2019.12.20

医療、産業、生活面で具体的な活用が進むVRとAR。2020年の可能性と展望を読み解く

リアルと仮想を結ぶ“パラリアル”の拡大にも注目

ゲームやエンタメ領域を越えて、仕事や生活面での活用が進むVR(仮想現実)とAR(拡張現実)。コンシューマー向けのHMDが次々と発売され、VTuberやARゲームが大ヒットした2016年の“VR元年”を経て、“VRブーム”との呼び声も高い今年、VR・ARは何を成し、どのように可能性を広げたのでしょうか。世界初のVR展示即売会「バーチャルマーケット」を運営する、VR法人HIKKYの舟越さんに、VR・AR業界の本年の動向や、来年以降の展望についてお話を伺いました。

目次

00年代からの変遷と2019年の成長因子とは

——2019年のVR・AR業界をまとめると、全体としてはどのような年だったといえるでしょうか。

「“VRやARでこんなことができたらいいな”と、みんなが想像していたことが具体化した年」と表現できると思います。システムやサービスの運用方法として安定してきた一方で、現状のVR・AR技術でできることの限界値が見えてきた年ともいえるでしょう。

——本年に至るまでのVR・AR業界の00年代以降の流れを、簡単に教えていただけないでしょうか。

米国でVRの根本となるテクノロジーが登場したのが30~40年ほど前、周辺領域の研究が過熱したのが、90年代に入ってからでした。
2000年代に入ると、ARアプリの先駆者「セカイカメラ」が登場、2010年頃にVTuberが登場して、国内でもVR・ARが少しずつ認知されていったのです。
以降は、数年でゆっくりと拡大して、「Oculus Rift」「Microsoft HoloLens」「HTC Vive」「PlayStation VR」といったHMDの発売、ARゲーム「Pokémon GO」の大流行、人気VTuber「キズナアイ」のデビューなどによって、“VR元年”と呼ばれる2016年に至ったという感じです。

12月に発表されたIT専門調査会社の市場予測によると、世界のAR・VRのハードウェア、ソフトウェア及び関連サービスを合計した支出額は、2018年は89.0億ドルでしたが、2019年には168.5億ドル、2023年には1,606.5億ドルに達する見通しで、2018年から2023年にかけての年間平均成長率は78.3%と試算されています(※)
※ 2019年 IDC Japan調べによる。

ちなみに、VRとAR、またMR(複合現実)は見え方や性質は異なるものの、区別する必要はなく、XR(クロスリアリティ)と総称しても差し支えないでしょう。

——2018年には世界初のVR世界の中での展示即売会「バーチャルマーケット(以下Vケット)」も誕生しましたね。

はい。VTuberが世間に浸透していったのと並行して、VRの中の世界と、SNS、リアルを横断しながら生活する“VR市民”が登場し、存在感を示すようになりました。“VR市民”とは、VRを用いた自己表現やライフスタイルの実現を求める層で、Vケットへの参加をはじめ、VR世界の中でのクリエーティブや経済の循環に乗り出しています。

2019年9月の「Vケット3」は8日間にわたり開催され、のべ約70万人が参加。「Vケット4」は2020年春に多言語に対応する形で開催予定

——今年、VRに関心を持つユーザーの属性などに、変化はあったでしょうか。

Vケットの参加者のプロフィールなどを参照すると、数年前まではコアなゲーマーや、ITなどの仕事に関わる20代、30代前後の男性がほとんどでした。しかし、今年に入って女性も増え、年齢的なレンジも広がり、米国、韓国を中心に、海外からの参加者も増えています。

——「VRはゲームや映像を楽しむもの」という認識から、一歩進んだ感じでしょうか。

そうですね。2017年の市場規模を分野別に見ると、「一般消費者向け」が半分以上を占めており、次いで「流通・サービス」「製造・資源」「公的セクター」という順になっています。今年になって、これが大きく入れ替わったということはありません。
つまり、VR・ARの主軸が、現在もゲームやエンタメの世界の主軸であることは間違いありません。コンシューマー向けにも施設型向けにも、素晴らしいコンテンツが山ほど登場し、今年4月には、任天堂も有名タイトルのVR対応を始めました。

