次世代型の移動手段として注目される「空飛ぶクルマ(eVTOL(イーブイトール))」。開発は世界中で活況を迎え、シンガポールでは3年以内に「空飛ぶタクシー」が商用化されることが発表されています。また国内でも、2025年に開催される国際博覧会(大阪・関西万博)でのデビューを目指して、機体や運航管理の開発、実証実験等が進められています。
空飛ぶクルマによる移動が実現すると、どんなビジネスが可能になるのでしょうか。
また、空中や遠隔地などの空間、移動の価値などは変わるのでしょうか。 2021年に、eVTOL「Mk-5」の試験飛行に成功した、テトラ・アビエーションの中井さんにお話を伺います。
世界各地で進むアーバンエアモビリティ構想
——「空飛ぶクルマ」と呼ばれるeVTOL(電動垂直離着陸機)。テトラ・アビエーションでは、どのような機体を開発されているのでしょうか。
主に、1~2人乗りのパーソナル・エアーモビリティを開発しています。
現在は米国を中心に、パイロットライセンスを持つ個人顧客向けに予約販売を行っており、2022年末から随時デリバリー予定です。顧客ニーズのリサーチを進め、将来的な量産機の開発・製造に繋げていきます。
また、2025年に大阪で行われる国際博覧会(大阪・関西万博)でのデビューを目指して、現在官民で安全基準をはじめとする制度の設備などを進めています。
拠点間移動や遊覧飛行が可能かどうかは調整中ですが、ぜひ皆さんに“空飛ぶ機体”に乗っていただきたいと思っています。
——空飛ぶクルマの実用化が進むと、周辺にはどんなサービスやビジネスの可能性が広がっていくでしょうか。
エンタメ、スポーツのほか、まちづくり、MaaS、観光、宅配事業など、様々な可能性が考えられます。充電ポートやドライブスルーのような関連設備や施設、運航に関わるプラットフォーム、保険なども必要です。
海外を中心に、すでにこれらのサービスの構築に取り組む企業も増えており、空飛ぶクルマの活用を国が推進するドバイやシンガポールなどでは、2023~2025年を目標に空飛ぶタクシーを「UAM(アーバンエアモビリティ)」として運航する、具体的な計画が進んでいます。
空飛ぶクルマによるデモンストレーションを通じて自治体を盛り上げたい、遊覧、都市間輸送、都市内輸送などによってビジネスを拡大したいという国や地域は非常に多く、私たちも米国、欧州、韓国など、様々なところから問い合わせをいただいています。国内でも、導入構想を計画している自治体があります。
ドイツのRoland Berger社の調査では、欧州で54、東アジアで25、米国で21、アフリカで6、中東で2と、世界中で100以上のUAMに関するプロジェクトが進んでいることや、2050年までのUAM業界の収益が年間約900億米ドルに上り、約16万台のeVTOLが活用される、といった予測が発表されています(※)。
※2020年11月Roland Berger社による
空飛ぶクルマの活用が最適なポイントを探る
——空飛ぶクルマは、どのような順序で社会に導入されていくと考えられるでしょうか。
我々の場合、有人飛行が可能な機体の完成後、まずは一部の空間でエンターテインメントやアクティビティに活用されることを想定しています。ダイビングやジェットスキー、ハンググライダー等のように、空を飛ぶ体験を楽しみながら、移動もできることで、新しい移動の価値を提供できる、といったイメージです。
次に、空飛ぶクルマでないと行きにくいような、特定の環境への人の運搬や、必然性の高いシーンでの活用を進めることを考えています。
その後に、皆さんがイメージされるような、「どこへでも飛べる」といった使われ方に広げていきたいと思います。
——特定の環境や必然性の高いシーンというのは、具体的にはどのような事が想定されるのでしょうか。
医療分野での「空飛ぶ救急車」のような使い方や、災害救援への活用はもちろん、既存の交通の便が悪い離島や山間部のインフラ基地等への移動などが考えられます。
例えば、洋上にある風力発電所の多くは、波の変化域が2.5mを超えると船での接続ができず、作業員が乗り移ることができません。故障やメンテナンスが必要となった際にも、電力供給が滞らないよう迅速に対応するには、空飛ぶクルマでの移動が最適です。
同様の使い方は、山奥にある変電所などでも想定できます。特定の技術を持った人が、現地に行かなくてはならない場合などに、力を発揮する可能性が高いということです。建設予定地の可能性を広げたり、メンテナンス能力を強化したりすることは、よりレジリエントな社会の構築につながるはずです。
——運転は乗った人が自ら行うようなイメージでしょうか。
基本的には自動運転で、資格を持たない人でも必要な場所に行けることを目標にしています。事前にルートを指定して、100~300mくらいの高さを飛行する形です。
