2019.10.18

最新のVRで“香り”と“味”の体験が可能に。仮想空間に「食」の可能性は広がるか

PRや販促に活用可能な、香りや味を変化させるVR

進化を続けるVR世界。視覚はもちろん、ユーザーの聴覚や力触覚にもアプローチする、リッチなコンテンツ開発が進んでいます。中でも異彩を放つ新機軸が、嗅覚へのアプローチを連動させたコンテンツです。テクノロジーとデバイスの進化で、「香り」と「VR」を掛け合わせた体験ができるようになり、VRの可能性はさらに広がりました。
さらに2019年夏には、香りの影響を通じて、「味覚」にも変化を与えるVRコンテンツが発表され、大きな話題となっています。その仕組みや効果について、嗅覚デバイスを開発するスタートアップのVAQSO(バクソー)と共同でコンテンツ開発に取り組む、ORENDAの塩谷さんと山本さんにお話を伺いました。

目次

プロモーションにも活用される「香り×VR」

——2017年頃から香りや匂いを体験できるデバイスが登場し、展示会などを中心に話題となっていますが、基本的にどのような仕組みなのでしょうか。

塩谷

例えば、これは私たちが共同研究を行うVAQSOが開発した香りデバイスで、一般的なVR用のヘッドマウントディスプレイやゴーグルの下部に装着するものです。APIの使用でコンテンツに連動した香りを放出したり、切り替えたり、消したりできます。

VRゴーグルの下部に取り付けて使う香りのデバイス「VAQSO VR」
VRゴーグルの下部に取り付けて使う香りのデバイス「VAQSO VR」。重さは125g前後。香料を装填したカートリッジを5種類セットできる。右手に持っているのがカートリッジ
ミント、チョコ、コーヒー等のほか、花束、女性(シャンプー)、火薬、海、ゾンビ(腐敗臭)などをイメージした15種類の香りが用意されている。コンテンツに応じたオーダーも可能
塩谷

現在は技術者向けのみですが、今後、一般ユーザー向けが発売される予定です。

——すでに、プロモーションやイベントなどに活用されているのでしょうか。

山本

展示会を中心に、VAQSOが取り組んでいる先行事例がいくつかあります。
一昨年の「東京ゲームショウ2017」では、大手ゲーム会社のコンテンツに香りをプラスしたデモが発表されました。ゲーム内で銃を撃つと硝煙の匂いがしたり、恋愛ゲームで女性キャラに近づくと、シャンプーの香りがするといった仕掛けです。VRゲームの内容と匂いがなめらかに連動することで、今までにない演出や、よりリアリティの高いVR体験が可能になりました。

2019年5月にパリで開催されたテック系の展示会「VIVA TECH 2019」では、高級香水ブランドがプロモーションの一環として、香りとともにアートな世界観を体験できるコンテンツを発表しました。こちらは、無数の花びらの舞う空間や、夕暮れのパリの街並みなど、香水のコンセプトを表現する美しい映像とともに、香りを楽しめる趣向でした。

同じく、同年7月にはフランスのアヌシーで開催されたアートフェスティバル「Annecy Paysages」で、著名な調香師やクリエーターによる「香り×VR」のインスタレーション作品「Éden(エデン)」が発表され、評判となりました。嗅覚へのアプローチによって、VRの新たなクリエーティブを広げる試みです。

「Éden」はユーザーが世界の創造者になり、自然と触れ合いながら生態系を構築するという、アーティスティックな作品
塩谷

国内でも、大手通信会社が仮想店舗内で香りを販促に活用する取り組みを始めているようです。VR上の店舗内でパンに近づくと、香ばしいパンの香りが漂ってくる、といったものですね。

株式会社ORENDA 取締役 コンテンツ企画部 ゼネラルマネージャー 塩谷尚史(しおや・なおふみ)さん、コンテンツ企画部 企画3課 マネージャー 株式会社ORENDA  VRプロデューサー 山本祥平(やまもと・しょうへい)さん
(写真左)株式会社ORENDA 取締役 コンテンツ企画部 ゼネラルマネージャー 塩谷尚史(しおや・なおふみ)さん、
(写真右)株式会社ORENDA コンテンツ企画部 企画3課 マネージャー VRプロデューサー 山本祥平(やまもと・しょうへい)さん

香りで味がすぐに変わる体験が可能に

——VR上の香りを介して、味覚にまで変化を起こすコンテンツを開発されたそうですね。

塩谷

はい。ご存じの通り、香りは食事の味や美味しさに大きく影響を及ぼします。香りと味覚に関する研究は、産学問わず様々な研究機関で行われており、「味覚の9割は香りに由来する」という説もあります。
これに着目して、社内で「香りで味が変わる体験ができたら面白いね」という話が盛り上がり、昨年の夏前から開発をスタートしました。フローズンドリンクの味が変化するという「Tasted VR」というコンテンツです。