ただ、今年の国内のVR・AR業界の成長については、コンテンツの素晴らしさや目新しさによってのみ牽引されたものではないと思います。周辺の技術が高度化して、コスト面や運用・管理のためのリスクなどの問題の解決が進み、社会の中のさまざまなシステムやサービスの運用方法として、VR・ARが安定して利活用されるようになったということが重要なポイントです。
「あったら楽しいもの」というだけでなく、「あるほうが便利なもの」「ないと困るもの」として、VR・ARが仕事や生活における実用的なツールとして浸透しつつあるのです。

医療やトレーニングの分野への導入が推進

——今年、特にVR・ARの利活用が進んだ業種やジャンルは何でしょうか。

他の業種よりも数歩先を進んでいるのが、医療・ヘルスケアの分野です。ここ数年で技術が革命的に向上し、遠隔での画像診断や、痛みを緩和する医療用VRシステムなどは、すでに活用が始まりました。
AI技術との掛け合わせで、患者の臓器を短時間でモデリングし、VR上の手術を行う技術なども可能になり、9月に大手通信会社が実用化のための実験を開始しました。今後、5Gによって通信のわずかなタイムラグが解消され、並行して医療機器承認や保険認証などの法整備が進めば、すぐにでも社会実装されると思います。

患者のCTスキャンデータやMRIデータからVRやMRのデータを生成し、医療コミュニケーションに役立てるサービスはすでに多くの病院で活用されている(※)2019年 Holoeyes社リリースによる

航空、建築、各種工場や保全、また飲食業などにおける、職業訓練やトレーニング、産業メンテナンス等へも、VR・ARの導入・活用が急拡大しています。一例としては、今年の4月にJALが航空機の牽引訓練にVRシミュレーターを導入、9月に松屋フーズが全国1000店舗以上にVR研修を導入しました。

企業研修へのVR導入は2年で9倍になったという調査も。特に「飲食・宿泊」「商社」「製造」での活用が顕著だという
(※)2019年 デジタル・ナレッジ調べによる

VRは面接のシミュレーションや職場見学などとも相性がよく、利活用が広がっています。また、災害シミュレーションを使った防災訓練や、飲酒運転防止のシミュレーションなどについても有効性が示され、住宅メーカーや警察署等での導入が進んでいます。

不動産の360度の内見、高級車の試乗、家具の試し置き、ファッションショーなどについても、今年に入ってVR・ARが当たり前に活用されています。時間、空間、場所を超えられるメリットが、どんどん発揮されてきたという感じですね。
リテール周りでは、リニューアルした渋谷PARCOでのスマートミラーを使った仮想の試着なども話題になりました。Gucciによる、アプリ内でのAR靴試着も印象深いプロダクトでした。
メイクのシミュレーションは店頭での活用はもちろん、スマホのカメラアプリに標準的に装備されるようになりました。ARはAIとの組み合わせでモノ自体にマーカーを設定することが可能になり、試着やメイクはどんどん簡単で自然な見え方になっています。

——文化財や美術品などを3DCG化する取り組みも増えたようですね。

10月からフランスのルーブル美術館でVR化された「モナ・リザ」が鑑賞できるという企画が実施されました。国内でも、大手通信社などが国宝の「八橋蒔絵螺鈿硯箱」をVR化して、MRグラスで見るなどの展示を発表しています。
こういった、非常に価値の高い創作物をデジタルデータ化する取り組みは、保存、公開、研究、二次利用などの可能性を広げるでしょう。
冒頭で述べた通り、今年の産業界では全体を通じて「VRやARでこういうことができたらいいな」と、思われていたアイデアが次々と具体化して、出そろってきたという印象ですね。この流れは、来年の後半まで続くと思います。

Mona Lisa: Beyond the Glass at The Louvre I HTC VIVE ARTS
VR法人HIKKY(ヒッキー) 代表取締役 舟越 靖(ふなこし・やすし)さん

入手しやすい価格の高品質デバイスが普及

——今年の5月に、Facebookから10万円以下で入手しやすいコンシューマー向けHMD「Oculus Quest」が発売されたことも、VR業界にとってはインパクトになったでしょうか。

