスにとって3割が戻らないというのは苦しい状況です。

外出の目的や需要の掘り起こしはもちろん、ダイナミック・プライシング(価格変動制)やサブスプリプション制を導入するなど、交通事業者によっては課金モデルを変える必要などが出てくるかもしれません。その際も、経路検索、きっぷの予約、決済などが一元化されたアプリ等のMaaSサービスが生活者に浸透していれば、実行に移しやすいはずです。

MaaSを推進するポイントとして重要なのは、先述の自治体の例でも述べたように、「デジタルに偏らず、物理的なインフラの利便性や魅力的なまちづくりも強化していくこと」「生活と移動を横断するサービスを構築していくこと」などが挙げられます。MaaSを単なるデジタル化ではなく、“交通産業を中心としたDX(デジタルトランスフォーメーション)”だと捉えていくことが重要です。

例えば、国土交通省が示すロードマップなどを見ても、数十年後の人口減少に対応するには、自動運転車の公道への導入は必須とされています。スムーズな運用のためには、技術開発だけではなく、占有レーンなども戦略的に設定していく必要があるでしょう。

2020年11月には西新宿エリアで5Gを活用した自動運転タクシーの実証実験を実施。実験用アプリで配車予約した車両が、京王プラザホテルから新宿中央公園までの区間を走行
※画像左はニュースリリースによる。

——順調な拡大のためには、どのような部分がカギとなってくるでしょうか。

大手自動車会社など影響力の強い企業による今後の取り組みや、社会への働きかけは、カギになってくると思います。メディアなどで「MaaSが進むと自動車が不要になり、ひいては自動車産業が衰退する」と一方的に語られるむきがありますが、そういった誤解を解くこと自体が、国内MaaS伸長のための課題の一つと言えるでしょう。

確かに、「とにかくいい車を作ればどんどん売れる」という時代は過ぎましたが、自動車は決して不要にはなりません。しかし、車を持ちたい人だけでなく、シェアカーを利用したい人も、乗りたくても免許を返納する人も増えています。また、自動運転の必要性や、モノ・コトの移動等の可能性も増していきます。

それらを包括する新たなサービスやプラットフォームの構築が求められており、自動車会社は有利に展開できるはずです。インクルーシブなモビリティサービスは、移動の制約やスムーズな物流を促し、地域経済を豊かにするでしょう。自動車会社のみならず、これから移動に関わる企業はMaaSのエコシステムを担う“モビリティカンパニー”として、多様な社会の変化に寄り添っていく必要があります。

2020年1月にトヨタ自動車はあらゆるモノやサービスが繋がる実証都市「コネクティッド・シティ」プロジェクトを発表

目指すべきは“グリーン・イノベーション・リカバリー”

——今後の国内MaaSの展望ですが、グローバルでの取り組みの中などに、目標とすべき将来像やキーワードなどがあるでしょうか。

ヨーロッパを中心に広がる「グリーンリカバリー」をご存じでしょうか。脱炭素社会への移行や自然環境の保全と、コロナ禍における経済発展の両立を目指そうという考え方であり、実際にEU加盟国17ヵ国では、グリーンリカバリーに重点を置いたエネルギーや金融政策等がスタートしています。

この考え方は、MaaSの方向性をイメージしていく上でもカギになると考えています。例えば、車による移動の価値は今後も重要視していかねばなりませんが、歩行者やそれ以外のモビリティも快適に移動でき、環境にも配慮した社会を実現するには、可能な限り電化の普及を推進するべきですし、場所によっては車線や自動車のための占有空間は減らすなど、現状とは違った交通のバランスを模索するべきかもしれません。ちなみに、欧米ではこのような取り組みを、コンプリートストリート、ロードダイエットと呼びます。

交通関連市場は巨大なので、考え方や取り組みが浸透するには10年、15年と時間はかかりますが、MaaSによる“グリーン・イノベーション・リカバリー”の実現を願っています。

国内MaaS推進の望ましい道筋については、国交省による「官民ITS・ロードマップ2020案」等に詳しく示されています。国内MaaSの順調な普及のためには、これらが提示するアーキテクチャ(構造)を産学官に浸透させ、各所がうまく連携を取り合っていくことが重要です。


官民連携によるさまざまな取り組みから、国内でもMaaSの順調な拡大のためのポイントが、少しずつ明らかになっています。電動キックボードのシェアリングや自動運転の実証実験など、話題性の高いトピックも増えてきました。ビジネスの面では、データの共有、まちづくり、環境問題等と繋がる部分に、引き続き可能性が広がりそうです。
※ 前編では、MaaSをとりまく潮流の変化や、マルチモーダルなMaaSアプリ登場の話題、交通に関するデータ活用のための課題などについてお伝えしています。

Written by:
BAE編集部