2019.09.27

“顧客志向”の潮流の中で、注目を集める「ユーザーイノベーション」

情報社会の現代におけるイノベーション創出のカギとは

ネットやSNSの発達に伴い、個人が取得できる情報量が爆発的に増加した現代社会。新たな商品を生み出すイノベーションは、企業側だけでなく、消費者側からも、以前より起きやすくなっています。

つまり、消費者がサービスをただ一方的に受けるのではなく、時には、自ら創り出し、市場を動かす時代になってきたということです。そうした背景のもと、いま「ユーザーイノベーション」に注目が集まっています。

認知科学の分野を中心に研究を行っている東京大学・植田一博教授に、昨今のヒット商品の誕生に大きく関与しているといわれる「ユーザーイノベーション」の概要や事例、さらには意図的にイノベーションを起こすための要素などについて聞きました。

目次

ユーザーが価値転換を創造する「ユーザーイノベーション」

——植田教授の研究する認知科学とは、どのような分野なのでしょうか?

人間は、どのように外界の情報を処理し、適切に反応しているのか。認知科学はそうした視点から、人間も含めた動物の知能や人工知能の性質、またその処理メカニズムを理解しようとする学問です。

その範囲は非常に広く、心理学やロボティクス、脳科学に哲学など、さまざまな分野を横断的に扱っています。

実は歴史はまだ浅く、世界的に「認知科学」という言葉が広まったのは、1975年以後。日本で知られるようになったのは1980年代に入ってからだといわれています。また日本では、認知科学より先に、その双子の学問である“人工知能”(エンジニアリング)に注目が集まり、あとからサイエンスとしての認知科学が広まりました。

現在では、認知科学から派生した行動経済学が扱う「消費のなぜ?」をプロモーションに活かそうとする動きや、私が研究している「ユーザーイノベーション」を商品開発に活かそうという流れが活発化しています。

東京大学 大学院総合文化研究科 植田一博教授
東京大学 大学院総合文化研究科 植田一博教授

——商品開発に活用できる「ユーザーイノベーション」とは、どのような現象を指す言葉なのでしょうか?

激しい競争にさらされている企業が社会の中で生き続けるには、他社には真似のできないような、従来とは異なる新しい価値を持つ製品やサービスを展開することが重要です。そうしたアイデアや新しい技術を創造することを、私たちは“イノベーション”と呼んでいます。

以前は、イノベーションに結びつく新しいアイデアや価値の創造は、製品やサービスを開発し、提供する供給側(企業側)がすると考えられていました。しかし1988年、マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究者フォン・ヒッペルが、技術的に斬新で、かつ商業的に成功した理化学機器の最初の開発と重要な改良のアイデアのほとんどは、リードユーザーと呼ばれる先進的なユーザーによって生み出されていることを突き止めました。

それらを「ユーザーイノベーション」と呼び、ユーザーのアイデアによって生まれた製品やサービス全般を指す言葉として使われています。

企業がリードユーザーの声に耳を傾ける重要性

——具体的に「ユーザーイノベーション」によって生まれた製品とは、どのようなものがあるのでしょうか?

たとえば食品用ラップは、ユーザーのアイデアを契機に、現在の用途に生まれ変わった製品です。

元々、同製品は戦争中に、弾薬を湿気から守るなどの目的で使用されていました。しかし戦争が終わり、そのような用途での利用は求められなくなりました。そんな折、同製品を作っていた技術者の奥様がレタスを包むことに使ったことから、食品用のラップが誕生したのです。

このように、ユーザーが発見したアイデアによって価値転換が起こり、そこから企業が新たな製品を生み出すことで、ヒットに結びつける。これこそが「ユーザーイノベーション」の代表例といえます。

もうひとつ事例を紹介しましょう。いまや当たり前となった携帯電話のメッセージ機能も、実は「ユーザーイノベーション」によって生まれたものです。

1980年代、ポケベルは若者を中心に爆発的に普及しました。しかし当時の機能は、数字を送ることに限定されており、主な目的は“一方的に”電話番号を送信し、「電話がほしい」旨を相手に伝えることでした。

しかし渋谷の若者たちは、仲間たちと暗号を決めて、“双方向によるメッセージ”のやりとりをポケベルによって実現していました。その文化を知った企業がポケベルを進化させ、現在のショートメッセージ機能へとつながっていったのです。

他にも国内かつ最近の事例ですと、壁面や車体等の塗装に使用する「マスキングテープ」を、カフェを運営する女性3人が店内の装飾やラッピングに利用。その視点を取り入れ、ある企業が文具や雑貨の装飾用として、多彩な色柄のマスキングテープを販売したところ、ヒットにつながったという例があります。

ユーザーイノベーションのカギは「アーリーアダプター」

——ユーザーが製品の新しい利用法を発見し、企業が改良を加えることでヒット商品として世に送り出す。その流れ、つまりは「ユーザーイノベーション」を意図的に起こすことは可能なのでしょうか?