そうですね。VRの中を自在に歩いたり、手を動かしたりできる6Dof(シックスドフ)とハンドトラッキングが可能で、PCに接続しなくても、100種類以上のコンテンツが遊べます。コンシューマー向けとしては非常にいいHMDだと思います。
後述しますが、今後このデバイスの普及を土台に、Facebookがどんなプラットフォームを仕掛けてくるかが、VRの未来に影響を与えると思います。

「Oculus Quest」の販売台数は非公開だが、Oculus向けのコンテンツの売上は発売後2週間で約500万ドル(約5億4,000万円)に達したことが発表されている

——その他にも、注目すべきデバイスなどはありましたか。

指先の動きをトラッキングできるデバイスなどの開発も進みました。例えばVR世界の中で絵を描く、楽器を演奏する、カジノで遊ぶといった、指の繊細な動きや感度が求められるアクティビティが増えてくると、普及が進むと思います。触覚を伝える「EXOS」や、香りを伝える「VAQSO VR」などの五感に関わるデバイスも、ニーズが明確化すれば並行して普及していくでしょう。

ただ、来年、再来年以降に高性能で低価格の「スマートグラス」が登場すると、HMDを上回る形で普及が拡大していくことが予想されます。

“パラリアル”に対応したPRや広告に大きな可能性がある

——来年、再来年と、伸びしろが大きそうな分野はどこでしょうか。

まず、医療や建設に対しては、スピード感を持って導入が進むでしょう。学習やトレーニングについては多くの有効性が立証されてきましたから、今後は産業の分野だけではなく、「EdTech(教育×テクノロジー)」への活用も広がると思います。

また、VRを介した「テレイグジスタンス(ロボットの遠隔操作)」や、VRアバターを通じた接客なども、人手不足という社会的な課題と並行して、求められる部分が大きいと思います。例えば、障がいや持病などの理由で自宅から出られない人も働く機会を得ることが可能になりますし、システムをうまく作れば一人が複数の場所で働くこともでき、省人化にも繋がるでしょう。

リアルとVRの世界の両方を行き来しながら生活や仕事をする、現在の“VR市民”に近いパラリアルなライフスタイルを選択する層は、今後も拡大すると思います。
現在でも、すでにデジタルネイティブ世代は“リアルの自分”と、“SNS上の自分”を使い分けていますよね。同様に、VR上でも複数のパーソナリティを以て生きていく、ということが、多くの人にとって当たり前になるかもしれません。

Facebookがβ版を公開している「Horizon」というプラットフォームで、今後実現しようとしているのも、おそらくそれに近い文脈だと思います。ゲームやコミュニケーションのプラットフォームとしてだけではなく、「Horizon」内でのクリエーティブやマネタイズなどの新しい価値をいかに成立させていけるかが、成功のカギになるでしょう。

Facebookは巨大なマルチプレーヤーワールド「Horizon」の展開を来年から本格的にスタート。20億人のユーザーをVR世界のコミュニケーション・プラットフォームへと誘う

——リアルとVRのつなぎ目となる、パラリアルなビジネスの可能性も増えそうですね。

はい。SNSに対するアプローチが求められてきたのと同じく、今後は、「Vケット」や「Horizon」のようなVR内の世界を対象とした、イベントやPR・広告、マーケティング等のアイデアやノウハウも、大いに求められてくると思います。
今後のVR・ARの潮流を予測しながら、それに対応するには、「VR・ARはHMDやスマートグラスを使って素晴らしい何かが見られるもの」という視点のみでは不足があります。「VR・ARの運用によって、どんな問題を解決できるか」という部分と、「VR・ARの内側でユーザーとコミュニケーションをとる上で、何が求められているのか」という視点にスイッチする必要があるでしょう。
具体的には、2025年の国際博覧会(大阪・関西万博)までに、VR・ARの世界の内側での、またパラリアルな観点からの、PRや広告施策が非常に多く求められるのではないでしょうか。


進化を続けるVR・AR業界。ゲームやエンタメはもちろん、医療、職業訓練、店舗での活用などを通じて、生活者にとって身近なものとなりつつあります。また、今後はVR技術やVR世界を通じて行われるコミュニケーションや経済活動にも注目していく必要がありそうです。3DCGのアバターの姿で、SNSのように当たり前にVR界に出入りをしたり、ロボットの姿で別の職業に従事する、といった未来も、そう遠くはないかもしれません。

Written by:
BAE編集部