コロナ禍で世界的に進むグリーン化への流れ。日本でも、2050年を目標にカーボンニュートラル(CO2排出量実質ゼロ)を実現すべく、政府や大企業を中心に、脱炭素に向けた改革や投資が進んでいます。「脱炭素経営」は、もはやどの企業にとっても“他人事”ではありません。
今後、企業はカーボンニュートラルについてどんな考え方を持ち、どんな具体策に取り組むべきでしょうか。また「脱炭素」へ向けたビジネスの可能性は、どう広がっていくのでしょうか。
企業や自治体のCO2排出量を“見える化”できるソリューションを展開する、株式会社ゼロボードの渡慶次(とけいじ)さんにお話を伺います。
脱炭素経営に取り組まないことがリスクになる時代
——自社のCO2排出量を“見える化”できる「zeroboard(ゼロボード)」。どのような課題に対応するソリューションでしょうか。
「zeroboard」は企業のCO2をはじめとしたGHG(温室効果ガス)排出量の算定と可視化・削減管理を実現し、脱炭素経営をサポートするソリューションです。
「深刻化する気候変動に歯止めをかけるために、人々に行動変容を促す」という社会課題と、「CO2排出量を開示し、脱炭素経営を推進する」という企業課題、大きく二つを解決に導くために開発しました。
上場企業を中心に、様々な業種で活用されていますが、現状では欧州との関わりが深い化学品業界、自動車サプライチェーン関連の企業がやや多くなっています。
長瀬産業や三菱UFJ銀行などパートナー企業との協業によって、試用版は約100社に導入されました。2022年末までに1,000社への導入を目指しています。
——「zeroboard」のようなソリューションが注目される背景を教えてください。
気候変動による被害を受ける人や地域は増えていますし、世界中のほぼ全ての業種が気候変動による財務的なインパクトを受けると考えられていることから、グリーンエコノミー(持続可能な開発・発展を実現する、環境に優しい経済)の価値や意識は年々上昇しています。
金融市場からの直接的または間接的な圧力、各国政府によるカーボンニュートラル宣言などを受けて、企業が脱炭素経営に取り組む必然性は大変強くなりました。
脱炭素経営に前向きでない企業は投資や融資を受けられなかったり、取り引きを打ち切られたり、Z世代を中心に生活者から環境問題に真摯でない企業として認知されたり――といった可能性も出てきました。カーボンニュートラルへ向けた動きが世界的に加速して、脱炭素経営に取り組まないリスクが顕在化しつつあるのです。
自分たちのビジネス全体が、サプライチェーンを含めてどのくらいCO2を排出しているのか。また、今後CO2削減計画をどう立てて、どう実行していくのか。 そういった情報を「zeroboard」のような仕組みによって整理し、内外にわかりやすく報告・開示していくことが求められています。
もともと“省エネ”が得意な日本にとっては好機
——脱炭素に向けたグローバルの状況、グリーンエコノミーにおける日本のポジションなどを、どうご覧になっているでしょうか。
日本は石油ショックを経験しており、もともと細やかな“省エネ”が得意な国です。企業間のデータのやりとりが必要なサプライチェーン排出量可視化についても、一度やり始めたら日本企業は一貫した取り組みをすることが期待できますし、アジア圏での脱炭素の動きをリードできると思っています。
エネルギー資源国ではないからこそ、我が国は技術とアイデアによって安くて良いものをつくり続けてきました。多くの特許技術や仕組みを生み出しましたし、製造過程での細かなデータの獲得や目配りにも定評があります。
世界が脱炭素への動きを加速させる昨今のフェーズでも、このソフトアセットが効果を発揮するはずです。
そもそも、80年代、90年代頃にかけては、日本はものづくりの力で、00年代、10年代頃にかけては米国はIT開発によって世界中のビジネスを力づけてきましたが、欧州はこの間、目立たない時代が続きました。
しかし、グリーンエコノミーに関して欧州は2010年頃からいち早く提言を始め、ルールの制定に着手することで流れを巻き返し、存在感を表すべく強い姿勢を示しています。
日本もこの流れに対応していくことで、アジア圏を中心にイニシアチブをとれるはずです。欧州との取引が多い企業などは特に、グローバルの動きをしっかりとマークしていくべきでしょう。
ドイツを中心としたサプライチェーンが強い、製薬、化学薬品といったバイオ系の企業や自動車関連企業などは、すでに多くが脱炭素経営に力強く舵を切っています。
——海外ではAppleの脱炭素に向けた取り組みなどがよく知られていますが、国内で特に進んでいる企業などはあるのでしょうか。
国際環境非営利団体であるCDPによる格付けでは、大企業を中心に74社が最高評価であるAリスト入りしています。中でも、花王と不二製油グループ本社は気候変動の文脈だけではなく、水資源保護、森林保全と、サーキュラエコノミー全体が評価されています。
ちなみに、Aリスト入りした企業は世界で272社、うち米国が43社、フランスが23社という内訳で、日本が世界一となっています(※)。
※ CDP公式サイト「The A List 2021」より 2021年12月7日発表
※ https://www.cdp.net/en/companies/companies-scores
