今年7月、日本政府が提唱した「ワーケーション」。ワークとバケーションを組み合わせたこの造語にいま、大きな注目が集まっています。では、新しいスタイル「ワーケーション」を利用しているユーザー層、そしてインサイトから見る企業のヒントとは、どのようなものなのでしょうか。
「モバイルメディア・ソーシャルメディア時代におけるワークプレイス・ワークスタイル」を研究し、自らもワーケーションを積極的に活用する、関西大学社会学部 松下慶太教授にお話を聞きました。
——まず、現在「ワーケーション」が注目されている背景について、教えてください。
ワーケーションという言葉自体は、実は2010年代には存在していました。欧米のIT業界を中心にノマドワーカーが増えるなかで、彼らがライフスタイルとして、仕事(ワーク)と休暇(バケーション)を同時に楽しむ「ワーケーション」を始めました。
その自由な生き方を、彼らはブログやSNSで発信。多くの人々が憧れを抱いたわけです。こうして徐々に、ワーケーションは広まり、そして浸透していきました。
ここで重要なのは、“クールなライフスタイル”として、欧米ではワーケーションが認知されているという点です。
一方で、日本におけるワーケーションの始まりは、企業の制度と地域からの誘致でした。その背景には、日本の有給消化率の向上や、柔軟な労働環境の構築といった狙いがありました。なお、いちばん早く導入したといわれているのは「JAL(日本航空)」で、2017年に制度をスタートしています。また同時期に関係人口創出・増加を目指して和歌山県や長野県などもワーケーション体験会の実施などPRを展開しはじめました。
ただ、日本では「仕事=会社に出社して働く」という意識が強く、なかなか普及には至りませんでした。また、そもそもテレワークの環境が整っていない企業も多く、ワーケーションは絵に描いた餅になる可能性すらありました。
しかし今年、新型コロナウイルスの感染防止対策として、テレワークが日本でも拡大・浸透。ワーケーション導入のハードルは一気に下がりました。同時に、外出を控える動きが加速したことで、大きな打撃を受けた観光業を支える意味でも、ワーケーションへの期待は急激に高まりました。
日本政府が今年、「ワーケーション推進」を打ち出したことを受け、現在自治体や企業は前向きに対応を進めています。そのなかで現状、積極的に活用しているのは、アンテナ感度の高い「アーリーアダプター層」です。
——日本では、和歌山県・白浜町や長野県・軽井沢町が現在、ワーケーションに力を入れています。利用者である日本のアーリーアダプターたちの“インサイト”とは、どのようなものなのでしょうか。
ワーケーションは新しいスタイルということもあって、現在の利用者は「20代の若者」が中心です。アンテナ感度の高い彼らは、働く場所を合理的に捉え、仕事と休暇を両立する面白さを見いだしています。
ワーケーションには、大きく2種類あります。ひとつが仕事メイン。もうひとつが趣味メインです。表向きは“両立”ですが、実情はやはり偏りがちです。
仕事メインのワーケーションの場合は「文豪型ワーケーション」といって、環境を変えることで、集中して仕事がしたい人向けのものです。合間に観光もしますが、あくまでメインは仕事です。
趣味メインのワーケーションは、サーフィンが好きな人なら海の近く、自然が好きな人なら緑豊かな場所で、趣味を楽しみながら、合間に仕事もします。
一方で、新しい動きとして、自分の持っている時間やスキルを地方に還元したいという若者も現れています。平日は都内のデザイン会社に勤務しながら、週末は地方で野菜や果物の農業体験をしたり、自分の持っているスキルを生かして、チラシ制作などの協力をしたりしています。
その背景には、SDGsをはじめとした、社会貢献意識への高まりや、地方の人々と交流することで生まれる“新たな刺激(非日常)”を求めていることなどが挙げられます。
——地方を訪れれば、そこで消費が生まれます。“新たな刺激”を求める若者たちは、何にお金を使っているのでしょうか。
モノからコトへ。体験価値を重視するのは、コロナ前もコロナ後も変わっていないと私は感じています。ワーケーションを通じて彼らがしているのは、主に「ストーリー消費」、モノ作りへのこだわりなどを実際に聞き、購買する。いわば「応援消費」にも似たものがあります。
見聞きするだけでなく、ワーケーションでは、実際に「体験」するツアーも人気です。たとえば野菜や果物の収穫だけではなくリアルな作業も体験し、それをを買って帰る。これまでのコト消費との違いは、そこに“学び”や“成長”というキーワードがあることでしょう。
安いから買うのではなく、価値があるから買う。体験を通して、彼らは商品に価値を見いだし、しっかりと“選んで購入”していることがわかります。
コロナ以前は、オフライン中心の世界でしたが、現在はオンライン中心の世界です。仕事も買い物もすべてオンライン。コロナ禍以前のリアルに戻るのではなく、オンラインありきのリアル、いわば「二次的なリアル」の価値が求められる時代になります。ワーケーションだけでなく、これはすべての“リアル”にいえることで、コロナ前とは求められるものが、今後がらりと変わっていくのではないでしょうか。
ユーザーも「せっかくリアルなのだから」というマインドになることが予想されます。そのなかで、いかに期待に応えていくか。すべての企業はそこに向き合う必要が出てくると考えています。
——日本では、まさに“これから”という印象のワーケーション。今後どのような広がりを見せるとお考えでしょうか。
ワーケーションが普及することで、日本の空き家問題が解決する可能性もあると私は思っています。空き家を住居兼ワークプレイスにし、いわばアトリエのような施設として活用すれば、「住居」以外の新たな選択肢が生まれるはずです。
ただ、仕事をするためには、ネット環境は必須ですし、日常生活を送るなら移動手段も充実していてほしい。そのニーズに応えるべく、今後シェアリングサービスへのニーズが地方でも拡大するかもしれません。特に、地方は車社会ですから、ワーケーションをする人向けのモビリティサービスとして「カーシェアリング」は広がりそうです。また、「生活の足」としてのクルマだけではなく、充電ができて、机も出せるような「場所」としても利用できるモビリティのニーズが高まる可能性もあるのではないでしょうか。
コロナを経て、誰もが“人間らしさ”を見つめ直したいまだからこそ、ワーケーションは普及のフェーズに入ったといえます。仕事でも休暇でもない、その二つを重ねた新たな選択肢。その時間のなかで、「体験を通して成長」することで、豊かなライフスタイルを形成していく。ワーケーションには、価値ある時間を過ごそうとする現代の若者たちの“インサイト”が詰まっていると私は感じています。
今後、アフターコロナの世界を見据え、企業や地方が連携して、日本全体が活性化していく。その未来の架け橋として、さまざまな形でワーケーションは有効に機能する。私はそう考えています。
欧米発のワーケーションとは、また違った文脈で広がりを見せている「日本型ワーケーション」。利用者も若者中心に、家族連れのユーザーも増えつつあります。自分の子供に、都会では経験できないことを体験させたいというニーズがそこにはあるようです。ワーケーションが普及すれば、これまで都心中心に展開されていたサービスのニーズの拡大が予想されます。非日常や新たな体験を求め、地方に足を運ぶユーザーたちのニーズを知ることは、ニューノーマル時代の消費者インサイトを知るうえでも、非常に有用なデータになるのではないでしょうか。