導入の段階や条件などに応じて、運転支援下で人が自在に運転することなども可能にしていければと思います。
——ドローンやヘリコプター等とは、どのように使い分けられていくでしょうか。
ドローンは重いものを運ぶことが苦手だったり、ヘリコプターは操縦が難しかったりということがありますので、空飛ぶクルマでの移動・運搬のほうが適しているポイントへと投じられていくと思います。
30~120㎏くらいの人やものの移動、先述のようなインフラ整備、災害対策、医療をはじめとする “時間当たりの価値の高い移動” に積極的に使われていくでしょう。
——空飛ぶクルマの実社会への導入が進むと、空中での交通整理などは、どのように行われると考えられますか。
SF映画のようなイメージが先行して「スター・ウォーズ」や「フィフス・エレメント」のように、小型のエアーモビリティが上空を無数に飛ぶ様子などを想像する方も多いかもしれません。でも、それくらいの密度で空飛ぶクルマが飛ぶようになるには、だいぶ時間がかかるでしょう。
初期の段階では、空中は交通整理をする必要はないくらいスカスカだと思います。仕組みとしてはおおむね飛行機と同様で、周囲の飛行体同士が、身元や行き先などのデータを飛ばしあい、情報交換を行いながら飛ぶ、という形が基本になるでしょう。
空飛ぶクルマやドローンがたくさん飛ぶ時代に差し掛かってきたら、官民で必要な交通の設計がなされていくはずです。
——乗り降りのためには、空港やバス停のような場所も開発されていくでしょうか。
そうですね。これについても、初期の段階ではそういった乗り場が必要だと思います。
将来的には、Uberによるライドシェアのような仕組みが確立されて、指定した場所や、自分のいる場所に最も近い離着陸可能なポイントまで機体が運ばれてくる、という感じになるでしょう。
移動のストレスを減らし、時間の価値を最大化する
——空飛ぶクルマの社会実装が進むと、まちづくりや土地や空間などの価値にも、変化が起きてくるでしょうか。
はい。例えば現代では、人の集まるオフィスビルの高層階にもコンビニがあったりしますよね。同じように、空飛ぶクルマが通りやすいポイントにスカイポートみたいなものができるかもしれません。
また、空飛ぶクルマでだからこそ行きやすい場所、——例えば、ビルの屋上、山の中腹、無人島など、隠れ家的な土地に街や商業施設が作られるといった可能性も、十分に考えられると思います。
最新のモビリティによるインフラを軸としたまちづくりの推進や、過疎地の有効活用にも大いに貢献できそうです。
さらに言えば、空間だけでなく人の感覚や時間的な価値にも影響することが考えられます。
——具体的には、どのような影響があるでしょうか。
上空に浮かぶ一点から都市や自然を眺めるということは、ほとんどの人にとって未知の経験のはずです。ここから、新たな価値観や発想などが生まれる可能性は、大いにあるのではないでしょうか。
また、空飛ぶクルマの普及は移動に伴う苦痛やストレスを減らし、人間にとって大変重要な“時間” の価値を、最大限に高めることに貢献できるはずです。
私は自動車の運転や、列車や飛行機での旅が大好きですが、渋滞や満員電車や何時間もの乗り継ぎは苦手です。空飛ぶクルマを上手に活用すれば、そういったマイナスの部分を減らして、移動時間のロスなども抑えることが可能になるでしょう。
空飛ぶクルマでの移動そのものを“楽しい体験”として提供できるのはもちろん、むしろ可処分時間が増えることで、車や電車に楽しく乗れる時間や機会なども増やせるはずです。
何に最も時間を使いたいか、どこに行って何を楽しみたいかという、個々のニーズに細かく応えられるようなモビリティが、今の時代には必要ではないでしょうか。
——将来的に東京-箱根間(約100km)を30分程度、1万円前後で移動できるようになるといった予測がありますが、実現可能でしょうか。今後の展望についても教えてください。
はい。我々の機体でも、量産を進めて、自動化したチップなどを組み込むことで、実現可能なラインだと考えています。空飛ぶクルマの社会実装は、安全性と信頼性の積み重ねによって、絶対にやってくる未来です。
有人飛行の実現後は、一般の皆さんにも乗ってもらい、感想や知識やアイデアをいただきながら、市場のニーズをさらに発掘していきたいと思います。まずは万博を目標に、これからも開発に邁進していきますので、ぜひ応援していただければ幸いです。
社会実装に向けて着々と歩を進める空飛ぶクルマ業界。国内でも、万博を経て、地方での人やものの移動が可能になるといった、実用化への道筋が見えてきました。市場拡大には、空中移動に対するより細かなニーズの分析が必要不可欠です。
また、空を飛べる時代や都市のイメージがより具体的に共有されていくことで、今までにない移動体験やMaaSなどにつながる発想も、豊富に生まれていきそうです。
- Written by:
- BAE編集部