脱炭素経営にどう取り組み、どうPRしていくか
——脱炭素経営に取り組むにあたり、企業はどのようなマインドを持つべきでしょうか。
先述の通り、脱炭素は日本企業にとって好機ともなり得るポイントですから、機会とリスクを分析して、腰を据えて取り組むべきでしょう。
その際、「自社のCO2排出量を下げるために、生産台数を落とす」という方向では、企業価値まで下げかねません。「経営」「プロダクト」「生産工程のエネルギー」と、断片的にではなく、ガバナンスを強化し、ビジネスや製品の付加価値を高め、サプライヤーと充分に協力するという、全体を見据えた脱炭素へのビジョンが求められます。
現段階で温室効果ガスの排出量に応じた官民のペナルティや規制などはありません。
しかし、将来的にCO2排出量取引や炭素税などが設定されることを勘案すると、将来的な炭素価格を見込んだ、長期的なプランが必要です。
単純な例で言えば、「現状では重油を使う工場建設のほうがコストは低くすむが、数年後には天然ガスを使う工場のほうが経済的になる」といった可能性があるわけです。
ちなみに、CO2排出に関わる多くの条件から、自社の消費電力などに左右されるITや金融系などは、脱炭素を実現しやすい業種と言えると思います。
鉄鋼や鉱業、海運や空運、ガラスやゴムの製造業などは、エネルギーと関わりが深く、脱炭素しにくい業種と言えそうです。エネルギー問題を化学的に議論・検証し、適切な段階を踏んで再エネに置き換えていくといったことも、今後経済の重要なテーマになるでしょう。
——脱炭素経営による企業価値やブランディングへの影響も大きいと思いますが、脱炭素への取り組みについて、内外へはどうアプローチしていくべきでしょうか。
情報の方向・開示については、全方位的にやっていく必要があると思います。
例えばAppleのように、金融市場、株式市場に対して、脱炭素経営に取り組んでいること、サプライヤーにも協力を要請していること、CO2排出量が少ない企業と取引していくことなどをアピールしていく。
継続すれば社内外に周知されてブランド力も高まりますし、関心を示す企業、人材、知識が集まってきてモメンタムができてくると思います。
toCに関しては、サイトやSNSはもちろん、製品やサービスそのものがコミュニケーションツールになり得ると思います。アイテムごとにカーボンフットプリント(材料調達からリサイクルまでに排出されたCO2などの排出量)を表示したり、店舗や他社と協力して容器を回収したりするなど、取り組みの一部を生活者に見える形で展開することなども有効でしょう。
生活者を巻き込む形で、「環境に配慮したライフスタイルはかっこいい」「サステナビリティに特化した商品を選びたい」と、支持されるようなイメージ作りや、発想の転換を促す取り組みにも力を入れていくべきだと思います。
もちろん、実態が伴わないアピールは論外であり、「グリーンウォッシュ」「SDGsウォッシュ」(環境や持続性に配慮しているように見せかけること)と判断されて、ブランドの価値を棄損しかねません。
透明性を高め、企業活動にアラインした脱炭素への取り組みやカルチャーとしての方向性を打ち出して、伝えることができれば、製品への価値に転嫁することもできるでしょう。
例えば、アウトドア用品の老舗ブランドであるパタゴニアは、SDGsへの徹底した思想と取り組みで知られています。他者と比べて値段の高いアイテムなども、「パタゴニアだから買う」というファンは多く、価格に転嫁できているケースだと思います。
「開示」「報告」からより広いデータ活用へ
——今後のゼロボードのビジネスの目標、展望について教えてください。
まず、CO2排出量に関する企業とサプライチェーン全体の情報開示のレベルを上げ、データ活用の幅を広げられるよう、「zeroboard」の開発を進めて行きます。今後は、CO2を削減するためのシミュレーションなどを可能にしていきたいと考えています。
また、我々と近しいビジネスを展開する企業などと連携をとることでデータやパートナーをさらに増やし、CO2排出量のデータインフラとして成長させていきます。
各社の脱炭素の実現度をスコア化して比較したり、メリットを享受できる企業同士のマッチングを行ったり、より具体的なサプライチェーンの改革を提案するような展開も考えています。
炭素価格を基準に取引相手を選ぶ企業や自治体は増えるでしょうし、将来的には、製品価格の比較サイトのように、CO2排出量を比較・検索するサービスなども登場するのではないでしょうか。
私たちも、企業価値の向上に繋がるCO2排出量ソリューションとして、またデータインフラとして、脱炭素社会への実現に向けて、着実に歩を進めていきたいと思います。
「自社のCO2排出量を的確に把握し、内外にデータとして開示・報告・提供できるようになる」ことは、脱炭素経営における重要な第一歩となるでしょう。今後のグリーンエコノミーの伸長によって、自社の脱炭素にまつわるデータを活用し、各企業と連携をとる機会なども増えていきそうです。また、脱炭素を含めたサステナビリティへの自社の取り組みや考え方を内外にどのようにアピールし、企業価値や製品価値に繋げていくかも、大きなポイントになるでしょう。今後も、SDGs、エシカル、脱炭素に向けた新しいビジネスやサービスから目が離せません。
- Written by:
- BAE編集部