2021年、大きなトピックスのひとつとなった「宇宙旅行」。連日ニュースで取り上げられたことで、宇宙を身近に感じた方も多かったのではないでしょうか。そこで2022年のBAE最初の記事は、「宇宙ビジネスと宇宙×食の現在地」をお届けします。
宇宙ビジネスへの注目が高まるなかで、宇宙を活用し、社会課題を解決しようとする動きも加速しています。そのひとつが「食料問題」です。拡大する宇宙ビジネス市場、そして「宇宙×食」の現在地とはどのようなものなのか。日本政府とも連携し、地球と宇宙の食の課題解決を目指す「SPACE FOODSPHERE(スペース フードスフィア)」代表理事 小正瑞季さんにお話を伺いました。
——2021年は「宇宙」というキーワードが何度もメディアに登場した年でした。同時に「宇宙ビジネス」への注目度が増した1年だったのではないでしょうか。
そうですね。簡単に大きなトピックスを振り返ってみましょう。
2021年7月、通販大手アマゾンの創業者ジェフ・ベゾスは、彼が保有する宇宙開発企業「ブルー・オリジン」の初の有人飛行に搭乗し、短時間の宇宙旅行に成功しました。
さらに同年9月には、決済サービス会社ペイパルや電気自動車企業テスラの共同創設者であり世界一の富豪となった、イーロン・マスクが創設した宇宙開発企業「スペースX」が、民間人だけが搭乗し、地球を3日間周回する宇宙旅行に成功しました。
そして同年12月、日本人ではZOZOの元社長・前澤友作さんが国際宇宙ステーションに滞在し、その様子が連日報道されましたよね。
イーロン・マスクもジェフ・ベゾスも、言わずと知れたIT界の超大物ですから、そんなふたりが参入する「宇宙ビジネス」は近年大きな注目を集めています。
——IT界の大物たちも注目する「宇宙ビジネス」の市場動向とは、どのようなものなのでしょうか。
モルガン・スタンレーが公表した市場予測によると、宇宙ビジネス全体の市場規模は、2018年の37兆円から2040年には100兆円規模になると言われています。約20年でおよそ3倍ですから、急速にその市場が拡大すると予想されていることがわかると思います。
一方、日本の宇宙産業の市場規模は1兆2000億円ほど。しかし内閣府は2017年に、今後の宇宙産業の利用拡大を目指す「宇宙産業ビジョン2030」を打ち出し、今後国内の宇宙産業の市場規模を倍増させる目標を掲げています。
そのような背景もあり、現在多くの宇宙ベンチャーが巨額の資金調達を行いながら研究開発やビジネスを推進しているほか、宇宙分野に新たに本格参入する大企業も出てきており、日本の宇宙ビジネスも大きな盛り上がりを見せつつあります。
——もはや「宇宙ビジネスの発展」は、国家プロジェクトのひとつなのですね。
はい。現在、当たり前のようにスマホなどで利用されているグーグルマップは、人工衛星を活用したものですし、実はすでに、宇宙は私たちにとって、なくてはならないインフラになっています。
こうした人工衛星を使って地球を観測する技術を「リモートセンシング」と言いますが、この分野は、インフラの監視や災害の被災状況の把握などにも活用できるため、期待値が高い分野のひとつとなっています。同様に、人工衛星を使った「通信技術」も場所を選ばず、インターネット接続を実現する次世代インフラとして大いに注目されており、イーロン・マスクが創設した「スペースX」も参入している分野です。
そして昨今、特に注目を集めているプロジェクトが米国主導の「アルテミス計画」です。これは2020年代半ばに有人月面着陸を目指し、2020年代後半に月面基地の建設を開始するというNASAの宇宙探査プロジェクトです。これによって、宇宙ビジネスの注目キーワードに、新たに「月」が加わることとなりました。
日本政府としてもこの「アルテミス計画」へ参画し、プレゼンスを発揮する旨を表明しています。これに関連して、内閣府が主導する「宇宙開発利用加速化プログラム(スターダストプログラム)」の一環として、月面での食料生産などを可能とする技術開発プロジェクトの公募が実施され、私たちSPACE FOODSPHEREを代表機関とするコンソーシアムが受託事業者として選定されました。
——「アルテミス計画」は、人が月に住むというSF映画のような世界の到来を思わせるものです。それを現実のものとして、宇宙の食の課題解決の研究開発を進めているのが「SPACE FOODSPHERE」ですよね。
はい。私たちは地球上の優れた技術を結集して発展させることで、月という極めて過酷な環境下でも持続的に暮らすことができるようにするための食のソリューションを開発しています。また、こうして発展させた技術を地球上にフィードバックさせて役立てることも目指しています。
これを、2021年7月に公表された「月面産業ビジョン ーPlanet 6.0時代に向けてー」のなかから抜粋した図で説明すると以下のようになります。
たとえば断熱材の一種は、宇宙開発の技術が地球にフィードバックされた身近な例のひとつであり、他にも多数の例があります。つまり、地球と宇宙の技術の循環自体は、すでに存在しているのです。
一方で、世界の人口は現在も増加し続けており、2019年時点で77億人だった世界人口が、2050年には97億人に達すると予測されています。
人口増加に伴い、食料不足や温暖化の加速などにより食料問題がより深刻化するのではないかと叫ばれていますが、その課題の解決の糸口となるのが「宇宙×食」だと私たちは考えています。
——なぜ「宇宙×食」が地球の食料問題を解決することになるのでしょうか。
前述した通り、宇宙は過酷な環境で、地球とはまるで異なります。資源も労働力も空間も電力もない。しかしその環境で食料を生産する技術を開発することができれば、いつか地球環境がいまよりも厳しくなり、資源が限られたとしても、食料を生産することができます。
これは「万が一の備え」ではなく、世界の人口が増加し続けている以上、私たちが現実に直面し得る問題だと考えています。そのときに、毎日の食事が栄養素の詰まったチューブだけだったら、とても辛いと思いませんか?