——どのような内容なのでしょうか。

山本

体験者には、イチゴ、レモン、メロン、ブルーハワイの、4種類の香りを装填したデバイスを装着してもらい、フローズンドリンクを実際に飲んでもらいます。砂糖とクエン酸を含むもので、そのまま飲んでもスポーツドリンクを水で薄めたような味しかしません。

デバイスからイチゴの香りが放出されると、ドリンクがイチゴ味に変化して、レモンの香りに切り替わると、香りと味もすぐにレモンに変わります。その他の香りに切り替えたときも同様です。薄味のドリンクにパッと味がついて美味しくなるので、体験したことのない驚きと喜びが味わえます。

VR上の映像もリンクしており、実際にはプラスチックコップだが、ブルーのドリンクを持っているように見える。ドリンクの看板を持つキャラクターもMRで表示。視覚からも、味への没入感が深まる
山本

発表会とデモを合わせて200人前後が体験されましたが、今までにないエンタメとして、楽しんでもらえました。VR自体を初めて体験される方も多く、ビジュアル、味、香りのどの変化にも驚いていましたね。
味については、「さほど変わらなかった」といった感想を語る人はいたものの、「変化をまったく感じなかった」という人はいませんでした。今後、香り、視覚による演出、また実際に口に入れるものの質感などの組み合わせによって、できる事は大きく広がりそうです。

飲料や食品業界への応用が期待される

——VRコンテンツを使った嗅覚や味覚に対するアプローチは、今後どのような活用が考えられるでしょうか。

塩谷

香水、化粧品、トイレタリーなど、香りそのものを扱うジャンルでのECや店頭での販促、プロモーション等への活用は、数年で普及するでしょう。味覚へのアプローチという点では、飲食業界、食品・飲料業界と親和性が高いと思います。実際に私たちの発表会でも、フード業界に関わる多くの方から関心が寄せられました。

現在、私たちが開発に取り組むものの一つに、アルコール風飲料の味の変化の実験があります。お酒の味がボタン一つで自在に変化したら、面白いですよね。フレーバーの再現と、ベースとなる飲料の舌触りや味がうまく整えば、疑似体験による利き酒プロモーションや、仮想の蔵元見学イベントなどが実現できそうです。将来的には、遠隔での商品開発や、蔵元から遠く離れた場所からも、フレッシュな日本酒を味わうことも可能になるかもしれません。

VRでの利き酒や飲み会などが可能になるかもしれない
塩谷

今後研究が進めば、アレルギーで食べられないものの味を再現したり、薬の成分に影響を与えずに味だけを美味しくしたりすることもできるでしょう。大量の飲酒や多食の危険性を啓蒙する、教育的コンテンツなども作れそうですね。
VAQSOでは、宇宙食の味を変化させる研究に取り組んでいるそうです。様々な味や食感の宇宙食が開発されていますが、この技術を投じれば、品数を抑えたまま、料理や味のバリエーションをさらに増やすことができそうです。
東大でも、VRと香りを使ってクッキーのフレーバーを変える「メタクッキー」という実験が行われています。VRが健康管理や食糧不足の解決の一端を担うかもしれません。

——エンタメでの活用も、より進みそうですね。

山本

はい。私たちはそもそもVRゲームなどの開発を行っていますので、エンタメでも積極的な活用を進めていきたいですね。
カラオケ店に導入しているコンテンツに、仮想空間内に再現された巨大なステージで歌えるというものがあるのですが、花火などのエフェクトに火薬の香りなどを加えれば、ステージ演出がより豪華にできます。力触覚等とは違って、体に複数のデバイスを装着しなくていいので、現在のコンテンツにも気軽に香りをプラスできます。

「食×エンタメ」という点でも、可能性は大きいと考えています。例えば、見た目と味がまったく違うフルコースを食べられるとか、プロジェクションマッピングと連動させて、食事中に味も見た目も変わってしまうとか、そういったことができそうですね。

塩谷

VRの中には今までになかった「味」が持ち込まれれば、コンテンツは確実に変わります。
例えば、VTuberの手料理が食べられたり、VR内にフードコートを作ったり、今は作れない歴史上の食事や、時間や距離を超えて料理を再現するなど、「味覚」のインとアウトが自在に体験できる未来が来るはずです。今後、食品面での研究とデバイスの進化が進めば、実現度はより向上するでしょう。


五感の中でも、嗅覚で感じたものは、感情や記憶にダイレクトに影響すると言われており、これまでも香りを体感できる仕掛けは、エンタメのほか、食品や化粧品などの販促やPRに活用されてきました。さらに、香りの効果で味覚にまで変化を与える仕組みが開発されたことは、特に飲料やフード業界にとって新たなインパクトとなりそうです。今後は、仮想空間の中でユーザーに向けた試飲や試食を行ったり、新しい食のエンタメを提供することによって、「VR×香り×味覚」の、PRやブランディングへの活用が進みそうです。食品開発への応用も可能になるかもしれません。VR映像やハプティクス技術との組み合わせによって、五感全てに訴えかける仕掛けも可能になりました。今後もVRは様々なコンテンツやサービスの質の向上に貢献するでしょう。

Written by:
BAE編集部