はい。すでにさまざまな企業が、ユーザーの視点を取り入れた新製品の開発に乗り出し、その流れは今後さらに活発化していくでしょう。あるパソコンメーカーは、ウェブサイト上で積極的にユーザーの声を募集し、製品の改良点や新製品のアイデアを提案できる場を設けて、実際に製品開発に活用しています。

また近年、企業がユーザーとのエンゲージメントや顧客ロイヤリティを高めることを目的に、“コミュニティづくり”に注力していることもプラスに影響しています。その一環として、ユーザー(ファン)の声を収集し、商品開発に活用している例は多くあります。

そこで重要になるのが、まず「ユーザーの声に耳を傾ける」こと。次に「その声はリードユーザーであることが望ましい」ということです。

では、リードユーザーとはどのようなユーザーのことを指すのか説明しましょう。製品が普及する上では、ユーザーは5つに分類され、1から5に向かって普及していきます。

1.イノベーター(Innovators)
2.アーリーアダプター(Early Adopters)
3.アーリーマジョリティ(Early Majority)
4.レイトマジョリティ(Late Majority)
5.ラガード(Laggards)


この5つの顧客群は、それぞれ異なるニーズを抱えています。ちなみに、5段階の中で「アーリーアダプター」から「アーリーマジョリティ」に普及するハードルがもっとも高く、アメリカのジェフリー・ムーアはこれを“キャズム(大きな溝)”と呼びました。

この分類の中で、イノベーションを生み出すアイデアをもっとも出しやすい「リードユーザー」とは、「アーリーアダプター」を指します。しかし、そこで重要になるのが、「技術知識の高いイノベーターを経由し、伝播した情報を受け取っている」ことです。それによって、アーリーアダプターは独自性の高いアイデアを生み出しやすいことが研究からわかっています。

ですから、SNSで製品名を検索し、素性のわからないネットユーザーの声を拾うことを私は全面的には肯定できません。拾うにしても、そのユーザーがアーリーアダプターに該当すると推定できることが重要だと考えています。

どんなユーザがアイディアを出し易いのか?
イノベーターからアーリーアダプターへと情報が伝播することで、製品の改善点や新しい用途が発見されやすい

——では、アーリーアダプターを見つけるためには、どうすればいいのでしょうか?

アーリーアダプターであることを見極めるのは、決して容易なことではなく、地道なヒアリングが必要になります。

まず、ターゲットとなっている商品(サービスを含む、以下同様)とその関連商品に関して、多くの人に採用時期を聞きます。商品ごとに、採用していない人には0点、採用時期の早い人ほど高得点になるように得点を割り当て、個人ごとにその得点の総和を求めます。

総和の高いユーザー、つまり商品全般にわたって採用速度の速い順に並べると、正規分布(上記のグラフの青く塗られた部分)に近い分布が得られるはずです。その分布から標準偏差SDを求め、2SD~1SDの範囲(採用時期の速い人)をアーリーアダプターであると定義することが可能です。

こうした努力を続け、いつでもアーリーアダプターの意見を取り入れられる環境づくりをすることは、「ユーザーイノベーション」を味方につけることにつながりますから、企業にとっても大きな強みとなるのではないでしょうか。

——近年、ユーザー視点を重視した、サブスクリプションやシェアリングのような新たなサービス形態も登場しています。今後ますます“ユーザー視点”が重視されていきそうですね。

はい。サブスクリプションは、“ユーザー視点の新しいサービス”です。今後もこの流れは加速し続け、サービス提供形態や販売形態には、ユーザー視点がますます重要になると予想されます。

また企業は、ユーザーと密なコミュニケーションを取ることも大切ですが、それ以上に、ユーザーの新しい動向を見極められる企業人、つまりアーリーアダプターの資質をもった企業人を企業内部に抱えることができるかどうかが、重要になってくるでしょう。なぜなら、それによって、「ユーザーイノベーション」が起きやすい環境が社内に整備されるからです。


ユーザー主導のアイデアによって製品の価値転換や新製品を生み出す「ユーザーイノベーション」。
スマホやSNSの普及により、企業と消費者がコミュニケーションを取りやすくなった中で、「顧客指向」から生まれたサブスクリプションやシェアリングなど、サービスのあり方は大きく変化してきています。今後IoT化が進むことにより、更に新しい需要や、新たなサービスも登場するでしょう。
「ユーザーイノベーション」を起こす為にも、消費者動向の変遷に対応しながら、今まで以上にユーザーとのエンゲージメントを高める施策が企業にとって重要となりそうです。

Written by:
BAE編集部