その解決策として、私たちが研究開発を進めているのが「超高効率植物工場」であり「バイオ食料リアクター」です。限られた空間、資源で食料を生み出すために、ゴミさえも再利用し、高度な資源循環を目指した工場は、QOL(クオリティ・オブ・ライフ)に資する、多様なおいしい野菜や培養肉を効率よく生産します。
培養肉も一種類ではなく、牛・豚・鶏・魚などをそれぞれ生産することを想定しており、その培養肉生産のために栄養価に富んだ微細藻類を活用する構想を描いています。
なお、「宇宙×食」の分野は世界でも開発が進められつつありますが、QOLを重視している点や高度な資源環境を追求している点は珍しく、日本の取り組みの大きな特徴と言えます。
——宇宙での食生活を充実させるための技術が生まれれば、たとえ地球の資源が減少しても、食料を生産できるようになり、「食料問題の解決」につながるわけですね。
はい。私たちは2040年代には本格的な「宇宙時代」が到来し、月面に1,000人ほどの人々が暮らす時代が来ると仮定して、構想を練ってきました。
ここまで紹介した技術はどれも、リアリティがないように思われるかもしれませんが、多くの企業、大学がすでに持っている技術をベースに発展させて結合させることで「十分に実現する可能性のあるソリューション」です。すべてが本当に実現すれば、月で暮らすための基地には充実したメニューを提供することのできる食堂も設置することができるでしょう。
宇宙で食べられる食事の質が低いと、QOLは自ずと下がり、ヒューマンエラーの増加や人間関係の悪化などにより、宇宙での重大事故の発生につながりかねません。私たちにとって、宇宙という閉鎖環境での暮らしを、いかによりよいものにできるかが、大きなミッションのひとつです。そこには、ただ栄養を摂取するだけではない、豊かな「食」体験が大きく影響すると考えています。
——現在、SDGsに象徴されるように、地球そして世界はさまざまな問題を抱えています。「宇宙ビジネス」、そして「宇宙×食」は、今後そうした諸問題を解決する一助としてさらに注目されそうですね。
「宇宙」と聞くと、私たちはそこに“夢”を感じます。しかし宇宙の現実は厳しいものです。空気のない世界は、逃げ場もなく、常に死と隣り合わせですし、実際に暮らすとなれば、非常にストレスフルです。
一方で、ないない尽くしの過酷な宇宙で暮らすために解決すべき課題は、地球がいま抱えている多くの問題とリンクします。ですから宇宙での暮らしと真剣に向き合い、技術開発を進めることは、資源不足や飢餓など、地球が直面している多くの課題解決に寄与するわけです。
そのなかで「宇宙ビジネス」の市場は、今後も拡大し続けるはずです。新たなビジネスチャンスも生まれるでしょうし、異業種参入も増えていくでしょう。
その未来においても、人々が笑顔でいるために「食の充実」は不可欠です。いまの地球の当たり前を、宇宙でも当たり前にするために、そしてそれが未来にもつながるように、これからも描いたビジョンの実現に向けて、食のインフラの構築を進めていきたいです。
拡大し続ける「宇宙ビジネス」。日本でも産学官が連携し、さまざまなプロジェクトが動き始めています。そのなかで「宇宙×食」の分野は、世界の食料問題という社会課題を解決する一助となるべく、研究開発が進められています。今後、業種を問わず、ビジネスを拡張するキーワードに「宇宙」が挙げられる。そんな未来はそう遠くないのかもしれません。